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さいたま地方裁判所 平成22年(ワ)3472号 判決

主文

1  被告Dは,原告Aに対し,252万9307円及びうち249万8166円に対する平成22年12月11日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告Dは,原告Aに対し,29万2782円を支払え。

3  被告Dは,原告Bに対し,246万0591円及びこれに対する平成22年9月11日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

4  被告Dは,原告Bに対し,26万4250円を支払え。

5  被告E協同組合は,原告らに対し,各50万円及びこれに対する平成22年9月11日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

6  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

7  訴訟費用については,原告Aに生じた費用の2分の1と被告Dに生じた費用の2分の1の合計の5分の1を同原告の,その余を同被告の各負担とし,原告Bに生じた費用の2分の1と同被告に生じた費用の2分の1の合計の10分の1を同原告の,その余を同被告の各負担とし,原告Aに生じた費用の2分の1と被告E協同組合に生じた費用の3分の1の合計の7分の6を同原告の,その余を同被告の各負担とし,原告Bに生じた費用の2分の1と同被告に生じた費用の3分の1の合計の7分の6を同原告の,その余を同被告の各負担とし,原告Cに生じた費用の全部と同被告に生じた費用の3分の1の合計の6分の5を同原告の,その余を同被告の各負担とする。

8  この判決は,第1項,第3項及び第5項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告Dは,原告Aに対し,44万7505円及びうち44万5080円に対する平成22年12月11日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告Dは,原告Aに対し,249万8166円及びこれに対する平成22年9月11日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。

3  被告Dは,原告Aに対し,63万3438円を支払え。

4  被告Dは,原告Bに対し,44万7505円及びうち44万5080円に対する平成22年12月11日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。

5  被告Dは,原告Bに対し,246万0591円及びこれに対する平成22年9月11日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

6  被告Dは,原告Bに対し,59万9498円を支払え。

7  被告E協同組合は,原告Aに対し,349万8166円及びこれに対する平成22年9月11日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

8  被告E協同組合は,原告Bに対し,346万0591円及びこれに対する平成22年9月11日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

9  被告E協同組合は,原告Cに対し,309万2333円及びこれに対する平成22年4月11日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)における外国人研修・技能実習制度の下,第一次受入れ機関を被告E協同組合(以下「被告組合」という。),第二次受入れ機関を訴外株式会社F(以下「訴外F」という。)として,本邦に入国し,在留した原告らが,平成19年12月5日から平成20年12月5日までの研修期間及び同月6日から平成22年12月5日までの技能実習期間を通じて,訴外Fの名義を利用する被告Dと雇用関係にあったとして,①原告A及び原告B(以下「原告Aら」という。)が,被告Dに対し,それぞれ,被告Dの責めに帰すべき事由により就労することができなかった同年8月18日から同年12月4日までの期間における最低賃金法所定の賃金44万5080円及びこれに対する退職の日後の賃金支払期日の翌日である同月11日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律所定年14.6パーセントの割合による遅延利息並びに同月10日までに確定した民法所定年5パーセントの割合による遅延損害金2425円の支払(前記第1請求1項,4項),②平成19年12月12日から平成22年8月17日までの期間における既払額と最低賃金法所定の賃金等との差額として,被告Dに対し,原告Aが249万8166円及びこれに対する最終支払期日の翌日である同年9月11日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律所定年14.6パーセントの割合による遅延利息の,原告Bが246万0591円及びこれに対する最終支払期日の翌日である上記同日から支払済みまで民法所定年5パーセントの割合による遅延損害金の各支払(同2項,5項),③労働基準法114条所定の付加金として,被告Dに対し,原告Aが63万3438円の,原告Bが59万9498円の各支払(同3項,6項)を求めるとともに,④被告組合が,訴外Fが第二次受入れ機関の要件を欠くことを認識していながら原告らを受け入れ,研修を適切に監理しなかったことなどにより,原告らが未払賃金に相当する金額の損害を被ったほか,精神的苦痛を受けたとして,不法行為に基づく損害賠償として,被告組合に対し,原告Aが349万8166円及びこれに対する不法行為があった日よりも後である同年9月11日から支払済みまで民法所定年5パーセントの割合により遅延損害金の,原告Bが346万0591円及びこれに対する不法行為があった日よりも後である上記同日から支払済みまで民法所定年5パーセントの割合による遅延損害金の,原告Cが309万2333円及びこれに対する不法行為があった日よりも後である同年4月11日から支払済みまで民法所定年5パーセントの割合による遅延損害金の各支払(同7ないし9項)を求める事案である。

1  前提事実(証拠等を付さない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)  当事者等

ア 原告らは,いずれも中華人民共和国国籍の者であり,平成19年12月5日,後記(2)のとおりの外国人研修・技能実習制度の下,本邦に入国,在留し,埼玉県比企郡a町b番地所在の作業場(以下「本件作業場」という。)において,建具製作等の作業を行っていた者である。

イ 被告Dは,訴外Fの「相談役」の肩書きで,本件作業場において,建具製作等の業務に従事していた者である。

訴外Fは,商業登記簿上,本店所在地を埼玉県入間郡c町d番地,会社成立の年月日を昭和54年11月26日,目的を土木建築工事用資材の販売等,代表取締役を訴外Gとしている株式会社である。

ウ 被告組合は,中小企業等協同組合法3条1号所定の事業協同組合であって,中小企業団体の組織に関する法律3条が規定する中小企業団体であり,組合員の取り扱う建築材料,燃料及び消耗品等の共同購買等のほか,平成22年1月13日までは,外国人研修生・技能実習生受入れに関する事業を目的としていた。

(2)  外国人研修・技能実習制度

ア 概要

外国人研修・技能実習制度は,我が国で開発され培われた技術・技能・知識の開発途上国等への移転を図り,当該開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に寄与することを目的として,本邦の産業・職業上の技能等に関する研修及び技能実習を実施することを内容とするものであり,入管法における在留資格,上陸許可基準等の定めに根拠を持つものである。同制度の実施には,本邦の企業等が海外の現地法人等の職員を受け入れて技能実習を実施する企業単独型と,事業協同組合等が第一次受入れ機関として研修を受けようとする者を受け入れ,その組合員等が第二次受入れ機関として研修を実施し,第一次受入れ機関が研修を監理する団体監理型がある。(甲3)

イ 研修

(ア) 在留資格

外国人研修・技能実習制度の下で,本邦で研修を受けようとする者又は受ける者(以下「研修生」という。)は,入管法(平成21年7月15日法律第79号による改正前のもの。以下同じ。)別表第1の4の表の上欄所定の「研修」の在留資格により上陸し(同法6条2項,7条1項2号),在留することができる。

研修生は,入管法2条の2第2項に基づき別表第1の4の表下欄所定の本邦の公私の機関により受け入れられて行う技術,技能又は知識の修得をする活動(同表の留学の項及び就学の項の下欄に掲げる活動を除く。)をすることができるが,同法19条1項2号の規定により,原則として,収入を伴う事業を運営する活動又は報酬を受ける活動をすることができないが,研修生が生活上必要な実費として研修手当を受け取ることは妨げられない。

(イ) 上陸許可条件

a 入管法及び法務省令の定め

研修生が本邦に上陸するためには,我が国の産業及び国民生活に与える影響その他の事情を勘案して法務省令で定める基準に適合することを要し(入管法7条1項2号),「出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2号の基準を定める省令」(平成2年5月24日法務省令第16号。以下「基準省令」という。)には,同法別表第1の4の表の研修の項の下欄に掲げる活動の項に係る基準(以下「研修の在留資格に係る基準」という。)について,以下の定めがある。

5号 受入れ機関が実施する研修の中に実務研修(商品を生産し若しくは販売する業務又は対価を得て役務の提供を行う業務に従事することにより技術,技能又は知識を修得する研修をいう。以下同じ。)が含まれている場合は,第6号の2に定める研修を受ける場合を除き当該機関が次に掲げる要件に適合すること。ただし,(中略)その他法務大臣が告示をもって定める場合は,この限りでない。

イ 研修生用の宿泊施設を確保していること(括弧内略)。

ロ 研修生用の研修施設を確保していること

ハ (略)

ニ 外国人研修生の生活の指導を担当する職員が置かれていること。

ホ 入管法6条2項の申請を行った者(以下「申請人」という。)が研修中に死亡し,負傷し,又は疾病に罹患した場合における保険(労働者災害補償保険を除く。)への加入その他の保障措置を講じていること(括弧内略)。

ヘ 研修施設について労働安全衛生法の規定する安全衛生上必要な措置に準じた措置を講じていること。

6号 受入れ機関が実施する研修の中に実務研修が含まれている場合は,次号に定める研修を受ける場合を除き申請人が次のいずれかに該当する外国の機関の常勤の職員であり,かつ,当該機関から派遣される者であること。ただし,(中略)その他法務大臣が告示をもって定める場合は,この限りでない。(以下略)

7号 申請人が本邦において受けようとする研修の中に実務研修が含まれている場合は,当該実務研修を受ける時間(括弧内略)が,本邦において研修を受ける時間全体の3分の2以下であること。ただし,法務大臣が告示をもって定める場合は,この限りでない。

b 法務大臣の告示の定め

(a) 「出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2号の基準を定める省令の研修の在留資格に係る基準の5号の特例を定める件」(平成2年法務省告示第246号。以下「5号告示」という。)は,基準省令の研修の在留資格に係る基準の5号ただし書の規定に基づき,同号本文を適用しない場合を規定し,その8号は,申請人が中小企業団体の組織に関する法律3条の中小企業団体の事業で我が国の地方公共団体等から資金その他の援助を受けて,これらの指導の下に運営されているものとして行われる研修を受ける場合で,次のいずれにも該当するときと規定する。

イ 受入れ機関が当該団体又は当該団体の組合員等であること。

ロ 当該研修が当該団体の監理の下に行われるものであること。

ハ 当該団体の役員で当該事業の運営について責任を有するものが,当該団体以外の受入れ機関において行われる研修の実施状況について,3月につき少なくとも1回監査を行いその結果を当該団体の所在地を管轄する地方入国管理局の長に報告することとされていること。

ニ 受入れ機関が基準省令の研修の在留資格に係る基準5号イ,ロ及びニからヘまでのいずれにも該当すること。

ホ 申請人を含めた受入れ機関に受け入れられている研修生の人数が当該機関の常勤の職員の総数を超えるものではなく,かつ,前号の表の上欄に掲げる当該総数に応じそれぞれ同表の下欄に掲げる人数の範囲内であること。(表略)

(b) 「出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2号の基準を定める省令の研修の在留資格に係る基準の6号の特例を定める件」(平成2年法務省告示第247号。以下「6号告示」という。)は,基準省令の研修の在留資格に係る基準の6号ただし書の規定に基づき,同号本文を適用しない場合を規定し,その9号は,申請人が中小企業団体の組織に関する法律3条の中小企業団体の事業で我が国の地方公共団体等から資金その他の援助を受けて,これらの指導の下に運営されているものとして行われる研修を受ける場合で,次のいずれにも該当するときと規定する。

イないしハ 5号告示8号イないしハと同じ。

ニ及びホ (略)

ウ 技能実習

(ア) 在留資格

研修生は,入管法20条3項による法務大臣の許可を受けたときは,在留資格を「研修」から法別表第1の5の表の上欄所定の「特定活動」に変更することにより,引き続き在留することができる。在留資格を「研修」から「特定活動」に変更することにより引き続き在留する者(以下「技能実習生」という。)は,入管法2条の2第2項に基づき,別表第1の5表下欄所定の法務大臣が特に指定する活動を行うことができるが,同活動に属しない収入を伴う事業を運営する活動又は報酬(業として行うものではない講演に対する謝金,日常生活に伴う臨時の報酬その他の法務省令で定めるものを除く。)を受ける活動をすることができない。

(イ) 技能実習の内容

技能実習生は,研修によって修得した技術・技能・知識を踏まえ,より実践的な技術等を修得することとして,団体監理型においては,研修を行ってきた第二次受入れ機関との間で雇用契約を締結した上で,同機関(以下,技能実習移行後にあっては「実習実施機関」という。)において,労務に従事することとなる。

(3)  原告らの研修,技能実習

ア 原告らは,外国人研修・技能制度の下,第一次受入れ機関を被告組合,第二次受入れ機関を訴外Fとして,平成19年12月5日,「研修」の在留資格により本邦に入国した。その後,原告らは,同月12日から平成20年12月5日まで,研修生として,本件作業場で建具製作等の作業を行った。

イ(ア) 原告らは,平成20年9月5日,研修から技能実習に移行することとして,以下の内容の雇用契約書を作成した。(甲4の1・2,甲5の1・2,甲23の1)

a 使用者  訴外F

b 期間  平成20年12月5日ないし平成22年12月5日

c 労働時間  始業午前8時 終業午後5時10分 休憩時間70分

d 休日  日曜日その他会社が指定する日

e 賃金  日給5776円 締切日毎月4日 支払日毎月10日

(イ) 原告らは,平成20年12月ころ,入管法20条1項に基づき,在留資格を「研修」から「特定活動」へ変更し,在留期間を平成21年12月5日までとする許可を受け,さらに,平成22年1月から同年2月ころ,入管法21条1項に基づき,在留期間を平成22年12月5日までとする更新許可を受けた。(甲1の1・2,甲23の1・2)

(ウ) 原告Cは,平成20年12月5日から平成22年3月6日まで,原告Aらは,平成20年12月5日から平成22年8月17日まで,本件作業場において,技能実習として建具製作等の作業に従事した。

(4)  最低賃金法所定の最低賃金

埼玉県における最低賃金法所定の最低賃金は,以下のとおりである。

(弁論の全趣旨)

平成19年10月20日~平成20年10月16日  時給702円

平成20年10月17日~平成21年10月16日  時給722円

平成21年10月17日~平成22年10月15日  時給735円

平成22年10月16日~平成23年9月30日  時給750円

(5)  原告Cの労働審判等

原告Cは,平成22年4月27日,当庁に,被告D及び訴外Fを相手方とする労働審判を申し立て(当庁平成22年(労)第54号事件),当庁は,同年9月28日,原告Cが被告Dとの間の雇用契約上の権利を有することを確認し,未払賃金等の支払を内容とする審判をし,被告Dが異議を申し立てた(異議申立てにより訴えの提起があったとみなされた事件は,当庁平成22年(ワ)第3079号事件。以下「別件訴訟」という。)。

2  争点

(1)  原告Aらの被告Dに対する賃金支払請求権の成否(争点1)

(2)  被告Dの原告Aらに対する無権代理人責任の有無(争点2)

(3)  原告Aらの被告Dに対する付加金請求権の成否(争点3)

(4)  被告組合の原告らに対する不法行為責任の成否(争点4)

3  争点についての当事者の主張

(1)  争点1(原告Aらの被告Dに対する賃金支払請求権の成否)について

【原告Aらの主張】

ア 被告Dの使用者性について

訴外Fの登記簿上の代表取締役である訴外Gは,平成17年7月7日に破産手続開始決定を受け,訴外Fとの間の委任契約は終了していたのであり,原告Aらの研修期間中及び技能実習期間中において,訴外Fの代表取締役は不在であった。また,訴外Fの登記簿上の取締役である訴外H及び訴外Iが,訴外Fの経営に関与していた形跡はない。被告D作成に係る陳述書(乙27)には,訴外 J が訴外Fの経営に参加していたかのような記載があるが,訴外Jは,訴外Fを被告Dに譲渡した平成19年1月31日以降,同社の経営に携わっていなかったのは明らかである。本件作業場の土地建物は,平成19年12月の時点において,被告Dが相談役となっている訴外有限会社K(以下「訴外K」という。)の所有であり,訴外Fの所有ではなかった。以上のように,訴外Fは,原告Aらの研修期間及び技能実習期間を通じて,何ら会社としての実態のないものであった。

そして,被告Dは,会社法規定の責任を不明瞭にし,研修生を受け入れるためには会社組織でなければなかったことから,訴外Fの虚偽の外形を利用し,自ら「社長」と名乗って,訴外F名義で原告Aらの研修生受入れ,雇用継続,解雇,研修手当及び給与の支払を決定していたほか,原告Aらに対して作業の指揮命令をしていた。よって,被告Dは,原告Aらとの関係で使用者性を有していたことは明らかである。

イ 研修期間中における原告Aらの労働者性について

被告Dは,原告Aらに対して,被告組合の所在地を管轄する広島入国管理局長に提出された研修実施予定表に記載があるとおりの非実務研修,実務研修を実施していない。また,原告Aらは,研修が開始された平成19年12月12日以降,本件作業場において,被告Dの指揮監督の下,草むしり,植林,ゴミの焼却,工場内の清掃などの雑用のほか,ふすまや扉の建具の製作補助を行ったが,深夜3時まで1日18時間以上にわたって作業に従事することや休日に作業に従事することがあった。よって,原告らは,研修期間中において,被告Dの指揮監督の下,労務を提供したのであり,労働基準法9条,最低賃金法2条1号所定の労働者に該当する。

ウ 未払賃金等の金額について

(ア) 平成19年12月12日~平成22年8月17日

a 基本給及び割増賃金について

原告Aらの研修期間中における平成19年12月12日から平成20年12月4日まで,研修時間である月曜日から金曜日の午前8時から午後5時10分(休憩時間は70分)が所定労働時間に当たり,被告Dは,かかる時間について,原告Aらに対して,それぞれ基本給として最低賃金法所定の最低賃金を支払う義務を負う。また,被告Dは,技能実習期間である平成20年12月5日以降,雇用契約書及び雇用条件書に記載された条件により,原告Aらに対して,それぞれ基本給として最低賃金法所定の賃金を支払う義務を負う。

原告Aらは,平成19年12月12日から平成20年12月4日までの研修期間中において,所定時間外においても作業に従事していたのであり,被告Dは,原告Aらに対し,割増賃金として,労働基準法37条1項本文及び「労働基準法第37条第1項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令」(平成6年政令第5号)の規定により,時間外労働については25パーセントの割増賃金を,深夜労働についてはさらに25パーセントの割増賃金を,月曜日を起算とする1週間に週1回の法定休日が取得されていない場合には日曜日を法定休日として休日労働について35パーセントの割増賃金を,所定休日の労働について25パーセントの割増賃金をそれぞれ支払う義務を負う。

b 原告Aらの労働時間について

原告Aらの平成19年12月12日から平成22年8月17日までの各日における始業時刻,終業時刻,1日実労働時間数及び時間外労働時間数は,それぞれ,原告Aについては別紙2の2の1ないし35の各表(添付省略),原告Bについては別紙3の2の1ないし35の各表(添付省略)記載各「始業時刻」,「終業時刻」,「一日実労働時間数」及び「法外残業時間数」欄のとおりであり,所定労働時間,時間外労働時間,深夜労働時間,法定外休日労働時間及び休日労働時間を各月(締切日は各月4日。以下同じ。)に集計した結果は,原告Aについては別紙2の1「A 未払賃金目録」(以下「A月別賃金表」という。添付省略),原告Bについては別紙3の1「B 未払月別賃金目録」(以下「B月別賃金表」という。添付省略)記載各「所定労働時間数」欄,「法外残業時間数」欄,「深夜残業時間数」欄,「法定外休日労働時間数」欄及び「休日労働時間数」欄のとおりである。なお,原告Aらは,被告Dから,平成20年12月26日ないし平成21年1月6日,同月11日及び同月12日の休日労働並びに同年12月26日ないし平成22年1月6日の休日労働について,各5万円の支払を受けており,これらの期間における労働時間は,実労働時間等に含めていない。

c 未払賃金額について

前記a及びbを前提にした,平成19年12月12日から平成22年8月17日までの間の各月の基本給,時間外割増賃金,深夜割増賃金,法定外休日割増賃金及び休日労働割増賃金は,原告AについてはA月別賃金表,原告BについてはB月別賃金表記載の各「基本給」欄,「法外残業割増賃金」欄,「深夜残業割増賃金」欄,「法定外休日割増賃金」欄及び「休日労働割増賃金」欄のとおりであり,時間外等割増賃金の合計は「月間未払時間外手当」欄,基本給と時間外等割増賃金の合計は「基本給・時間外手当合計」欄記載のとおりである。被告Dは,上記期間中の各月において,原告Aに対してはA月別賃金表,原告BについてはB月別賃金表記載の各「既払金」欄のとおり研修手当又は賃金を支払っていた。

よって,被告Dは,平成19年12月から平成22年8月までの間の各月の未払賃金として,原告Aに対してはA月別賃金表,原告Bに対してはB月別賃金表記載各「基本給・時間外手当合計」欄の金額から「既払金」欄記載の金額を控除した「未払金合計」欄記載の金員を支払う義務を負う。

(イ) 平成22年8月18日~同年12月4日

被告Dは,原告Aらが原告Cの労働審判期日に同行するために有給休暇を取得した翌日である平成22年8月19日以降,原告Aらの就労を拒否し,原告Aらを解雇したが,かかる解雇は,労働契約法17条所定のやむを得ない事由があるものではなく無効である。よって,原告Aらの平成22年8月18日から雇用期間の終期である同年12月4日までの間の原告Aらの不就労は,被告Dの責めに帰すべき事由によるものであり,被告Dは,別紙1「別紙賃金目録」(添付省略)記載「原告B(平成22年8月18日~12月4日)」の表及び「原告A(平成22年8月18日~12月4日)」の表の各月(ただし,平成22年10月は最低賃金法所定の最低賃金の改定があった日の前日である同月16日までが上欄,改定があった日の同月17日以降が下欄である。)について「月額賃金計」欄記載の賃金を支払う義務を負う。

【被告Dの主張】

原告Aらの主張は争う。原告らを技能実習期間中において雇用したのは,訴外Fであり,被告Dではない。被告Dは,訴外Fの正社員ではなく,相談役として,木工の仕事について教え,営業の仕事をしていた。訴外Fにおいて原告らの研修を担当していたのは,訴外L及びHである。

(2)  争点2(被告Dの原告Aらに対する無権代理人責任の有無)について

【原告Aらの主張】

原告Aらと被告Dとの間に直接の雇用関係がなかったとしても,被告Dは,訴外Fの代表権がないにもかかわらず,訴外Fの社長又は人事権限のある相談役として,訴外Fのためにすることを示して原告Aらとの間で雇用契約を締結したのであり,民法117条規定の無権代理人の責任として,原告Aらに対し,原告Aらと訴外Fとの間の雇用契約に基づく賃金又は損害賠償として,前記(1)【原告Aらの主張】ウ(ア)c及び同(イ)のとおりの金員を支払う義務を負う。

【被告Dの主張】

原告Aらの主張は争う。

(3)  争点3(原告Aらの被告Dに対する付加金請求権の成否)について

【原告Aらの主張】

被告Dに対しては,原告Aらの時間外労働について,労働基準法37条所定の割増部分だけでなく通常の賃金部分も含めた未払賃金全体について同法114条に基づく付加金の支払が命じられるべきである。よって,被告Dは,原告Aに対してはA月別賃金表,原告Bに対してはB月別賃金表記載各「付加金」欄記載の金額(平成20年11月分以降の未払賃金相当額)を支払う義務を負う。

【被告Dの主張】

原告Aらの主張は争う。

(4)  争点4(被告組合の原告らに対する不法行為責任の有無)について

【原告らの主張】

ア 名義貸しに関する不法行為

(ア) 団体監理型における第一次受入れ機関は,研修生に対して,第二次受入れ機関が,研修・技能実習事業を適正かつ継続・安定的に実施するための財政基盤,設備及び研修指導員が充分に確保され,研修生に技能を修得するのに充分な体制を整えていることを確認し,第二次受入れ機関として研修生・技能実習生を受け入れようとしている機関がかかる体制を整えていない場合には,同機関に研修生を派遣してはならない義務を負う。しかしながら,前記(1)【原告Aらの主張】アのとおり,第二次受入れ機関とされた訴外Fは,会社としての実態がなく,被告Dは,訴外Fの虚偽の外形を殊更に維持して原告らを受け入れようとし,適正な研修を実施することを到底期待できる者ではなかったにもかかわらず,被告組合は,原告らを訴外F又は被告Dへ派遣したのであり,上記注意義務を懈怠した。

被告組合の上記のとおりの注意義務違反行為により,原告らは,訴外F及び被告Dから適正な賃金の支払を受けることができなくなったのであり,未払賃金に相当する金額の損害を被った。原告Aらが被った損害は,前記(1)【原告Aらの主張】ウ(ア)c及び同(イ)のとおりの金額であるが,未払賃金相当額の損害としては,原告Aはこのうち249万8166円を,原告Bはこのうち246万0591円を請求する。

(イ) 原告Cの平成19年12月12日から平成22年3月6日までの各日における始業時刻,終業時刻,1日実労働時間数及び時間外労働時間数は,それぞれ,別紙4の2の1ないし30の各表(添付省略)記載各「始業時刻」,「終業時刻」,「一日実労働時間数」及び「法外残業時間数」欄のとおりであり,所定労働時間,時間外労働時間,深夜労働時間,法定外休日労働時間及び休日労働時間を各月に集計した結果は,別紙4の1「C 未払月別賃金目録」(以下「C月別賃金表」という。添付省略)記載「所定労働時間数」欄,「法外残業時間数」欄,「深夜残業時間数」欄,「法定外休日労働時間数」欄及び「休日労働時間数」欄のとおりである。そして,原告Cの,平成19年12月12日から平成22年3月6日までの間の各月における基本給,時間外割増賃金,深夜割増賃金,法定外休日割増賃金及び休日労働割増賃金は,C月別賃金表記載「基本給」欄,「法外残業割増賃金」欄,「深夜残業割増賃金」欄,「法定外休日割増賃金」欄及び「休日労働割増賃金」欄のとおりであり,時間外等割増賃金の合計は「月間時間外手当合計」欄,基本給と時間外等割増賃金の合計は「基本給・時間外手当合計」欄のとおりであり,被告Dの既払金は,「既払金」欄のとおりであった。よって,原告Cは,上記期間において,C月別賃金表記載「基本給・時間外手当合計」欄の金額から「既払金」欄の金額を控除した「未払金合計」欄の未払賃金相当額の損害を被った。

また,被告Dは,平成22年3月7日,原告Cを解雇したが,かかる解雇は,労働契約法17条所定のやむを得ない事由があるものではなく無効であり,同月8日から雇用期間の終期である同年12月4日までの間の不就労は,被告Dの責めに帰すべき事由によるものである。よって,原告Cは,上記期間において,別紙1「別紙賃金目録」(添付省略)記載「原告C(平成22年3月8日~12月4日)」の表の各月(ただし,平成22年10月は最低賃金法所定の最低賃金の改定があった日の前日である同月16日までが上欄,改定があった日の同月17日以降が下欄である。)について「月額賃金計」欄の賃金に相当する損害を被った。

原告Cは,未払賃金相当額の損害としては,以上のうち,209万2333円を請求する。

イ 研修不実施,違法残業の放置に関する不法行為

(ア) 「研修生及び技能実習生の入国・在留管理に関する指針」(平成19年12月法務省入国管理局。以下「研修指針」という。甲3)には,第一次受入れ機関に研修の監理責任があるとし,研修・技能実習制度の趣旨の周知,非実務研修の計画通りの実施,受入れ機関による不法就労の排除といった役割があることが記載されている。よって,被告組合は,原告らに対し,第一次受入れ機関として,第二次受入れ機関による違法就労の排除,不適切な監理の禁止,非実務研修の実施について適切な監査を行い,その結果に基づいて,第二次受入れ機関に適切な指導をする作為義務を負う。

また,被告組合は,研修期間中において研修を監理するという先行行為があり,研修指針には,第一次受入れ機関が技能実習移行後も,技能実習が適切かつ確実に実施できるよう協力すべきであり,第一次受入れ機関が倒産等により技能実習の実施を継続することができなくなった場合には新たな技能実習実施機関を探すように記載されている。よって,被告組合は,原告らに対し,技能実習期間中において,技能実習が適法に行われているか監査し,その結果に基づいて,第二次受入れ機関に適切な指導をする作為義務を負うほか,技能実習生の技能実習継続及び賃金の支払確保のための適切な措置を講じる作為義務を負う。

(イ) しかしながら,被告組合は,非実務研修を5日間しか実施しておらず,被告Dによる研修を何ら監理することなく,前記(1)【原告Aらの主張】のとおりの原告らの違法就労のほか,原告らの社会保険未加入及び被告Dによる社会保険料の不当控除を放置したのであり,前記作為義務を懈怠した。原告らは,被告組合の前記作為義務違反により,精神的苦痛を受け,これを慰謝するには,それぞれ100万円が相当である。

【被告組合の主張】

訴外Fは,実態がある会社であり,訴外Fの工場には,「F」と記載された看板が掲げられ,訴外F宛ての普通郵便も到達していた。東京入国管理局は,原告らが研修を受ける約半年前に,訴外Fが第二次受入れ機関としての適格を有していることを確認しており,平成20年11月11日にも,被告組合の担当者が立ち会った調査において,実習実施機関としての適格性を確認している。また,被告組合は,本件作業場及び原告らが居住していた寮に出向き,原告らと面談をして,その都度,原告らの体調,賃金の支払状況等について聞取りをしていた。よって,被告組合において,原告らの研修及び技能実習につき,何ら不法行為責任を負わない。

第3当裁判所の判断

1  争点1(原告Aらの被告Dに対する賃金支払請求権の成否)について

(1)  使用者性について

ア 労働契約法2条2項は,同法における「使用者」について,その使用する労働者に対して賃金を支払う者をいうと定義し,最低賃金法2条2号が準用する労働基準法10条は,同法における「使用者」について,事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について,事業主のために行為をするすべての者をいうと定義する。これらの定義からすれば,前記各法における「使用者」とは,実質的に指揮命令をして労務の提供を受け,賃金を支払っていた又は支払うべき者をいうと解するべきであり,その前提として,会社の場合においては,これらの主体となり得る実態を有していることが必要である。

イ 訴外Fの実態について

(ア) 証拠(甲2,甲10の1・2,甲25の19,甲34,54,乙39,40の1ないし19,乙42,43,乙61,66の1・2)によれば,訴外Fは,昭和54年の設立後,橋梁関係の土木工事の請負等の業を行い,平成12年ころから平成14年ころには,年間2600万円程度の売上があったものの,遅くとも平成18年ころには,訴外Fの代表取締役として登記されている訴外G,取締役として登記されている訴外H及び訴外Iのほか,一人株主として法人印を所持するなどして訴外Fを実質的に支配していた訴外Jのいずれの者も,何ら訴外Fの業務執行をせず,訴外Fとして対外的取引をしていなかったことが認められる。また,証拠(甲8の1・2,乙45ないし47,49,57,66の1)及び弁論の全趣旨によれば,訴外Fは,平成18年ころにおいて,商業登記簿上に登記された本店所在地である埼玉県入間郡c町d番地の土地及びその地上に存する未登記のプレハブ小屋を所有していたものではなく,他に,営業用資産を有していたとか,従業員がいたとも認められない。以上の事実からすれば,訴外Fは,遅くとも平成18年ころにおいて,外形上,登記が存在するのみで,会社として何らの実態もなかったというべきである。

この点,証拠(甲25の18・20,乙41)によれば,訴外Fの損益計算書等には,平成17年11月1日から平成18年10月31日までの期間に約8100万円の売上高があった旨の記載があるが,かかる記載に何ら客観的な裏付けがあるものではなく,かかる記載をもって上記認定が左右されるものではない。また,証拠(乙66の1)によれば,訴外Jは,別件訴訟において,訴外Fが平成19年当時に埼玉県入間郡c町d番地の土地及びその地上に存する未登記のプレハブ小屋を所有していた旨の回答書を提出するが,同土地の登記(乙44)によれば,同土地は訴外Jの所有に係ることは明らかであり,上記回答書を採用することはできない。

(イ) そして,証拠(甲27,34,乙66の1・2)によれば,被告Dは,平成18年の終わりから平成19年のはじめころ,訴外Jから,訴外Fの法人印等を譲り受けて,同社の名義を使用することができる地位を譲り受けたところ,その譲受後においても,登記簿上の取締役及び訴外Jは,訴外Fの業務執行には何ら当たっておらず,登記簿上の本店所在地も何ら実態のないままであったことが認められる。また,証拠(甲23の1・2,甲29,31,38ないし42,53)によれば,被告Dは,外国人研修・技能実習制度の下で,原告らを本件作業場での作業に従事させているが,本件作業場は,訴外K又は訴外Mの所有に係り,訴外Kの看板が掲げられていたものの,訴外Fの看板は掲げられていなかったこと(この点,被告組合は,本件作業場に訴外Fの看板が掲げられていた旨の主張をするが,何ら裏付けがなく,採用することができない。),本件作業場では,平成20年6月25日までは,訴外Kの取締役である訴外Nが「工場長」として原告らに作業の指示をし,同日以降は,訴外Kを実質的に経営する被告Dが原告らに作業を指示していたこと,本件作業場における対外的取引は全て訴外Kが行っており,訴外Fは何ら対外的取引を行っていなかったことが認められる。また,証拠(甲53,乙61)及び弁論の全趣旨によれば,被告Dは,原告らの研修手当及び給与の計算並びに支払について,自ら,又は訴外Oに一部を委託して行っていたことが認められるものの,その計算及び支払が,訴外Kのものと明確に区別されていたともいえない。

(ウ) この点,証拠(甲53)によれば,被告Dは,別件訴訟の被告Dの本人尋問において,訴外Jや訴外Hが訴外Fの業務執行に当たっており,被告Dは訴外Fの従業員であった旨の供述をし,原告らの技能実習移行に際して広島入国管理局が平成20年11月11日に実施した調査に「H」と名乗る者が立ち会った旨が同報告書(甲23の1)に記載され,原告らの技能実習期間更新に際して東京入国管理局が平成21年12月7日に実施した調査で,被告D又は訴外Oが,訴外Fの売上は年間約3400万円である旨を説明したことが認められる(甲23の2)。しかしながら,訴外Jが訴外Fの経営に関与している事実を示す客観的な証拠は何ら存せず,また,証拠(甲31,32,証拠保全の結果)によれば,被告Dが広島入国管理局による前記調査に立ち会って,同調査員に対して「H」の名を騙ったことが認められ,同報告書の記載をもって訴外Hが訴外Fの取締役として業務執行に当たっていたと認めることは到底できず,平成21年ころにおいて訴外Fに売上があったことを示す客観的な裏付けは何ら存しない。

また,訴外N,訴外P及び訴外Qの雇用保険被保険者資格喪失確認通知書(事業主通知用)(乙37)には,事業主が訴外Fである旨の記載があり,このほか,訴外F名義の被告Dに宛てた給与明細書(乙38),原告Cの労働審判に提出された答弁書(甲35)及び直送書(甲54)がある。しかしながら,訴外Nらについて事業主を訴外Fとして雇用保険料が支払われた期間は平成20年2月26日ないし3月26日から同年6月25日までのわずか3ないし4か月間に過ぎない(乙37)上,弁論の全趣旨によれば,原告らの社会保険は未加入のままであったことが認められる。また,証拠(甲9,27,53,乙63)によれば,前記給与明細書等は,被告D又は訴外Oが作成したものであることが認められる。よって,これらをもって,訴外Fに会社としての実態があったということは到底いえない。

(エ) 以上からすれば,訴外Fは,その名義を使用することができる地位が訴外Jから被告Dに移った後においては,外国人研修・技能実習制度の下での研修生及び技能実習生の受入れ,短期間の雇用契約又は雇用保険上の名義として用いられたのみであって,実質的に指揮命令をして労務の提供を受け,賃金を支払う主体となり得る実態を有していなかったのであるから,原告Aらとの関係で使用者であったとは認められない。

ウ 被告Dの使用者性について

証拠(甲12の1・2,甲20ないし22,甲23の1・2,甲25の1・2,甲53,乙1,17,20,24,27,29,61,乙ロ1,R証人,被告D本人)によれば,被告Dは,自らが経営していた訴外株式会社S等が平成13年以降において民事再生手続を申し立てるなどした後,取締役等として会社法上の責任を負う地位に就くことなく会社を経営しようとして,平成18年の終わりから平成19年のはじめころに訴外Fの名義を使用することができる地位を譲り受け,その後,訴外Tの社長である訴外Uから被告組合の紹介を受け,自らの判断により外国人研修・技能実習制度の下で研修生を受け入れたこと,原告Aらとの間で訴外Fの名義を使用して雇用契約を締結したこと,自ら又は訴外Oに指示して訴外Kの売上の中から原告Aらの研修手当及び給与を支払っていたこと,本件作業場において原告らから「社長」と呼ばれ,原告らに対し,自ら又は訴外Nを通じて,作業上の指揮・命令を行っていたこと,原告Aらのタイムカードを管理していたこと,原告Cの平成22年3月7日,原告Aらの同年8月18日における雇用契約の終了の決定をしたことが認められる。

これらの事実からすれば,被告Dは,実質的に原告Aらに対して指揮命令をして,原告Aらから労務の提供を受け,原告Aらに対して賃金を支払っていた又は賃金を支払うべき者といえ,後記(2)のとおり,原告Aらは研修期間中であっても労働者性が認められるから,原告Aらとの関係では,研修期間及び技能実習期間を通じて,使用者であったといえる。

(2)  研修期間中の労働者性について

ア 労働契約法2条1項は,同法における「労働者」について,使用者に使用されて労働し,賃金を支払われる者をいうと定義し,最低賃金法2条1号が準用する労働基準法9条は,同法における「労働者」について,職業の種類を問わず,事業又は事務所に使用される者で,賃金を支払われる者をいうと定義する。そして,前記前提事実(2)イ(イ)a,b(a),(b)のとおり,外国人研修・技能実習制度での実務研修は,商品を生産し若しくは販売する業務又は対価を得て役務を行う業務に従事することにより技術,技能又は知識を修得する研修と定義されていること,基準省令の研修の在留資格に係る基準5号イ,ロ,ニ及び5号告示8号ニが,第一次受入れ機関に研修体制の整備を要請していること,基準省令の研修の在留資格に係る基準7号が,実務研修を受ける時間が本邦において研修を受ける時間全体の3分の2以下であることを要請している。

以上からすれば,外国人研修・技能実習制度における研修生が,労働契約法及び最低賃金法上の労働者に当たるか否かについては,受入れ機関側における研修体制の構築の有無,実際に実施された研修内容・時間,特に非実務研修の実施の有無,その内容・時間のほか,研修生が研修手当を受領していた場合にはその手当についての認識等を総合考慮した上で,研修生が行った作業であっても,労務の提供として賃金の支払を受けるにふさわしいものであった場合には,前記労働者に当たるというべきである。

イ そこで検討すると,証拠(甲25の22・23)によれば,広島入国管理局長に提出された原告Aらの研修実施予定表には,平成19年12月から平成20年11月までの間に,訴外Fにおいて,研修科目を「工事用材料の取扱い」,「設備・器工具の取扱い」,「基本作業」及び「品質管理」と,研修指導員を「L」及び「V」と,総時間を1270時間とする実務研修とともに,研修科目を「オリエンテーション」,「安全衛生」,「現場工程」,「素材」及び「品質管理,製品検査」と,研修指導員を「G」,「H」,「V」及び「L」と,総時間を490時間とする非実務研修を実施する予定である旨が記載されている。

しかしながら,証拠(甲20ないし22,26,30ないし33,53)によれば,そもそも,本件作業場に「V」なる人物はおらず,前記(1)イ(ア),(イ)のとおり,訴外G及び訴外Hは,訴外Fの取締役として登記されているに過ぎず,何ら訴外Fの業務執行に当たっていない。また,本件記録を精査しても,「L」なる人物が原告Aらに対して,研修の指導に当たっていたことを認めるに足りる証拠はない(この点,被告Dは,別件訴訟において,「L」なる人物は,資金や帳簿の管理,給与計算をしていたと述べるのみである〔甲53〕。被告D作成に係る陳述書及び訴外O作成に係る陳述書も同旨〔乙27,61〕。)。

また,前記(1)ウのとおり,訴外N及び被告Dが,原告Aらに対して建具製作に係る作業の指示をしていたものの,かかる指示は,何ら研修実施予定表に沿ったものではなく,後記(4)アのとおり,原告Aらの研修期間中の作業は,所定の研修時間を超え,ときには深夜,休日にも実施されている。さらに,証拠(甲20ないし22,26,30ないし33,53,証拠保全の結果)によれば,被告Dは,原告Aらの日本語の修得に向けた研修を何ら実施しておらず,原告らの日常生活に必要な,生活様式の指導やスーパーマーケット等の本件作業場の近隣施設を案内したことが窺えるものの,これらをもって非実務研修に当たるとは到底いえない。この点,証拠(甲23の1)によれば,原告Cの技能実習移行に際して広島入国管理局長に提出された研修日誌には,平成19年12月12日から同月15日までの間に,「L」が日本の生活様式,交通ルール,日本語等に関する非実務研修を実施した旨の記載があるが,前記(1)イ(ウ)のとおり,広島入国管理局による調査は,「H」の名を騙る被告Dが立ち会い,研修指導員とされていた「G」が不在であったとして詳細な調査は行われていないのであり,かかる記載をもって,本件作業場で非実務研修が行われたとは到底認めることはできない。

さらに,証拠(甲25の2)によれば,被告Dは,原告Aらに対して,それぞれ研修期間中に毎月7万円の研修手当を支払っていたことが認められるが,原告Aらが,研修期間中においても,残業時間をカレンダーに記載していた(甲13,20,21,30,31,証拠保全の結果)ことからすれば,原告Aらは,研修手当について,労働の対価として支払われたものと認識していたことが推認される。

ウ 以上からすれば,原告Aらが研修期間中に行った作業は,労務の提供として賃金の支払を受けるにふさわしいものであり,原告Aらは,研修期間中においても,労働契約法及び最低賃金法上の労働者に当たるというべきである。

(3)  原告Aらの平成22年8月18日以降の不就労について

原告Aらは,被告Dが原告Aらを平成22年8月18日に解雇したものの,労働契約法17条1項が規定する「やむを得ない事由」がないとして,解雇の無効を主張し,原告Aらは,被告Dの責めに帰すべき事由により就労することができなくなったとして,契約期間満了までの賃金を請求する。

そこで検討すると,証拠(甲20,21,26,30,31,乙17,27,乙ロ1,R証人,被告D本人,証拠保全の結果)によれば,平成22年8月ころにおいて,本件作業場で作業に従事していたのは原告Aらのみであったこと,被告Dは,同月25日,被告組合に対して,原告Aらが同月18日以降,無断欠勤をし,本件作業場で製作する製品の納期に間に合わず,損失が発生している旨を相談していたことが認められる。かかる事実からすれば,被告Dが,本件作業場における作業を唯一支えていた原告Aらに対して,一方的に雇用契約を解約する旨の意思表示をしたとは認め難く,原告Aらの同日以降の不就労は,原告Aらの意思によるものであると認められる。そうだとすると,原告Aらの平成22年8月18日以降の不就労は被告Dの責めによるものとは認め難く,他にこれを認めるに足りる証拠はない。この点,原告Aらは,同日に有給休暇を取得した旨主張し,これに沿う原告Aらの陳述録取書(甲20,21)及び証拠保全における原告Aらの供述があるが,かかる事実について客観的な裏付けを欠き,採用することができない。

したがって,被告Dは,原告Aらに対して,平成22年8月18日以降の賃金を支払う義務を負わない。

(4)  未払賃金について

上記(1)ないし(3)のとおり,原告Aらの研修期間のうちの平成19年12月12日から平成20年12月5日まで及び技能実習期間のうちの同月6日から平成22年8月17日までの間,被告Dには使用者性が認められ,原告Aらには労働者性が認められるのであるから,被告Dは,原告Aらとの間の雇用契約に基づき,上記期間における原告Aらの労働について賃金を支払う義務を負う。

そして,埼玉県における最低賃金法所定の最低賃金は,前記前提事実(4)のとおりであり,A月別賃金表及びB月別賃金表記載各番号1ないし35の各月に対応する最低賃金法所定の最低賃金は,前記各表記載「時間単価」欄のとおりである。また,時間外割増賃金については,平成20年法律第89号による改正前の労働基準法37条1項,4項,同法施行規則20条,「労働基準法第37条第1項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令」(平成6年政令第5号)の各規定に従い,1週間について40時間,1日について8時間を超える部分については25パーセントを,うち午後10時から午前5時までに及ぶ部分についてはさらに25パーセントを,日曜日を法定休日としてその日の労働については法定休日労働として35パーセントを,技能実習に当たって締結された雇用契約における休日に関する合意に基づく祝日の労働(以下「法定外休日労働」という。)については25パーセントを,それぞれ割増して計算すべきである。

以上を前提として,原告Aらの未払賃金額は以下のとおりとなる。

ア 賃金合計額について

(ア) 原告Aらの労働時間について

証拠(甲6の1・2,甲13ないし15,18,19,52)によれば,平成19年12月12日から平成22年8月17日までの間,原告Aは別紙2の2の1ないし35の各表,原告Bは別紙3の2の1ないし35の各表記載「年月日」欄の年月日における同「始業時刻」欄の時刻に始業して同「終業時刻」欄の時刻に終業したことが認められ,各日の実労働時間は同「一日実労働時間数」欄のとおり,うち時間外労働時間は同「法外残業時間数」欄のとおり(そのうち午後10時から午前5時までの間の労働時間は同「深夜残業時間数」欄のとおりである。),うち法定外休日労働時間は同「法定外休日労働時間数」欄のとおり,うち法定休日労働時間は同「休日労働時間数」欄のとおりであり,実労働時間,所定労働時間,時間外労働時間,深夜労働時間,法定外休日労働時間及び休日労働時間をそれぞれ各月に集計した結果は,原告AはA月別賃金表,原告BはB月別賃金表記載各「月間実労働時間数」欄,同「所定労働時間数」欄,同「法外残業時間数」欄,同「法定外休日労働時間数」欄及び同「休日労働時間数」欄のとおりである。

(イ) 原告Aらの賃金額について

A月別賃金表及びB月別賃金表記載各番号1ないし35に対応する各月の基本給及び時間外等割増賃金の合計額は,原告Aらの請求の範囲内において,下記a及びbの各金額の合計となり,上記各月別賃金表記載「基本給・時間外手当合計」欄の金額となる。

a 基本給

A月別賃金表及びB月別賃金表記載番号1ないし35に対応する各月の同「所定労働時間数」欄の時間に,最低賃金である同「時間単価」欄の金額を乗じた,同「基本給」欄の金額

b 時間外,休日及び深夜割増賃金

下記(a)ないし(d)の金額の合計であるA月別賃金表及びB月別賃金表記載「月間未払時間外手当合計」欄の金額

(a) 時間外割増賃金

A月別賃金表及びB月別賃金表記載番号1ないし35に対応する各月の同「法外残業時間数」欄の時間に,最低賃金である同「時間単価」欄の金額に25パーセントを割増した金額を乗じた,同「法外残業割増賃金」欄の金額

(b) 深夜割増賃金

A月別賃金表及びB月別賃金表記載番号1ないし35に対応する各月の同「深夜残業時間数」欄の時間に,最低賃金である同「時間単価」欄の金額の25パーセントを乗じた,同「深夜残業割増賃金」欄の金額

(c) 法定外休日割増賃金

A月別賃金表及びB月別賃金表記載番号1ないし35に対応する各月の同「法定外休日労働時間数」欄の時間に,最低賃金である同「時間単価」欄の金額に25パーセントを割増した金額を乗じた,同「法定外休日割増賃金」欄の金額

(d) 法定休日割増賃金

A月別賃金表及びB月別賃金表記載番号1ないし35に対応する各月の同「休日労働時間数」欄の時間に,最低賃金である同「時間単価」欄の金額に35パーセントを割増した金額を乗じた,同「休日労働割増賃金」欄の金額

イ 未払賃金額

原告AはA月別賃金表の,原告BはB月別賃金表記載番号1ないし35に対応する各月において,同「既払金」欄の金額が既に支払われたと主張するのであり,前記アの金額からこれを控除した金額は,同「未払金合計」欄の金額となり(なお,同欄の数字の前に付された「-」の表示は,既払金が超過していることを示すものである。),原告Aについては249万8166円,原告Bについては246万0591円となる。

(5)  まとめ

したがって,被告Dは,未払賃金として,原告Aに対し249万8166円を,原告Bに対し246万0591円をそれぞれ支払う義務を負う。

2  争点2(被告Dの原告Aらに対する無権代理人責任の有無)について

原告Aらは,被告Dに対して,予備的に,無権代理人の責任に基づいて賃金等の支払を求めるが,上記1のとおり,被告Dは,原告Aらに対して,使用者として未払賃金の支払義務を負うのであり,この点については判断を要しない。

3  争点3(原告Aらの被告Dに対する付加金請求権の成否)について

被告Dは,使用者として,原告Aに対してはA月別賃金表の,原告Bに対してはB月別賃金表の各記載番号13ないし35の「未払金合計欄」の金額の時間外等割増賃金を支払わなかったのであり,その態様,未払額等に鑑みれば,被告Dに対して,労働基準法114条所定の付加金として同金額の支払を命ずるのが相当である。なお,基本給の未払額について付加金の支払を命ずることはできないので,上記各表の既払金が基本給額を下回る月については,月額未払時間外手当欄の額を付加金とするのが相当である。

よって,被告Dは,付加金として,原告Aに対し29万2782円を,原告Bに対し26万4250円をそれぞれ支払う義務を負う。

4  争点4(被告組合の原告らに対する不法行為責任の成否)について

(1)  被告組合の注意義務の内容

ア 前記前提事実(2)イ(イ)a及びbのとおり,入管法7条1項2号,基準省令5号,6号,5号告示及び6号告示は,外国人研修・技能実習制度における研修は,企業単独型を原則的な形態としつつ,例外的に団体監理型によることを許容し,団体監理型で研修生を受け入れる場合においては,第一次受入れ機関が研修を監理することを規定するが,かかる規定の趣旨は,海外企業との資本関係や取引関係を有しないために,直接研修生を受け入れることができない中小の企業等について,研修生を受け入れることにより国際貢献の途を開くこととし,中小企業団体等の一定の公的性格を有する第一次受入れ機関が,中小企業等の第二次受入れ機関の研修実施能力を補完して,適正な研修の実施を確保する点にある。また,5号告示及び6号告示は,第一次受入れ機関の役員で,当該事業の運営について責任を有するものが,第二次受入れ機関における研修の実施状況について3月に少なくとも1回監査を行い,その結果を管轄の入管の長に報告するものとされ,証拠(甲25の15)によれば,被告組合は,広島入国管理局長に対し,原告らの研修について,研修開始後6か月を経過するまでは1か月ごとに監査を実施し,その結果を同局長に報告することとしていたことが認められる。

そうだとすれば,外国人研修・技能実習制度の団体監理型における第一次受入れ機関は,研修を受けようとする者に対して,第二次受入れ機関が研修を適正に実施する体制を備えず,体制を備えることが全く期待できない場合にあっては,そもそもそのような機関に研修生を受け入れさせてはならない義務を負い,また,研修生に対して,自ら第一次受入れ機関として適正な研修を実施し,第二次受入れ機関による研修が研修計画どおり実施されているか,実質的に労働となっていないか等について監査し,不適切な研修が行われている場合には,これを指導し,管轄の地方入国管理局長に報告する義務を負うというべきである。

イ 外国人研修・技能実習制度における技能実習は,研修により一定水準以上の技術等を修得した者が,研修を行ってきた機関を実習実施機関として,同機関との間で雇用契約を締結し,生産現場での労働を通じてより実践的な技術等を修得するものである。実習実施機関は,技能実習の実施に当たって労働関係法規を遵守する責任を負う一方で,研修での第一次受入れ機関は,研修とは異なり,技能実習を監理する地位にはなく,基本的には,技能実習の実施について注意義務を負うものではない。

もっとも,技能実習は,外国人研修・実習制度の下で研修と一体として運用され,技能実習は研修の実施を前提としているものであり,法務省入国管理局が平成19年12月に公表した「研修生及び技能実習生の入国・在留管理に関する指針」(甲3)において,安価な労働力確保の目的で研修生を受入れる事例が存在しているとして,実習実施機関による不法就労の排除のために第一次受入れ機関が,実習実施機関を指導することが望まれる旨が記載されている。そうだとすれば,研修における第一次受入れ機関は,実態のない会社と雇用契約を締結しようとしていることを管轄する地方入国管理局長に報告しないなど,実習実施機関における不法就労を殊更助長しているといえる場合に限って不法行為責任を負うというべきである。

この点,原告らは,第一次受入れ機関は,技能実習期間中においても,実習実施機関における技能実習が適法に行われているか監査する義務を負う旨の主張をするが,理由がなく採用することができない。

(2)  被告組合の注意義務違反の有無について

ア 前記1(1)イのとおり,原告らの研修における形式上の第二次受入れ機関である訴外Fは,被告Dが,研修生及び技能実習生の受入れ等の名義として用いたに過ぎない実態のない会社であって,原告らに研修を実施する体制は何ら構築されておらず,適正な研修体制が構築されることは到底期待することができない状況であったといえる。また,同(2)イのとおり,原告らが研修期間中に実際に行った作業は,技術,技能又は知識を修得させることを目的とするものではなく,実態として労働であったものである。これらの事情によれば,被告Dが訴外Fを形式上の第二次受入れ機関として原告らの研修生を受け入れた目的は,労働基準法及び最低賃金法の規定を潜脱し,同法所定の最低賃金を大きく下回る研修生1人当たり月額7万円程度の研修手当を支払うのみで労働力を得ることにあったことは明白であったといえ,被告組合は,訴外三得がその組合員であること,被告組合担当者が原告らの受入れに当たって被告Dと交渉していたことからすれば,上記のとおりの原告らを受け入れるにあたっての被告Dの目的を当然に認識していたことが認められる。

そして,証拠(甲20ないし22,23の1・2,甲30ないし33)によれば,被告組合の担当者であった訴外R及び訴外Wは,原告らの研修期間中において,研修技能試験の説明等と財団法人X(現在の公益財団法人X)が実施する調査の立会いのために本件作業場を訪れたに過ぎず,被告Dに対して適切な研修を実施するように指導したことはなく,被告組合を管轄する広島入国管理局長に対して訴外Fに実態がないことや原告らの研修期間中における不法就労について報告しなかったことが認められる。また,証拠(甲23の1,甲25の7・8,R証人)によれば,被告組合は,広島入国管理局長に対して非実務研修として合計160時間の非実務研修を実施する予定である旨を申請したものの,実際には,被告組合において7日間で合計48時間のみ実施したに過ぎないことが認められる。

以上から,訴外Fは,研修を適正に実施する体制を備えず,体制を備えることが全く期待できなかったのであるから,被告組合は,原告らに対して,そもそも,訴外Fに原告らを受け入れさせてはならない義務を懈怠したといえ,また,自ら第一次受入れ機関として適正な研修を実施し,訴外F又は被告Dによる研修を指導し,広島入国管理局長に対して報告する義務を懈怠したというべきである。

イ さらに,証拠(甲4の1・2,甲20ないし22,23の1・2,甲30ないし33,証拠保全の結果)によれば,被告組合の担当者であった訴外Wは,原告らの技能実習移行のための雇用契約書を作成する際に立ち会っていたこと,訴外Wは,その際,原告Cから使用者として記載のある「訴外F」の名が本件作業場では使用されておらず,代表者として記載のある「G」が実際の代表者ではない旨の指摘を受けたにもかかわらず,原告らに,そのまま同契約書に署名させたこと,被告組合は,広島入国管理局長に対し,同契約書を在留資格変更許可申請書に添付して提出し,何ら訴外Fに会社としての実態のないことの報告をしなかったことが認められる。

よって,被告組合は,技能実習において,被告Dが会社としての実態のない訴外Fへ原告らを就労させることを,殊更助長したといえるのであって,不法行為責任を負う。

(3)  損害の発生及びその額について

証拠(甲20ないし22,26,30ないし33,証拠保全の結果)によれば,前記(2)ア及びイのとおりの注意義務違反により,原告らは一定程度の精神的苦痛を受けたことが認められ,これらを慰謝するために支払を命ずるべき額としては,各50万円が相当である。

この点,原告らは,被告組合の注意義務違反行為により,訴外F又は被告Dから適正な賃金の支払を受けることができなくなったとして,研修期間及び実務実習期間を通じた未払賃金相当額の損害が発生した旨の主張をする。しかしながら,前記1で判示したとおり,研修期間中及び技能実習機関を通じて,原告らと被告Dとの間には雇用契約が成立し,被告Dが賃金支払義務を負うものであるから,被告組合による注意義務違反により,直ちに未払賃金相当額の損害が生じるものではなく,その損害は被告組合の行為との間で相当因果関係を欠くというべきである。よって,この点についての原告らの主張は理由がない。

(4)  まとめ

したがって,被告組合は,原告らに対し,不法行為に基づく損害賠償として,各50万円を支払う義務を負う。

第4結論

以上の次第で,原告らの請求のうち,①原告Aが被告Dに対して未払賃金として249万8166円及びこれに対する平成22年9月11日から同年12月10日まで民法所定年5パーセントの割合による遅延損害金3万1141円と雇用契約終了後の賃金支払期日の翌日である同月11日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律所定年14.6パーセントの割合による遅延利息の支払を求める部分,②原告Aが被告Dに対して労働基準法114条所定の付加金として29万2782円の支払を求める部分,③原告Bが被告Dに対して未払賃金として246万0591円及びこれに対する平成22年9月11日から支払済みまで民法所定年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める部分,④原告Bが被告Dに対して労働基準法114条所定の付加金として26万4250円の支払を求める部分,⑤原告らが被告組合に対して不法行為に基づく損害賠償として各50万円及びこれに対する不法行為があった日よりも後の平成22年9月11日から支払済みまで民法所定年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める部分は,いずれも理由があるから認容し,その余は理由がないからいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原啓一郎 裁判官 古河謙一 裁判官 猪坂剛)

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