さいたま地方裁判所 平成21年(行ウ)28号 判決
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1 越谷税務署長が平成 19年6月 29 日付けで原告X2 に対して行った,平成 17 年分所得税更正処分のうち,総所得金額 240 万円,分離長期譲渡所得 1122 万 2000円,納付すべき税額 24万 3150円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
2 越谷税務署長が平成 19年6月 29 日付けで原告X1 に対して行った,平成 17 年分所得税更正処分のうち,総所得金額 240 万円,分離長期譲渡所得 1122 万 2000円,納付すべき税額 72万 9450円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
3 越谷税務署長が平成 19年6月 29 日付けで原告X4 に対して行った,平成 17 年分所得税更正処分のうち,総所得金額 240 万円,分離長期譲渡所得 1122 万 2000円,納付すべき税額 24万 3150円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
4 越谷税務署長が平成 19年6月 29 日付けで原告X3 に対して行った,平成 17 年分所得税更正処分のうち,総所得金額 240 万円,分離長期譲渡所得 1122 万 2000円,納付すべき税額 24万 3150円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
第2事案の概要等
1 事案の概要
本件は,原告らが,故Aの遺産を相続したとして,越谷税務署長に対して平成 17年分の所得税修正申告をしたところ,同税務署長から平成 19 年6月 29日付けで所得税更正処分(本件更正処分)及び過少申告加算税の賦課決定処分(本件賦課決定処分。以下,本件更正処分とあわせて「本件更正処分等」という。)がなされたため,本件更正処分等は,Aが強制執行を避けるために任意売却した不動産の譲渡代金を本来は非課税所得とすべきものであるのに,非課税所得に該当しないと認定してなされたもので,違法であるから,取り消されるべきであるなどと主張して,本件更正処分等の取消しを求めている事案である。
2 争いのない事実等(証拠により容易に認定できる事実についてはかっこ内に証拠を示す。)
(1) 原告X1は,Aの妻であり,その余の原告らはいずれもAの子である。
(2) Aは,平成 16年 10月当時,株式会社aに対して債務を負っており(同債務の額は,平成 17年5月 30日の時点で,3億 9735万 7535円であった。),別表〈省略〉「亡Aの本件譲渡時の各資産及び負債の状況」(以下「別表」という。なお,同表「所在地等」及び「地積等又は口座番号」は,平成 17 年5月 30 日当時のものである。)順号1,2,4,6ないし 13 のA所有の土地建物には,a社を根抵当権者とする根抵当権が設定されていた。平成 16 年 10月 29 日,a社の申立により,さいたま地方裁判所越谷支部は,上記各土地建物について競売開始決定をし,同年 11月1日付けで差押登記がなされた。(証拠〈省略〉)
(3) また,Aは,越谷税務署及び八潮市役所に対して支払うべき税を滞納していた。
越谷税務署は,平成 16年1月 16日付けで,別表〈省略〉順号1,3及び5のA所有の土地建物を差し押さえ(登記がなされたのは同月 19日である。),さらに同年 12 月2日付けで別表〈省略〉順号2,4,6ないし 13 の土地建物を差し押さえた(登記がなされたのは同月3日である。)(証拠〈省略〉)。
(4) Aは,平成 17年4月 17日,別表〈省略〉順号1ないし6の土地建物を株式会社bに2億 2000 万円で任意売却して,同年5月 30日に所有権移転の登記手続を行い,同日,別表〈省略〉順号7ないし 13 の土地建物を株式会社cに3億円で任意売却して,所有権移転の登記手続を行った(以下,2つの売買をあわせて「本件譲渡」という。証拠〈省略〉)。
(5) Aは,a社に対して3億 5000 万円を弁済し,越谷税務署に 1197 万 2635 円を納税した。これにより,同年5月 30 日,a社は前記競売開始決定の申立てを取り下げ,越谷税務署は別表〈省略〉順号1ないし 13の土地建物に対する差押を解除した。(証拠〈省略〉)
(6) 平成 18年3月 15日,Aは,越谷税務署長に対し,本件譲渡により取得した譲渡代金のうち,上記債務の弁済等に充てた額は,所得税法(平成 18年法律第 10号による改正前のもの。以下同じ。)9条1項10号の非課税所得に該当するとの見解に基づき,総所得金額が 386万 5319円(不動産所得の金額 56万 5319円,給与所得の金額 330万円),分離長期譲渡所得金額が 1122 万 2344 円,納付すべき税額が 95 万 5800 円であるとして,平成 17年分の所得税の確定申告(本件当初申告)を行った(証拠〈省略〉)。
(7) Aは,その後平成 18 年8月4日,別表〈省略〉順号 15 の土地を 1600万円で売却した(証拠〈省略〉)。
なお,Aは,平成 18 年8月 10 日,買換資産として事業用の土地建物を代金 3300万円で購入した(証拠〈省略〉)。
(8) 平成 18 年8月 13 日,Aは死亡した。原告らは,原告X1 が2分の1,その余の原告らが各6分の1の割合でAの遺産を相続し,Aの納税義務を承継した。
(9) 平成 18 年 12 月 11 日,原告らは,越谷税務署長に対し,総所得金額が 386 万5319円,分離長期譲渡所得金額が 1457 万 6963 円,納付すべき税額が 145 万 8900 円であるとして,平成 17 年分の所得税修正申告(以下「本件修正申告」といい,同申告の際に提出した申告書を「本件修正申告書」という。)をした(証拠〈省略〉)。
(10) 平成 19 年6月 29 日付けで,同税務署長は,原告らに対し,総所得金額が 356万1454円(不動産所得の金額 26 万 1454 円,給与所得の金額 330 万円),分離長期譲渡所得金額が4億 0230 万 2325 円,納付すべき金額が 5658万 7200円であり,差引納付税額が 5512万 8300円となり,また,過少申告加算税が 815 万 9500 円になるとし,これらを原告らの各相続分に按分して,以下のとおりの本件更正処分等を行った。(証拠〈省略〉)
氏名 所得税額 過少申告加算税額
X1 2756 万 4100 円 407 万 9700 円
X2 918 万 8000 円 135 万 9900 円
X4 918 万 8000 円 135 万 9900 円
X3 918 万 8000 円 135 万 9900 円
(11) 平成 19年8月7日,原告らは,同税務署長に対し,本件更正処分等の一部取消しを求めて,異議申立てを行ったが,同税務署長は,同年 11月6日付けで,本件譲渡時において債務超過とはなっていないことから,資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であるとは認められず,本件譲渡による売買代金全額が債務の返済に充てられていないことから,非課税規定の前提を欠き,本件譲渡による所得は非課税所得とは認められないなどの理由により,これらを棄却した(証拠〈省略〉)。
(12) 平成 19 年 12月5日,原告らは,関東信越国税不服審判所に対し,審査請求を行ったが,同審判所は,平成 21 年2月 17日付けで,資産の額が負債の額を上回ることから,資力を喪失して債務の弁済をすることが著しく困難である場合には当たらないという理由で,これらを棄却した(証拠〈省略〉)。
(13) 平成 21 年8月 14日,原告らは本件訴訟を提起した。
3 争点
本件譲渡における譲渡代金のうち,債務の弁済に充てられた部分は所得税法9条1項10号の非課税所得に該当するか。
4 争点に対する当事者の主張
(1) 被告の主張
ア 本件更正処分の根拠及び適法性並びに本件賦課決定処分の根拠及び適法性については別紙〈省略〉のとおりであり,本件更正処分等はいずれも適法である。
イ 原告らは,本件譲渡における譲渡代金のうち,債務の弁済に充てられたものについては所得税法9条1項10 号の非課税所得に該当すると主張するが,同号は,非課税とする所得について,「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合における国税通則法第2条第 10 号(定義)に規定する強制換価手続による資産の譲渡による所得その他これに類するものとして政令で定める所得(第 33 条第2項第1号(譲渡所得に含まれない所得)の規定に該当するものを除く。)」と定めている(ただし,上記国税通則法は,平成 18 年法律第 10 号による改正前のものである。以下同じとし,「通則法」という。)。そして,所得税法施行令(平成 18 年政令第 124号による改正前のもの。以下同じ。)26 条は「法第9条第1項第 10号(非課税所得)に規定する政令で定める所得は,資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であり,かつ,国税通則法(括弧内省略)第2条第 10 号(定義)に規定する強制換価手続の執行が避けられないと認められる場合における資産の譲渡による所得で,その譲渡にかかる対価が当該債務の弁済に充てられたものとする。」と規定している。
なお,通則法2条 10号は,「強制換価手続」の定義について,「滞納処分(その例による処分を含む。),強制執行,担保権の実行としての競売,企業担保権の実行手続及び破産手続をいう。」と規定している。
ところで「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」である場合とは,債務者の債務超過の状態が著しく,その者の信用・才能等を活用しても,現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができず,近い将来においても調達することができないと認められる場合をいい,これに該当するかどうかは,当該資産を譲渡したときの現況により判定すべきものであると解されている。
そして,所得税法9条1項10 号が一定の場合に非課税としたのは,強制換価等によって資産の譲渡が行われるのは,その資産の所有者の資産状態が悪化し,自己の有する資産の全部をもってしても債務の全部を弁済することができないような状態に陥ってはじめてなされる場合が多く,このような場合に譲渡所得に課税を行っても,その者には担税能力がなく,結果的には徴収不能となることが明らかであること,また,個人に対しては,その最低限度の生活を保障すべき憲法上の要請があることから,これらを考慮して一定の合理的な範囲で課税所得とすることを控え,個人の生計維持を図ったものと考えられる。そうすると,所得税法9条1項10 号,同法施行令 26条に規定するものは,強制換価手続による資産の譲渡又は強制換価手続を避けるためこれに代えて行われる資産の譲渡に限られるものと解されるから,同号の適用については,譲渡者の資産が負債に比し単に下回っているだけでは足りず,譲渡者において,強制換価手続の執行が避けられない程度に著しく資力を喪失している状況にあることが必要というべきである。
ウ(ア) これを本件についてみると,平成 17年5月 30日の本件譲渡時におけるAの資産は,別表〈省略〉順号1ないし 22 の各資産であるところ,これらの資産のうち,Aは,同年4月 17 日,別表〈省略〉順号1ないし6の土地建物を合計2億 2000万円で株式会社bに売却し,また同年5月 30 日,別表〈省略〉順号7ないし 13の土地建物を合計3億円で株式会社cに売却した。
これに対し,Aの負債額は,別表〈省略〉順号 23ないし 25の合計4億 3485 万 3670 円であり,上記不動産売却額の合計額である5億 2000万円さえも大きく下回っているのであるから,Aが本件譲渡時点において,債務超過の状況にあったとは到底認められない。
なお,原告らは,本件譲渡時点において,Aが別表〈省略〉順号 26の連帯保証債務 3000万円を負担しており,これを上記負債額に加えるべきと主張するが,同債務については,主たる債務者である株式会社dが負担すべき債務であるからAの負債とはいえず,また仮に,連帯保証人であるAがこれを負担することとなった場合でも,連帯保証人は主たる債務者に対して求償権を行使してこれを回収できることからすれば,当該債務を本件譲渡時点においてAの負債に含めることはできない。
したがって,Aが本件譲渡時点において,「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」な状況にあったとは到底認められないことから,本件譲渡にかかる所得は,所得税法9条1項10 号に規定する非課税所得には該当しない。
(イ)a 原告らは,原処分庁が本件更正処分等の根拠とした所得税基本通達9-12 の2について,資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難な状況の有無を,資産を譲渡したときの現況により判断するとの解釈基準は法令の文言を狭めるもので違法であり,これに基づいてなされた本件更正処分等も違法であると主張するが,上記のとおり,所得税法9条1項10 号,同法施行令 26条の文理からすれば,資力喪失の状況にあるか否かを資産を譲渡した時の現況により判定するとの解釈は合理的であり,法令の解釈を狭めた違法があるとはいえない。
b また,原告らは,資産を譲渡したときの現況の検討に際し,本件譲渡の前段階の強制換価手続が開始していた状況を無視するのは違法であると主張し,本件譲渡代金を予想競売価額である競売に係る最低買受希望価額(一般的には公示価格の 48 パーセント相当額)で評価すべきであり,そうすればAは資力喪失の状態にあった旨主張しているものと考えられる。しかし,資力喪失の判断にあたり,資産の価額については時価で評価するのが相当であるところ,評価時とさほど遠くない時期にその資産について現実に売買等が行われている本件のような場合には,その取引が特に異常なものであることが認められるといった特段の事情のない限り,その売買価額をもってその資産の時価と判断するのは合理的である。
c さらに,原告らは,原処分庁は,譲渡代金の全部が債務の弁済に充てられていないことを本件更正処分等の理由としているが,その根拠となる所得税基本通達9-12の4には,法令の規定を逸脱した違法があり,当該通達を根拠とした本件更正処分等も違法である旨主張するが,資産の任意売却による所得が非課税所得とされるのは,資産の任意売却が強制換価手続の執行が行われるのと同様の事情の下で行われることが前提とされているのであるから,対価の一部が債務の弁済以外に流用される場合には,この前提を欠き,その所得を非課税とすべき理由が失われるうえ,そのような場合には,いまだ租税の納付能力が失われていないということができるから,非課税規定を適用すべき合理的な理由がないことになる。以上のことから,所得税法基本通達9-12の4に所得税法施行令26条の適用範囲を狭める違法はない。
d したがって,原告らの上記各主張はいずれも失当である。
(2) 原告らの主張
ア 所得税法施行令26条によれば,次の3つの要件が具備された場合には,強制換価手続による資産の譲渡に類するものに当たるとされている。
[1] 資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であること
[2] 強制換価手続の執行が避けられないと認められる場合であること
[3] その譲渡による対価が当該債務の弁済に充てられたこと
本件は,強制換価手続が開始された後に,そのまま手続を進めると債権者にも債務者にも不利となることから同手続を中止した上で任意売却がなされた事案であり,本件譲渡代金のうち,弁済に充てられた部分については上記3つの要件を満たすものとして非課税とするべきである。しかるに,本件更正処分等は,所得税基本通達に従ってなされているところ,同通達には以下のとおり違法があり,したがって本件更正処分等も違法である。
イ(ア) すなわち,所得税基本通達9-12 の2では,上記[1]の要件に関し,資産を譲渡したときの現況により判定する旨規定している。これは法令の文言を通達により狭めることになるから違法である。
仮にそうでなくとも,「譲渡したときの現況」について,本件譲渡の前に競売開始決定が出されて強制換価手続がいったん開始していた状況を考慮すべきであって,現実の譲渡代金の額のみをもって判断することは許されないというべきである。すなわち,競売の開始決定が出されるということ自体,資力喪失の重大な兆候であるといえるうえ,強制換価手続を避けるためのこれに代わる資産の譲渡は,そのまま強制換価手続を進行させれば全債務を弁済することはできないが,任意売却に切り替えれば全債務の弁済が可能かあるいは多少余剰が出る場合に行われるものであるから,現実の譲渡代金が債務の額以上になるのはもとより予定されているところであり,競売開始時点における予想競売価格を考慮し,当該価格で落札されると全債務の弁済ができないと認められる場合には資力喪失となると判断しなければ,所得税法9条1項10 号及び同法施行令 26 条の規定を適用する場面が無くなってしまうことになるのである。
(イ) また,上記[3]の要件に関し,所得税基本通達9-12 の4は,譲渡代金の全部が当該債務の弁済に充てられたことまで要するとしている。しかしながら,同通達は,昭 50直資3-11により追加されたものであるところ,それ以前の実務は,譲渡代金のうちの債務の弁済に充てられた部分だけが非課税となり,余剰金の部分は課税の対象となるという法律解釈に基づいて運用されていたのであって,このように法律の解釈を通達により変更することは,通達による課税条件の変更に当たり,憲法84条で定められた租税法律主義違反となるものである。
さらに,所得税法9条1項10 号が同号に規定する場合を非課税所得とする旨定める趣旨について,立法当時の解説では,[1]強制的な譲渡であること,[2]相続税の物納の場合に,一種の譲渡ではあるが非課税としていることとの対比論などが挙げられていたのであって,被告や原処分庁のいう担税力論はあまり強調されていなかった。また同号の場合に納税者に担税能力が無いことを根拠とするとしても,譲渡代金のうち一部が債務の弁済に充てられた場合は,たとえ余剰金が生じたとしても,上記弁済に充てられた部分については担税能力が無いことに変わりはないのであるから,同通達を基礎に法律解釈をすることに合理性はない。
第3当裁判所の判断
1(1) 所得税法9条1項10号は,資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合における通則法2条 10 号に規定する強制換価手続(滞納処分(その例による処分を含む。),強制執行,担保権の実行としての競売,企業担保権の実行手続及び破産手続をいう。)による資産の譲渡による所得その他これに類するものとして政令で定める所得(33 条2項1号(譲渡所得に含まれない所得)の規定に該当するものを除く。)については,所得税を課さない旨定めている。そして,所得税法施行令26条は,上記「政令で定める所得」について,資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であり,かつ,通則法2条 10号に規定する強制換価手続の執行が避けられないと認められる場合における資産の譲渡による所得で,その譲渡に係る対価が当該債務の弁済に充てられたものとする旨定めている。
上記法令の趣旨は,資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合における強制換価手続による資産の譲渡に係る譲渡所得については,強制換価手続による資産の譲渡が,当該資産の所有者の財産状態が悪化し,その全ての財産をもってしても全ての債務を弁済することができない状態に陥ってからなされることが多く,このような場合に譲渡所得の課税を行っても,その者には担税能力がなく,結果的に徴収不能になることが明らかであることなどから,課税しないこととしたものである。そして,強制換価手続によらずに任意換価によって資産を譲渡して債務の弁済を行うことも一般に行われるところ,任意換価のうち上記と同様の状態に陥っている場合については,強制換価手続に類するものとして同様に非課税とすることととしたものである。
このような趣旨にかんがみると,資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合とは,当該資産の譲渡時に,債務者の全財産の総額に照らし債務超過の状態が著しく,その者の信用,才能等を活用しても,現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができないのみならず,近い将来においても調達することができないと認められる場合をいうと解すべきである。
以上を前提に,本件譲渡代金に係る所得のうち,弁済に充てられた部分が非課税所得に該当するかについて検討する。
(2) 本件においては,前記争いのない事実等及び証拠〈省略〉によれば,平成 17 年5月 30 日の本件譲渡時のAの資産及び負債の状況に関し,以下の事実が認められる。
ア Aは,別表〈省略〉順号1ないし 16 の土地建物を所有し,同 17ないし 22の債権(合計 2145万 5711 円)を有していたが,平成 17年4月 17日,別表〈省略〉順号1ないし6の土地建物を株式会社bに2億 2000万円で任意売却し,同額を取得し,同年5月 30 日,別表〈省略〉順号7ないし 13 の土地建物を株式会社cに3億円で任意売却し,同額を取得した。
イ Aは,別表〈省略〉順号 23 ないし 25の負債(合計4億 3485万 3670円)を有していた。
(3) 上記認定事実によれば,本件譲渡時におけるAの資産のうち本件譲渡に供した土地建物に限っても,その時価総額は5億 2000 万円と認められるうえ,さらにAはその他にも土地建物及び債権を上記のとおり有していたと認められる一方,Aの負債は合計4億 3485万 3670円とこれを大きく下回っているのであって,Aの債務超過の状態が著しく,その信用,才能等を活用しても,現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができないのみならず,近い将来においても調達することができないと認められる場合には到底該当しない。なお,本件譲渡における価額を時価として認定するについて,これを不相当な価額であると認めるに足りる事情はない。
(4) 原告らは,上記債権のうち別表〈省略〉順号 22 の債権(2123万 8058円)は実質0円であると主張するようであるが,原告らは当該債権の価額を実質0円とする根拠について何ら立証しておらず,原告らのかかる主張は採用できない。そもそも当該債権額を資産総額から差し引いたとしても,資産総額が負債総額を大きく上回っていることに変わりはない。
さらに,原告らは,Aは,上記負債の他,株式会社eに対して 3000万円の連帯保証債務を負っていたと主張するが,連帯保証人が同債務を弁済しても主債務者に対して同額の求償権を取得するのであるから,これを負債と認めることはできない。また,上記同様に,同額をAの負債総額に加えたとしても,資産総額が負債総額を大きく上回っていることに変わりはない。
加えて,原告らは,原処分庁が,法令の解釈を狭める所得税基本通達9-12 の2に基づき,資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難な状況の有無を,資産を譲渡したときの現況により判断したのは違法であると主張するが,所得税法9条1項10号の趣旨が前述のとおりであることにかんがみれば,当該譲渡代金について非課税所得とするか否かの判断において,当該譲渡のときの現況から当該代金の取得者の本件譲渡時の担税能力の有無等を考慮すべきことは当然であって,上記通達は法令の解釈を狭めるものではない。この点に係る原告らの主張には理由がない。
原告らは,資産を譲渡したときの現況について,本件譲渡の前段階において強制換価手続が開始していたという状況を無視するのは違法であるとも主張する。本件においては,本件譲渡の前に強制換価手続が開始していることが認められるが,強制換価手続における最低売却価格がAの債務総額を下回ると予想されたとしても,強制換価手続の開始は,本件譲渡を行うきっかけとなったにすぎないのであって,このような事情は本件譲渡の対象となる財産を評価するにあたって考慮すべき事情ともいえない。
(5) 以上の事実によれば,本件譲渡代金のうち弁済に充てられた部分は,資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合における譲渡所得には該当せず,所得税法9条1項10 号の規定する非課税所得には当たらない。
2 以上のとおり前示の事実及び弁論の全趣旨を総合すると,本件更正処分及び本件賦課決定処分に係る原告らの納税額は,別紙〈省略〉記載の被告の主張のとおりであり,いずれも適法である。
第4結論
以上のとおり,本件更正処分等はいずれも適法であり,原告らの請求は理由がないからいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 遠山廣直 裁判官 八木貴美子 裁判官 辻山千絵)