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さいたま地方裁判所 平成21年(わ)2374号 判決

主文

被告人を懲役3年6月に処する。

未決勾留日数中210日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,平成21年12月10日,埼玉県ふじみ野市ab丁目c番d号当時の被告人方において,二男のA(当時3歳)に対し,その頭部や背部を浴室のシャワーヘッドで数回殴打した上,その二の腕を掴んで持ち上げて和室に敷かれた子供用布団の上に投げるなどの暴行を加え,よって,同人に上位頸髄損傷の傷害を負わせ,同日午後11時18分ころ,埼玉県川越市ef番地所在の甲病院において,同人を上記傷害により死亡させたものである。

(証拠の標目)

省略

なお,本件公訴事実は,被告人が,Aの二の腕を掴んで持ち上げて和室に敷かれた子供用布団の上に「放り投げる暴行」を加えたとするものであるが,被告人の公判供述等の関係証拠によれば,身長155センチメートルと小柄な女性である被告人が,身長92センチメートル,体重12キログラムのAを,その二の腕を掴んで持ち上げ,Aの足が約14センチメートル宙に浮いた状態から,斜め下方に向け,手を前に出して離したことが認められ,このような犯行態様に照らせば,Aを「放り投げる暴行」を加えたではなく,被告人も自認するとおり,Aを「投げる暴行」を加えたと認めるのが相当である。

(法令の適用)

罰条  刑法205条

未決勾留日数の算入  刑法21条

訴訟費用の不負担  刑事訴訟法181条1項ただし書

(争点に対する判断)

第1はじめに

本件では,重要な情状事実である犯行の経緯について,検察官は,本件犯行が被告人のAに対する日常的な暴行の結果,必然的に生じたものであると主張するのに対し,弁護人は,偶発的なものにすぎないと主張しており,具体的には,被告人が,平成21年12月2日ころ以前にもAに虐待といえるような暴行を加えていたか否かについて争いがある。そこで,以下,争点に対する当裁判所の判断を示すこととする。

第2当裁判所の判断

1  被告人の公判供述について

被告人は,当公判廷において,概略,「平成21年夏ころ以降,ストレスが大きくなり,子供らへのしかり方がきつくなったことや食事時にAを叩いてしまったことはあったものの,平成21年12月2日ころ以前にAを殴るなどの暴力を加えたことはない」旨供述しているので,その信用性について検討する。

2  Bの証言について

(1) 被告人の父親であるBは,当公判廷において,概略,「平成21年5月連休前ころや夏休みころ,食事時にAの食べるのが遅いと,被告人が平手でAの頭を叩くことがあり,パチンという音も聞こえたかと思う。スプーンで口の中に差し込むような感じで食べさせたのを見たことがある。被告人が『(Aに対して)たまに手を挙げることもあるの』と言ったことがある」旨証言している(以下「B証言」ともいう)。

(2) Bは,被告人の父親であり,殊更に被告人に不利な虚偽の供述をするとは考え難い上,記憶が曖昧な部分はその旨率直に述べるなど供述態度が真摯であって,その供述内容にも格別不自然な点は見受けられないことなどに照らすと,B証言は信用できるというべきである。

(3) もっとも,B証言によって認められる事実を前提としても,被告人がAの頭を叩いた行為は,食事が遅いという理由で3歳の子供に行うこととしては厳しいものではあるものの,Aに対する躾とも評価し得るものであり,これのみで被告人がAに対して虐待といえるような暴行を加えていたとまではいえないというべきである。

なお,Bは,当公判廷において,概略,「私は,被告人がAの頭を叩くのを見て,『やりすぎじゃないの』などと注意したこともあったが,被告人は,『私の育て方でやるから,お父さんは静かに見てて』などと言っていた。妻(被告人の母親)が,被告人の叩くのを見て,ちょっと辛いという感じで席を外したこともあった」旨の証言もしている。しかし,祖父母は,ともすると孫に対し甘くなりがちであって,娘や息子の孫に対する躾が厳しすぎると感じやすい面があることは否定し難いから,上記証言によって,被告人の行為がAに対する躾とも評価し得るとの上記認定が直ちに左右されるものではない。

3  Cの証言について

(1) 被告人の夫の母親であるCは,当公判廷において,概略,次のとおり証言している(以下「C証言」ともいう)。

ア 直接体験した事実について

(ア) 平成20年6月ころ,被告人が,Aと一緒に私の車に乗った際,嘔吐したAの口にバスタオルをねじ込むようにして入れていた。

(イ) 平成21年4月ころ,被告人が,Aの口の中にうどんを切らないで無理やり突っ込んでいるように見えた。

(ウ) 平成21年4月ころ,Aが子供用自動車に乗った時に,被告人が「調子に乗るんじゃねえよ」などと言っていた。

(エ) 私がAを自宅に車で送って行った時に,Aが,私の車に駆けてきたり,家の中に体が入らないようにしたりなどしたことがあった。

(オ) 平成20年暮れころ以降,私は,Aとほとんど会っていない。

イ 子供たちや息子である被告人の夫から聞いた事実について

(カ) 平成20年10月ころ,Aの姉たちから「ママがAのことグーパンチしてるんだよ」と言われた。

(キ) 平成21年6月ころ,被告人の夫から「Aが会う度に臭いし汚くなっていくし,態度もおどおどしている」などというメールが送られてきた。

(ク) 事件後に引き取ったAの姉,兄たちから,被告人がAに対して虐待を加えていたという内容の話を多数聞いた。

(2) まず,C証言のうち,Cが直接体験した事実を内容とする(ア)から(オ)までの証言について検討すると,この点に関するC証言には,内容それ自体に格別不自然な点は見当たらない。また,Cは,弁護人の反対尋問にも丁寧に対応するなど供述態度が真摯である上,Aの父方の祖母で被告人との間で離婚問題を抱える夫の母親という立場にはあるものの,偽証罪の制裁の下に敢えて,体験してもいない事実を体験したものとして供述するような動機があるとは認められない。

しかしながら,C証言のうち,(ア)のタオルを口に詰め込んだとの点については,Aが後部座席で嘔吐しているのを運転席から見たという目撃状況に照らすと,被告人が咄嗟にタオルで口を押さえた状況を詰め込んだと見間違えた可能性を否定できないばかりか,弁護人の反対尋問により,供述が曖昧なものに変化してきていることに照らせば,(ア)のC証言を直ちに信用することはできない。

他方,(イ)から(オ)までについてみると,(イ)及び(ウ)については,これらの被告人の行動が母親として適切でないとはいい得るものの,虐待といえるような暴行があったことを推認させるものではないし,(エ)については,そもそも時期が明確ではない上,そのようなAの行動は,遊び足りないために家に入ろうとしなかっただけではないか,甘やかしてくれる祖母から離れたくないだけではないかなどといった様々な評価が可能であって,必ずしも虐待に結びつくものではない。さらに,(オ)についても,そもそもこの事実から直ちに被告人がAをCに会わせないようにしていたと推認できるものではないばかりか,Cも,平成21年9月下旬,C宅に孫7人が集った際,被告人の連れてきたAと会ったことを自認しているのであるから,(オ)の事実が虐待に結びつくとはいい難い。そうすると,(イ)から(オ)までのC証言を前提としても,被告人がAに対し虐待といえるような暴行を加えていた事実を推認することはできない。

(3) 次に,Cが,子供たちや被告人の夫から聞いたという(カ)から(ク)までについてみると,前述したCの供述態度等に照らすと,Cが子供たちからこれらの話を聞いたことや被告人の夫からそのような内容のメールを送られたこと自体は信用できるものの,弁護人指摘のとおり,これらはいずれも伝聞供述であって,原供述者である子供たち及び被告人の夫の見間違い,記憶違い等の可能性を否定できないところであるから,その信用性の評価に際しては,特に慎重な検討を要するというべきである。

そこで検討すると,(カ)及び(ク)については,原供述者が5歳から8歳くらいの幼児,児童であって,事実を正確に認識,記憶し,表現する能力には自ずと限界があること,(カ)は具体的な暴行の態様等が曖昧であり,(ク)はそれらの行為が行われた時期,具体的な状況等が不明確であることに照らすと,(カ)及び(ク)のC証言中の原供述をそのまま信用することはできない。

(キ)についてみても,普段自宅に帰宅しない被告人の夫がAの状態を正確に認識できたとは考えにくいし,原供述の内容となっているAの状態が曖昧であることに照らすと,(キ)のC証言中の原供述も直ちに信用することはできない。仮にそのような事実があったとしても,被告人が当公判廷で述べるとおり,被告人の夫が,たまたま風呂に入っていなかったAを臭い,汚いと感じたにすぎない可能性も否定できないところであるから,そのような事実から,直ちに被告人がAに対して虐待と呼べるような暴行を加えていたと推認できるものではない。

4  Aの傷の状況について

捜査報告書(甲17)によれば,Aの遺体には,後頭部を始めとして相当多数の打撲傷,擦過傷などがあったことが認められるものの,関係証拠を精査しても,これら遺体に残された傷が全て被告人が加えた暴行によって生じたものとは断定できないし,平成21年12月2日ころ以前に生じたものとも断定できない(平成21年10月12日に被告人と子供たち4人を撮影した写真(弁3添付)及び同年11月23日に被告人と子供たち4人,被告人の両親を撮影した写真(弁5添付)に写っているAの姿からは,虐待といえるような暴行が加えられた形跡は窺われない)。

5  小活

ここまでの検討によれば,B証言,C証言及びAの傷の状況は,いずれも,それ自体で被告人が平成21年12月2日ころ以前から虐待といえるような暴行を加えていたことを証明するものとはいえないし,これらの証拠を総合して検討しても,被告人が,Aに対し,平成21年12月2日ころ以前から虐待といえるような暴行を加えていたと認めることはできないというべきである。

6  被告人の捜査段階における供述について

被告人は,検察官調書(乙4)において,「私がAを含めた子供たちに手をあげるようになったのは,今年(平成21年)夏ころからでした」旨供述しているものの,その内容は,Aに虐待といえるような暴行を加えていたというには具体性に乏しく,かえって,その対象がA以外の子供たちにも向けられていることに照らすと,上記1の公判供述と整合しているともいえる。

7  被告人の公判供述の信用性について

上記2から6までに検討したとおり,関係証拠を精査しても,被告人の公判供述の信用性を否定するに足りる証拠は存しない上,被告人は,当公判廷において,概略,「平成21年12月2日に,夫から電話で,『子供の写真を送ってこないでくれ。もう子供と会えないから。君は足かせなんだ。離婚してgの方に帰れ。離婚しよう』などと言われて,その日以降,悩みが大きくなり,Aに対して暴行を加えるようになってしまった」旨述べている。その述べるような事態の推移は,家に帰ってくる回数が月に一,二回程度と非常に少なくなり,平成21年6月を最後にほとんど家に帰らなくなったなどの夫の行動等や,被告人は,このような夫の行動等にもかかわらず,なお夫に対して愛情を抱いており,離婚を望んでいなかったことも併せみれば,それ自体自然で納得できるものである。

これらによれば,被告人の公判供述を虚偽であると断ずることはできないというべきである。

8  本件犯行の経緯に対する評価について

以上の次第で,Aに対して暴行を加えたのが平成21年12月2日ころ以降である旨の被告人の公判供述を排斥できないのであるから,検察官主張のように,本件犯行が日常的な暴行の結果必然的に生じたものということはできない。

もっとも,捜査報告書(甲17)によって明らかなAの遺体の主要な傷の状況等に照らすと,被告人が平成21年12月2日ころ以降,Aに対して強度の暴行を断続的に加えていたと認められるから,弁護人主張のように,本件犯行を単に偶発的なものということもできないというべきである。

結局のところ,本件犯行の経緯としては,被告人は,夫から離婚を強く求められた平成21年12月2日ころ以降,Aに対し強度の暴行を断続的に加えていたという限度で,量刑上考慮すべきである。

(量刑の理由)

本件は,被告人が,3歳の二男の頭部や背部をシャワーヘッドで数回殴打した上,二の腕を掴んで持ち上げて和室に敷かれた子供用布団の上に投げ,上位頸髄損傷の傷害を負わせて死亡させた,という傷害致死の事案である。

量刑に当たって最も重視すべき事情は被害結果の重大さである。Aは,被害直後の大学病院への救急搬送時には既に心肺停止の状態にあり,医師の治療により一度は心臓が蘇生したものの,その八,九時間後に僅か3歳という年齢でその短かすぎた人生を閉ざされるに至っているのである。この間に被ったであろう身体的苦痛の大きさ,犯行の1週間ほど前から本来ならば自らを慈しみ守ってくれるはずの存在である母親によって,理不尽かつ強度な暴行を断続的に加え続けられた末に死に至った絶望感,将来への無限の夢や希望,可能性を一瞬にして奪われた無念さは察するに余りあり,そのようなAの胸中に思いを致すと,痛ましいというほかない。結果は重大である。

犯行の態様をみると,被告人は,母親である被告人に抵抗する術のない幼いAに対し,お湯になる前の状態からシャワーをAにかけた上,シャワーヘッドでAの頭部や背部を数回殴打し,さらに,Aの二の腕を掴んで持ち上げて和室に敷かれた子供用布団の上に投げるという暴行を一方的に加えているのであって,悪質であるといえる。

Aの父親方の祖母が,被告人には刑務所で反省してもらいたい旨厳しい処罰感情を述べているのも,上記の点に照らせば当然というべきである。

ここまでの検討によれば,被告人の刑事責任は決して軽いものではない。

他方,被告人には次のような酌むべき事情がある。すなわち,被告人は,平成13年に夫と婚姻したものの,その後,夫が浮気していることを窺わせる出来事が重なった上,夫が自宅とは別の住居を借りたのに被告人にその住所を教えず,しかも夫が自宅に帰ってくる回数が月に一,二回程度と非常に少なくなり,平成21年6月を最後にほとんど家に帰ってこなくなったことなどから,結婚生活への不安を覚えつつも,平成13年11月生まれの双子の姉妹を頭とするAら4人の子供たちの育児をほぼ一人で担ってきたのであって,上記不安や育児に起因する強いストレスを感じていた。そのような中で,平成21年12月2日には,夫から電話で強い離婚の意思を告げられて,上記のような夫の行動等にもかかわらず,なお夫に愛情を抱いており,離婚を望んでいなかったことから多大な衝撃を受け,これを契機にAに対する断続的な暴行が始まった。さらに,本件当日には,夫の母親から何らの説明もなく多額の現金を渡され,その意味が理解できずに更に不安を募らせストレスも強まっていたところ,Aがおもらしをしてしまったことなどから,それまでたまっていたストレスを爆発させて犯行に及んだものである。犯行に至った直前の状況をみると,被告人は,Aを自己のストレスのはけ口にしたというほかなく,犯行に及んだ動機そのものは短絡的で身勝手というべきである。しかしながら,被告人は,上記の経緯により夫との関係で追い詰められた心境にあったのであり,他方で,相当期間夫に放置された状況にありながらも,上記12月2日以降はAに対する断続的な暴行があったとはいえ,Aを含む4人の子供たちに愛情を注ぎ独力で懸命に育児に取り組んでいたことなどに照らすと,被告人が犯行直前までの間に相当に強いストレスをため込むに至った経過には同情の余地がないとはいえない。

犯行の態様が悪質であることは先に述べたとおりではあるものの,それが直ちにAの死の結果に結びつくような危険なものであるとまではいい難く,Aの死亡という不幸な結果が生じたことには,Aの後頭部が突出しているという偶然的な要素が影響していることは否定できない。また,被告人は,犯行直後からAに対する人工呼吸や心臓マッサージを施し,父と共にAを消防署に搬送するなど救護措置を講じている。

被告人は,当公判廷において,上記12月2日以降のAに対する断続的な暴行の程度等に関して防御的な供述をしてはいるものの,犯行直後にAを消防署に搬送した際,署員にAを布団に投げてしまった事実を申告し,その後も一貫して犯行を素直に認め,母親である自分自身の行為によってAを死に至らしめたことを深く後悔し,Aの冥福を祈るとともに罪を償う旨述べ,反省の態度を示している。

被告人の父や妹が,いずれも証人として出廷し,被告人の更生に協力する旨述べている。被告人と数回面接したカウンセラーも,証人として出廷し,社会復帰後の被告人に対するカウンセリングを行う予定である旨述べ,被告人もこれを受ける意思を示している。被告人は,これまで前科前歴がなく,4人の子供の母親として真面目に生活し育児に励んできた。

しかし,このような被告人のために酌むべき事情を最大限に考慮してみても,先に述べた被害結果の重大さ等からすれば,本件は,刑の執行を猶予すべき事案ではない。

そこで,上記のような被告人のために酌むべき事情をも考慮し,被告人に対しては,主文の刑を科することとした次第である。

(求刑 懲役8年)

(裁判長裁判官 田村眞 裁判官 安藤祥一郎 裁判官 東根正憲)

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