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さいたま地方裁判所 平成21年(わ)1711号 判決

主文

被告人を懲役13年に処する。

未決勾留日数中40日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,通行人から金品を強取しようと企て,

第1  平成21年5月19日午後9時35分ころ,埼玉県戸田市ab丁目c番地先路上において,徒歩で帰宅途中のAに対し,いきなりその背後から同人の背中をめがけて跳び蹴りし,同人を転倒させてその顔面等を路面に打ち付けさせる暴行を加え,その反抗を抑圧し,同人所有又は管理の現金約8万円及び財布1個等36点在中の肩掛けバッグ1個(時価合計約7万3450円相当)を強取し,その際,前記暴行により,同人に加療約2か月間を要する両側上顎中切歯歯牙脱臼等の傷害を負わせた

第2  同月26日午後8時50分ころ,同市ab丁目d番地のe先路上において,徒歩で帰宅途中のBに対し,いきなりその背後から同人の背中をめがけて跳び蹴りし,同人を転倒させてその顔面等を路面に打ち付けさせる暴行を加え,その反抗を抑圧し,同人所有又は管理の現金約2万5000円及び財布1個等27点在中の手提げバッグ1個(時価合計約4万3100円相当)を強取し,その際,前記暴行により,同人に加療約14日間を要する左頬部挫傷等の傷害を負わせた

第3  同年6月14日午後6時53分ころ,同市ab丁目f番地のg先路上において,徒歩で帰宅途中のCに対し,いきなりその背後から同人の背中をめがけて跳び蹴りし,同人を転倒させてその左前腕部等を路面に打ち付けさせた上,同人の右肘に掛けていた手提げバッグの紐を引っ張って同人を引きずり,更に同人の腹部を右げんこつで数回殴る暴行を加え,その反抗を抑圧し,同人所有の現金等在中の同バッグを強取しようとしたが,同人に抵抗されるなどしたため,その目的を遂げず,その際,前記暴行により,同人に加療約28日間を要する左肩鎖関節脱臼等の傷害を負わせた

第4  同月28日午後6時15分ころ,同市ah丁目i番地のj駐車場において,徒歩で帰宅途中のD(当時70代前半)に対し,いきなりその背後から同人の背中をめがけて跳び蹴りし,同人を転倒させてその顔面等を路面に打ち付けさせる暴行を加え,その反抗を抑圧し,同人所有又は管理の現金約9200円及び財布1個等16点在中の手提げバッグ1個(時価合計約3300円相当)を強取し,その際,前記暴行により,同人に加療約20日間を要する顔面挫創等の傷害を負わせた

ものである。

(証拠の標目)(省略)

(累犯前科)

被告人は,平成16年10月14日,常習累犯窃盗罪により秋田地方裁判所で懲役3年に処せられ,平成19年8月14日にその刑の執行を受け終わったものであって,この事実は検察事務官作成の前科調書(乙14)によって認める。

(法令の適用)

被告人の判示第1ないし4の各所為は,いずれも刑法240条前段に該当するところ,所定刑中いずれも有期懲役刑を選択し,前記の前科があるので同法56条1項,57条により判示各罪の刑についてそれぞれ同法14条2項の制限内で再犯の加重をし,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により犯情の最も重い判示第1の罪の刑に同法14条2項の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役13年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中40日をその刑に算入し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

1  不利な事情

(1)  動機・目的,経緯に酌量の余地はない。

被告人は,平成19年4月に前刑の服役で仮釈放となり,社会復帰した後,上京して埼玉県内の会社で型枠大工として働き,従業員寮の家賃を差し引いた約15万円程度の金額で月々の生活を送っていた。しかし,平成20年ころからはスナックでの飲食やキャバクラ遊び,更にはパチンコ等の遊興に多額の金銭を費消するようになった挙げ句,金銭に窮し,遊興費や生活費欲しさから,夜間,自宅付近の路上で,一人歩きの女性や高齢者を狙ってひったくり等を繰り返すようになる中で,本件各犯行に及んだものであって,その経緯,動機・目的に酌量の余地は全くない。

(2)  犯行態様は悪質である。

本件犯行態様は,路上を歩行中の女性や高齢者である各被害者に対して,いきなりその背後から背中めがけて跳び蹴りし,転倒させて顔面等を路面に強く打ち付けさせた上で財物を奪うという粗暴で危険なものである。とりわけ気丈にもバッグを奪われまいと抵抗した判示第3の被害者に対しては,手提げバッグの紐を引っ張って同人を約3メートルも引きずった上,仰向けに倒れていた同人の腹部を右げんこつで数回殴るなど,財物奪取のために執拗に暴行を加えている。

被告人は,相手から顔を見られない方法として,背後からいきなり跳び蹴りして転倒させる方法を考え,また,捕まらないために,自分より体力や走力の劣る女性や高齢者を対象とし,事件後は直ぐに逃げ帰ることができるように自宅付近の路上で本件各犯行に及んだものであって,本件は,計画的で,それなりに効率的かつ合目的的犯行態様であって,悪質というほかない。

(3)  結果は重大である。

各被害者は,本件各暴行により,それぞれ,加療約2か月間を要する両側上顎中切歯歯牙脱臼等(判示第1),加療約14日間を要する左頬部挫傷等(判示第2),加療約28日間を要する左肩鎖関節脱臼等(判示第3)及び加療約20日間を要する顔面挫創等(判示第4)の各傷害を負わされた。各被害者の怪我はそれ自体重い上,後遺症を残すなどしている者もいるばかりか,それぞれその部位や年齢,性別などを考慮すれば,いずれの被害者もその日常生活に支障を来しているなど精神的な負担が生じていることも窺われる。財産的被害についてみるに,被告人は,強盗が未遂にとどまった判示第3の被害者を除く各被害者から,現金合計約11万円余り及び時価にして合計約11万9850円相当の物品82点を強取している。被害物品の中には自動車運転免許証,クレジットカードなど日常生活に欠かせないものや再交付のための手続を要するものなどが多数含まれていることからすれば,各被害者に与えた不便の度合いも大きい。加えて,各被害者は夜間帰宅途中に突然背後から襲われたのであって,その恐怖は大きい。殊に,抵抗したがために被告人から更なる暴行を受けた判示第3の被害者の恐怖は強い。被害後も,各被害者は,背後の足音に過敏になるなど日常生活において少なくない影響を受けている。以上のように物心ともに重大な被害を受けた各被害者に対し,被害弁償など現実的な慰謝の措置は何ら講じられていない。

このように本件結果は重大であり,各被害者が,被告人からの謝罪の手紙の受け取りを拒否し,厳しい処罰感情を示している(判示第2及び第3の各被害者は当公判廷においてもいずれも厳しい処罰を求める意見を書面によって表明している。)のも当然である。

加えて,本件は,閑静な住宅街において,約1か月余りの間に引き起こされた4件の強盗致傷事件であり,地域社会に大きな不安を与えたことが容易に推察される。この点も本件の結果として軽視することはできない。

(4)  その他の事情について

被告人には,前記の累犯前科を含め,平成9年以降,やはり遊興費欲しさの窃盗等の前科が4件ある上,前刑の服役で仮釈放となり,社会復帰後約2年で再び本件各強盗致傷行為に及んでいることからすれば,盗取事案についての規範意識は乏しい。また,これまでの前科における犯行と比べると態様がエスカレートしており,犯罪傾向が深化してきていると評価せざるをえない。さらに,家族とも音信不通であって適切な監督者が存在しない。したがって,現時点においては,被告人の再犯の可能性を否定し去ることはできない。

また,本件のような,夜間,通行人を狙う強盗事件は模倣性も高く,一般予防の見地からも軽視できない。

2  有利な事情

(1)  被告人は,これまでの裁判においては一度も各被害者に対して,謝罪文などを書いたことがなかったのに,本件においては,各被害者から受け取りを拒絶されたため送付されていないが,各被害者に宛てて謝罪文を認めている。また,上記のとおり,再犯の可能性を否定し去ることは困難であるとはいえ,被告人は,捜査段階では各事実全部を認め,当公判廷においても,真摯に反省し,謝罪の言葉を述べている。

(2)  被告人は,これまで犯した犯罪がその生育歴等に影響されている旨の医師の診断に接して,自身の問題点について考える契機を得た。その中で,被告人にとっては更生への展望が開かれ,出所後,専門家の助けを借りつつその問題点を克服して,今度こそ更生していこうという意欲を示している。

(3)  なお,被害金品の一部が被害者の手元に返ってはいるものの,被告人の意思に基づくものではないのであって,これを特に被告人に有利な事情として考慮するのは相当ではないと判断した。

3  結論

そこで,以上の事情を総合考慮して主文の刑を量定した。

よって,今後,家族をはじめとする更生の支援となる人々に連絡をとり,そうした人々との絆を大事にしつつ,被害者に宛てて充実した内容を丁寧な文字で認めたときの気持ち及び当公判廷で示した反省や更生の意欲を持続し,今後二度と犯罪に手を染めずに無事に更生することを期待して,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役15年)

(裁判長裁判官 傳田喜久 裁判官 佐藤基 裁判官 菱川孝之)

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