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さいたま地方裁判所 平成21年(わ)1131号 判決

主文

被告人を懲役3年に処する。

この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。

押収してある偽造1万円札4枚(平成21年押第76号の1ないし4)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,平成21年4月中旬ころ,群馬県a郡b町大字cd番地e被告人方において,行使の目的をもって,ほしいままに,コピー機とプリンターの複合機を用いて,真正な金額1万円の日本銀行券の表面及び裏面をプリンター用紙に複写し,これを裁断するなどして,通用する金額1万円の日本銀行券4枚(平成21年押第76号の1ないし4)を偽造した上,同年5月18日,同県f市g町h番地iホテル「A」j号室において,Bに対し,性的サービスを受けることの対価として,上記偽造に係る金額1万円の日本銀行券4枚のうち2枚(同号の1及び2)を真正なもののように装って手渡して行使したものである。

(証拠の標目)〔省略〕

(法令の適用)

被告人の判示所為のうち,通貨偽造の点は包括して刑法148条1項に,偽造通貨行使の点は同条2項,1項にそれぞれ該当するが,通貨偽造とその行使との間には手段結果の関係があるので,同法54条1項後段,10条により1罪として犯情の重い偽造通貨行使罪の刑で処断し,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予し,押収してある偽造1万円札2枚(平成21年押第76号の1及び2)は,判示の偽造通貨行使の犯罪行為を組成した物であり,また,押収してある偽造1万円札2枚(同号の3及び4)は,判示の通貨偽造の犯罪行為によって生じた物で,いずれも何人の所有をも許さないものであるから,同法19条1項1号,3号,2項本文を適用して,これらを没収することとする。

(量刑の理由)

1  被告人は,判示のとおり通貨偽造,同行使の犯罪を敢行している。これらの犯罪は,通貨の真正に対する公共の信用を失墜させるとともに,通貨の円滑な流通を阻害して一般の経済社会にも重大な悪影響を与える重大犯罪であるといえるものであるが,以下,その犯情について具体的に検討する。

(1)  犯行の経緯,動機

通貨偽造の動機は,被告人が,小遣いが少なく遊興費が不足していたことから,自由に遊ぶ金が欲しいと考えたことによる。また,偽造通貨を行使した点は,出会い系サイトで知り合った女性なら偽造と分かっても警察に届出をしないであろうし,処罰を受けるにしても警察で注意を受ける程度のものであろうと安易かつ軽率な判断をした結果なされたものである。

(2)  犯行態様

被告人は,自分が家で所有していた精巧なカラーコピーができる家庭用の複合機を用いて試行錯誤の末,コピー用紙を用いて裏表にずれがないように1万円札のカラーコピーを作成した上,その余白部分をカッターナイフと定規を用いて切り取って本件偽造1万円札4枚を完成させている。その精度としては,コピーとはいえ一見して偽物であると見破ることが困難であるほど精巧な通貨が偽造されている。このような複合機が広く普及している現在,被告人の犯行の手口は極めて模倣性が高い悪質な犯罪と評価できる。そして,被告人は,上記偽造に係る1万円札の内2枚を,出会い系サイトで知り合った女性から性的サービスを受けることの対価として行使したものであるが,その犯行発覚を免れるためことさら茶封筒に入れて上記偽札を手渡すなど小細工をしている。

(3)  被告人の反省の態度

被告人は,本件犯行後,偽造の1万円札2枚を用水路に捨てたほか,警察から事情を聞かれた当初は拾ったものであると答えたり,当公判廷でも,たびたび本件犯行の経緯や動機について供述を曖昧にするなど,すべての真実を吐露し心の底から懺悔するという態度は見受けられない。

以上によれば,被告人の本件犯行の刑事責任は重いというべきである。

2  他方,前述したとおり,本件犯行は組織的な背景もなく,作成された偽造1万円札には「すかし」がないばかりか,色彩も本物同様ではないし,材質も異なるなど拙劣な犯行であるともいえ,常習的,職業的な犯行とは認められない。加えて,被告人に有利な事情としては,以下に述べる事情も挙げることができる。

(1)  被害結果について

被告人が偽造した1万円札は4枚と比較的少なく,また,偽造通貨を行使した相手方から現実には性的サービスを受けないまま相手側に真正通貨で1万9000円を渡したほか,使用したホテル代の4000円も被告人が負担したことから,行使の相手方に経済的な損失はなく,その後,偽造された4枚の通貨はいずれも警察に押収されたことから本件犯行による被害は拡大していない。

(2)  今後の更生可能性

被告人にはこれまで前科前歴がなく,暴力団関係者などとの不良交友も窺えず,犯罪傾向は根深いとはいえない。

また,被告人の妻が出廷し,被告人を許して今後も離婚せずに被告人を支えていくことを確約している。被告人の父親も法廷で,今後,経済的援助も含めて被告人及びその家族を支援していく意向を表明している。被告人は,保釈後,これらの家族の期待に応えるべく再就職し,真面目に勤務するなど,更生途上にある。また,養育すべき幼い子が2人いて,被告人が服役すれば一家が経済的支柱を失い,多額の残住宅ローンの支払が出来ず家族が路頭に迷う虞があるとも認められる。

3  以上の諸事情によれば,本件は被告人に酌量減軽を相当とすべき事案ではない。また,被告人が未熟で規範意識が乏しいことから,今後の更生には家族だけでの監督で十全かどうか一抹の不安が感じられないではない。しかし,被告人は,遅まきながら,これまで十分に目を向けなかった家族との平穏な生活の大切さに気付き,子供達をしっかり養育して被告人の子供達に恥じない社会人として更生すると誓っている。被告人には,これまでの安逸で放縦な生活態度を改善し,真面目に人生をやり直すことが十分に期待できる若さもある。これら一切の事情を総合考慮すれば,被告人に対し今回に限り社会内での自力更生の機会を付与することが相当である。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役3年,偽造1万円札4枚の没収)

(裁判長裁判官 大谷吉史 裁判官 西野牧子 裁判官 廣瀬仁貴)

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