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さいたま地方裁判所 平成20年(行ウ)29号 判決

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第3争点に対する判断

1  争点(1)(被告に墓地等の経営許可処分を行う権限があるか)について

(1)  墓埋法10条1項では、墓地等の経営の許可の権限は都道府県知事が有することとなっているが、権限委譲条例により、この権限は被告が処理する事務として委譲されている。

ところで、墓埋法10条1項は、墓地等を経営しようとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならない旨規定するのみで、同許可の要件について特に規定していない。これは、墓地等の経営が、高度の公益性を有するとともに、国民の風俗習慣、宗教活動、各地方の地理的条件等に依存する面を有し、一律的な基準による規制になじみ難いことから、墓地等の経営に関する許可又は不許可の判断を都道府県知事の裁量にゆだねる趣旨であり、その裁量の範囲は、墓埋法が、墓地等の管理及び埋葬等が国民の宗教的感情に適合し、かつ、公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障なく行われることを目的としていること(1条)に照らして、広範囲に及ぶものということができる。

そうであれば、地域に密接な地方公共団体である市町村に、墓地等の経営の許可又は不許可の権限を与えて、地域の風俗習慣、宗教的感情、地理的条件等に即した許可又は不許可処分を行うことができるよう、同処分の権限を委譲することが墓埋法の趣旨に反するとはいえない。したがって、被告に上記権限を委譲することは適法であり、越谷市長はその事務の管理執行を行うものとして、墓埋法10条1項の定める墓地等の経営許可の権限を有する。

(2)  これに対し、原告は、都市部における墓地不足は深刻となっているところ、墓埋法10条の墓地等の経営許可の権限を市町村に委譲すると、墓地等の経営の細分化、矮小化、地域化をも促進することになり、より広域的国家的観点からの政策課題に対応できなくなるため、権限委譲条例は同法に違反する旨主張する。しかしながら、墓埋法が墓地等の経営の許可につき広範な裁量を認めた趣旨からすれば、墓地等の経営につき、必ずしも広域的国家的見地から許可を行うことが求められているものではなく、さらに墓地等の経営許可の権限を市町村に委譲した場合に、墓地等の経営が細分化、矮小化、地域化するかどうかは、墓地等の経営許可の基準の定め方など経営許可の事務処理によるのであって、墓地等の経営許可の権限を市町村に委譲すること自体が墓地等の経営の細分化、矮小化、地域化を生じさせるものではない。

なお、原告は、仮に権限の委譲自体は違法でないとしても、本件在市規定は、その権限の淵源である埼玉県知事が採用している許可基準である埼玉県の墓地、埋葬等に関する法律施行条例に経営者について一切制約を置いていないことにも抵触し、違法であると主張する。しかしながら、地方自治法252条の17の2の条例による事務処理の特例制度及びこれに基づき定められた権限委譲条例は、住民に身近な行政は、住民に身近な地方公共団体である市町村による自主的な事務処理を行うことを趣旨としているのであるから、市町村はそれぞれの地域の実情に応じた許可基準を定めることができると解すべきであり、それが都道府県の定める基準と異なることがあることも当然予定されているというべきである。したがって、埼玉県の上記施行条例に経営者に関する制約がないことを理由に、本件在市規定が違法であるということはできない。以上によれば、原告の上記主張は採用できない。

2  争点(2)(不許可理由1の適否)について

(1)  墓埋法が、墓地等の経営許可の権限につき、都道府県知事の広範な裁量を認めていることからすれば、権限委譲条例に基づき、都道府県知事から墓埋法10条1項の墓地等の経営の許可の権限を与えられた市町村長においても、広範な裁量が認められると解するのが相当である。したがって、市町村における許可基準に関する定めは、墓埋法が墓地等の経営の許可の判断につき広範な裁量を認めている前記の趣旨に反し、当該定めが著しく不合理といえる場合に限り、違法となると解すべきである。

(2)ア  墓地等の経営者としての適格者についての判断にあたっては、経営の内容が墓地等の管理を行うものであることのほか、墓埋法が目的とする地域社会における宗教的感情を考慮する必要があり、また公衆衛生等その他公共の福祉の担い手としての適性を審査する必要がある。そして、その経営内容が墓地等の管理を行うことに照らすと、その経営者を宗教法人とすることは相当というべきである。また、地域社会における宗教的感情を考慮する場面においては、当該地域の周辺環境特に周辺の住民の墓地等に対する感情を考慮する必要がある。さらに公衆衛生その他公共の福祉の担い手としての適性の面からすると、墓地等の管理を怠り放置されると、焼骨等の管理に問題が生じ、さらに供物等の腐敗による周辺住民の生活環境への影響が生じるおそれがあることからすると、これらの弊害を防止するためには、これを経営する者に対しては、採算を追求しない非営利団体であり、しかも安定した、永続性をもった経営主体であることが要求されるのである。

そうすると、これらの適格性を判断するにあたっては、墓地等が同地域を含む周辺環境と調和しているのか、周辺住民の墓地等に対する宗教的感情はどうであるのかについて調査する必要があり、また、他方、当該法人が安定して永続的な経営を行うに足りる財産的、人的基盤があるかについて審査する必要があることになる。これらの審査をするには、責任者への問い合わせや現地の調査を継続的に行うことが必要である。そうすると宗教法人は、宗教法人法上の主たる事務所又は従たる事務所は、通常その場所において宗教法人の活動(主として、宗教の教義をひろめ、儀式行事を行い及び信者を教化育成する活動。)が継続的に行われることが予定されており、また、責任者の常駐が予定されていることに照らすと、墓地等の経営を行う宗教法人の主たる事務所又は従たる事務所が越谷市内にあることによって的確な審査を行うことができるというべきである。また、このような審査を行うことによって、営利企業が宗教法人の名義を借りて墓地等の経営の実権を握るとか、休眠中の宗教法人を利用して営利企業が墓地等の経営を行うといった事態を防止することもできるのである。

イ  これに対し、原告は、以下のとおり主張する。

① 本件在市規定について、(ア)墓地等の経営の永続性とは財産的安定性であるところ、宗教活動が行われているからといって財産的な安定ひいては永続性が確保されるわけではないから、経営の主体が宗教法人であること及び宗教活動と墓地等の経営の永続性に関連性もなく、本件在市規定と墓地等の経営の永続性の確保に何ら関連性はない、(イ)被告は、宗教法人として墓地等の経営許可の申請をした者が宗教法人としての実態を有するか等の現地調査を行っておらず、現地調査の基準や、正確性、真実性を担保する手続的保障、規定もなく、また、現地調査は全国どこでも可能であり越谷市内に限定する合理性はなく、現地調査は宗教法人の実態を調査するという目的を達成する上で意味がない、(ウ)墓地等の経営の永続性を確保するために、本件在市規定が定められたとするならば、墓地等の経営の許可を申請する者が宗教活動を行っていることを墓地等の経営許可の要件として明示し、宗教活動の要件について本件条例やその下位の規則に定めを置くべきであるのに、これを置いていない、(エ)本件在市規定は、墓地等の経営許可を受けた後経営者が事務所を越谷市外に移転してしまえば意味がなく、規制手段としての合理性がない、(オ)本件在市規定により、越谷市内に事務所はないが墓地等の経営につき適格性のある経営者が参入することが制限されており、墓地等の経営の永続性という墓埋法の目的を阻害しており、以上によれば、本件在市規定は、越谷市長に与えられた裁量権を逸脱又は濫用するものであり、違法である。

② 本件在市規定は、墓埋法の規制に違法な上乗せ規制を行う条例であるから無効である。

③ 本件在市規定は、宗教法人の宗教活動を監視し、行政の恣意的判断によりその宗教活動を規制するものであり、憲法20条1項により保障された信教の自由又は宗教活動の自由を制約するもので、違憲・違法である。

ウ  そこで、原告の①の主張について検討する。

(ア)については、前記のとおり墓地等の管理を怠り放置されると、焼骨等の管理に問題が生じ、さらに供物等の腐敗による周辺住民の生活環境への影響が生じるおそれがあり、これらの弊害を防止するためには、これを経営する者に対しては、採算を追求しない非営利団体であり、しかも安定した、永続性をもった経営主体であることが要求されるのであるから、原告の主張は採用し難い。

(イ)については、原告は被告が現地調査を行っていない旨主張するが、その主張を的確に裏付ける証拠はなく、〔証拠省略〕によれば、被告においては、住職や事務所の責任者との面談、近隣の住民からの墓地の利用状況の聴取等を行っているとされていることに照らせば原告の主張は採用することはできない。また、墓地等の経営者が宗教法人であるかどうかは、申請者の提出した資料、現地調査、事務所の責任者からの聴取などをふまえて個別具体的な事案ごとに審査判断されるものであるから、現地調査の基準、正確性を担保する手続的保障や規定がないからといって、本件在市規定に合理性がないということはできない。さらに、墓地等の経営者が越谷市内に事務所を有しない場合にも、経営者が宗教法人であるかどうかの審査を行うことは可能であるとしても、越谷市内に事務所を有する場合には、より経営者に関する情報の入手が容易になり適正な審査判断を行うことに資するというべきである。

(ウ)については、宗教活動を行っていることや名義貸しをしていないことを端的に墓地等の経営の許可の要件として規定した場合でも、宗教活動を行っているか、名義貸しを行っていないかをどのようにして審査判断するかという問題は別途残るのであって、本件在市規定にはかかる問題に対処するという意義がある。また、本件在市規定は、あくまで墓地等の経営を行う者が宗教法人といえるかどうか等の経営者の適格性についての審査判断の適正化のために規定されたものであるから、宗教活動を行っていることそのものを許可要件としていないこと、宗教活動の要件を条例等に別途定めていないことから、直ちに墓埋法の趣旨に反し著しく不合理となるわけではない。

(エ)については、墓地等の経営の許可時において、越谷市内に事務所があったが、その後当該墓地等において埋葬が行われ、事務所が越谷市外に移転された場合に、墓地等の経営許可を受けた者や埋葬を行った者が墓地等の経営許可の撤回(なお、権限委譲条例2条別表5項により、墓埋法19条の墓地等の経営許可の取消しの権限も被告に委譲されている。)により受ける不利益と撤回を行う公益上の必要性等を考慮して撤回を制限すべき場合があり、そうであるからこそ、経営許可を行う段階で墓地等の経営者の適格性について適正な審査判断を行うことが必要となるということができる。

(オ)については、原告の主張するように、本件在市規定により、越谷市内に事務所はないが墓地等の経営について適格性を有する経営者の参入を制限することになったとしても、それにより直ちに、国民の宗教的感情や公衆衛生等の公共の福祉を害することとなると認めることはできず、また、墓地等の経営について、多様な経営者の参入を保障することが墓埋法上求められているわけではないこと、本件在市規定については前記の意義があることに照らせば、直ちに墓埋法の趣旨に反し著しく不合理となるわけではない。

以上によれば、本件在市規定が、裁量権の逸脱又は濫用して定められたものであるから違法となるとの主張は採用できない。

エ  ②の主張について、「墓地経営・管理等の指針について」(生衛発第1764号平成12年12月6日厚生省生活衛生局長通知)は、墓地等の経営者を原則として地方公共団体としこれにより難い場合に限って民法上の公益法人・宗教法人等とすべきであるとするが、これにより墓地等の経営者が定まるという法的効果があるわけではない。墓埋法は、前記のとおり、墓地等の経営者について特段の定めを置いておらず、その趣旨は、墓地等の経営が、高度の公益性を有するとともに、国民の風俗習慣、宗教活動、各地方の地理的条件等に依存する面を有し、一律的な基準による規制になじみ難いことにかんがみ、墓地等の経営に関する許否の判断を都道府県知事の広範な裁量にゆだねることにある。したがって、墓埋法が墓地等の経営者の適格性について、宗教法人であることに加えていかなる要件を付加することも許さない趣旨と解することはできない。

したがって、本件在市規定が違法な上乗せ条例であるとの主張は採用できない。

オ  ③の主張については、本件在市規定は、あくまで墓地等の経営者の適格性についての審査判断を適正ならしめるために定められたものであり、その調査を、墓地等の経営の許可申請を行った者の活動等を調査することによって行うというものである。したがって、本件在市規定が、宗教活動を監視し恣意的な基準で墓地等の経営の許可を行うものであると解することはできない。付言すれば、越谷市長が本件在市規定の下で、恣意的な墓地等の経営の不許可処分を行うことが仮にあるとしても、それは個別の不許可処分が違法となるに過ぎず、本件在市規定が違法又は違憲となるわけではない。

したがって、本件在市規定が、憲法20条1項に違反するとの主張は採用し難い。

(3)  次に、原告は、本件申請は本件条例2条ただし書きの要件について何らの検討をすることなく本件申請を不許可とすることは裁量権の逸脱又は濫用である旨主張するのでこれを検討するに、同条例2条ただし書きは、市民の宗教的感情に適合し、かつ、公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障がないと認められる場合に墓地等の経営の許可ができる旨規定している。ところで、本件細則2条は、本件条例2条ただし書きの要件を具体化し、①字の区域その他市内の一定の区域に住所を有する者等のために設置された墓地を永続的に経営するために当該区域の地縁に基づいて形成された団体の場合、②自己又は自己の親族のために設置された墓地を引き継いで経営しようとする者の場合、③災害の発生又は公共事業の実施に伴い、自己又は自己の親族のために設置された墓地を移設し、経営しようとする者の場合と規定しているが、原告がこれらの要件を充足すると認めることはできず、他に、原告が本件条例2条ただし書きの要件を満たさないとの越谷市長の判断に、裁量権の逸脱又は濫用があることを認めるに足る証拠はない。

(4)ア  さらに、原告は、本件条例2条ただし書きの要件に該当しないことについて、理由が附記されていない旨主張するので、以下検討するに、墓地等の経営の不許可を行う場合、行政手続法8条に基づき、いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して不許可とされたのかを、その記載自体から了知しうる理由を記載した書面によって明らかにしなければならない。

イ  これを本件についてみると、本件不許可処分を行うに当たって、墓地経営不許可通知書が原告に交付されており、これによれば、不許可理由1について本件条例2条に規定する経営者の基準を満たしていないことと記載されているところ、本件条例2条ただし書きの要件については本件細則2条で具体的に定められており、上記不許可理由1の記載をもって、原告も、同条例2条ただし書きの適用がなされなかった理由を十分知りうるといえる。したがって、理由附記を懈怠した瑕疵はない。

(5)  不許可理由1の適否についての小括

以上によれば、本件在市規定は違法ではなく、原告の本件申請は、本件在市規定の要件及び本件条例2条ただし書きの要件を満たさず、不許可理由1について手続的な瑕疵も認められず、墓地等の経営許可の権限がある越谷市長により本件不許可処分が行われた以上、本件不許可処分が違法であるとはいうことはできない。

3  結論

以上のとおりであるから、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求には理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠山廣直 裁判官 八木貴美子 井田大輔)

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