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さいたま地方裁判所 平成18年(ワ)1566号 判決

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,原告Aに対し,357万7407円及びこれに対する平成18年8月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告Bに対し,2608万0566円及びこれに対する平成18年8月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3  被告は,原告Cに対し,2173万2238円及びこれに対する平成18年8月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

4  被告は,原告Dに対し,2589万0112円及びこれに対する平成18年8月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は,被告の負担とする。

6  仮執行宣言

第2事案の概要

本件は,原告Aとの請負契約に基づき同原告宅の増築工事を行った被告が,床下処理に環境配慮型クレオソート油R(以下「クレオソート油R」という。)を使用したことにより,原告Aの妻子である原告B,原告C及び原告Dが化学物質過敏症に罹患したとして,原告Aが,債務不履行ないし不法行為に基づき,また,原告B,原告C及び原告Dが,不法行為に基づき,被告に対し,原告Aについて357万7407円,原告Bについて2608万0566円,原告Cについて2173万2238円,原告Dについて2589万0112円の各損害金合計及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成18年8月19日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める事案である。

1  争いのない事実等(証拠を摘示しない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 原告Aと原告Bは夫婦であり,原告C(平成10年1月20日生まれ)は原告夫婦の長女,原告D(平成14年7月17日生まれ)は原告夫婦の長男である。

イ 被告は,平成4年1月22日に設立され,住宅の新築,増改築,修繕を主たる目的とする株式会社である。被告は,無添加リフォーム,すなわち自然素材を中心に使用し,自然素材の本来の機能を十分に生かしたリフォームを掲げており,被告が原告に交付したパンフレット(甲2)には「自然素材を使う無添加リフォームは,有害物質を含む大量生産品を極力使わないだけでなく,家が呼吸しカビやダニの発生をおさえ,シックハウスやアトピーなどの健康被害を少しでもなくすように考えられています。」などの記載があった。

(2)  増築工事請負契約の締結

原告夫婦は,平成16年ころから,被告従業員のEから様々な説明を受け,交渉を重ねた。

そして,原告Aは,平成17年1月30日,被告との間において,代金を378万8685円,工期を平成17年1月30日から同年5月末日までとして,埼玉県上尾市ab-cに所在する原告Aの自宅(以下「原告A宅」という。)の増築工事(以下「本件工事」という。)をする旨の請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。なお,本件工事の内容は,原告A宅の母屋南側の庭部分に建坪7.5畳ほどの居室(以下「増築部分」という。)を増築したうえ,これと母屋をつなぐ結合廊下を建築するというものであった(乙5)。

(3)  本件工事の開始とその後の経緯(甲36,38,乙20)

ア 被告は,同年4月28日に本件工事を開始した。

イ 被告の下請大工は,同年5月6日,防蟻剤を増築部分の土台に使用したところ,原告Bから,臭いが強い,鼻水が止まらないとの苦情があったため,被告は,下請大工の親方に当該防蟻剤の塗布を中断するよう指示し,別の防蟻剤を用意することにした。

ところが,上記指示が親方から子方に伝わらず,同月11日,下請大工の子方が当該防蟻剤を増築部分の土台に再度塗布した。これに気が付いた原告BとEは,大工の親方に対し,再度使用中止の指示をしたところ,同親方は,当該防蟻剤の入った缶を持ち帰った。

ウ 被告は,その後も本件工事を継続して行っていたが,原告Cが同月27日の夜に39度の高熱を発し,目が見えないなどの症状を訴えた。そこで,原告Aが大工の親方に問い合わせると,当該防蟻剤がOのクレオソート油Rであることが判明した。

原告Cの体調不良の原因がこのクレオソート油Rにあると考えた原告Aは,翌28日の夜,原告Bとともに,E,被告取締役のN外1名との間で話し合いを行った結果,本件工事を中止することとした。

エ 原告らは,翌29日,避難することとし,原告A宅を退去して上尾市内の旅館へ移り住んだ。

オ そして,原告Aは,同年6月1日,本件請負契約を解除し,被告に対して増築部分の取壊し撤去を求めた。

カ その後も,原告夫婦は,被告代表者らと話し合いを続け,被告は,同月8日,衣類,寝具類の取替費用として100万円を支払ったが,同年7月31日には話し合いが打ち切られ,被告が同年9月8日に申し立てた調停も同年10月7日に不成立となった。

この間,被告は,原告らから,母屋の修復費用,土壌の入替費用,借家の手配,家電製品の手配及び食事の代金を要求され,合計735万7269円を負担した(乙21,証人E)。

キ なお,原告らは,旅館へ移り住んでから約1年間,旅館や借家を転々としながら生活し,その後,一度原告A宅に戻ったが,原告B,原告C及び原告Dは,近隣で行われるアスファルト工事から避難するため,平成18年9月16日から同年12月17日まで那須高原に滞在した。そして,原告らは,平成19年3月28日,北軽井沢にマンションの一室を購入して,同月31日に引っ越したが,原告Aは,東京への通勤のため,平日は原告A宅で単身で生活し,週末だけ北軽井沢の家で過ごしている(甲36,38,原告B)。

(4)  原告らが受けた診断内容

ア 原告B

原告Bは,平成17年6月18日,松沢医院を受診したところ,「アレルギー性気管支炎及び咽喉頭炎」と診断された。

その後,原告Bは,同年8月26日,被告の勧めもあって,北里研究所病院の化学物質過敏症外来を受診したところ,「シックハウス症候群」「化学物質過敏症に移行」との診断を受け,平成18年6月2日には,同病院において「化学物質過敏症」との診断を受けた。

イ 原告C

原告Cは,平成17年6月10日,小松眼科医院を受診したところ,「視野狭窄・薬剤中毒の疑い」と診断され,同月18日に松沢医院を受診した際には,「アレルギー性気管支炎及び咽喉頭炎」と診断された。

その後,原告Cは,同年8月26日,被告の勧めもあって,北里研究所病院の化学物質過敏症外来を受診し,同年9月30日に同病院を再度受診した際,「シックハウス症候群」と診断された。

そして,原告Cは,平成18年6月2日,同病院において「化学物質過敏症」との診断を受けた。

ウ 原告D

原告Dは,平成17年6月18日,松沢医院を受診したところ,「アレルギー性気管支炎及び咽喉頭炎」と診断された(甲9)。

その後,原告Dは,同年8月26日,被告の勧めもあって,北里研究所病院の化学物質過敏症外来を受診し,平成21年2月4日には,同病院において化学物質過敏症と診断された(甲81)。

2  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  化学物質過敏症罹患の有無

(原告らの主張)

原告B,原告C及び原告Dは,シックハウス症候群及び化学物質過敏症の研究に先進的に取り組む日本有数の北里研究所病院の医師により,明確に化学物質過敏症と診断されたのであるから(甲12,13,81),同原告らが化学物質過敏症に罹患していることは明らかである。

(被告の主張)

原告らの主張は否認する。

化学物質過敏症の存在は現在も十分に科学的に証明されていない状況にあるほか,化学物質過敏症と診断された患者の中には化学物質以外の原因(ダニやカビ,心因等)による病態が含まれていることがあり,化学物質過敏症との診断自体に過誤があり得ることが指摘されていること,また,北里研究所病院の医師は,問診と簡単な検査を実施したのみで化学物質過敏症との診断をしていることに照らせば,北里研究所病院の医師による化学物質過敏症との診断があるからといって,これを直ちに信用することはできない。

(2)  クレオソート油R使用と化学物質過敏症罹患との因果関係の有無

(原告らの主張)

原告B,原告C及び原告Dがシックハウス症候群ないし化学物質過敏症に罹患したのは,被告が使用したクレオソート油Rの化学物質を吸引したためである。これは,同原告らにシックハウス症候群ないし化学物質過敏症の症状が出現したのが,被告がクレオソート油Rを塗布した時点からであり,それ以前には何ら症状がなかったこと,そして,松沢医院の医師が「クレオソート用ガス吸入による疑い」と診断し(甲7ないし9),北里研究所病院の医師も「自宅の増築で発症」と診断していること(甲11)から明らかである。

また,クレオソート油Rは,その使用上の注意において,床下等を含む家屋内での使用を絶対禁止しているのみならず,臭いが長期的に持続すること,これを除去するにはそのもの自体を焼却処分するか廃棄処分するしかないこと等が注意点として挙げられていることから,クレオソート油Rが危険性を有する化学物質であることは明らかであって,被告は,これを建物増築部分の土台に大量かつ広範に塗布し,少なくとも24日間にわたって漫然と放置したのであり,結果として,原告らがシックハウス症候群ないし化学物質過敏症に罹患したのであるから,因果関係の存在は明白である。

仮に,100%の因果関係が認められず,他のアレルギーなどが化学物質過敏症に影響を与えたとしても,上述のとおり,主たる要因は被告によるクレオソート油Rの塗布であることは明らかであるから,割合的因果関係を認めるべきである。

(被告の主張)

原告らの主張は争う。

ア 原告Bと原告Cの北里研究所病院医師作成の診断書には原因物質が特定されておらず,クレオソート油Rとの因果関係を証明するための検査結果も出ていない。また,松沢医院医師作成の診断書に「クレオソート用ガス吸入による疑い」(甲7ないし9)とあるのは,患者である原告らからの訴えをそのまま記載したものにすぎず,同医師も検査に基づいて原因物質を特定したわけではない。さらに,シックハウス症候群とは密閉された室内において発生したホルムアルデヒド等の揮発性有機化合物に暴露することにより発症するものであるところ,クレオソート油Rには厚生労働省が住宅室内における指針値を定める13種類の揮発性有機化合物は含まれておらず,これが使用されたのも屋外であったから,クレオソート油Rがシックハウス症候群ないし化学物質過敏症の原因となることは考えられない。

イ 原告B,原告C及び原告Dがシックハウス症候群ないし化学物質過敏症に罹患したのは,被告によるクレオソート油Rの使用ではなく,次に掲げる原因によるものと考えられる。

(ア) 原告らは,本件工事の約3年前に本件建物を購入した際,内装及び外装ともに大規模なリフォーム工事を行ったのであり,この時に用いられた資材から化学物質が発散され,原告B,原告C及び原告Dはこれを吸入した。

(イ) 本件建物の近隣には,P社上尾工場が存在しており,同工場からは毎日油のような匂いが漂ってきているところ,原告B,原告C及び原告Dはこれに含まれる化学物質を吸入している。

(ウ) 原告Aは,新車を購入したところ,当該新車からは揮発性有機化合物が発散されていたのであり,原告B,原告C及び原告Dはこれを吸引していた。

(エ) 化学物質過敏症の病態や発症機序は解明されていないところ(乙1),原告B,原告C及び原告Dは,従前からアレルギー疾患を有していたのであるから(甲21),原告らが主張する症状は,アレルギー疾患や精神的ストレスから発症したものと考えられる。

(3)  被告の債務不履行責任ないし不法行為責任の有無

(原告らの主張)

ア 債務不履行責任

原告Aは,「健康住宅」であることに重点を置いて要望していたところ,被告は,その要望に応えて天井材,壁材,床材の仕様のみならず,間接資材である下地剤,断熱材,接着剤,防腐剤等についても自然素材のものを使用することを確約して,原告Aと本件請負契約を締結したのであるから,それを実行すべき契約上の本来的給付義務があった。

それにもかかわらず,被告は,床下処理に柿渋液を使用するとの確約に違反して化学物質であるクレオソート油Rを使用したのであるから,原告Aに対し,本件請負契約上の不完全履行として債務不履行責任を負う。

イ 不法行為責任

被告は,無添加リフォーム,健康リフォーム,癒し系住宅を掲げて健康住宅を銘打っている会社であり,原告夫婦が「健康住宅」であることに重点を置いて要望していることを理解したうえ,その要望に応えて天井材,壁材,床材の仕様のみならず,間接資材である下地剤,断熱材,接着剤,防腐剤等についても自然素材のものを使用することを確約して,原告Aと本件請負契約を締結したのであるから,被告には,自然素材の材料を使用して,原告らにシックハウス症候群,化学物質過敏症等を発症させない健康に安全な住宅を建築すべき注意義務があった。

それにもかかわらず,被告は,床下処理に柿渋液を使用するとの確約に違反して化学物質であるクレオソート油Rを使用したうえ,原告らが退去するまでの間,クレオソート油Rを塗布した状態を漫然放置したのであるから,被告には上記注意義務違反があり,原告らに対して不法行為責任を負う。

ウ 予見可能性について

被告には,クレオソート油Rを使用することにより原告らが化学物質過敏症に罹患することについて,予見可能性があった。すなわち,クレオソート油Rが従来のクレオソート油(以下「従来型クレオソート油」という。)に比べて有害物質が削減されているとしても,有害性が無くなったわけではなく,クレオソート油Rが危険な薬剤であることは,使用上の注意として「床下等を含む家屋内での使用は絶対にしないで下さい」と明記されていることからも明らかである(甲16)。しかも,無添加リフォームを掲げる被告は,シックハウス症候群や化学物質過敏症の原因となる有害物質対策の専門業者であり,クレオソート油Rを有害建材と認識していたし,現に,被告共同代表者Fは当初,自己の責任を認めていたのであるから(甲22),被告において,化学物質を含むクレオソート油Rを使用すれば原告らが化学物質過敏症に罹患することを予見することは容易に可能であったといえる。

(被告の主張)

ア 債務不履行責任について

否認ないし争う。

イ 不法行為責任について

被告が「無添加リフォーム」を掲げていることは認めるが,その余は否認ないし争う。

ウ 予見可能性について

否認する。

クレオソートは,ベンゾピレン等の化学物質を含有し,その有害性として長期暴露に伴う発ガンのおそれが指摘されているものの,シックハウス症候群の発症原因として厚生労働省が居住室内での指針値を設定する13種類の揮発性有機化合物を含有しておらず(甲17,25),現在も木材の防腐防蟻処理のために広く市販され,使用されている資材である。しかも,被告が使用したのは,従来型クレオソート油から化学物質の含有量を大幅に削減した「環境配慮型クレオソート油R」であって,建築基準法及び住宅金融公庫仕様,住宅性能表示制度でもその使用が推奨されているものであるし(乙6),被告がクレオソート油Rを使用した場所は増築部分の建物土台部分であって,当時は完全に屋外といえる状況にあった。

そうすると,被告が,このようなクレオソート油Rを屋外で使用することにより,原告B,原告C及び原告Dがシックハウス症候群ないし化学物質過敏症に罹患することについてまで予見することは不可能であり,被告に過失は認められず,被告が原告らに対し債務不履行責任ないし不法行為責任を負うことはない。

(4)  原告らに生じた損害

(原告らの主張)

ア 原告Aに生じた損害

(ア) 自宅補修費用  280万2242円

被告がクレオソート油Rを使用して長期間放置したことにより,自宅の土壌に化学物質が混入したほか,母屋の土壌や構造駆体,家具などにも化学物質が吸引されたため,これを取り除くためのリフォーム工事をせざるを得なくなった。そして,原告Aは,リフォーム工事の施工費用として合計280万2242円を負担した(甲55の1ないし18)。

(イ) 仮住まい費用  60万4088円

原告らは,クレオソート油Rに汚染された母屋で生活することができなかったため,平成17年5月29日から旅館等で仮住まいを余儀なくされた。当初被告がその費用を負担していたが,その後,支払がなくなり,原告Aは合計61万1012円を負担した(甲56の1ないし7)。

(ウ) 引越費用  8000円

原告Aは,引越費用として8000円を負担した(甲57)。

(エ) 特別対策費等諸雑費  6万3185円

原告Aは,原告Cのために,眼鏡,電気ストーブ,ワックスを購入し,その費用として合計6万3185円を負担した(甲58の1ないし3)。

(オ) 医療費  9万3792円

原告Aは,原告らの医療費として合計9万3792円を負担した(甲59の1ないし29)。

(カ) 通院交通費等  6100円

原告Aは,通院交通費及び駐車場代として合計6100円を負担した(甲60)。

(キ) 合計  357万7407円

イ 原告Bに生じた損害

(ア) 慰謝料  616万0000円

原告Bは,上記(2)及び(3)の原告らの主張のとおり,被告の不法行為によって化学物質過敏症に罹患したのであり,現在の症状は重く,日常生活に与える影響も多大であって,その精神的,肉体的苦痛は甚大である。そして,原告Bは,中枢神経機能検査でなお症状の改善が認められず,極めて微量な化学物質に鋭敏に反応して症状の悪化を示す傾向が続いており,これは,後遺障害等級9級10号に該当するから,これを慰謝するためには616万円が必要である。

(イ) 後遺症逸失利益  1762万0566円

平成16年賃金センサスの産業計・企業規模計・学歴計・女性労働者の全年齢平均の賃金額年350万2200円,労働能力喪失率35%を基礎として,平成18年6月2日の診断時から就労可能年齢である67歳までの中間利息を控除した逸失利益を算出すると,1762万0566円となる。

(計算式)

350万2200円×0.35×14.3751=1762万0566円

(ウ) 弁護士費用  230万0000円

原告Bは,被告が任意に賠償金を支払わないため,原告ら訴訟代理人弁護士に本件訴訟追行を委任せざるを得なかったのであり,弁護士費用として230万円を損害とみるのが相当である。

(エ) 合計  2608万0566円

ウ 原告Cに生じた損害

(ア) 慰謝料  616万0000円

原告Cは,上記(2)及び(3)の原告らの主張のとおり,被告の不法行為によって化学物質過敏症に罹患したのであり,その症状は重く,学校にも通えないなど日常生活に与える影響も多大であって,その精神的,肉体的苦痛は甚大である。そして,化学物質過敏症は,現代の医学において治癒困難な病気であり,将来にわたり影響を及ぼすものであるから,後遺障害が認められるべきであるところ,原告Cの症状は,後遺障害等級9級10号の「神経系統の機能又は精神に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」,すなわち「一般的労働能力は残存しているが,神経系統の機能又は精神障害のため,社会通念上,その就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの」に該当するから,これを慰謝するためには616万円が必要である。

(イ) 後遺症逸失利益  1367万2238円

平成16年賃金センサスの産業計・企業規模計・学歴計・女性労働者の全年齢平均の賃金額年350万2200円,労働能力喪失率35%を基礎として,18歳から就労可能年齢である67歳までの中間利息を控除した逸失利益を算出すると,1367万2238円となる。

(計算式)

350万2200円×0.35×(18.8757-7.7217)=1367万2238円

(ウ) 弁護士費用  190万0000円

原告Cは,被告が任意に賠償金を支払わないため,原告ら訴訟代理人弁護士に本件訴訟追行を委任せざるを得なかったのであり,弁護士費用として190万円を損害とみるのが相当である。

(エ) 合計  2173万2238円

エ 原告Dに生じた損害

(ア) 慰謝料  616万0000円

原告Dは,上記(2)及び(3)の原告らの主張のとおり,被告の不法行為によって化学物質過敏症に罹患したのであり,現在の症状は重く,幼稚園にも通えないなど日常生活に与える影響も多大であって,その精神的,肉体的苦痛は甚大である。そして,化学物質過敏症は,現代の医学において治癒困難な病気であり,将来にわたり影響を及ぼすものであるから,後遺障害が認められるべきであるところ,原告Dの症状は,後遺障害等級9級10号の「神経系統の機能又は精神に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」,すなわち「一般的労働能力は残存しているが,神経系統の機能又は精神障害のため,社会通念上,その就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの」に該当するから,これを慰謝するためには616万円が必要である。

(イ) 後遺症逸失利益  1743万0112円

平成16年賃金センサスの産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者の全年齢平均の賃金額年542万7000円,労働能力喪失率35%を基礎として,18歳から就労可能年齢である67歳までの中間利息を控除した逸失利益を算出すると,1743万0112円となる。

(計算式)

542万7000円×0.35×(19.0750-9.8986)=1743万0112円

(ウ) 弁護士費用  230万0000円

原告Dは,被告が任意に賠償金を支払わないため,原告ら訴訟代理人弁護士に本件訴訟追行を委任せざるを得なかったのであり,弁護士費用として230万円を損害とみるのが相当である。

(エ) 合計  2589万0112円

(被告の主張)

ア 原告Aに生じた損害について

(ア) 補修費用について

被告がクレオソート油Rを使用したことは認めるが,その余は不知。被告がクレオソート油Rを使用したことによって,原告A宅の土壌に化学物質が混入したとか,母屋の土壌や構造駆体,家具などに化学物質が吸引されたなどという証拠はない。

(イ) 仮住まい費用について

原告らが平成17年5月29日から旅館等で仮住まいを始めたこと,当初被告がその費用を負担していたことは認めるが,その余は不知。なお,被告が支払をしなくなったのは平成18年1月以降である。

(ウ) 引越費用,特別対策費等諸雑費,医療費,通院交通費等についていずれも不知。

イ 原告Bに生じた損害について

不知。

ウ 原告Cに生じた損害について

不知。

エ 原告Dに生じた損害について

不知。

第3争点に対する判断

1  争点(1)(化学物質過敏症罹患の有無)について

(1)  上記争いのない事実等に加え,下記各項目に掲記する証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 化学物質過敏症について(甲19,25,75,乙1,7)

(ア) 化学物質過敏症については,様々な概念が提唱されているものの,厚生労働省が平成16年2月27日に室内空気質健康影響研究会における調査研究に基づき公表したところによれば,化学物質過敏症とは,微量化学物質に反応し,非アレルギー性の過敏状態の発現により,精神・身体症状を示すとされるものをいう。

(イ) 日本において化学物質過敏症と呼ばれる病態は,国際的にはMCS(Multiple Chemical Sensitivity,多種類化学物質過敏症)との名称で呼ばれ,その存在をめぐり,学会において様々な見解が示されているところ,平成11年には,米国の研究者34名の署名入り合意文書として「コンセンサス1999」と題する見解が公表され,MCSは,①再現性を持って現れる症状を有する,②慢性疾患である,③微量な物質への暴露に反応を示す,④原因物質の除去で改善又は治癒する,⑤関連性のない多種類の化学物質に反応を示す,⑥症状が多くの器官・臓器にわたっている,と定義された。

(ウ) 化学物質過敏症として報告されている症候は多彩であり,粘膜刺激症状(結膜炎,鼻炎,咽頭炎),皮膚炎,気管支炎,喘息,循環器症状(動悸,不整脈),消化器症状(胃腸症状),自律神経障害(異常発汗),精神症状(不眠,不安,うつ状態,記憶困難,集中困難,価値観や認識の変化),中枢神経障害(痙攣),頭痛,発熱,疲労感等が同時にもしくは交互に出現するとされている。

(エ) 化学物質過敏症については,その病態や発症機序について,未解明な部分が多く,「化学物質過敏症」と診断された症例の中には,中毒やアレルギーといった既存の疾病概念で把握可能な患者が含まれていることがある。また,化学物質の関与が明確ではないにも関わらず,臨床症状と検査所見の組み合わせのみから「化学物質過敏症」と診断される傾向がある。

(オ) もっとも,北里研究所病院臨床環境医学センターのG医師の調査結果によると,化学物質過敏症の発症原因の半分以上が室内空気汚染(シックハウス)であり,続いて農薬・殺虫剤,有機溶剤が発症原因として挙げられている。

(カ) シックハウス症候群とは,厚生労働省が平成16年2月27日に室内空気質健康影響研究会における調査研究に基づき公表したところによると,医学的に確立した単一の疾病ではなく,居住者の健康を維持するという観点から問題のある住宅においてみられる健康障害の総称をいう。

(キ) シックハウス症候群の症状として訴えの多いものは,皮膚や眼,咽頭,気道などの皮膚・粘膜刺激症状,全身倦怠感,めまい,頭痛・頭重などの不定愁訴である。

(ク) シックハウス症候群の発症原因については,全てが解明されるに至っていないものの,主な発症関連因子として,建材や内装材などから放散されるホルムアルデヒドやトルエンをはじめとする揮発性有機化合物が指摘されている。なお,このような指摘を受けて,国土交通省は,建築基準法関連法令の改正により,ホルムアルデヒドを建材に使用することを規制するとともに,防蟻剤として使用されてきたクロルピリホスの使用も禁止し,厚生労働省は,平成14年2月8日,シックハウス(室内空気汚染)問題に関する検討会において,ホルムアルデヒド,トルエン,キシレン,パラジクロロベンゼン,エチルベンゼン,スチレン,クロルピリホス,フタル酸ジ-n-ブチル,テトラデカン,フタル酸ジ-2-エチルヘキシル,ダイアジノン,アセトアルデヒド及びフェノブカルブの計13種類の化学物質について室内濃度指針値を策定した。ただし,同指針値は,必ずしもシックハウス症候群を直ちに引き起こす閾値ではない。

(ケ) もっとも,上記(キ)の症状のうち皮膚・粘膜刺激症状は,アレルギー疾患や感染症などによっても生じ,温度,湿度及び気流等の温熱環境因子が増悪因子となり得るし,全身倦怠,めまい,頭痛・頭重などの不定愁訴についても,各種疾患により生じるほか,温熱環境因子,生物因子(感染症),照度,騒音及び振動等の様々な物理的環境因子,精神的ストレスなどが発症・増悪に関連する。

イ 原告Bの症状について(甲10,14ないし17,36,76,77,79,82,85,乙16,17,20,原告A,原告B)

(ア) 被告は,平成17年4月28日,本件工事を開始し,同年5月6日,下請大工がクレオソート油Rを増築部分の土台に塗布したところ,原告Bは,本件工事現場付近から強烈な異臭を感じるようになった。

(イ) 原告Bは,翌7日,異臭が消えないため,庭を確認したところ,母屋のリビング下の通風孔に,クレオソート油Rの入った缶が蓋の開いた状態で置かれているのを発見したため,缶の蓋を閉め,はけを上に置いたうえ,スーパーのビニール袋に入れて縛り,母屋から離れた場所に移動させた。原告Bは,このころから,鼻水が止まらなくなり,肌にピリピリとした痛みを感じるようになった。

(ウ) また,同月11日,下請大工の子方が再度クレオソート油Rを塗布した際,原告Bは,強い異臭を感じた。

(エ) 以後,クレオソート油Rの使用は中止され,別の防蟻剤を取り寄せることになったが,本件工事は予定通り続けられた。

(オ) 原告Bは,同月6日以降,鼻水,頭痛,吐き気,めまい,喉の腫れ及び下痢を発症した。

(カ) 原告らは,同月29日,原告A宅を出て上尾市内の旅館に移り住んだが,その後,原告Bは,同年6月6日,松沢医院を初めて受診し,37.2℃の微熱と喉の痛み,咳,下痢の症状を訴え,旅館の部屋にパラゾールがあって皮膚がピリピリすることを伝えた。そして,原告Bは,同月13日と同月18日に同医院を再受診したところ,いずれも微熱と喉の痛みの症状がみられ,「アレルギー性気管支炎及び咽喉頭炎」と診断された。なお,その原因について,松沢医院の医師は,原告Bからの申告を受け,「クレオソート用ガス吸入による疑い」と診断した。

(キ) 原告Bは,同月29日,松沢医院を再度受診した際,喉の痛みが続いていることを訴えたほか,下半身のだるさを訴えるようになった。原告Bは,同年8月22日,松沢医院の医師から,北里研究所病院臨床環境医学センターのH医師の紹介を受けた。

(ク) 北里研究所病院は,シックハウス症候群及び化学物質過敏症の研究に先進的に取り組む日本有数の医療機関であり,同センター内は,化学物質が極端に少なくなるようコンピューターでコントロールされており,壁,床,椅子,衣服なども化学物質の発生が極力少ないものが使用されている。

また,H医師は,昭和35年3月に名古屋市立大学医学部を卒業し,同大学医学部の助手及び講師を勤めた後,北里大学医学部に移り,昭和63年4月からは同大学医学部眼科学の教授として,眼(網膜)の中毒学を中心に研究していたが,急性中毒から,微量な物質により引き起こされる慢性毒性,さらに微量な化学物質により起きる免疫毒性の研究を経て,化学物質過敏症の研究を開始し,平成4年4月には,日本臨床環境医学会を設立し,同学会事務局長を務めた。また,化学物質過敏症に関する著書も多数あり,H医師は,国内では化学物質過敏症の分野における第一人者である。

(ケ) 原告Bは,平成17年8月26日,北里研究所病院を初めて受診した。この時,原告Bは,問診・質問票への記入をした後,採血,採尿,心電図,視力,眼圧の検査に加え,眼球運動検査(目だけでスムーズに物を追うことができるか調べる検査),MTF(白と黒の縞のコントラスト感度を調べる検査),瞳孔検査(光を目に入れたときの瞳の動きを調べる検査)を受け,H医師の診察を受けた。なお,眼科的検査が行われているのは,化学物質過敏症患者の中には,自律神経機能の障害により,目に異常を伴う場合が知られているためである。

(コ) 原告Bは,上記問診・質問票に対する回答では,現在の主な症状として,様々な臭いが気になること,めまい,両足の冷感やこわばり,外出先の建物内を息苦しく感じること,不眠を挙げ,このような症状が平成17年5月から始まったこと,考えられる原因として,防虫,防腐剤,クレオソート油Rの使用を挙げた。また,原告Bは,環境暴露及び過敏性の質問票において,現在,「頭痛,頭の圧迫感,いっぱいに詰まった感じなどの頭部症状」,「発疹,じんましん,アトピー,皮膚の乾燥感」,「外陰部のかゆみ又は痛み,トイレが近い,尿失禁,排尿困難などの泌尿・生殖器症状」については症状がないものの,「筋肉,関節の痛み,けいれん,こわばり,力がぬける」,「眼の刺激,やける感じ,しみる感じ,息切れ,咳のような呼吸症状,たん,鼻汁がのどの奥の方に流れる感じ,風邪にかかりやすい」,「動悸,脈のけったい,胸の不安感などの心臓や胸の症状」,「お腹の痛み,胃けいれん,膨満感,吐き気,下痢,便秘のような消化器症状」,「集中力,記憶力,決断力低下,無気力などを含めた思考力低下」の各項目について10段階のうち5程度の症状があること,また,「緊張しすぎ,上がりやすい,刺激されやすい,うつ,泣きたくなったり激情的になったりする,以前興味があったものに興味が持てないなどの気分の変調」,「めまい,立ちくらみなど平衡感覚の不調,手足の協調運動の不調,手足のしびれ,手足のチクチク感,眼のピントが合わない」の各項目について10段階のうち7程度の症状があること,しかも,これらの症状は,平成17年5月まで全くみられなかったことを申告したほか,車の排気ガス,タバコの煙り,殺虫剤,除草剤,ガソリン臭,ペンキ,シンナー,消毒剤,漂白剤,バスクリーナー,床クリーナー,特定の香水や芳香剤,清涼剤,コールタールやアスファルト臭,マニキュア,除光液,ヘアスプレー,オーデコロン,新しい絨毯やカーテン,シャワーカーテン及び新車の臭い,水道のカルキ臭その他の臭いによって,中程度から重度の上記各症状が出ることを申告した。そして,原告Bは,日常生活において,食事は摂れ,家事もひととおりできているものの,化粧品や防臭剤が全く使えないほか,旅行や車のドライブ,レストランなどへの外出など一般の社会的活動への参加が困難となっており,日常生活に様々な障害が生じていることについても回答した。

(サ) また,上記(ケ)の各検査のうち血液検査と尿検査では,赤血球MCVの大型化と尿に潜血が認められたが,その他の項目については全て基準域内との結果が出ており,特に異常は検出されなかった。他方,その他の検査では,眼球追従運動障害,平衡機能障害が認められ,神経機能検査結果にも異常がみられた。

(シ) 原告Bを診察したH医師は,上記問診結果及び各検査結果を踏まえ,原告Bの病名を「シックハウス症候群」としたうえ,「発症後徐々に症状は改善してきているが,なお眼球追従運動,平衡機能には障害が検出されている。また,シックハウス症候群から化学物質過敏症に移行してきており,微量な空気汚染物質に鋭敏に反応して症状が出現する状態が続いている。」と診断した。

(ス) その後,原告Bは,平成18年6月2日,北里研究所病院を再度受診したところ,H医師は,「化学物質過敏症」と診断し,「中枢神経機能検査でなお症状の改善は認められず,極めて微量な化学物質に鋭敏に反応して症状の悪化を示す傾向が続いている。」との所見を示し,また,平成21年2月4日の再診の際には,同じく病名を「化学物質過敏症」としたうえ,「神経系の機能検査で異常が出現しており,米国及び本邦の診断の基準と照らし合せて上記診断をする。問診より,シックハウス症候群より移行してきたものと思われ,日常生活にも非常に難渋している。」と診断し,症状及び検査所見について「平成17年5月の増築から発症。めまい,両足の冷え,こわばり,息苦しさ,不眠などの多彩な症状とともに,微量な種々の空気汚染化学物質に鋭敏に反応して,症状の悪化をきたすようになる。当科受診時の検査では,眼球追従運動障害,平衡機能障害が検出されている。なお,一般的な血液検査や尿検査では特に異常は検出されていない。」とした。

(セ) そして,H医師による原告Bの上記症状及び検査所見に関する意見は,概ね次のとおりである。

「原告Bの多彩な症状は決して精神的なものではなく,神経を中心とした機能障害が起こっている身体的な病気である。問診から,増築工事から発症しており,その際のクレオソートからの揮発性物質が関与している可能性がある。これまでにも,クレオソートの屋内使用で化学物質過敏症を発症した患者の診察経験がある。クレオソートは発がん性物質の除去はされているがその他の揮発性物質についてはそのままと思われる。原告Bの症状は,1999年に米国で提唱された化学物質過敏症診断の合意事項,いわゆる「コンセンサス1999」の6項目の診断基準にも合致している。」

(ソ) 原告Bの現在の症状は,臭いと電磁波に敏感であり,マスクをしてシールド材の帽子をかぶらないと外出できない状態であること,常に揺れる地面を歩いているような感覚があること,度々めまいと吐き気に襲われ,後頭部に強い圧迫を感じて破裂しそうな感覚に襲われること,集中力がなく,不眠が続き,うつ状態になることが頻繁にあること,内出血になりやすいことが挙げられる。また,原告Bは,上記の症状から日常生活にも支障をきたしており,ショッピングセンターやデパートへ買い物に行っても,衣類や商品,壁などから放散される化学物質によって呼吸困難に陥るため,長時間建物内にいることができず,歩行中もペンキの臭いがあると具合が悪くなるほか,自宅の中でも,電磁波の出る電化製品(パソコン,テレビ,電子レンジ,電磁調理器,ホットカーペット,携帯電話)を使用することができず,電源を切ることができない冷蔵庫については,主要な生活空間であるリビングから最も離れた玄関に設置している状態である(なお,電磁波は化学物質の毒性を増加する作用があるといわれている。)。

ウ 原告Cの症状について(甲6,8,11,13,36,80,83,乙10,11,12の1及び2,13,14,18,22,24ないし26,原告A,原告B)

(ア) 原告Cは,平成12年2月23日,高熱のため,北里研究所メディカルセンター病院の小児科救急センターに運び込まれたほか,同年11月18日には,同年10月末ころから微熱が続くとして,同病院の小児科を受診した。

また,平成13年3月14日の夜には,入浴中の原告Cの顔面(眼のあたり)にプラスチックの手桶が当たった際,原告Cは,3回大きく息を吸い込むと,痙攣を起こし,白目をむいて倒れ込んだことがあった。そのため,翌15日に北里研究所メディカルセンター病院の小児科及び脳神経外科を受診したところ,原告夫婦は,小児科医から,原告Cの症状について血圧低下による意識障害であり,てんかんの疑いもあると診断され,繰り返すようであれば詳しい検査が必要であるとの説明を受けた。

さらに,原告Cは,5歳となった平成15年ころ,溶連菌感染症を起こし,発熱や扁桃腺炎を発症した。

(イ) 原告Bは,生後6か月を過ぎた原告Cに,横目の時の黒目の動きがおかしいことに気がつき,平成11年8月16日,北里研究所メディカルセンター病院の眼科を受診し,その後,受診を重ねたところ,原告Cが9歳4か月となった平成14年11月8日には,両眼につき下斜筋過動症(斜視)と診断され,手術を要すると判断されたため,埼玉県立小児医療センターを紹介された。なお,この時点における原告Cの視力は,右が0.4,左が0.4であった。

また,原告Cは,両眼の痛み又はかゆみを訴えるようになり,平成12年5月5日には,北里研究所メディカルセンター病院において,結膜炎と診断された。

原告Cは,同病院を受診する一方で,平成14年1月31日には小松眼科医院を受診し,下斜筋過動症(斜視)について相談した。その際,原告Bは,問診票に,原告Cが薬や食べ物などでアレルギー症状を起こしたことがあることを申告した。なお,この時の原告Cの視力は,右が1.0,左が1.2であった。

(ウ) 原告Cは,平成14年11月20日,埼玉県立小児医療センターを初めて受診したところ,同病院のI医師は,両上斜筋麻痺を伴う下斜筋の過動症と認めたうえ,自然軽快は考えづらく手術が必要と診断したが,悪性高熱の既往症があるため,しばらくはこのまま様子を見ることとした。その後,I医師は,平成16年5月ころ,原告夫婦と相談のうえ,同年の夏休みに手術を行うことを決定したが,手術は,同病院の都合により,同年8月19日にキャンセルされた。なお,原告Cの視力は,平成14年11月20日時点で,右が0.8,左が0.7,平成16年5月21日時点で,右が0.8,左が0.6であった。

そして,平成17年4月21日,原告Cが同病院を再診した際,原告夫婦から,育成医療の適用期間で早めに手術を受けたいとの意向が示されたため,同病院は,順天堂大学医学部付属順天堂医院眼科のJ医師を紹介し,同年5月11日に受診する予定となった。

(エ) その後,被告が本件工事を開始し,同月6日,被告の下請大工がクレオソート油Rを増築部分の土台に塗布したところ,原告Cには,鼻水,喉の腫れ,目のかすみ,原因不明による度々の発熱がみられるようになった。

(オ) 原告Cは,同月11日,紹介された順天堂大学医学部付属順天堂医院眼科を受診したところ,両眼につき近視性乱視及び下斜筋過動症と診断され,同年9月27日に手術を行うことが決められた。なお,同年5月11日時点における原告Cの視力は,右が0.2,左が0.15であった。また,原告Bは,上記受診に際して,原告Cにえび,かになどの食物アレルギーがあること,原告夫婦や原告Cの祖父母に,近視や乱視の症状があることを申告した。

(カ) 原告Cは,同月27日の夜,突然,目が見えない,まぶしいと言って泣き出し,横にして安静にしていたところ,1時間ほどで39度の高熱を発し,目を確認したところ,瞳孔が開いた状態となっていた。原告Cは,翌28日,松沢医院を受診したところ,松沢医院のK医師は,現在,瞳孔径が約3mm,対光反応は弱めと診断しつつも,もともと斜視で眼位不安定であることを指摘し,問診からクレオソート中毒の疑いがあるとしたが,さらに,詳しく調べる必要があるとして上尾中央総合病院の眼科を紹介した。なお,原告Bは,受診の際,松沢医院の医師に対し,「増築のため床剤に防虫用コールタール系,クレオソートを使用している」と説明したが,K医師は,扁桃炎の疑いがあるとの所見を示していた。

そこで,原告Cは,同日,上尾中央総合病院の眼科を受診したところ,斜視及び乱視と診断され,視力は右が0.3,左が0.7と測定されたほか,38度台の発熱と下痢の症状があったため,同病院の小児科を紹介された。そして,原告Bは,同日,小児科において,原告Cにアレルギー性鼻炎及び結膜炎の既往症があることを申告したうえ,同月6日に1階居間においてクレオソート油を床剤として塗布した後,家族全員に下痢の症状が発生したこと,そして,前日の夜の出来事について説明したところ,同病院小児科のL医師は,眼球運動が正常であること,瞳孔も各径3mmで,対光反射も正常であるとの所見を示したうえ,「5月6日からクレオソートを塗布して,同月27日に突然急性中毒症状が出てくるとは今ひとつ考えがたい・・・発熱もあるため,感冒(夏カゼ)による発熱が原因の可能性を考える」との意見をカルテに記載した。

(キ) 原告らは,同月29日,クレオソート油Rによる空気汚染から避難するため,上尾市内の旅館に移り住んだところ,原告Cの熱が下がり始め,原告Cは,同月30日には元気に登校した。もっとも,原告Bから,クレオソートの中毒かどうかはっきりさせたいとの強い希望があり,原告Cは,同日,上尾中央総合病院小児科を再受診した際,採血を行ってクレオソート血中濃度の検査を受けたが,結局,血中からクレオソートは検出されなかった。

(ク) その後,原告Cは,同年6月6日,松沢医院を受診し,37度前後の微熱と喉に痛みがあることを訴え,同月13日と同月18日に同医院を再受診した際にも,微熱と喉の痛み,咳の症状があったため,K医師は,同日,「アレルギー性気管支炎及び咽喉頭炎」と診断し,その原因について,原告Bからの申告をもとに,「クレオソート用ガス吸入による疑い」とした。また,原告Cは,同月22日及び29日の再診時には,咳はよくなったが,鼻水の症状悪化を訴えるようになった。

(ケ) 原告Cは,同月8日,小松眼科医院を受診したところ,両眼の視力低下を指摘され,右が0.2,左が0.2との測定であった。この時,同医院のM医師は,原告Bから「5月27日に散瞳し,39度の熱があった,家の新築時に有機リン系殺虫剤を使用した」旨の説明を受け,同月10日,「両眼につき,視野狭窄,薬剤中毒の疑い」と診断したが,同月20日には,原因が有機リンではないことを原告Bに説明した。

(コ) その後,原告Cは,約2か月の間,医師の診察を受けていなかったが,同年8月10日及び11日に,埼玉県立小児医療センター眼科を受診し,視力が右0.2,左0.2と測定された。また,原告Cは,同月22日,松沢医院を受診し,北里研究所病院を紹介され,同月26日に同病院臨床環境医学センターを受診した。

(サ) 原告Cは,同病院において,上記イ(ケ)の原告Bの場合と同様の診療を受けたが,原告Cに代わって原告Aが回答した問診・質問票では,現在の主な症状として,様々な臭いが気になること,鼻血と鼻水が出ること,咳,発熱があること,風邪にかかりやすいことを挙げ,このような症状が平成17年5月から始まったこと,考えられる原因として,リフォームの防虫,防腐剤,クレオソート油Rの使用を挙げるとともに,原告Cに,湿疹,アレルギー性鼻炎及びアレルギー性結膜炎があるほか,魚介類につき食物アレルギーがあることを申告した。また,原告Bは,原告Cに代わって環境暴露及び過敏性の質問票に記入し,車の排気ガス,タバコの煙り,殺虫剤,除草剤,ガソリン臭,ペンキ,シンナー,消毒剤,漂白剤,バスクリーナー,床クリーナー,特定の香水や芳香剤,清涼剤,コールタールやアスファルト臭,マニキュア,除光液,ヘアスプレー,オーデコロン,新しい絨毯やカーテン,シャワーカーテン及び新車の臭い,水道のカルキ臭その他の臭いについて,10段階のうち8程度の症状が出ること,また,樹や草,花粉,ハウスダスト,かび,動物のあか,虫さされ,特定の食物などでぜんそく,鼻炎,じんましん,湿疹のようなアレルギー反応について,10段階のうち7程度の症状が出ることを申告したほか,「眼の刺激,やける感じ,しみる感じ,息切れ,咳のような呼吸症状,たん,鼻汁がのどの奥の方に流れる感じ,風邪にかかりやすい」「集中力,記憶力,決断力低下,無気力などを含めた思考力低下」「緊張しすぎ,上がりやすい,刺激されやすい,うつ,泣きたくなったり激情的になったりする,以前興味があったものに興味が持てないなどの気分の変調」の各項目について10段階のうち5程度の症状があり,これらの症状は,平成17年5月までは全くみられなかったことを申告した。また,日常生活については,食事の摂取,学校への登校,趣味やレクリエーションを行うことなどには全く障害がないこと,一方で,新しい家具や調度品,衣類の使用,旅行や車のドライブ,防臭剤の使用などについて中程度から重程度の障害があることを申告した。

(シ) そして,原告Cを診察したH医師は,平成17年8月26日,紹介先の松沢医院のK医師に対し,原告Cの病名を「化学物質過敏症」としたうえ,「臭いに敏感になっており,化学物質過敏症となっていると思われる,視力低下の原因を説明することは困難であるが,脳の血圧低下,機能低下は化学物質過敏症の特徴であるため,目の前が暗くなったことの原因は,視覚中枢に何らかの機能低下が生じたためかと思われる」旨を報告した。

(ス) 原告Cは,同年9月16日,松沢医院を受診し,微熱や咳,鼻水が止まらないなどの症状を訴えた。

(セ) 原告Cは,同月30日に北里研究所病院を再度受診した際,H医師から「シックハウス症候群」と診断され,「小児のため十分な機能検査を行いにくいが,平衡機能障害を明らかに認められること,ただし,生活環境の改善で平衡機能障害も改善されてきていること,また,出血傾向が認められる点もシックハウス症候群の特徴であり,その他の自覚症状は,精神的なものではなく,身体的不調によるものと考えられること,室内空気汚染に極めて鋭敏に反応して症状の悪化をきたす」との所見が示された。原告Cは,このころから,小学校において他の生徒と同室にて授業を受けることが困難な状況が増えてきたため,別室で自習を行うことが多くなり,平成18年4月末ころからは記憶の障害(喪失,混乱)が顕著にみられるようになったほか,頻繁に鼻血が出るようになった。

なお,上記(オ)のとおり平成17年9月27日に予定されていた原告Cの手術は,アレルギー治療のためキャンセルされた。

(ソ) 原告Cは,平成18年6月2日,北里研究所病院において「化学物質過敏症」との診断を受けた。当時の原告Cは,化学物質のみならず電磁波にも過敏に反応するようになり,強烈な電磁波を発する電車には,他の乗客の化粧品や衣服の洗剤,オーデコロンなどもあって,乗車できないようになっていた。また,原告Cの通っていた小学校は,夏休みに入って化学成分によるワックスを全館に塗布したため,原告Cは,同年9月の2学期以降,登校ができなくなった。

さらに,原告Cの視力は低下が進み,同年8月31日に埼玉県立小児医療センターの眼科での測定によると,右が0.04,左が0.04であった。

(タ) さらに,北里研究所病院のH医師は,原告Cが平成21年2月4日に再診した際,病名を「化学物質過敏症」としたうえ,「神経系の機能検査で異常が検出されており,問診と合せて,米国及び本邦の診断の基準を基に上記診断をする。シックハウスからの発症と考えられ,微量化学物質に鋭敏に反応するため就学にも支障をきたしている。」との所見を示した。

エ 原告Dの症状について(甲9,36,81,84,乙12の1及び2,15,19,20,原告A,原告B)

(ア) 原告Dは,2歳となった平成17年2月22日,松沢医院を受診し,前年に花粉症の症状があったこと,鼻水と目のかゆみがあることを訴えたところ,アレルギー性鼻炎及び結膜炎と診断された。

(イ) 原告Dは,クレオソート油Rが使用された同年5月6日以降,鼻水,喉の腫れ,目のかすみ,原因不明による度々の発熱の症状を発症したほか,1日に40ないし50回の水のような下痢が1週間くらい続く状態となった。そこで,原告Dは,同月23日,松沢医院を受診したところ,K医師は,喉の腫れと下痢の症状を認め,原告Bから,防虫用のコールタール(クレオソート)を塗ってから症状が現れた旨の説明を受けた。原告Dは,その後も同医院での受診を続け,同月28日には下痢が続いていることを訴え,同月29日には原告A宅を離れ旅館に移り住んだが,同年6月6日には37.1度の微熱があること,同月13日には微熱が続き,喉に腫れがあることを訴え,同月15日には39.5度の発熱と喉の腫れのほか,発疹が認められた。そして,K医師は同月18日の再診時において,原告Dについて,37.2度の微熱と咳,喉の腫れの症状があることを認めたうえ,「アレルギー性気管支炎及び咽喉頭炎」と診断し,その原因を,原告Bの申告をもとに,「クレオソート用ガス吸入による疑い」とした。また,原告Dは,同月22日の再診時には,鼻水,咳,喉の腫れを訴え,同月29日の再診では,鼻水は止まったが,喉の腫れと微熱が続いていることを訴えた。

(ウ) その後,原告Dは,約2か月の間,医師の診察を受けていなかったが,同年8月22日,松沢医院を受診し,この2か月間,微熱が続いていたことを訴え,北里研究所病院の紹介を受けた。

(エ) そして,当時,2歳11か月であった原告Dは,同月26日に同病院臨床環境医学センターを受診した。原告Dは,同病院において,上記イ(ケ)の原告Bの場合と同様の診療を受けたが,原告Dに代わって原告A又は原告Bが回答した問診・質問票では,現在の主な症状として,発熱と風邪を挙げ,平成17年5月から始まったこと,考えられる原因としてリフォームのクレオソート油Rの使用を挙げるとともに,原告Dにアレルギー性鼻炎及びアレルギー性結膜炎があることを申告した。もっとも,原告Dが臭いについてどう感じているかは不明として,環境暴露及び過敏性の質問票にほとんど記入することができず,日常生活については,食事の摂取に問題がないことを申告した。

(オ) 上記問診及び検査結果に基づき,原告Dを診察したH医師は,同日,紹介先の松沢医院のK医師に対し,原告Dの病名を「化学物質過敏症」としたうえ,「小児のために十分な神経系の機能検査ができず,問診が中心となってしまった。シックハウス症候群からの過敏反応の誘発は間違いないと思う。」と報告した。

(カ) 原告Dは,同年9月2日,目の周囲に出血斑が斑点状になって出ることを訴えて松沢医院を受診し,同年11月9日には,鼻水,咳の症状を訴えて再受診し,同月16日にも,喉の腫れとたんの症状を訴え,再受診した。

(キ) その後,原告Dは,平成21年2月4日,北里研究所病院を受診したところ,H医師は,「化学物質過敏症」と診断したうえ,「神経系の機能検査でも異常が検出されており,問診と合せて上記診断をする。シックハウスからの発症と考えられ,極めて微量な化学物質に鋭敏に反応する状態」との所見を示した。

(2)  上記(1)アに認定の事実によれば,化学物質過敏症という病態は,微量化学物質に反応し,非アレルギー性の過敏状態の発現により,精神・身体症状を示すとされるもの(厚生労働省),あるいは,①再現性を持って現れる症状を有する,②慢性疾患である,③微量な物質への暴露に反応を示す,④原因物質の除去で改善又は治癒する,⑤関連性のない多種類の化学物質に反応を示す,⑥症状が多くの器官・臓器にわたっている,と定義されるもの(米国のいわゆる「コンセンサス1999」)として存在することが認められるというべきところ,これを前提に,上記認定事実に基づき,原告B,原告C及び原告Dが,化学物質過敏症に罹患しているか否かについて,以下,検討する。

ア 原告Bについて

(ア) 上記(1)イの認定事実によれば,原告Bは,平成17年5月6日以降,鼻水,頭痛,吐き気,めまい,喉の腫れ,下痢などの症状を発症し,他にも微熱や皮膚の刺激性症状があったほか,月日が経つにつれて,その症状は悪化するとともに多様化し,同年8月26日ころには,主な症状として,様々な臭いが気になること,めまい,両足の冷感やこわばり,外出先の建物内を息苦しく感じること,不眠などの症状を訴えるようになり,筋肉,気管粘膜,心臓・循環器症状,消化器症状,思考力など認識面や情緒面,神経・末梢神経にも様々な症状を発症するようになったことが認められ,症状が多くの気管や臓器にわたっている点,慢性疾患である点において,化学物質過敏症というべき特徴を有しているといえる。

(イ) また,上記(1)イの認定事実によれば,原告Bは,平成17年5月6日以降に上記症状を発症するまで,アレルギー疾患や中毒症状,感染症などに罹患していた事実が認められないこと(原告B)に照らせば,上記各種症状がアレルギー性の過敏状態の発現であるとは認め難いし,上記のような症状の多様性や重さ,発症期間の長さに鑑みれば,原告Bに原告C及び原告Dの将来を案じて心理的負担がかかっていたことを考慮しても,なお,上記各種症状を心因的なものと認めることもできないというべきである。

(ウ) そして,上記認定事実によれば,原告Bは,同年8月26日の問診により,車の排気ガス,タバコの煙,殺虫剤,除草剤,ガソリン臭,ペンキ,シンナー,消毒剤,漂白剤,バスクリーナー,床クリーナー,特定の香水や芳香剤,清涼剤,コールタールやアスファルト臭,マニキュア,除光液,ヘアスプレー,オーデコロン,新しい絨毯やカーテン,シャワーカーテン及び新車の臭い,水道のカルキ臭その他の臭いによって,中程度から重度の上記各症状が出ることが明らかとなっており,上記(ア)の主な症状をも考え合わせれば,原告Bについて,微量な化学物質への暴露に反応を示し,関連性のない多種類の化学物質に反応を示すこと,化学物質暴露により症状が再現することが認められる。また,上記(1)イの認定事実によれば,各種検査によって眼球追従運動障害,平衡機能障害が認められたほか,神経機能検査の結果にも異常が認められたこと,そして,国内では化学物質過敏症の分野における第一人者であるH医師が,原告Bの症状は,問診及び検査結果に基づく日本の判断基準にも,米国のいわゆる「コンセンサス1999」による診断基準にも合致しているとしたうえ,病名を「化学物質過敏症」と診断したことが認められ,これらの事情を総合考慮すると,原告Bは,化学物質過敏症に罹患しているものと認めるのが相当である。

イ 原告Cについて

(ア) 上記(1)ウの認定事実によれば,原告Cには,鼻水,喉の腫れ,目のかすみ,原因不明による度々の発熱,咳の症状のほか,様々な臭いが気になること,鼻血が出ること,風邪にかかりやすいことなどの症状があり,気管粘膜,思考力など認識面や情緒面にも様々な症状を発症するようになったこと,平成18年4月末ころからは記憶の障害(喪失,混乱)が顕著にみられるようになり,また,視力の低下が進み左右各0.04まで落ち込んだことが認められ,症状が多くの気管や臓器にわたっている点や慢性疾患である点において,化学物質過敏症というべき特徴を有しているといえる。

(イ) そして,上記(1)ウの認定事実によれば,原告Cは,平成17年8月26日の問診により,車の排気ガス,タバコの煙,殺虫剤,除草剤,ガソリン臭,ペンキ,シンナー,消毒剤,漂白剤,バスクリーナー,床クリーナー,特定の香水や芳香剤,清涼剤,コールタールやアスファルト臭,マニキュア,除光液,ヘアスプレー,オーデコロン,新しい絨毯やカーテン,シャワーカーテン及び新車の臭い,水道のカルキ臭その他の臭いについて,10段階のうち8程度の症状が出ること,また,樹や草,花粉,ハウスダスト,かび,動物のあか,虫さされ,特定の食物などでぜんそく,鼻炎,じんましん,湿疹のようなアレルギー反応について,10段階のうち7程度の症状が出ることを申告したこと,平成18年6月ころからは,化学物質のみならず電磁波にも過敏に反応するようになり,強烈な電磁波を発する電車には,他の乗客の化粧品や衣服の洗剤,オーデコロンなどもあって乗車ができないようになったことが認められ,また,上記(1)ウの認定事実によれば,神経機能検査の結果に異常が認められたこと,原告Cの症状は,平成21年2月4日,国内では化学物質過敏症の分野における第一人者であるH医師によって,問診及び検査結果に基づく日本の判断基準,及び米国のいわゆる「コンセンサス1999」による診断基準に基づき,「化学物質過敏症」と診断されたことが認められるところ,これらの事情を総合考慮すると,原告Cは,化学物質過敏症に罹患しているものと認めるのが相当である。

(ウ) なお,原告Cは,平成15年ころには,溶連菌感染症を起こしたことに加え,アレルギー性鼻炎及び結膜炎,かにやえびなどの食物アレルギーがあることが認められるが,記憶の障害(喪失,混乱)などアレルギー疾患や感染症では説明が困難なものがあること,上記症状の多様性及び重篤さに照らせば,上記症状について非アレルギー性の過敏状態の発現と認めるのが相当である。

ウ 原告Dについて

(ア) 上記(1)エの認定事実によれば,原告Dは,鼻水,咳,喉の腫れ,目のかすみ,微熱,下痢などを中心に発症していることが認められるが,化学物質過敏症と認定するにあたって不可欠な「微量化学物質への反応」について,これを認めるに足りる証拠がないほか(なお,上記(1)エ(キ)によれば,H医師は「極めて微量な化学物質に鋭敏に反応する状態」との所見を示しているが,問診票などこれを裏付ける証拠が何ら存在しない以上,直ちにこれを信用することはできない。),その症状の多くが粘膜刺激症状であり,これは,アレルギー疾患や感染症などによっても生じるところ(甲19),上記(1)エの認定事実のとおり,原告Dには平成16年ころから花粉症の症状がみられ,平成17年2月22日にはアレルギー性鼻炎及び結膜炎と診断されていることに照らせば,上記症状が非アレルギー性の過敏状態の発現であると断定することは困難であるから,原告Dについて,化学物質過敏症に罹患しているものと認めることはできない。

(イ) なお,H医師は,平成17年5月26日に,原告Dの症状について「化学物質過敏症」と診断しているが,同医師は,十分な神経系の機能検査ができず,問診が中心となってしまったことを自ら認めており,シックハウス症候群からの過敏反応の誘発であることについても,間違いないと「思う」とするにとどまっていることから,これを採用することはできない。

(ウ) また,H医師は,平成21年2月4日にも原告Dの症状につき「化学物質過敏症」と診断して,神経系の機能検査でも異常が検出されており,問診と合せて上記診断をしたとするが,原告B及び原告Cの場合と異なり,米国の「コンセンサス1999」による基準項目に照らした診断を行っていないし,上記診断の根拠となった問診の内容が何ら明らかにされておらず,微量な化学物質への暴露に反応を示すことを認めるに足りる証拠もないのであるから,このような点を考慮せずに化学物質過敏症と断定した上記診断は,やはり採用し難いというべきである。

2  争点(2)(クレオソート油R使用と化学物質過敏症罹患との因果関係の有無)について

(1)  上記争いのない事実等に加え,下記各項目において掲記する証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア クレオソート油Rについて(甲16,17,18,28,39,40,41,43,46,47,乙8)

(ア) クレオソート油Rとは,従来型クレオソート油から,環境に問題のあるベンゾ[a]ピレン,ベンズ[a]アントラセン,ジベンズ[a,h]アントラセンを大幅に削減したものである。

(イ) 従来型クレオソート油は,コールタールを蒸留して得られた流出物(200ないし400℃)からナフタレン,フェノール類等を回収した残りの成分を用途に応じて配合した製品であり,その9割以上がカーボンブラック(ゴムの補強材)の原料として利用され,その残りが木材防腐剤として用いられていたが,次第に有害性が問題視されるようになり,東京都や横浜市など地方自治体の一部は,公共事業工事への使用をとりやめ,国も,平成15年ころ,発がん性物質を含むため健康被害が心配されるとして,公共事業工事での使用を禁止した。そして,厚生労働省は,同年10月1日開催の薬事・食品衛生審議会・化学物質安全対策部会において,家庭用品への使用規制として,木材防腐剤の従来型クレオソート油に含まれる化学物質の規制基準を決定した。そこで,当該規制基準に従い,従来型クレオソート油に約3000ppm含まれていた,発がんのおそれがあるといわれているベンゾ[a]ピレン,ベンズ[a]アントラセン,ジベンズ[a,h]アントラセンの含有量をいずれも10ppm以下まで大幅に削減したクレオソート油Rが製造されるようになり,平成16年1月ころから販売が開始された。

(ウ) クレオソート油Rは,上記3物質のほか,労働安全衛生法に基づき通知すべき危険物及び有害物としてビフェニル9.0%,ナフタレン2.4%を含有するが,ホルムアルデヒド,トルエンなど厚生労働省が室内濃度指針値を策定した13種類の化学物質は含まれていない。

(エ) クレオソート油Rについては,次のような使用上の注意点が指摘されている。

・ クレオソート油Rが目や皮膚に触れたりすると刺激作用があるほか,高濃度蒸気の吸入により呼吸障害に陥る恐れもあるため,室内など換気の良くない場所での使用は不適である。また,食器や食材に触れたりするような場面での使用や一般住宅の外部(庭など)で,皮膚で触れる場所への使用は避けなければならない。

・ クレオソート油には,鼻につく独特の刺激臭があり,この臭いは,防腐効果と同様,長期にわたって持続するため,既築,改築の屋内,床下及び新興住宅地や住宅密集地で隣近所に影響が及ぶおそれがある場面での使用は避けなければならない。

・ クレオソート油Rを一度塗布すると除去が困難となり,除去剤や中和剤など即処理できるような薬剤もないため,取り除く場合は,染み込んでいる部分まで削り取るか,そのもの自体を焼却処分にするか破棄処分にすることになる。クレオソート油が衣類に付着した場合は,屋内への持ち込みをせず,破棄するか屋外で捨ててもよいタライなどで手洗いして,日常使っている洗濯機で洗うことは避けなければならない。また,庭に埋められているガーデンエクステリアの枕木を撤去して,家庭菜園を作ろうとする場合,枕木に塗布されていたクレオソート油の有害物質等が庭の土壌に染み込んでいることがあるため,土壌を改良したうえで家庭菜園を作るのが無難である。

イ クレオソート油Rの使用状況及び本件工事の経緯について(甲36,38,乙20,証人E,原告A)

(ア) 被告は,平成17年5月6日,増築部分の基礎部に土台を設置する際,土台の基礎部接面部分にクレオソート油Rを塗布したうえ,木工事を開始した。

(イ) その後も木工事が続けられ,同月9日には,増築部分の外枠が木材によって組まれつつある状態となり,翌10日には,増築部分の屋根工事が行われ,窓枠にはサッシが取り付けられた。

(ウ) 被告は,翌11日,増築部分の土台にクレオソート油Rを再度塗布した。なお,被告は,同日,原告Bから増築部分の屋根形状が違うとの指摘を受け,前日に施工された屋根を解体した。

(エ) その後,クレオソート油Rの使用は中止され,別の防蟻剤を用意することになったが,クレオソート油Rが2回にわたって塗布された土台部分について,被告がクレオソート油Rを除去するための措置をとるようなことはなかった。

(オ) 本件工事は,同月12日以降も予定通り進められ,同日には木工事屋根の作りかえ,同月13日には破風板直し及び大引き敷き込み工事,同月14日には増築部分床根太組及び下地ビルダーパネル貼りが行われた。

(カ) そして,同月16日には,母屋との接続工事が開始され,母屋の接続部分の解体と養生が行われ,翌17日には,母屋と増築部分をつなぐ渡り廊下の造作工事が開始された。

(キ) その後,被告は,同月23日ころから,渡り廊下の造作工事を終えて再び増築部分の床フロア貼りサッシ枠取付け工事を行っていたが,同月27日の夜,原告Aから,原告Cと原告Dの体調が悪いこと,その原因がクレオソート油Rを使用したことにあるのではないかとの連絡を受け,話し合いの結果,翌28日をもって本件工事は中止されるに至った。

(ク) 原告らは,同月29日,クレオソート油Rによる空気汚染から避難するため,上尾市内の旅館に移り住み,それから約1年間は,旅館や借家を転々としながら生活した。

(2)  上記認定事実のほか,上記1(1)の化学物質過敏症の発症原因物質に関する認定事実並びに原告B及び原告Cの症状に関する認定事実に基づき,被告によるクレオソート油Rの使用と原告B及び原告Cの化学物質過敏症の罹患との間に因果関係が存在するか否かについて,以下,検討する。

ア 原告Bについて

(ア) 上記1(1)アに認定の事実によれば,化学物質過敏症の発症機序については未解明な部分が多いものの,その発症原因の多くは室内空気汚染(シックハウス)とされていること,その原因物質として建材や内装材などから放散されるホルムアルデヒドやトルエンをはじめとする揮発性有機化合物が指摘され,厚生労働省も13種類の化学物質について室内濃度指針値を策定したことが認められるところ,上記1(1)アの認定事実によれば,クレオソート油Rには,13種類の化学物質は含まれていないものの,ビフェニル,ナフタレンといった揮発性有機化合物が含まれていることが認められるほか,このような揮発性有機化合物の含有量については従来型クレオソートも変わらないことが窺われ,従来型クレオソートによって化学物質過敏症を発症した例が過去にあること(甲44,85)が認められる。そして,上記1(1)イで原告Bの症状について認定したとおり,被告は,平成17年5月6日にクレオソート油Rを増築部分の土台に塗布したところ,原告Bは,クレオソート油Rの強烈な刺激臭に耐えられず,翌7日にクレオソート油Rが入った缶の蓋を閉めて,これをビニール袋に入れて縛ったのであり,その際,クレオソート油Rの臭いを近接して吸引したことが認められるほか,原告Bは,同日以降,それまで全く症状のなかった鼻水が止まらなくなり,他にも肌のピリピリ感や頭痛,吐き気,めまい,喉の腫れ及び下痢を発症したこと,原告Bには,それまで何らアレルギー性疾患や感染症への罹患はなかったこと,上記各種症状を発症した時期において,何か他の原因物質と思われるものに暴露した事実がないことに照らすと,被告がクレオソート油Rを使用したことにより,原告Bが化学物質過敏症に罹患した蓋然性が高いといわざるを得ない。

(イ) したがって,被告によるクレオソート油R使用と原告Bの化学物質過敏症罹患との間には因果関係が認められる。

(ウ) これに対し,被告は,原告Bの化学物質過敏症罹患は,母屋のリフォーム工事,近隣のP社上尾工場からの油の臭い,新車を購入したこと(シックカー)及びアレルギー疾患や精神的ストレスによって発症したものであると主張して,被告によるクレオソート油R使用との因果関係を否定する。

この点,証拠(乙17,18,原告A,原告B)によれば,原告らは,原告A宅に転居するまでの約4年間,新築のマンションで生活していたこと,平成14年に中古の原告A宅を購入し,大規模なリフォーム工事を行ったこと,平成15年に新車を購入し,以後,これを使用していたこと,原告A宅近くのP社の工場から,油のような臭いが漂っていたことが認められるが,原告Bが,クレオソート油Rが使用された平成17年5月6日時点を境に,上記のような症状を発症し始めた経緯に照らすと,被告が主張するような,同時点まで長期間にわたり特に体調に異変をもたらさなかった各事情について,これを原告Bの化学物質過敏症罹患の原因とすることは困難であるし,仮にクレオソート油Rに加えて上記各事情が影響していたとしても,そのことをもって,被告によるクレオソート油Rによって原告Bが化学物質過敏症に罹患したとの上記認定を覆すには足りないから,被告の主張を採用することはできない。

イ 原告Cについて

(ア) 上記1(1)ウの認定事実によれば,原告Cは,被告がクレオソート油Rを使用した平成17年5月6日以降,鼻水,喉の腫れ,目のかすみ,原因不明による度々の発熱を訴え,同月11日には急激な視力の低下(右が0.2,左が0.15)がみられたことが認められる。

しかし,他方で,上記1(1)ウの認定事実によれば,原告Cは,平成12年2月ころから,度々微熱や高熱に悩まされていたこと,同年ころ,両眼の痛み又はかゆみを訴えてアレルギー性結膜炎と診断されたこと,他にもアレルギー性鼻炎やかにやえびなどの食物アレルギー,花粉,かび,ほこりなどに対するアレルギーを有していたことが認められるほか,原告Cは,先天的に両眼につき下斜筋過動症(斜視)を患っており,眼位が不安定であったことに加え,視力についても,平成14年11月8日時点で右が0.4,左が0.4と測定され,同月20日時点では右が0.8,左が0.7に上がるなど,もともと不安定な面があったほか,上記のとおり,平成17年5月6日に右0.2,左0.15と測定された視力は,同月29日には右が0.3,左が0.7に回復したうえ,同年6月8日には右が0.2,左が0.2に再び低下したことが認められ,これらの事情に照らせば,原告Cの上記各症状は,必ずしも同年5月6日以降に限って発症したものとはいえず,原告Cの化学物質過敏症の罹患が被告によるクレオソート油Rの使用により引き起こされた蓋然性が高いとまでは認められない。

(イ) また,上記認定事実によれば,原告Cは,同月27日にまぶしい,目が見えないといった症状を訴えたことが認められるが,上記(1)イに認定のとおり,これは,クレオソート油Rが塗布されてから20日ないし16日も後のことであったこと,しかも,クレオソート油Rは,2回とも,母屋とは離れた屋外ないし外気が通る場所で塗布されたこと,同月11日以降,クレオソート油Rの使用が中止され,渡り廊下が設置された後も,クレオソート油Rの塗布された増築部分が母屋と密閉された形で接合されたこともなかったことに照らせば,原告Cの上記症状について,被告によるクレオソート油Rによって引き起こされたと認めることは困難といわざるを得ない。

(ウ) したがって,被告によるクレオソート油R使用が原告Cの化学物質過敏症罹患の原因とは認められず,両者の間に因果関係を認めることはできない。

3  争点(3)(被告の債務不履行責任ないし不法行為責任の有無)について

(1)  上記1及び2に説示したとおり,原告Bについては,化学物質過敏症に罹患したこと,その原因が被告によるクレオソート油Rの使用にあったことが認められるところ,原告らが,被告らに債務不履行ないし不法行為責任を帰責するためには,被告において,本件工事にクレオソート油Rを使用することにより,原告Bが化学物質過敏症に罹患するという結果の発生について具体的に予見できたことを要すると解されるので,以下,予見可能性の有無について検討する。

(2)  上記争いのない事実等に加え,証拠(甲2ないし5,48,50,51,61,62,乙20,21,証人E,証人N)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,シックハウスをなくすため,添加物を含んだ建材は一切使わない「無添加リフォーム」を提唱していること,被告は,財団法人住宅リフォーム・紛争処理支援センター,NPOエコリフォーム推進協議会及びNPOシックハウスを考える会に加盟しており,建材等から発散される揮発性有機化合物による室内空気汚染がシックハウス症候群の原因であることや,その症状として,眼のチカチカ,喉の痛み,頭痛,吐き気,アレルギー反応,自律神経失調症といったものがあるなど,シックハウス症候群について基本的な知識を有していること,被告従業員のEは,NPOエコリフォーム推進協議会のエコリフォームマスター認定資格者であり,化学物質過敏症や有害な建材,化学物質について一通りの勉強をしていたこと,また,被告の下請大工の親方は,エコリフォームマスター資格を有するとともに,専門の研修・教育を受けた認定パートナーサプライヤー(専門協力業者)であること,さらに,被告取締役のNは,シックハウスを考える会においてシックハウスアドバイザーとして登録されていることが認められ,被告は,シックハウス問題に積極的に取り組む業者として,化学物質過敏症の症状や原因物質について,一般的なリフォーム業者に比べ,高い関心と知識を有していたといえる。

しかしながら,上記1(1)アに認定のとおり,化学物質過敏症は,その病態や発症機序について未解明な部分が多く,そもそも化学物質過敏症というべき病態の存在自体が世界的に議論となっている状況に鑑みれば,被告が化学物質過敏症について有する知識といっても,その量及び程度は極限られたものというべきであるし,上記1(1)ア及び上記2(1)アに認定の事実によれば,化学物質過敏症ないし室内空気汚染(シックハウス)の発症関連因子として指摘されている揮発性有機化合物のうち,厚生労働省が室内濃度指針値を策定した13種類の化学物質は,クレオソート油Rには含まれておらず,しかも,被告が使用したのは,発がん性物質を多量に含んだ有害建材とされる従来型クレオソート油ではなく,これを改良して発がん性物質の含有量を大幅に削減した環境配慮型クレオソート油Rであったことが認められるから,これらの事情に照らせば,医学者でも化学者でもない被告において,クレオソート油Rを使用することにより,原告Bが化学物質過敏症に罹患することを具体的に予見することは不可能であったと認めるのが相当である。

(3)  これに対し,原告は,従来型クレオソート油に比べ,クレオソート油Rが含有する有害物質が大幅に削減されているとしても,有害性が無くなったわけではなく,使用上の注意として「床下等を含む家屋内での使用は絶対にしないで下さい」と明記されているとおり,危険な薬剤であることに変わりはないから,被告には,クレオソート油R使用による化学物質過敏症罹患について予見可能性があったと主張する。

しかしながら,上記2(1)イに認定のとおり,被告は,クレオソート油Rを,屋内ではなく,いずれも母屋から離れた屋外ないし外気が通る場所で塗布したのであり,したがって,通常,クレオソート油Rから発生する化学物質は,直ちに大気中に拡散されると予想されるから,このような状況におけるクレオソート油Rの使用により,化学物質過敏症罹患を引き起こすとまで予見することは不可能であったというほかなく,原告の上記主張は採用できない。

(4)  また,原告Aは,被告が床下処理に柿渋液を使用すると確約したと主張したうえ,被告はこの確約に違反してクレオソート油Rを使用したので,債務不履行責任を負うと主張する。

しかしながら,証拠(甲2)によれば,被告のパンフレットには,壁,床,天井等の内装仕上げに関する記載はあるものの,床下処理に関する記載はないことが認められる。また,原告A及び原告Bは,原告Aの上記主張事実に沿う供述をするが,証人Eの証言に照らし,たやすく採用することができない。したがって,原告Aの上記主張は理由がない。

(5)  なお,仮に,原告Dについても化学物質過敏症に罹患していると認められ,かつ,被告によるクレオソート油Rの使用と原告C及び原告Dの化学物質過敏症の罹患との間に相当因果関係が存在するとしても,被告において,クレオソート油Rの使用により,原告C及び原告Dに化学物質過敏症を引き起こすとまで予見することが不可能であったことは,上記(2)及び(3)の説示から明らかである。

第4結論

以上のとおり,原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩田眞 裁判官 村井みわ子)

裁判官廣澤諭は,転補につき,署名押印することができない。裁判長裁判官 岩田眞

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