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さいたま地方裁判所 平成16年(行ウ)27号 判決

主文

1  被告寄居町教育委員会が、原告に対して、平成16年3月24日付けでした原告を6月間停職するとの懲戒処分を取り消す。

2  被告寄居町は、原告に対し、50万円及びこれに対する平成16年6月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は、原告と被告寄居町教育委員会との間に生じた分は、これを2分しその1を原告のその余を同被告の負担とし、原告と被告寄居町との間に生じた分は、これを20分し、その19を原告のその余を同被告の負担とする。

事実及び理由

第3当裁判所の判断

1  本件懲戒処分の違法性(争点1)

懲戒処分の適否については、その懲戒処分の事由の有無及び当該懲戒処分の相当性の判断が必要になる。そこで、以下これを順に検討する。

(1)  懲戒事由の有無

ア  理由の追加の可否

本件懲戒処分に際し、原告に対して交付された本件説明書(〔証拠省略〕)においては、原告の本件畳交換行為が、町の教育財産の処分は町長の権限とする地方教育行政の組織及び運営に関する法律に反して、本来の職務権限を逸脱した重大な違法行為であり、また、管理職として部下に違法行為を指示し、執行させた責任は重く、原告の行為は、地方公務員法29条1項1号及び2号に該当する旨の説明がされている。

被告は、原告に対する本件懲戒処分の事由として、本件説明書に記載されている上記事由を含め、第2、4(1)(被告らの主張)ア記載の①ないし⑨の事由があると主張する。これに対して、原告は、本件説明書に記載されていない事実を、被告が主張することは許されない旨主張するので、この点について検討する。

処分事由説明書の制度趣旨は、懲戒処分等が処分権者によって、公正かつ慎重になされることを担保するとともに、その職員のいかなる非違行為に対して当該処分がなされたか、その理由を具体的に相手方に明らかにすることによって、不服申立の便宜を与えることにあると解されている。

この趣旨からすると、公務員に対する懲戒処分の取消訴訟においては、処分権者は、処分事由説明書に記載された非違行為と全く別の事実を当該処分の理由として主張することは許されないと解すべきである。しかし、上記制度趣旨からすれば、処分事由説明書に記載された事実と基本的に同一と認められる非違行為であって、処分の当時に処分権者がその存在を認識し、処分の理由とする意思を有していた事実については、同説明書に記載されているとはいえない場合であっても、処分権者が当該処分の理由として主張することは許されるというべきである。

本件についてみると、被告が主張する前記各事実のうち、①は、本件説明書においてその処分事由とされている本件了承行為のうち、原告が畳の搬入を了承し搬入を受け入れたことが手続規程に違反し、職務懈怠行為であることを主張するものであり、②は、本件了承行為のうち、原告が畳の搬出を了承し搬出したことが手続規程に違反すること及び搬出後の処理について職務懈怠があったことを主張するものである。また、③は、本件畳交換を民間人にすべて委ね、何ら確認調査をしないことが原告の職務懈怠に当たると主張するもの、④は本件畳交換行為が被告寄居町の財政に影響を及ぼすものであると主張するもの、⑤は、本件畳交換における手続違反が、原告の職責上重大なものであることを主張するもの、⑥は、本件畳交換の事後処理についての原告の職務懈怠を、また⑦は、本件畳交換において搬出した畳及び搬入した畳の処理について原告の職務懈怠を主張するもの、⑧は、本件畳交換が一部の住民の申し入れによるものであって公益性・公平性に欠けるとするもの、⑨は、本件畳交換が職員に要求される慎重さを欠いていたことを主張するものである。

これらの事実は、いずれも、原告の本件了承行為あるいは本件畳交換にかかる原告の職務及びその懈怠内容にかかるものであって、本件説明書に記載された事実と基本的に同一の事実についての主張であると認められる。

また、〔証拠省略〕によれば、かかる処分理由を、被告教育委員会が、本件懲戒処分当時に認識し、処分の理由とする意思を有していたと認めることができる。

以上より、上記①ないし⑨の事実は、いずれも被告教育委員会において、本件懲戒処分の処分理由として主張することができるものといえる。

イ  懲戒事由の有無

次に、被告の主張する①ないし⑨の事由の有無を検討する。

(ア) 畳の搬入についての手続無視、所有者や現物確認等の調査・報告の懈怠について(①)

まず、本件畳交換が、町長の職務権限に属する行為であって、原告が本件了承行為をするにあたっては、津久井町長の決裁が必要なものであったかを検討する。

地方教育行政の組織及び運営に関する法律23条2号は、学校その他の教育機関の用に供する財産(教育財産)の管理に関すること(管理行為)は、教育委員会の職務権限に属すると規定し、同法24条3号は、教育財産を取得し、及び処分することは地方公共団体の長の職務権限に属する旨を規定している。

そして、本件柔道場は、社会教育施設であるから、その柔道場の畳は、教育財産に該当すると認められ、本件畳交換は、被告寄居町が搬入される畳を取得するとともに、これまで本件柔道場において使用していた畳を処分することを意味するものであるから、教育財産を取得し、処分する行為として町長の職務権限に属する行為というべきであり、本件畳交換は上記管理行為に該当する旨の原告の主張は採用できない。

なお、原告は、津久井町長は、町長事務委任規則第3条により、50万円未満の「備品」の取得は教育長に、20万円未満の「備品」の取得は各課長に、それぞれ決裁権限を委任しており、本件柔道場の畳は「備品」に当たり、原告において決済権限を有する旨主張するが、畳が備品に当たるか否かはともかく、本件の畳は無料で贈与を受けるものであって、後述のように、このような場合については寄附の受納としてその手続が別途規則で定められているのであるから、本件畳交換にかかる畳の取得は、上記規則上決裁権限が課長に委任されている「備品の取得」には当たらず、原告の主張は理由がない。

そうすると、原告としては、津久井町長の職務権限内の行為である本件畳交換を了承するにあたっては、津久井町長の了承を得るべきであったといえる。

前記争いのない事実等によれば、津久井町長は平成15年11月28日の定例議会の打ち合わせの席で、本件畳交換を了承していない旨述べていることが認められ、そうであれば、本件畳交換が問題となった当初からこれを了承していなかったということができる。この点、〔証拠省略〕によれば、A会長は、津久井町長の了解を得たと認識していたことが認められるが、そのときのやりとりは、A会長が、「柔らかい畳があるところから手に入るんだ」「どうだろう、柔道連盟の方で一切やるから、入れ替えさせてもらっていいでしょうかね」と聞いたのに対し、津久井町長が「うーんわかった。」「だけど教育委員会に行け」と述べたにすぎないというものであって、このようなA会長の具体性のない話に対し、津久井町長が上記の発言をしたことをもって津久井町長が本件畳交換を了承したとは到底認められない。

とすれば、原告は津久井町長の了承を得ることなく本件了承行為をしたのであり、この点につき手続違反があるといえる。

また、寄居町財産規則6条1項によれば、「財産主管課長は、財産の寄附を受納しようとするときは、……町長の決裁を受けなければならない。」とされているところ(〔証拠省略〕)、前記争いのない事実等によれば、本件畳交換においては無料で畳を取得することになるから、「財産の寄附」を受ける場合に該当するといえ、そうすると、上記規則に基づいて町長の決裁を受ける必要があったことになる。

この点、前記争いのない事実等によれば、原告は、津久井町長の決裁を受けることなく、B係長に対して、A会長に本件畳交換を了承したと連絡するよう指示しており、また上記認定のとおり、津久井町長が事前に本件畳交換を了承していたという事実もない。

とすれば、原告は、津久井町長の決裁を受けずに財産の寄附を受けることを了承しているといえ、原告の行為は、上記規則にも違反しているといえる。

また、本件畳交換を了承するに当たっては、当該畳が、本件柔道場で使用されるものであることから、利用者が安全に利用するために、その畳の状態等を事前に把握しておくべきであり、上記規則8条にも「公有財産となるべき財産を検査し、適格と認めた場合でなければ引渡しを受けてはならない。」旨定められているのであるから、原告は、事前に搬入される畳の現物を確認すべきであったといえる。そして、原告が本件畳交換により本件柔道場に搬入される畳について、現物を確認していないことは上記争いのない事実等記載のとおりであり、原告には、手続違反(同規則8条)ないし職務懈怠が認められる。

さらに、町として財産を取得するに当たっては、その所有関係を確認すべきところ、原告は本件畳交換にかかる畳が県立松山高校から搬入される予定であることを聞いたのみで、この点の調査を怠ったのであるから(〔証拠省略〕)、原告には職務懈怠があるといえる。

(イ) 本件柔道場の畳の搬出についての手続無視、追跡調査の懈怠について(②)

本件畳交換にかかる畳の処分については、上記認定のとおり、津久井町長の決裁を受けなかった手続違反があることが認められる。さらに、原告は、搬出した畳について、柔道連盟に譲渡したのか廃棄したのか、その処理を把握することなく、畳の搬出を認めたのであって(〔証拠省略〕)、適切な処分を行うべき町として極めてずさんな処理をしたものと言わざるを得ず、この点においても原告の職務懈怠が認められる。

(ウ) 搬出・搬入を民間人に任せきりにした職務懈怠(③)

原告が、本件畳交換に立ち会わず、また生涯学習課の職員も立ち会わせなかったことについては前記認定のとおりであり、この点について同様に原告の職務懈怠が認められる。

(エ) 町の財政への負担(④)

本件全証拠によっても、本件畳交換及びこれに伴って被告寄居町が余分な費用負担をしたとは認められない。

(オ) 課長職としての責任(⑤)

原告が、生涯学習課長として、同課における最高責任者であったことは前記認定のとおりであり、また、原告自身が本件畳交換に当たって自ら手続違反行為を行ったのみならず、B係長に指示して違法な処理を指示し、違法な執行をさせたものということができる。

(カ) 利用団体の意向調査の懈怠(⑥)

本件では、定例議会において、A学務課長が本件柔道場の畳の交換について、利用団体の意向調査をしながら検討したい旨述べていることが認められるが(〔証拠省略〕)、原告としては、本件畳交換後の措置としてどのような方針をとるかを決定するために、利用団体等の意向を調査することが必要であったといえる。この点、かかる意向調査を行っていないことは原告自身が認めているところであるから(原告本人)、この点について原告に職務懈怠が認められる。

なお、原告は、上記定例議会でのC学務課長による利用団体の意向調査をする旨の答弁は、もともと実際に利用団体の調査をすることが予定されていたものではなく、単に時間稼ぎの意味を有するに過ぎないものであった旨述べるが(原告本人)、そうであれば、そのこと自体が問題なのであって、原告の不作為を正当化する根拠とはならないというべきである。

(キ) 廃棄物処理法違反について(⑦)

本件において、原告が本件畳交換に際して、立ち会い等をせず、畳の搬出先や処分方法等について把握し、適切に指示を行うなどしていないことは前述のとおりであり、この点について原告の職務懈怠が認められるといえるが、畳を受け入れることを了承した原告の行為が直ちに廃棄物処理法に違反する行為であるとはいえず、この点について法令違反があるとまではいえない。

(ク) 職務の公益性の欠如(⑧)

本件畳交換に対して、柔らかい畳に交換されたことにつき柔道連盟が歓迎していることについては争いのないところであり、また、選手や父兄が歓迎していることについても認められるところである(〔証拠省略〕)。

この点、被告は、本件畳交換についてすべての寄居町民が受け入れている訳ではないとするが、そうであったとしても、このことから、本件畳の交換が被告の主張するように、公益性や公平性に欠けるものであるとまでいえない。

(ケ) 便宜供与の疑い(⑨)

この点については、結局、原告が本件畳交換を了承するに当たっては、あらぬ疑いをかけられることのないように、慎重に行動すべきであったというに尽きるものである。

(コ) 小括

原告には、被告の主張のうち①ないし③、⑤、⑥及び⑨の事由が認められる。

(2)  本件懲戒処分の相当性

上記認められる事由を前提として、本件懲戒処分が相当といえるかを検討する。

公務員に対する懲戒処分は、当該公務員に職務上の義務違反、その他単なる奉仕関係の見地においてではなく、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において、公務員としてふさわしくない非行がある場合に、その責任を確認し、公務員関係の秩序を維持するため、科される制裁である。法は、同法所定の懲戒事由がある場合に、懲戒権者が、懲戒処分をすべきかどうか、懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかを決するについては、具体的な基準を設けていない。したがって、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の上記行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか、を決定することができ、それは懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきであり、裁判所が当該処分の適否を審査するにあたっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである(最高裁昭和52年12月20日判決・民集31巻7号1101頁参照)。

前記争いのない事実等及び〔証拠省略〕によれば、原告が本件了承行為をしたのは、A会長が本件畳交換について津久井町長の了承を得たと考え、その旨をB係長に告げて畳の交換を申し入れたことから、これを受けてB係長がその旨を原告に報告したため、原告も津久井町長の了承があると認識したことによるものと認められるところ、原告の本件了承行為は、A会長が津久井町長の了承を得たと述べていることのみを根拠にして、津久井町長の意思を確かめることも、A会長の申し出を受けるために必要となる手続について検討することもなく、必要な手続を欠くまま、また、なすべき調査を怠ったままなされており、軽率に過ぎるものであったといわざるを得ない。また、原告が本件畳交換当時において生涯学習課長の地位にあったこと、本件畳交換が問題となるまで、本件畳交換に係る畳に関する調査・確認を何ら行っていなかったことについては前記認定のとおりであるところ、これらを併せて考慮すると、法定の手続に従って業務遂行をしようという意識の希薄な原告の態度は、非難されて然るべきである。

他方、本件畳交換当時、柔らかい畳への交換は、望まれていたものの、被告寄居町の財政状況等からなかなか実現できないでいたことが認められ、原告は、本件畳交換により無料で柔らかい畳への交換が実現し、被告寄居町の利益になると考えて本件畳交換を行ったのであって、原告には、自己の利益を図ろうとする意思はなかったものと認められる(〔証拠省略〕)。また、原告の本件了承行為により、本件畳交換がなされた結果、被告寄居町が責任を問われるような事態に発展したことも認められない。そうすると、原告の本件了承行為は悪質なものではないものということができる。さらに、前記争いのない事実等によれば、原告以外の関係職員に対して行われた処分等は、B係長に対する処分が給料10分の1の減給3か月であり、D主幹に対する処分及びE課長補佐に対する処分がいずれも戒告であること、また、C学務課長に対しては、懲戒処分はなされず、厳重注意がなされるにとどまっていることが認められ、原告に対する処分のみが6か月の停職処分という、相当重いものになっていることが認められる。

このような、原告に有利に考慮すべき事情と、原告以外の職員に対する処分との均衡を併せて考えれば、懲戒処分が処分権者の裁量に委ねられるべき範囲の大きいことを考慮に入れても、停職処分は重きに失し、社会通念上著しく相当性を欠くものというべきである。本件懲戒処分は、手続規定に反して職務を執行した職員に対して課されうる懲戒処分の選択及びその限界の決定につき、考慮すべき事実を考慮せず、社会通念に照らして著しく不合理な結果をもたらし、裁量権の行使を誤った違法があるといえ、取消を免れないというべきである。

なお、本件においては、停職処分自体が過重であると判断できるので、原告がかかる処分の取消を求める利益は、これを認めることができる。

2  本件退職承認処分の違法性(争点2)

(1)  依願退職は、本人の退職申し出に対し任命権者がこれを承認することによって公務員がその身分を失うことであり(人事院規則8―12第71条、73条参照)、この退職の承認は、退職申し出を要件とする行政処分と解されるところ(依願退職処分)、退職の申し出は、これに対する承認があった後には、原則として撤回ができないものと解するのが相当である。しかしながら、退職の申出は、その身分の得喪に関する重要な事項であるから、退職者の真意に基づいてなされるべきものであり、退職の申出の意思表示に瑕疵がある場合には、退職者が当該意思表示をするに至った経緯や瑕疵の重大性等を考慮し、これを取り消すべきでない特段の事情がある場合を除いて、その承認がなされた後であっても、これを取り消すことができるというべきである。そして、退職の申出の意思表示が取り消されれば、退職申出は遡ってなかったことになり、これを前提としてされた処分は違法な処分として取消を免れないことになる。

(2)  原告は、本件退職願の意思表示は強迫に基づくものであると主張するので、この点ついて検討する。

前記争いのない事実等によれば、原告は、平成16年2月25日付けで、被告教育委員会に対して本件退職願を提出していること、この退職願による退職を承認する処分は、同年3月31日付けでなされていること、原告は本件退職承認処分以後に、複数の送別会等に出席して退職の挨拶をしていること、原告が本件退職願を撤回する旨記載した書面を被告教育委員会に提出したのは、平成16年5月20日であったことが認められる。

このように、原告が、本件退職願を撤回までの約3か月の間そのままにし、また、本件退職承認処分後に送別会に出席して退職の挨拶をするなど、およそ強迫により退職願を提出させられた者の行動として整合しない行動をとっていることからすれば、原告の本件退職願の意思表示が強迫に基づくものであるということはできない。また、原告の主張するような上司らの各言動があったと仮に認められるとしても、これらの言動自体から、直ちに原告の本件退職願の提出が強迫によるものであるとまでいえず、なお本件退職願の意思表示が強迫に基づくものであるとすることはできない。

以上より、原告の本件退職の意思表示は強迫に基づくものといえないから、取り消されるべきものとはいえず、そうすると、これを前提としてなされた本件退職承認処分は適法であるといえる。

3  違法行為の有無(争点3)

(1)  本件懲戒処分には、上記のとおり、裁量権の行使を誤った違法があるといえるが、そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく、当該処分者が、処分理由を調査し、これに基づき処分を決定する上で、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と処分をしたと認めうるような事情がある場合に限り、上記違法の評価を受けるものと解するのが相当である(最高裁平成5年3月11日判決、民集47巻4号2863頁参照)。

本件についてこれを見るに、被告教育委員会としては、上記認定のような原告に有利に働くべき情状事実を適切に考慮していないことが認められ、この点について、職務上通常尽くすべき注意義務の違反があるというべきであり、本件において被告が原告に対し、本件懲戒処分を行った点については、国家賠償法上、違法な行為であるといえる。

他方、退職承認処分について、この前提となる退職願(〔証拠省略〕)の提出が、強迫によりなされたものでないと認められることは前述のとおりである。

また、原告は、被告職員らから執拗な責任追及をされ、また退職を強要されるなどしたが、この被告職員らの行為は不法行為にあたると主張する。しかし、C学務課長の発言等については、原告には上記認定のとおり、懲戒事由があるのであるから、C学務課長が懲戒処分に言及したとしてもそのことをもって直ちに違法ということはできず、またC学務課長が原告に対し懲戒処分を行うことにつき決定的な権原を有するものとも認められないのであり、仮に懲戒免職についてまで言及したとしても、そのことによって原告への退職の強要となるものではない。またF助役及びG教育長が原告に対し、退職を強要する発言をしたことを認めるに足りる証拠はない。

さら、原告は、C学務課長やG教育長が、原告の行う本件畳交換問題を収束させることを妨害して、退職を強要したと主張するが、C学務課長らが原告の行おうとする問題の収束を妨害したと認めるに足りる証拠はない。

加えて、原告は、被告らにおいて、証人に偽証をさせた旨主張するがこれを認めるに足りる証拠もない。なお原告は、原告の作成した文書(〔証拠省略〕)にC学務課長が加筆訂正を指示したことをもって強要であると述べるが、原告においてこれを拒否できない状況にあったわけでもなく、これをもって違法ということはできない。

(2)  以上によれば、本件懲戒処分については国家賠償法上の違法が認められるところ、上記のように、原告の行為を過大、不当に評価したことが、原告の本件退職届提出の契機にもなっていることに鑑み、原告の被った精神的損害は50万円とするのが相当である。

4  結論

以上の次第で、原告の被告教育委員会に対する請求のうち本件懲戒処分の取消しを求める部分は理由があり、また被告寄居町に対する請求のうち、50万円の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、原告の被告らに対するその余の請求はいずれも理由がないから、棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠山廣直 裁判官 八木貴美子 辻山千絵)

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