さいたま地方裁判所 平成14年(行ウ)5号 判決
両事件原告
X1
(ほか3名)
上記原告ら訴訟代理人弁護士
平林良章
両事件被告
草加市
同代表者市長
木下博信
同訴訟代理人弁護士
加藤長昭
主文
1 甲事件及び乙事件に係る原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、甲事件、乙事件を通じて原告らの負担とする。
事実及び理由
第3 争点に関する当裁判所の判断
1 争点1(本件供用開始処分の無効確認の訴えの適法性)について
(1) 行訴法36条によれば、行政処分の無効等確認の訴えは、当該処分に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限り、提起することができるとされている。そして、ここで、「当該処分の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができない場合」とは、当該処分に基づいて生ずる法律関係に関し、処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟によっては、その処分のため被っている不利益を排除することができない場合はもとより、当該処分に起因する紛争を解決するための争訟形態として、当該処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟との比較において、当該処分の無効確認を求める訴えの方がより直截的で適切な争訟形態であるとみるべき場合をも意味するものと解するのが相当である(最高裁判所平成4年9月22日第3小法廷判決・民集46巻6号1090頁参照)。
(2) これを本件についてみるに、道路供用開始処分により道路を構成する敷地等の所有者は私権を行使することができなくなるものであり(法4条)、道路供用開始処分の下で外形的に当該土地が道路として供用されている限り、一般人の通行利用受忍を余儀なくされ(これを妨害した場合には刑法上の往来妨害の罪に問われるおそれがある。)、これらを勘案すると道路供用開始処分の無効を主張する者にとっては、当該処分の無効確認を求める訴えの方が最も直截的な方法であるというべきである。
そして、道路敷地の所有者は、道路供用開始処分が無効であることを前提として、道路管理者に対し、その所有権に基づく土地の明渡し、不法行為ないし不当利得に基づく賃料相当損害金の支払等、現在の法律関係に関する民事訴訟を提起することが可能であるが、これらの民事訴訟においては道路管理者の側からは道路供用開始処分の有効性を述べるほか、権利濫用、弁済その他種々の抗弁が出されることが予想されるのであり、道路供用開始処分の無効を前提とするこれらの民事訴訟が当該道路供用開始処分の無効確認訴訟と比較して紛争の抜本的解決としてより適切とは必ずしも評価することができず、むしろ道路供用開始処分の無効確認訴訟の方が当該処分に起因する紛争を解決するための争訟形態としてより直截的で適切な争訟形態とみるべきである。
(3) そうすると、甲事件に係る原告らの本件供用開始処分の無効確認を求める訴えは、行訴法36条が定める原告適格を備えた適法な訴えであるというべきであるから、被告のこの点に関する本案前の抗弁は採用できない。
2 争点2(本件供用開始処分の適法性)について
(1) 前記争いのない事実等に加え、〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。
ア 埼玉県知事は、大正9年4月1日、埼玉県告示第103号をもって、本件土地を含む道路敷地につき県道草加鳩ヶ谷線を認定し、同日、同告示第105号をもってその供用を開始した(〔証拠略〕)。
埼玉県知事は、昭和31年7月6日、同告示第431号をもって、県道草加鳩ヶ谷線を廃止し、同日、同告示第430号をもって、本件土地を含む道路敷地につき県道浦和草加線を認定し、昭和34年9月10日、同告示第541号をもって県道浦和草加線の区域を決定し、同日、同告示第542号をもってその供用を開始した(〔証拠略〕)。
草加市長は、平成3年10月22日、草加市告示第161号をもって、本件土地を含む道路敷地につき市道1046号線を認定した(〔証拠略〕)。
埼玉県知事は、平成4年4月1日、埼玉県告示第544号をもって県道浦和草加線の区域を変更し、草加市長は、同日、草加市告示第82号をもって市道1046号線の供用を開始した(〔証拠略〕)。そして、本件土地は本判決添付別紙図面3のイロハニイの各点を結んだ線で囲まれた部分に位置し、平成4年4月1日以降、市道1046号線の敷地の一部として被告が管理している。
イ 市道1046号線は、起点草加市花栗1丁目520番1地先、終点草加市神明1丁目16番1地先を結んで東西に走る全長約1.5kmの道路であり、南北に走る国道4号線と主要地方道足立越谷線を結んでおり、信号機7機が設置されている。市道1046号線の幅員は場所によって異なるが、約8mから約19mである。
ウ 本件土地は、南北に約4m、東西に約41m、地積約157m2であり、市道1046号線の東端部付近、主要地方道足立越谷線と交差する手前辺りに位置し、その付近の市道1046号線は対向車線各一車線で、道路の幅員は約8mであり、本件土地を道路敷地から除くと、その幅員は約4mになり、片側一車線分の幅員しかないことになる(別紙図面参照)。
エ 大正15年頃、埼玉県知事が県道草加鳩ヶ谷線の改修工事を施工した際、北足立郡草加町の町長は、同年3月19日付けで、埼玉県知事に対して、県道草加鳩ヶ谷線の改修に当たってはその両側の側溝を永久的に使用できる構造にすること及びこれに要する費用は同町で寄付する旨の請願をした(〔証拠略〕。〔証拠略〕中「道路側溝築造ニ付請願」と題された部分は、「草加鳩ヶ谷線縣道改修ニ付両側ニ設クル側溝築造ニ関シ地元ノ希望ニ依リ永久的構造ニ御築造願度之ニ要スル工費ハ何分寄附可仕侯間特別ノ御□議ニ依リ右取計相成度之此段奉願候也」と記載されている。)
また、Aを含む前記改修工事に関わる県道草加鳩ヶ谷線の沿線権利者は、大正15年5月10日付けで、上記工事施工のため本件土地上の地表物件(物置、板塀、生垣、庭木等)を除却することを承諾するとともに、その補償料を請求した〔〔証拠略〕。〔証拠略〕によれば「地表物件除却承諾書」と題された部分は、除却物件の地番、種類(物置、板塀、生垣、庭木等)、補償金額等を関係権利者ごとに明示し、「草加鳩ヶ谷線北足立郡草加町地内道路改修工事御施行ノタメ前記ノ通地表物件除却ノ義御申聞相成拝承仕候表記ノ補償料御下附可相成義ニ候ヘハ御達次第除却可仕依テ承諾書差出候也」と記載され、Aを含む関係権利者の署名・捺印が末尾にある。〕。
オ 昭和50年5月2日にAが死亡するまで、本件土地を県道として使用し、埼玉県が管理することにつき同人から異議が出たことはなく、同人が死亡して相続が開始された後、原告らを含むAの相続人らによって本件土地の使用権原が問題とされ、原告らは平成14年1月15日本件甲事件に係る訴えを提起した。
なお、本件土地は従前から宅地として固定資産税が課税されてきたが、被告は平成元年以降、非課税とした。しかし、その後、原告らから元に戻すようにとの要望もあり、再び固定資産税を課すようになったが、被告は平成12年に再び非課税扱いとすることとし、平成14年3月20日、平成7年度から平成12年度分については還付処分をし、平成13年度分は更正処分をして現在に至っている。
(2) 以上の事実すなわち本件土地が最初に県道の敷地の一部として認定され供用が開始された大正9年以来、当時の所有者であるAからは本件土地が道路として使用されることにつき特段の異議が出されていないこと、Aは、大正15年5月10日の道路側溝改修工事の際には地表物件の除却に同意し、補償料も下付されているとみられること、一般に戦前であっても道路管理者が無権原で私人の土地を道路として使用し、それについて権利者の側からの何らの異議等も出されないまま推移することはあり得ないと考えられること等に照らすと、Aは、何らかの対価を得て本件土地を道路敷地として提供することに同意したか、少なくとも本件土地が道路の一部として使用される限り無償で埼玉県に対して使用を許諾したもの、すなわち大正9年4月1日埼玉県告示第105号による県道草加鳩ヶ谷線の供用開始の段階で、本件土地についてはAから埼玉県に対して有償もしくは無償による道路としての使用許諾があったとみるのが相当である(そして、その範囲が大正15年の側溝改修工事に伴い若干拡大されたものとみられる。)。
原告らは、「本件土地の隣地である草加市神明〔番地略〕の土地(以下「a番の土地」という。)は同じく道路敷地として用いられているが、昭和15年6月17日に当時の所有者Bより内務省に所有権移転登記がされている(〔証拠略〕)。被告の主張のように埼玉県が県道草加鳩ヶ谷線の道路として大正9年4月1日に本件土地につき権原を取得して供用開始をしたというのであれば、a番の土地も同時期に権原を取得していなければならないが、当時の所有者Bは同土地を昭和8年12月にCに売却し、昭和10年12月に再取得して昭和15年6月に内務省に贈与しており、これらからすると、a番の土地は大正9年の道路供用開始処分当時は使用権原の設定がされていたとは考えがたく、隣地である本件土地についても同様である。」旨主張するが、これらの主張を考慮しても前記判断を左右するに足りない。
ところで、本件土地を含む道路については、昭和34年9月10日に県道浦和草加線として供用が開始され(〔証拠略〕)、その後平成4年4月1日に市道1046号線として供用が開始されたところ(〔証拠略〕)、法18条2項ただし書によれば、既存の道路についてその路線と重複して路線が指定され、認定され、又は変更された場合には、その重複する道路の部分については既に供用の開始があったものとみなし、供用開始の公示をすることを要しないとされているから、本件土地を含む道路については、その元となった大正9年4月1日の県道草加鳩ヶ谷線の供用開始処分が適法に行われている限り、その後の道路供用開始処分は不要であるし、少なくとも後続の道路供用開始処分は大正9年4月1日の道路供用開始処分の適法性を継承するものである。そうすると、本件供用開始処分については、本件土地に関し既に大正9年に適法に使用権原の設定があったとみるべきであるから、原告らの主張するような無効原因は認めがたいというべきである。
3 原告らの本件土地の明渡請求(乙事件)について
(1) 以上に説示したとおり、本件土地に関しては、大正9年4月1日の県道草加鳩ヶ谷線の供用開始処分の時点で埼玉県の使用権原が設定され、同処分は適法にされたと認められるから、原告らの所有権に基づく明渡請求は理由がない。
(2) なお、仮に、Aと埼玉県との間で契約書等直接的な証拠がないことから、本件土地の使用権原の設定が証拠上明らかでないとされる場合にも、以下のとおり、原告らの本件土地の明渡請求は権利の濫用に当たり認容できないと解される。
すなわち、大正9年に本件土地が県道草加鳩ヶ谷線の敷地の一部として認定され供用が開始されて以降長年にわたり当時の所有者であるAからは本件土地が道路として使用されることにつき何ら異議は出なかったものである。そして、その道路は、現在に至るまで一般通行の用に供されており、原告らには仮に被告から本件土地の返還を受けた場合、同土地を道路以外の用途で使用、収益する緊急かつ切実な必要性があるとまでは本件証拠上認めがたい。これに対して市道1046号線は主要道路を結ぶ道路であり、交通量が多く、本件土地を市道の敷地から除くと道路の幅員約8mが約4mになり、普通の片側一車線ずつの道路として使用することができず、その効用が著しく減殺されることは明らかである。
以上のような本件土地が道路敷地として用いられるようになった経緯、本件土地の使用、収益、処分ができないことにより原告らが現に被る不利益と本件土地部分が市道として使用できなくなることによって生じる一般交通の便に対する支障とを比較すると、前者よりも後者のほうが著しく大きいものと認めることができること、その他記録から窺われる諸般の事情を勘案すると、仮に本件において埼玉県あるいは被告が本件土地を道路敷地として用いるための権原の設定が明確に認められないとした場合にも、原告らが被告に対して本件土地の共有持分権に基づき同土地の明渡請求をすることは権利の濫用(民法1条3項)に当たり、許されないと解するのが相当である。
4 結論
以上のとおりであるので、甲事件及び乙事件に係る原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担については行訴法7条、民事訴訟法61条、65条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 豊田建夫 裁判官 都築民枝 馬場潤)