さいたま地方裁判所 平成13年(レ)16号 判決
控訴人
前田製管株式会社
同代表者代表取締役
前田直己
控訴人
三和プラント株式会社
同代表者代表取締役
渡邉榮彦
以上両名訴訟代理人弁護士
小宮清
同
松田雄紀
同
小宮圭香
被控訴人
武蔵野杭業株式会社
同代表者代表取締役
宮崎久
同訴訟代理人弁護士
松尾一郎
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 久喜簡易裁判所が前記当事者間の同庁平成一一年(手ハ)第二号約束手形金請求事件につき平成一二年一月一二日に言い渡した手形判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
1 本件は、原判決添付の約束手形目録記載のとおり連続する裏書の記載がある約束手形(以下「本件手形」という。)の所持人である被控訴人が、その振出人である控訴人前田製管株式会社(以下「控訴人前田製管」という。)及び受取人兼第一裏書人である控訴人三和プラント株式会社(以下「控訴人三和プラント」という。)に対し、本件手形金三二万四八七〇円及びこれに対する満期日の平成一一年九月三〇日から完済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息の合同支払を求めている事案である。
2 控訴人前田製管が本件手形を振出交付し、控訴人三和プラントが拒絶証書の作成を免除してこれを裏書譲渡したこと、被控訴人が本件手形を支払呈示期間に支払呈示をしたうえ、現に所持していること、本件手形には、原判決添付の約束手形目録のとおり連続する裏書の記載があること、以上の事実は、当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨により、これを認めることができる。
3 被控訴人の本訴請求につき、手形訴訟による審理を求められた久喜簡易裁判所は、平成一二年一月一二日、被控訴人の請求を認容する旨の手形判決を言い渡し、同判決に対する控訴人らの異議の申立てを受けた原審は、その手形判決を認可する旨の判決を言い渡したため、これを不服として、控訴人らが控訴を提起したが、これが当審の本件訴訟である。
4 本件訴訟の争点は、本件手形が控訴人ら主張の控訴人三和プラントから裏書譲渡を受けたという株式会社鍵利商店(以下「鍵利商店」という。)の下で盗難被害に遭った手形であったとしても、本件手形を所持している被控訴人が前記裏書の連続によって手形法一六条一項所定の権利推定を受けるため、その権利推定を覆す抗弁として、控訴人三和プラントから被控訴人に至るまでの間の本件手形の取得者の下で善意取得されたことがなく、かつ、被控訴人がその前主であるというヒロテック株式会社(以下「ヒロテック」という。)から本件手形を善意取得したことがないといえるか否かであるが、この点に関する控訴人ら及び被控訴人の主張は、要旨、以下のとおりである。
(控訴人らの主張)
(1) 本件手形は、控訴人三和プラントが控訴人前田製管から振出交付を受けた後、白地式裏書の方式によって、鍵利商店に裏書譲渡していたところ、平成一一年七月二八日午後五時ころから翌二九日午前六時ころまでの間、盗難被害に遭った手形であるところ、被控訴人は、ヒロテックから本件手形の裏書譲渡を受けたというが、ヒロテックは本件手形の権利者ではなく、以下の事情があるので、被控訴人は、本件手形を取得するに際して、ヒロテックに対して本件手形の入手経路を尋ね、その振出人である控訴人前田製管ないし支払銀行に対しても本件手形の振出の経緯などについて問い合わせるべきものであって、そうしていれば、ヒロテックが本件手形について権利を取得していないことを容易に認識し得ることができたはずであるから、被控訴人は、本件手形を善意取得することができず、控訴人らに対する本訴請求は認められない。すなわち、
ア 本件手形は、控訴人前田製管の振出後、被控訴人の取得まで、わずか二か月間で、被控訴人を含め、四度も裏書がされていること、振出人の控訴人前田製管の本店及び本件手形の支払地が山形県酒田市であるのに、被控訴人の前々主であるサンエス基工株式会社の本店はさいたま市(本件当時・埼玉県大宮市)、前主のヒロテックの本店は横浜市となっていて、その所在地が地理的にかなり隔離した場所にあることなどからして、本件手形は、その外観上、被控訴人の前主であるヒロテックの入手経路につき容易に不自然さが窺われる。
イ 本件手形の額面額は、三二万円余と少額であるが、まとめれば多額の額面額となる手形を譲り受けた場合には、注意義務を軽減する要因とはなり得ないところ、被控訴人は、ヒロテックから、本件手形を含め、五通の約束手形の裏書譲渡を受けていた。
ウ 被控訴人の代表者である宮崎久は、ヒロテックの代表者である畑中博臣とは、平成一一年六月三〇日、被控訴人と取引関係にあった三伸工業株式会社の代表者である五十嵐宏の紹介により、初めて面識を持ったというのであって、その直後にされた最初の取引で、本件手形の裏書譲渡を受けたというが、仮にそうであれば、本件手形を取得する際、被控訴人とヒロテックとの間には、信頼関係の基盤は何ら存在しなかったことになる。
エ 被控訴人は、ヒロテックから、当初、「半金半手」の約束で工事を請け負ったのに、実際は、全部手形で代金の支払を受けたというのであるが、そうすると、被控訴人は、本件手形を取得した際、少なくとも現金の支払能力がなくなったという範囲では、ヒロテックの資力の低下を認識していた。
オ 被控訴人の年商は、約一億円であって、そのうち、約四割に当たる五〇〇〇万円を手形で扱っているので、相当程度に手形の実務経験がある。
(2) この点につき、原判決は、被控訴人が盗難手形を受け取ったことがなかったということから、被控訴人に重過失がなかったと結論づけているが、重過失の有無を判断するうえで、手形取得者が盗難手形を取得したことがあるか否かという事情を考慮することは合理的でなく、許されない。
(3) 因みに、被控訴人は、本件手形を取得する際、帝都信用金庫(現・東京シティ信用金庫)芦花公園駅前支店(以下「帝都信金」という。)に対し、ヒロテックの信用調査をしていないので、ヒロテックが無権利者であることにつき、少なくとも重過失があったというべきである。
(被控訴人の主張)
控訴人らは、被控訴人が本件手形を取得するに際して、ヒロテックが無権利者であったことを前提に、被控訴人に悪意・重過失があったと主張するが、控訴人らの主張は、いずれも当たらない。すなわち
ア 本件手形の額面額は、三二万四八七〇円と少額であり、多額な手形であればともかく、本件のような少額な手形が決済用のいわゆる「回し手形」として流通におかれることは、何ら不自然なことではない。
イ また、本件手形が裏書譲渡されているのは、三度であるが、本件手形の振出人及び裏書人らは、外見上、いずれも建設関係の会社とみられるから、同業の被控訴人がこれを取得するに際して何ら疑念を生ずる余地はない。
ウ 被控訴人は、ヒロテックとは初めての取引であったとはいえ、ヒロテックから工事を受注する立場にあったのであるから、被控訴人がヒロテックに本件手形の入手経路等について説明を求めることなどできるわけもない。
エ 被控訴人は、ヒロテックが振出人となっている約束手形の割引を帝都信金に申し込んだところ、同信金は、ヒロテックの信用調査を行い、その調査結果を被控訴人の代表者に伝えているので、被控訴人が、これに先立って、帝都信金に対し、ヒロテックの信用照会をしたかどうかはともかく、実質的にみれば、被控訴人がヒロテックの信用調査を求めたのと同じことである。
オ 被控訴人は、帝都信金からヒロテックの信用調査の結果を伝えられた後、平成一一年八月一六日より前に、ヒロテックから工事代金の一部の支払に充てるために本件手形の裏書譲渡を受け、同年八月一六日、帝都信金に本件手形を割り引いて貰ったものであって、実際にも、ヒロテックの信用に疑問を抱く余地はなかったことになる。
第3 当裁判所の判断
1 被控訴人の本件手形の取得経緯などについて
本件手形が控訴人三和プラントから裏書・交付を受けていた鍵利商店の下で盗難被害に遭った事実並びにその盗難被害から被控訴人が本件手形を取得するまでの経緯及びその間の本件手形券面上の裏書人らの業務内容などに関する当裁判所の認定判断は、次のとおり補正するほか、原判決の「事実及び理由」欄の第三の「争点等に対する判断」の一及び二に記載のとおり(原判決二枚目裏九行目〈編注 本誌二〇三頁三段一三行目〉から五枚目表七行目〈同二〇四頁二段三二行目〉まで)であるから、これを引用する。
(1) 原判決四枚目表六行目〈同二〇四頁一段一六行目〉から同一〇行目〈同二〇四頁一段二四行目〉までを削除する。
(2) 原判決四枚目裏八行目〈同二〇四頁二段一〇行目〉から五枚目表三行目〈同二〇四頁二段二五行目〉までを以下のとおり訂正する。
「5 被控訴人は、前記大宮工場の工事完了前の平成一一年七月末ころ、被控訴人の事務所において、ヒロテックから工事代金の支払として五通の約束手形の裏書譲渡を受けたが、これとは別に、ヒロテックを振出人とする額面額が五〇万円及び七五万円の約束手形二通の交付を受けていた。
被控訴人は、取引先の金融機関である帝都信金に対し、ヒロテックを振出人とする前記二通の約束手形の割引を申し込んだところ、帝都信金は、ヒロテック振出の約束手形を割り引くのが初めてであったため、被控訴人の申込みを受理するかどうかの判断材料を得るため、ヒロテックの業務内容、業績、取引内容等の信用調査を独自に行ったが、特に問題がなかったため、同年七月三〇日、被控訴人の申し込んだ約束手形二通の割引を行い、信用調査の結果を被控訴人に伝えた。
被控訴人は、本件手形につき、同年八月一六日、帝都信金に対して手形割引のために裏書譲渡したところ、盗難を理由に支払を拒絶されたが、被控訴人がその取引先から代金決済のために裏書譲渡を受けた約束手形が盗難手形であったというのは、本件手形が初めてであった。」
2 被控訴人の本件手形に係る権利取得について
前記事実に基づき、被控訴人の本件手形に係る権利取得について検討すると、当裁判所も、被控訴人の前主であるヒロテックないし前々主であるサンエス基工が正常な取引に基づく本件手形の取得者ではないとの控訴人らの主張を採用することはできず、また、被控訴人がヒロテックから本件手形を取得するに際して控訴人ら主張の重過失があったということもできないと判断するが、その理由は、次に当審における控訴人らの主張に対する判断を付加するほか、原判決の前記「争点等に対する判断」の三に判示するところ(原判決五枚目表八行目〈同二〇四頁二段三三行目〉から六枚目裏一一行目〈同二〇五頁一段一〇行目〉まで)と同一であるから、これを引用する。
(1) 控訴人らは、本件手形につき、鍵利商店が盗難被害に遭ってから被控訴人が取得するまでの約二か月の間に、被控訴人(取立委任裏書)を含め、四度も裏書譲渡が行われていること、本件手形の振出人ないし裏書人らの本店所在地が地理的に隔離していることなどから、本件手形の流通経路が不自然であるように主張するが、手形券面上では、本件手形の裏書人らは、いずれも振出人と同業者であるか、あるいは、関連業者であると窺われ、そのような業者間で、本件手形の額面額である三二万円余の少額で、一〇円単位まで記載された額面額の約束手形が取引上の代金の決済のために振出・交付され、裏書譲渡されるということは、必ずしも不自然なことではなく、被控訴人においても、ヒロテックとは初めての取引であったとはいえ、ヒロテックから受注した工事代金の支払のために、本件手形を含め、いずれも金額が前後する、振出人・裏書人らも同業関係にあると窺われる五通の約束手形の裏書譲渡を受けているものであって、その取得経緯にも、特に不自然なところがあるわけではない。
控訴人らは、本件手形は、製管業界のトップクラスの立場にある控訴人前田製管が振出・交付したものであるということから、これが被控訴人に裏書譲渡されること自体が不自然であるかのようにいい、本件手形の額面額が僅少であることも問題にしているが、いわゆる「銘柄手形」が市中の金融業者で割り引かれるような場合は格別、本件は、そのような場合ではなく、前説示したとおり、商業手形が取引代金の決済に裏書譲渡されたという事案であって、控訴人らの主張を採用することはできない。
また、控訴人らは、被控訴人がヒロテックから工事代金の支払を受ける方法が当初の「半金半手」から全額が手形決済に変更されたことをもって、ヒロテックの資力について被控訴人が疑いを抱くべきであったかのように主張するが、前記認定のとおり、その支払方法は、ヒロテックが申し出たものではなく、被控訴人の要求にヒロテックが応じたにすぎず、これをもって、ヒロテックの資力の低下を窺わせる事情ということはできず、被控訴人が疑いを抱くべきであったという前提を欠く。
(2) 以上要するに、本件手形は、鍵利商店の下で盗難被害に遭った手形であったとはいえ、少なくとも被控訴人がヒロテックから本件手形を取得するに際しては、被控訴人がそれまでの本件手形の流通過程に疑問を抱き、ヒロテックに対してその入手経路を尋ね、あるいは、振出人である控訴人前田製管ないしその支払銀行に本件手形の振出の経緯などを問い合わせるべきであったというのは困難である。
なお、控訴人らは、当審において、被控訴人が帝都信金に対してヒロテックの信用調査を依頼したか否かを問題にしているが、当審における調査嘱託の結果によれば、前記認定のとおり、被控訴人は、ヒロテックから裏書譲渡を受けた約束手形のほか、ヒロテックを振出人とする約束手形二通の交付を受けていたため、後者の約束手形の割引を帝都信金に依頼したが、その際、同信金がヒロテックの信用調査をしたところ、特に問題がなかったと伝えられていたのであって、同信金から信用調査の結果を伝えられたのが、本件手形の裏書譲渡を受けた時期と同時ないし後であったとしても、前記のとおり、本件手形についてその流通過程に疑問を抱くべき事情はないから、本件手形を取得するに先立ってヒロテックの信用調査をしなかったこと、あるいは、その取得した約束手形のうち、本件手形につき、振出人ないしその支払銀行に振出の経緯などを問い合わせるべきであったということはできない。
もとより、同信金から信用調査の結果を伝えられた時期が、ヒロテックから本件手形の裏書譲渡を受けた時期より前であるとすれば、本件手形を取得するに先立って、当然に、ヒロテックの信用調査の目的は果たしたといえるから、被控訴人が悪意・重過失であったということはできない。
(3) したがって、本件手形につき、これが鍵利商店の下で盗難被害に遭ってからヒロテックが取得するまでの間のヒロテックを含む取得者の全員が無権利者であったか否かはさておき、仮に全員が無権利者であったとしても、ヒロテックから裏書譲渡を受けた被控訴人の悪意・重過失を認めることができないのであるから、被控訴人が本件手形を善意取得していないということはできず、他に、以上の認定判断を覆し、被控訴人が無権利者であるとの控訴人らの抗弁主張を肯認するに足りる証拠はない。
3 よって、被控訴人の請求を認容した手形判決は是認されるべきものであって、これを認可した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき、民事訴訟法六七条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・滝澤孝臣、裁判官・永井崇志、裁判官・白﨑里奈)