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さいたま地方裁判所 平成13年(わ)30号 判決

主文

被告人を懲役1年8月に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,埼玉県a市所在の代用監獄である埼玉県a警察署留置場に勾留されていたものであるが,留置管理の職務に従事する警察官に暴行を加えようと企て,同留置場に勾留されていた分離前相被告人A,同C及び同Dと共謀の上,平成11年11月14日午後7時30分過ぎころから同日午後9時20分ころまでの間,同留置場内において,いずれも当直勤務で留置管理の職務に従事していた同署勤務の警部E(年齢省略。以下,同じ。)及び巡査部長Fに対し,E及びFの顔面を手拳で殴打するなどし,さらに,応援要請を受けて駆け付け,同職務に従事中の同署勤務の巡査長G,巡査長H,警部I及び巡査部長Jに対し,Gの下腹部を足蹴にし,Hの左肩をやかんで数回殴打し,Iの胸部,腹部を多数回足蹴にし,Jの胸倉を両手でつかみ,顔面に数回頭突きをするなどの各暴行を加え,もって,Eら6名の警察官の職務の執行を妨害するとともに,上記各暴行により,Eに対し,安静加療約8日間を要する右頬部打撲,口腔内挫創の傷害を,Iに対し,安静加療約3箇月を要する左肋軟骨骨折等の傷害を,Jに対し,全治約10日間を要する頭部顔面外傷の傷害をそれぞれ負わせたものである。

(事実認定の補足説明)

弁護人は,本件公訴事実について,被告人は,分離前相被告人Aら他の共犯者と事前共謀も現場共謀もしておらず,被告人が警察官らに暴行を振るった事実もないから,被告人は無罪であると主張するので,以下,判示事実を認定した理由を補足して説明する。

1  証人E,同F,同H,同G,同K,同I,同L,同M,同N,同Oの公判供述(以下,公判手続の更新の前後を問わず,「公判供述」という),その他関係証拠によれば,次の事実が認められる。

平成11年11月14日午後5時15分,a警察署においては,E警部を当直長として当直員12名による当直勤務体制に入ったが,同日午後6時ころ,医務室での治療を要求して留置場から出房していた被告人が,食事についての不満を述べるなどして留置場に戻らなかったため,勤務員から応援要請を受けたE警部ほか数名の警察官が被告人の説得に当たった。しかし,被告人がこれに従わず,医務室内の非常ベルを鳴らすなどしたため,地域課のパトカー勤務員も駆けつけ,刑事課のN警部補が被告人を取調室に連れて行って説得に当たるなどした。同日午後7時25分ころ,E警部は,留置人を就寝させるために布団出しを行う目的で,当直の警察官とともに留置管理室から留置場に通じる通路に入る第1扉から通路を通って,第2扉から留置場に入り,1房と2房の扉を開けて留置人を房の外に出して布団出しの作業を始めさせ,これを監視していた。そのころ,N警部補に説得された被告人も留置場に戻ってきていたが,その後,E警部が留置場内の少年婦人室の動静を監視するためにその場を離れていた間に,6房に入っていた分離前相被告人Aが,房の扉を開けるように要求し,勤務員が3房と6房の扉を開けたところ,Aのほか分離前相被告人C,同Dらも出房し,その後,他の留置人も全員出房して留置場内にたむろする状態となった。E警部は,留置人らが出房していることに気付いたが,既に出房している留置人を房に戻すと留置人が反発して騒ぎが起きるのではないかと考え,そのまま布団出しを続けさせた。この間,Aは留置場内を歩き回るなどしていたが,看守台にいたF巡査部長に対して自分の薬を取ってくれるよう要求するなどした後,2房の扉の前付近で布団出しの監視をしていたE警部に対して「頼んでいた薬がない。Iはどうした」などと言って詰め寄り,これに同調した被告人やCらもE警部に詰め寄るなどした。これを見たG巡査長が止めに入ろうとしたところ,DがG巡査長を2房の扉付近に押してゆき,これを阻止しようとするG巡査長ともみ合いになったが,その際,Dが「こいつ,今,手を上げたぞ」などと言ったことから,被告人やA,CらがG巡査長を取り囲んだため,G巡査長を助けようとしたE警部やF巡査部長が,被告人やAらを制止しようとして,もみ合いとなり,被告人やA,C,Dを先頭にして,留置人らがE警部らを小突くなどしながら後退させて,留置場の第2扉から通路に押し出した。そのため,危険を感じたF巡査部長は,看守台から電話で当直室に応援を要請し,当直室にいたL巡査部長は,交番勤務員に招集をかけるなどしたが,その間にも,Aや被告人,D,Cらを先頭にした留置人らは,通路を通り,E警部やG巡査長らを後退させて,第1扉の方へ追い詰めて行った。第1扉付近において,扉を背にしてE警部,F巡査部長及びG巡査長らが,A,C,D及び被告人を先頭とする留置人らと対峙していた際,DがG巡査長の腹部を膝蹴りし,うずくまったG巡査長を助けようとしたF巡査部長の顔面をAが殴打し,更にF巡査部長を助けようとしたE警部の顔面を殴打するなどした上,Aは,E警部の頭部を両手で抱え込んで締め付けるいわゆるヘッドロックをかけるなどの暴行を加えた。一方,先にF巡査部長からの応援要請を受けたH巡査長らの警察官は,留置管理室に駆け付けたが,第1扉前の通路には多数の留置人が押し掛けていたので,第1扉を開けると留置人が逃走するおそれがあるとして,そのまま留置管理室で待機し,やがて,P警部補やK巡査長ら多数の警察官とともに応援のために第1扉を開けて通路内に入り,P警部補がヘッドロックをかけていたAからE警部を引き離すなどしたが,そのころ,留置人のSの人工肛門がはずれるなどして同人が負傷した。Aは,応援のため第1扉から通路内に入ってきたN警部補を見つけると,同人を医務室内に押し込んでつかみかかるなどしたが,被告人がこれを制止した。被告人は,その後,通路内でK巡査長に殴りかかろうとしたが,H巡査長から抱えられて第2扉に向かって押し込まれるなどされたため,これを見たAやCがH巡査長に殴りかかり,被告人から引き離そうとしたが,H巡査長は,必死になって被告人を第2扉から留置場内へ押し戻した。しかし,被告人が,留置場内にいた外国人を含む留置人に対してH巡査長を取り押さえるよう命じたため,H巡査長は被告人の指示を受けた留置人らに身体を押さえつけられ,洗面台に置かれていたやかんを持った被告人から,左肩を3回殴打され,中に入っていたお茶がH巡査長や同人を押さえていた留置人に掛かるなどした。一方,そのころ,負傷したSを病院に連れて行くために留置管理室に出した代わりに,I警部が第1扉から通路内に入ってきたが,I警部は,留置人のTにジャンパーの襟首をつかまれるなどして,第2扉から留置場内へ連れ込まれ,やかんを手にして近付いてきた被告人から,右の額辺りを横殴りに殴打されて転倒し,さらに,立ち上がろうとしたところを,A,Cらの留置人から胸部や腹部等を少なくとも3,4回蹴り付けるなどされた。I警部は,E警部やK巡査長ら数名の警察官に抱えられて留置場から連れ出され,しばらく留置事務室の長椅子で休んだ後,救急車でb病院に搬送された。その後,留置場に戻ったE警部に対して,当初,AらがI警部の所在を尋ねた際にE警部が「いない」と答えていたことから,被告人やA,Cらが,これに因縁を付けて,「責任者いるじゃねえか」などと言って詰め寄り,被告人が,手拳でE警部の顔面を2,3回殴打し,そのためE警部は口腔内を切るなどの負傷をし,K巡査長らの警察官によって救出された。その後,被告人やAらは,他の留置人に運動場に集まるように指示した後,警察官にたばこを要求し,興奮している留置人を落ち着かせるためにN警部補らが運動場内に入ってたばこを吸わせるなどしたが,N警部補はAやCらに詰め寄られ,押し倒されるなどした。その後も,留置場内では,Cが,看守台にいたQ警部補やP警部補らに対してやかんを投げ付けたり,洗面台から看守台に上がろうとするなどし,また,Dが第2扉の脇の階段から看守台に上がろうとするなどしていたので,L巡査部長が,Dを追い掛けて看守台に上がり,背後からDを押さえるなどしたところ,これを見たAが洗面台から看守台に上がろうとし,一方,応援要請を受けて留置場内に入ってきていたM巡査長及びJ巡査部長が看守台に上ったところ,AがJ巡査部長に対して二,三回頭突きをし,そのためJ巡査部長の右目の上辺りが切れて出血した。その後,非常招集により多数の警察官がa警察署に集合し,同日午後9時20分ころ,R次長の指揮の下,多数の警察官が留置場内に入り,留置人らに房に入るように説得し,これに応じなかった被告人やA,Cらを警察官が数人がかりで房内に収容した。

2  以上の事実が認められるところ,上記各証人の公判供述は,混乱した通路内や留置場内での留置人らと警察官らとの接触や衝突の状況について,必ずしも全面的に合致しているとはいえないものの,供述の一致していない点は,それぞれの状況を目撃した時間や場面が異なる上,留置人や警察官ら多数の人間が入り乱れて時々刻々変化していく状況をそれぞれ部分的に目撃していると思われることからやむを得ないものと考えられ,むしろ,例えば,第1扉前における被告人らによる暴行については,留置人らの先頭になってE警部らの警察官を追い詰めてきたのはA,被告人,C及びDの4名であることについては,一致しているのであり,また,そこで行われた被告人らの各暴行の内容についてもほぼ合致しており,その後,留置場内で各警察官らに加えられた暴行についても,上記各証人の目撃状況にほぼ沿う内容の負傷の事実が診断書等によって裏付けられているのである。のみならず,A,C及びDら共犯者自身も,自らが警察官らに加えた暴行について,部分的とはいえ上記各証人の公判供述と符合する供述をしている。そうすると,上記各証人の公判供述は,相互に補強する内容である上,いずれも具体的かつ詳細で,各診断書等によって裏付けられているから,供述の根幹部分の信用性は高いと考えられる。

3  以上みた事実,とりわけ,被告人とA,C,Dらによる本件一連の行動,すなわち,留置場内で布団出しの作業を監視していたE警部に対して被告人を含む上記4名の者が詰め寄り,他の留置人らの先頭に立って留置場内から第2扉及び通路を通って第1扉付近まで警察官らに詰め寄りながら,後退させて押し戻していること,その後,第1扉付近や通路内,さらに,留置場内で行われた警察官らに対する暴行の態様も,被告人らが,警察官から制止ないし反撃されると,互いにかばい合うかのような形態で行われていることなどからすると,被告人らは,かねて抱いていた留置場内における管理体制などに対する憤まんから,一体となって本件犯行に及んだものと認められ,遅くとも,留置場内でE警部に対して詰め寄り始め,被告人らが留置人らの先頭に立って同警部ら警察官を第1扉付近まで押し戻していく時点においては,被告人とA,C,Dらとの間で,黙示のうちに本件公務執行妨害を行うことの共謀が成立していたと認めるのが相当である。したがって,被告人は,公訴事実記載の他の共犯者による各暴行の結果についても,共謀共同正犯としての罪責を免れない。また,先にみたとおり,被告人が,H巡査長に対してやかんで左肩を殴打した事実,及びE警部に対して,同人の顔面を手拳で殴打した事実も優に認めることができる。

(確定裁判)

被告人は,平成12年3月21日東京高等裁判所で恐喝,覚せい剤取締法違反罪により懲役2年に処せられ,その裁判は同月28日確定したものであって,この事実は検察事務官作成の前科調書によって認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為のうち,公務執行妨害の点は包括して刑法60条,95条1項に,Eら3名に対する各傷害の点はいずれも同法60条,204条にそれぞれ該当するが,この公務執行妨害と,Eら3名に対する各傷害は,いずれも1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,同法54条1項前段,10条により,結局以上を1罪として刑及び犯情の最も重いIに対する傷害罪について定めた懲役刑で処断することとし,これは,前記確定裁判があった各罪と同法45条後段の併合罪であるから,同法50条によりまだ確定裁判を経ていない判示公務執行妨害,傷害罪について更に処断することとし,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役1年8月に処し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

1  本件は,代用監獄である警察署留置場に勾留されていた被告人が,同じ留置場に勾留されていた共犯者らと共謀の上,留置管理業務に従事していた警察官らに暴行を加えて,職務の執行を妨害するとともに,そのうちの一部の警察官らに傷害を負わせた事案である。

2  被告人は,共犯者らとともに,留置管理の規律の緩みに乗じて房の出入りや喫煙,飲食等に関し,被疑者留置規則等に違反した処遇を要求して留置管理業務を担当する警察官らにこれを受け入れさせていたところ,警察官に自らの要求が受け入れられなかったことから,それに対する憤まんを晴らそうとして率先して本件犯行に及んでおり,犯行の動機に酌量の余地はない。

被告人は,共犯者が警察官から暴行を受けたことに立腹して本件犯行に及んだと供述するが,暴行を受けたとされる共犯者D自身はこの事実を否定しており,警察官らによる暴行の事実を証拠上認めることはできない。

3  被告人は,共犯者らと共謀し,警察官らの身体の枢要部である顔面や腹部,胸部等を手拳ややかんで殴打したり,足蹴にするなど長時間にわたって執ような暴行を加え,留置場内を混乱させ,留置管理業務の適正な遂行を著しく困難な状態に陥れ,留置されている他の者や警察官の身体を危険にさらし,留置人の身柄の確保を危うくし,適正な刑事司法の遂行に影響を及ぼしかねない状況をもたらし,3名の警察官に加療約3箇月から約8日間を要する傷害を負わせている。また,被害に遭った警察官に対する慰謝の措置は何もとられていない。

4  被告人は,共犯者らとの間で,事前に明確な共謀をしたとまでは認められないものの,共犯者らとともに留置されている者の先頭に立ち,自ら複数の警察官に対して,やかんや手拳で殴打するなどの暴行を加え,他の留置人に対して警察官を押さえ付けることを指示するなど,主体的かつ積極的に犯行に関与しており,被告人の果たした役割は重大である。

それにもかかわらず,被告人は,事実を否認し,不自然・不合理な弁解に終始しているのであって,反省の態度は見受けられない。加えて,被告人は,前記確定裁判を含めて懲役刑に処せられた前科2犯を有しているばかりか,暴力団所属歴も長い。これらの点からすると,被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。

5  そうすると,本来,警察署留置場内においては,被疑者留置規則等に則った厳正な留置管理業務が行われるべきであるのに,暴力団関係者のみを特別扱いするなどこれらの規則等に違反するきわめてずさんな留置管理業務が行われていたことに本件犯行の遠因があると認められること,被告人には離婚しているとはいえ妻子がいることなど,被告人のためにしん酌すべき事情を十分考慮してみても,主文掲記の科刑は免れない。(求刑 懲役2年)

(裁判長裁判官 川上拓一 裁判官 根本渉 裁判官 片岡理知)

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