さいたま地方裁判所 平成12年(行ウ)25号 判決
主文
1 被告Aに対する本件訴えのうち,平成11年10月26日付けでされた公金支出に係る部分を却下する。
2 原告の被告Aに対するその余の請求及び被告Bに対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の申立て
1 原告
(1) 被告らは,埼玉県騎西町に対し,連帯して,金156万8012円及びこれに対する,被告Bにおいては平成12年8月25日から,被告Aにおいては平成12年8月26日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は,被告らの負担とする。
2 被告ら
(1) 本案前の答弁(被告A)
主文第1項と同旨
(2) 本案の答弁
各請求棄却
(3) 訴訟費用は,原告の負担とする。
第2事案の概要
1 事案の要旨
(1) 埼玉県騎西町において,平成11年10月27日及び28日の両日,同町内の区長・区長代理50人,町長の職にある被告B(以下「被告B」という。),総務課長の職にある被告A(以下「被告A」という。)ほか町職員3人(以上合計55人)が参加して,「視察研修・栃木県防災館(栃木県上河内町)見学」(以下「本件視察」という。)が行われた。 本件は,騎西町の住民である原告が,本件視察は,実質的にみて,観光・懇親を目的とした慰安旅行というべきであり,少なくとも,宿泊を伴わずに行うことが十分可能であったから,被告ら(町長及び総務課長)がした本件視察に要した公金156万8012円(区長の旅行費用合計145万6000円及び被告らを含む町職員の参加費用等合計11万2012円)の支出は,最少経費原則を定めた地方財政法4条1項に反し違法であり,これらを支出した被告らの不法行為によって騎西町に同額の損害が生じた,と主張して,地方自治法(以下「法」という。)242条の2第1項4号前段に基づき,騎西町に代位して,被告らに対し,この損害額及びこれに対する不法行為の後である前記各被告に対する訴状送達の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
(2) これに対し,被告らは,(1) 原告が主張する公金156万8012円の支出のうち,145万6000円の支出(区長52名分・区長1人当たり2万8000円)については,被告Aは,法242条の2第1項4号所定の「当該職員」に当たらない(被告Aの本案前の主張),(2) 本件視察の区長らに係る費用については,区長らが騎西町から支払われた区長報酬によって各自自己負担したものであって,騎西町がこれに要する費用を公金から支出したものではないから,違法な公金の支出には当たらない,(3) 本件視察に係るその余の支出(11万2012円)は,被告B(町長),被告A(総務課長)及びその余の町職員らが公務として本件視察に参加するためにされたものであるから,違法な公金の支出ではない,等と主張している。
これらの論点が本件の争点である。
2 基本的事実関係(当事者間に争いがないか,摘示の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認定できる事実)
(1) 当事者
ア 原告は,騎西町に居住する住民である。
イ 被告Bは,平成4年1月26日に騎西町長に就任し,同日以降その職にある者であり,被告Aは,平成4年7月以降同町総務課長の職にある者である。
(2) 行政区及び区長
ア 騎西町においては52の行政区があり,各行政区の代表者が区長である。
行政区とは,一般に自治会ないし町内会と称されるものであり,各地区内の世帯を構成員とする任意団体としての地域的住民自治組織である。
そして,騎西町においては,各区長によって騎西町区長会が組織され,同会においては,各区を構成する特定の地区毎に選出された一定数の役員による互選及びそれについての総会による承認により,会長,副会長等の理事者が置かれている(乙2号証)。
イ 行政区・区長の活動ないし業務
騎西町は,行政区・区長に対し,以下の業務を委託し,これにつき,後記のとおり,予算措置に基づいて行政区事務委託料(行政委託料・行政区運営委託料)を支出している。
(ア) 行政配布物等(広報紙,お知らせ版,町刊行物,連絡文書及び啓蒙啓発用品)の配布(月1回の配布物2種,月2回の配布物1種,年1回の配布物13種,回覧物等3種,年2回の配布物4種,回覧物1種,年3回以上ないし随時の配布物3種等)
(イ) 防火,防犯活動の推進及び環境整備
(ウ) 交通安全啓発活動
(エ) 防犯灯の設置要望の取りまとめ及び維持管理
(オ) 公共工事等に関わる地域住民の窓口及び申請
(カ) 地域コミュニティの育成
(キ) その他,行政と町民との相互の連絡,広報,調整に関すること
(3) 本件視察の日程等
ア 本件視察の日程は,当初,別紙1(省略)「旅行日程表(変更前)」(乙7号証の1)のとおり,1日目に栃木県防災館を,2日目に東海村・茨城原子力科学館(原子力発電所)等を訪れるものとし,宿泊先を磐梯熱海(旅館・栄楽館)と予定していたが,平成11年9月30日,東海村原子力発電所の臨界事故が発生したため,茨城原子力科学館の見学を取り止めることとした。
しかし,宿泊先の予約が既にされていたことから,全体の日程は変更せず,別紙2(省略)「旅行日程表」(乙7号証の2)のとおり,2日目にいわき石炭化石館,塩屋崎・美空ひばりの歌碑等を訪れるものと変更された。
イ 本件視察は,平成11年10月27日及び28日,貸切バス1台のほか,騎西町公有のバス1台(町職員であるC運転手の運転による。)が使用され,町内の区長ら50人(その年齢構成は,50歳代6人・60歳代31人・70歳代13人であり,平均年齢は65.5歳である。)が参加したほか,騎西町職員として,被告A(総務課長)及び総務課職員(主事)D(以下「D主事」という。)が参加し,更に,磐梯熱海の前記宿泊先において開かれた懇親会には,被告B(町長)が区長会からの招きにより参加し(被告Bは,町職員であるE運転手の運転する町長車を用いた。),別紙2(省略)の変更後の「旅行日程表」に従って実施された。
ウ 本件視察の収支は,別紙3(省略)「平成11年度区長視察研修会計報告」記載(同報告中,「担当」とあるのはD主事を指す。)のとおりであって,本件視察の区長らに係る費用(会費)は,1人当たり2万9000円,町職員等5人(被告B,同A,D主事及び運転手2人)の本件視察参加会費は,合計9万2000円であった。
この町長以下町職員5人の本件視察参加会費合計9万2000円のうち,7万9400円は,後記するとおり,騎西町からの旅費による公金の支出で賄われ,残額の1万2600円は,町職員等5人が自己負担した。
(4) 騎西町における公金の支出等
ア 行政区事務委託料・行政区運営委託料
騎西町は,行政区・区長が,前記のとおりの活動ないし業務を行っていることから,各行政区に対しては,行政委託料を,各区長,区長代理,協力員に対しては,行政区運営委託料(委託に係る職務の報酬)を,町議会の議決を受けた予算科目「13節 委託料」から各支出している。
平成11年度におけるこれらの支出状況は,次のとおりである。
(ア) 行政委託料(乙12号証)
各行政区に対し,行政委託料(世帯数に応じて支払われる世帯割720円及び均等割5万円の合算額として算出される。)が,次のとおり支払われた(合計652万3280円)。
a 支出負担行為日 平成11年6月14日
b 支払命令日 同月14日
D 支払(予定)日 同月25日
(イ) 行政区運営委託料
a 各区長に対して支払われる行政区運営委託料は,年額均等割及び各行政区の世帯数に応じて支払われる世帯割(1世帯当たり1510円)の合算額として算出される。
そのうち,年額均等割は,前年度3万9000円とされていたものが,平成11年度においては,2万8000円増額されて,6万7000円とされた。
b 区長等に対する行政区運営委託料の支払
ⅰ まず,各区長(52名)に対する行政区運営委託料のうち,平成11年度における年額均等割の増額分である2万8000円(合計145万6000円)が,区長会長に対して支払われた(乙13号証,以下「本件増額支出」という。)。支出の手続は,次のとおりである。
① 支出負担行為日 平成11年10月13日
② 支払命令日 同月13日
③ 支払日 同月26日
ⅱ 行政区運営委託料のうち,年額均等割残金3万9000円及び区長分世帯割・1世帯当たり1510円,区長代理世帯割・1世帯当たり320円及び協力員世帯割・1世帯当たり1550円の割合によるもの(合計2128万7239円)が,各区長に対して支払われた(乙14号証)。支出の手続は,次のとおりである。
① 支出負担行為日 平成12年2月8日
② 支払命令日 同月8日
③ 支払(予定)日 同月18日
(ウ) なお,騎西町では,従来,平成10年度までは,区長の視察研修を直接町の公費負担によって実施してきた。
例えば,平成10年度においては,区長視察研修旅費74万7000円,区長視察研修賄33万8189円,大型バス代21万円及び有料道路代5万6240円(合計135万1429円)が直接公費から支出された。
ところが,平成11年度からは,区長の視察研修を直接の公費負担によって実施することは取り止められ,その代わり,本件増額支出(1人当たり2万8000円)が,本件視察の区長らに係る費用(1人当たり2万9000円)に充てられ,同費用の大部分が本件増額支出によって賄われた結果になっている。
イ 町職員の旅費等
(ア) 本件視察については,町長である被告B及び総務課長である被告Aのほか町職員3人(合計5人)が参加し,公用車(バス・町長車)も使用されている。
これらによる本件視察に関する騎西町の公費負担額は,次のとおり,合計額11万2012円である(以下「本件旅費支出等」という。)。
a 旅費 合計7万9400円
b 時間外手当 4074円
D 公用車使用料(燃料代及び軽油税)
合計1万8738円
E 有料道路代金(町長車分) 9800円
(なお,公用バスの有料道路代金は,町の公金からは支出されていない。)
(イ) 本件旅費支出等については,被告Aに専決権限があり,同被告の専決により,その頃支出された。
(5) 監査請求等
ア 原告は,平成12年5月11日,騎西町監査委員に対し,本件視察に対する旅費等の公金支出は違法であるから,被告B及び支出手続担当職員等に対し,町の被った損害の返還を命じるよう勧告することを求める旨の監査請求書を提出して,住民監査請求をしたが(甲6号証),騎西町監査委員は,平成12年7月7日付けで,この監査請求を棄却する旨の監査結果に至り,その頃,原告にその旨を通知した(甲1号証)。
イ 原告は,平成12年8月2日,本訴を提起した。
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(本件増額支出に係るAの当該職員性)
ア 被告A
騎西町事務決裁規程3条による総務課長専決事項は,1件10万円未満とされており,本件増額支出については,総務課長の専決権限は及ばないから,被告Aは,この公金支出については,法242条の2第1項4号所定の「当該職員」には当たらない。
そうすると,被告Aに対する本件訴えのうち,本件増額支出に係る部分は,不適法というべきである。
イ 原告
被告Aの主張は,争う。
(2) 争点2(本件増額支出の違法性)
ア 原告
(ア) 本件増額支出の性格
本件増額支出は,区長に対する行政区運営委託料とされているが,次の事実によれば,予算額を変えずに支払名目を変えたにすぎないものというべきであるから,本件視察に係る区長の旅費として支出されたものと認めるべきである。
a 本件増額支出が1人当たり2万8000円とされた根拠が不明確である。特に,被告は,特別職非常勤職員の職務遂行に伴う実費としての費用弁償額7200円を基準として積算すれば7万2000円となると主張しておきながら,これと異なる増額をしているが,このことは,当該積算がなんら根拠のないことを示すものである。
b 本件増額支出は,平成10年における区長視察研修旅費,区長視察研修賄,大型バス代及び有料道路代の合計額(135万1429円)にほぼ相当する。
c 本件増額支出は,本件視察の前日に支払われている。
d 本件増額支出は,実質的には町の総務課で処理されており,区長会長に支払われたというのは,名目的なものに過ぎない。
e 平成10年度及び同11年度騎西町予算書によれば,「第13節 委託料」には,委託料の総額の記載があるのみであり,その細目としては「行政事務,法律顧問,産業医」との記載しかなく,個別の金額は計上されていない。
(イ) 本件視察の目的等
本件視察の目的は,区長らの視察研修とされているが,次の事情に鑑みると,日程の極く一部に栃木県防災館見学を含んでいるものの,全体としてみれば,実質的には慰安旅行に過ぎないものというべきである。
a 栃木県防災館は,無料で一般市民に公開されている施設であり,これを県外まで出かけて見学することが区長の職務遂行上必要とは到底いえない。
b この見学自体は日帰りで十分可能な距離・内容である。
c 本件視察においては,栃木県防災館を見学した後,福島県郡山市内の磐梯熱海まで足を延ばし,同温泉の旅館栄楽館で懇親会を行った上宿泊し,更に2日目には塩屋崎を経由して小名浜漁港・魚センターにまで赴いている。
d 高齢者が多いことからすれば,宿泊を伴うより,むしろ,より負担の少ない日帰りとすべものである。まして,2日目の予定である原子力科学館見学は,事前に中止とされているのであるから,予定を変更して日帰りとすることが十分可能であった。
(ウ) そうすると,被告らは,区長らの慰安旅行を実施するために,区長らの旅費として本件増額支出を行ったものであるから,違法な公金の支出により騎西町に同額の損害を与えたものというべきである。
イ 被告ら
原告の主張は,争う。本件増額支出は,適法である。
(ア) 本件増額支出の性格と増額の相当性
a 本件増額支出は,区長に対する行政区運営委託料(委託に係る職務の報酬)のうち,平成11年度において増額した年額均等割部分(2万8000円)としての支出であって,本件視察のための旅費としての支出ではない。
b 平成11年度において,行政区運営委託料を2万8000円増額したのは,都市化の進展とともに地域住民の価値観の変化,世帯のサラリーマン化によりトラブルや苦情処理が増え,地域住民に連絡を取るにも時間を要し,事務処理の負担が増しているとの区長からの申出を受けて行ったものである。
行政委託料や行政区運営委託料は,世帯割,均等割額が示されているが,これらは予算承認を得た上長い期間を経て積み上げられてきたものである。
そして,今次の区長に対する行政区運営委託料の増額は,区長が明らかに騎西町の行事・事業等へ関わるに必要な日数を10日と想定し(主な町の行事・事業等として,区長連絡会議3日,入学式・卒業式,防災訓練,消防特別点検,町民祭,成人式,ゴミなし運動各1日),これに,特別職非常勤職員の職務遂行に伴う実費としての費用弁償額7200円を基準として積算すれば,一応7万2000円が算出され,更に,区長はこれ以外にも多くの公共的諸行事に関わっているので,より多額になり得るところではあるが,今日の財政状況やこれまでの経緯等を踏まえ,区長等に関わる予算額の総枠内で行政区運営委託料の額を見直すという考え方から,従来の均等割額(3万9000円)に2万8000円を増額し,総額として6万7000円とすることに決定したものである。
c このようにして,増額された行政区運営委託料(均等割額)6万7000円は,埼玉県内における区長・自治会長等の報酬と対比してみても,47市町村中26番目の金額であるに過ぎず,その一部である本件増額支出は,適法である。
(イ) 本件視察の目的等
本件視察は,次のとおり,区長らが,自ら企画し,実施したものであり,その費用は,区長に対する報酬である行政区運営委託料の増額分をもって充てられているのであって,区長ら自らが負担したものであるから,本件増額支出が本件視察に対する違法な公金の支出であって,これにつき被告らが騎西町に対する損害賠償責任を負うべきものと解することはできない。
a 騎西町では,平成10年3月,「騎西町地域防災計画」の見直しが行われ,同計画においては,地域の自主的防災組織の育成が掲げられ,今後,行政区単位での自主的防災組織の確立に務めるとする方針が採用された。
また,騎西町総合計画・後期基本計画(平成8年3月策定)においては,環境の優先性を新たな政策理念とし,「環境にやさしいまちづくり」を推進している。
更に,平成12年4月には,県の施設である埼玉県環境科学国際センターが開館されることになっていた。
b 区長会長は,以上の町の計画等を踏まえ,行政の補充・協力を行う区長の立場や役割を考慮して,防災意識の高揚と電力事情・環境問題等に対する知識を高めるため,本件視察を,1日目に体験施設の充実している栃木県防災館を,2日目に東海村・茨城原子力科学館(原子力発電所)を視察場所として,一泊二日の区長視察研修として実施すべく,旅行業者に宿泊場所の確保・日程スケジュール調整等を依頼した。本件視察の日程については,区長には高齢者が多いことから無理のないものとして一泊二日とされたものであり,宿泊先については,区長同士の親睦及び行政と区長との連携・相互の親睦などを考慮して,磐梯熱海とされた。
このような本件視察の実施については,平成11年8月6日,視察地,宿泊地,参加費等につき,区長会長が区長会役員会(15名の役員で構成される。)を招集し,役員会としての実施案が取りまとめられ,同日,区長全体会議(全ての区長で構成される。)において,区長会長からその役員会としての実施案が報告され,全員の了承を得ている。
なお,本件視察では,現実には2日目に東海村・茨城原子力科学館(原子力発電所)を訪れていないが,それは,東海村原子力発電所において臨界事故が発生したため急遽取り止めたものであり,宿泊先及び昼食場所の全ての予約が既にされていたことから,全体の日程は変更せず,2日目の見学先にいわき石炭化石館等を加えて実施したものである。
(3) 争点3(本件旅費支出等の違法性)
ア 原告
本件視察は,宿泊を伴わずに行うことが十分可能であり,実質的には,観光及び懇親を目的とした慰安旅行に過ぎないものであるから,町長である被告B及び被告Aら町職員が公務として参加する必要性はなく,したがって,本件視察のためにされた本件旅費支出等は,違法な公金支出というべきである。
イ 被告ら
町長である被告B,総務課長である被告Aは,行政と区長との連携及び相互の親睦などを図るために,本件視察に参加したものであり,しかも,騎西町においても,本件視察当時,オウム真理教の進出への対応や総合的対策が行政課題となっていたところ,被告Aは,騎西町の対応について,区長の理解と調査等の協力を得るため,本件視察の機会を利用して,騎西町の対応等概要説明及び協力依頼を行ったものであるから,これらに必要な本件旅費支出等は,違法な公金支出となるものではない。
第3当裁判所の判断
1 争点1(本件増額支出に係るAの当該職員性)について
(1) 法242条の2第1項4号にいう「当該職員」には,当該普通地方公共団体の内部において,訓令等の事務処理上の明確な定めにより,当該財務会計上の行為につき法令上権限を有する者からあらかじめ専決することを任され,当該権限行使についての意思決定を行うとされている者も含まれるものと解される(最高裁第二小法廷平成3年12月20日判決・民集45巻9号1503頁)。
(2) 基本的事実関係に加え,証拠(乙1号証,10号証及び被告A本人)によれば,騎西町事務決裁規程3条2項は,「財務に関する事項のうち,別表第1に掲げる事項について,それぞれ同表に定める者は専決することができる」と規定しているところ,同規程別表第1によると,「委託料」に係る支出負担行為及び支払命令につき,「施設措置に係るもの」及び「医療費審査・医療費通知」においては,課長が全額につき専決権限を与えられているものの,「その他」においては,課長の専決権限は10万円未満であり,助役の専決権限は100万円未満までとされていること,本件増額支出は,同規程別表第1にいう「委託料」のうち「その他」に該当するものであることを認めることができる。
そして,前記基本的事実関係によると,本件増額支出は,10万円を超えるものであるから,総務課長の職にある被告Aとしては,本件増額支出につき専決することが任されているものではないというべきである。
そうすると,本件増額支出(平成11年10月26日付けでされた公金支出)については,被告Aは,「当該職員」に該当せず,したがって,被告Aに対する本件訴えのうち,本件増額支出に係る部分は,法により特に出訴が認められた住民訴訟の類型に該当しない訴えとして,不適法と解するのが相当というべきである(最高裁第二小法廷昭和62年4月10日判決・民集41巻3号239頁)。
2 争点2(本件増額支出の違法性)について
(1) 基本的事実関係に加え,証拠(甲1号証,3号証,乙4号証,7号証の1,2,9号証,10号証,13号証,15号証,16号証,被告A本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 行政区の性格と町総務課の関わり
(ア) 騎西町における行政区は,戦前から長年にわたり,区,丁目,あるいは字などを単位とし,その地区内の世帯を構成員とする事実上の行政最末端機関ないし任意団体として存在してきた。そして,その区長は,昭和32年4月以降において,「騎西町の特別職の職員で非常勤のものの報酬及び費用弁償等に関する条例」に基づき,特別職非常勤職員として位置付けられていた。
このような区長に対しては,前記条例に基づく報酬の支払から,騎西町が行政区・区長に対し行政事務を委託することに基づく委託料の支払に切り替えられたことに伴って,昭和62年第1回定例議会において,区長を特別職非常勤職員の範囲から除く前記条例改正が可決され,その結果,昭和62年4月以降,区長の身分は,行政区の代表者という位置付けがされた。
(イ) 行政区ないし区長が騎西町からの業務委託に基づき行っている活動については,基本的事実関係のとおりであるところ,更に,前記のような行政区の歴史的経緯もあって,騎西町においては,事務分掌事務規則によって,総務課を行政区の所管課とし,これによって,総務課は,区長会の事務局としての役割を果たしており,被告Aは,総務課長として,D主事は,総務課職員として,それぞれ行政区ないし区長と対応すべき職責を有していた。
イ 本件増額支出の決定経緯
(ア) 騎西町は,前記のとおり,行政区ないし区長が,町の委託を受けた活動ないし業務を行っていることから,各行政区に対しては,行政委託料を,各区長等に対しては,行政区運営委託料(委託に係る職務の報酬)を支出してきたが,平成11年度における区長に対する行政区運営委託料(均等割)については,各地域でのトラブルや苦情処理等の増加という実情や区長の負担が増しているとの区長らの申出もあり,予算編成前(平成10年11月頃から12月頃)から増額の検討がされ,平成11年度予算案を議会に上程する段階で,概ね本件増額支出に相当する増額を行う方針が決定されていた。
(イ) そして,この区長に対する行政区運営委託料の増額は,区長が騎西町の行事・事業等へ関わるために必要な日数を概ね10日とし,これに,特別職非常勤職員の職務遂行に伴う実費としての費用弁償額単価7200円を基準として積算すれば,一応7万2000円という金額が算出されるところ,騎西町の財政状況及びこれまでの経緯等のほか,更に,区長等に関わる従来の予算額の総枠内で金額を見直すという基本的方針から,2万8000円を増額し,総額として6万7000円とすることが相当とされた。
(ウ) このように増額された騎西町における行政区運営委託料の金額は,埼玉県内47市町村における自治会長ないし区長への報酬支払状況の実績で比較すると,概ね,最高額の市町村から数えて,26番目にランクされる。
ウ 区長に対する研修実施の態様の変更
(ア) 騎西町においては,従来,地域に密着した行政の推進のため,地域の情報,町政に関する様々な情報,意見交換及び相互の親睦を深める場として,また,行政先進地等の視察により,区長の資質の向上を図ることを目的として,平成10年度までは,町の主催のもと,公費支出によって,区長の視察研修を行ってきた。
例えば,平成10年度においては,区長の視察研修に要した費用は,区長視察研修旅費74万7000円が予算科目「旅費」から支出されたほか,その他の諸費用も,それぞれの性質に従って,直接に公金の支出によって賄われた。
(イ) ところで,騎西町においては,平成11年度予算調整(平成11年1月上旬頃)過程において,行政改革の観点から各種委員会等の視察旅費の見直し等を行ってきており,その一環として,区長についても,区長が必要に応じて,自ら視察研修を実施することが適当であり,町の主催による研修の実施を見直すこととし,前年までのような視察研修に係る予算を削除する方針が決定され,町長査定(同月21日),平成11年度騎西町一般会計予算審議を経て,そのような経費を計上しない予算が同年3月18日に成立した。
エ 本件視察決定の経緯
(ア) 上記のとおり,従来行われていた区長視察研修は,平成11年度においては,町の主催としては実施しないこととされた。
この方針を受け,平成11年8月6日午前に開催された区長会役員会において,栃木県防災館及び東海村・茨城原子力科学館(原子力発電所)を視察箇所として本件視察を実施すること,区長には高齢者が多いことなどから,1日目に栃木県防災館を,2日目に東海村・茨城原子力科学館(原子力発電所)を視察する一泊二日の日程で行うこと,本件視察の費用は,平成11年度の区長に対する行政区運営委託料の一部をもって充てること及びその受領を区長会長に一任すること等が決定され,同日午後開催の区長全体会議(町との連絡を行うため同日開催された区長連絡会議[関係課長ら出席]の終了後に開催)おいて,区長会役員会における前記決定事項が了承された。
(イ) このような経緯により日程等が決定された本件視察の実施につき,現実に旅行会社担当者と折衝を行ったのは,総務課のD主事であり,平成11年8月25日頃には,旅行会社から具体的な旅程表(別紙1(省略))が配布された。
しかし,平成11年9月30日,東海村原子力発電所の臨界事故が発生したため,茨城原子力科学館の見学が取り止められ,これを受けて,同年10月9日頃には,2日目の旅程を変更した本件視察の最終的日程(別紙2(省略))が決定された。なお,宿泊先が,磐梯熱海とされたのは,当初予定の移動計画によれば,同所において宿泊することが便宜であったためであり,変更後も,予約の関係でそのまま維持されたためである。
オ 本件増額支出の会計処理
(ア) 本件増額支出の額,支出負担行為日等は,前記基本的事実関係のとおりであるところ,その具体的経緯は,次のとおりである。
a 平成11年10月初め頃作成の「平成11年度行政区運営委託料の交付について(伺い)」と題する書面により,町長に対し,平成11年10月26日午前10時から正午までを交付日時とし,交付場所を会計窓口として,行政区運営委託料145万6000円(2万8000円×52区)を,予算科目「13節 委託料」より支出すること(区長会長に一括交付すること)につき伺いがされ,町長である被告Bがこれを決裁した。
b 同決裁を受け,同月13日,支出負担行為兼支出命令票(乙13号証)が作成され,これに基づき,被告B(町長)の決裁によって,基本的事実関係のとおりの本件増額支出がされた(その摘要は「平成11年度行政区運営委託料」である。)
c 区長会長は,平成11年10月26日,前記役員会の決定・全体会の了承に基づき他の区長を代理して,支出負担行為兼支出命令票の受領者欄に署名押印の上,本件増額支出(区長52名分合計額145万6000円)を受領した。
(イ) 区長会長は,同日,本件増額支出を受領するとともに,D主事にその保管を依頼し,D主事は,総務課職員であり区長会の事務局としての役割を担っていたことから,これを保管した。
(ウ) そして,D主事は,本件視察に同行し,本件増額支出に係る保管金から,本件視察における各種の支払を現実に行い,その領収書を受領し(ただし,領収書は全て区長会宛てとされた。),本件視察後,別紙3(省略)のとおりの本件視察に係る会計報告を行い,受領していた各種領収書を区長会の会計担当に交付した。この会計報告については,区長会長が確認の上,確認印を押している。
なお,本件増額支出のうち,本件視察に参加しなかった区長1名分の分2万8000円については,区長会長,役員の一致した意見のもとに,D主事が,区長会の旅行経費としてそのまま保管することとされた。
カ 実施された本件視察の具体的内容
(ア) 本件視察に参加した区長らは,本件視察1日目(平成11年10月26日)午前10時頃から11時20分頃にかけて,栃木県防災館において,震度7までの地震,風速20メートルまでの暴風雨及び煙が充満した室内からの脱出の各疑似体験並びに防災に関する映画・展示物等を通じて,災害に関する知識の習得・研修を行った。
(イ) 本件視察は,バスを用いて移動していたが,その移動時間を利用して,地域における行政課題などにつき,意見交換が行われた。
特に,本件視察当時は,オウム真理教の各地進出が社会的関心事となっており,各自治体は対応に追われていた状況下にあり,騎西町においても,平成11年10月8日,「オウム真理教に対する基本方針」(乙15号証)及び「オウム真理教対策委員会設置要綱」を施行し,同要綱に基づく対策委員会を設置したところであり,同教教徒の転入が行われるかもしれない家屋等を把握するため,同年11月1日から同月26日にかけて,町職員による騎西町町内の廃工場・倉庫,家屋等の所在地番調査を実施することが予定されていた。
被告A及びD主事は,以上のような状況の下で,バスの移動時間を利用して,区長らに対し,各種の資料を配付の上,オウム真理教に対する騎西町の上記基本方針を説明するとともに,その対応策についての理解と協力を求め,関連する問題につき各種の意見交換を行った。
なお,平成11年度において,区長らがそろった上で,町職員らが連絡を行う機会としては,3回行われた区長連絡会議のほか,本件視察程度しかなかった。
(ウ) 本件視察の宿泊先においては,その機会を利用して,区長間の連絡を図るため,区長役員会が開催された。
また,本件視察の宿泊先では,懇親会が開催された。被告Bは,本件視察に同行しなかったが,懇親会には参加し,その席上,挨拶を兼ねて,平成11年度における町の主要施策・事業の概要や進歩状況及び平成12年度に向けた主要な計画等今後の方針を説明し,区長らと意見交換を行った。
(2) 以上の事実関係に基づいて判断する。
ア 本件増額支出の性格ないし違法性について
(ア) 歳出予算については,議会の議決は款項についてされるべきものであり(法216条参照),一方,議会の議決により成立した予算について,地方公共団体の長は,政令で定める基準に従って予算の執行に関する手続を定め,これに従って予算を執行しなければならず(法220条1項),同基準としては,歳出予算の各項を目節に区分するとともに,当該目節の区分に従って歳出予算を執行することが定められているのであり(法施行令150条1項3号),このように,歳出予算の目節については,長限りで決定し,執行できるものとされている。
そして,本件増額支出の会計処理については,前記認定事実のとおりであって,これによると,本件増額支出は,被告Bが,騎西町の長としての予算執行権限を行使し,平成11年度における区長に対する行政運営委託料を増額の上,その一部を支出したものと認めることができる。
(イ) そして,前記の事実関係によれば,平成11年度において,行政区運営委託料(均等割分)を2万8000円増額したのは,各地域でのトラブルや苦情処理等の増加という実情や区長の負担が増しているとの区長らの申出もあり,予算編成前から増額の検討がされ,平成11年度予算案を議会に上程する段階で,概ね本件増額支出に相当する増額を行う方針が決定されており,その増額幅は,区長が騎西町の行事・事業等へ関わるために必要な日数を概ね10日と見積もり,これに,特別職非常勤職員の職務遂行に伴う実費としての費用弁償額単価7200円を基準として積算すると,7万2000円と算出されるところ,騎西町の財政状況及びこれまでの経緯等のほか,更に,区長等に関わる従来の予算額の総枠内で金額を見直すという基本的方針から,2万8000円の限度で増額し,総額として6万7000円とすることが相当とされたものであり,このように増額された金額は,埼玉県内47市町村における区長等への報酬支払状況の実績でみると,概ね,26番目にランクされる,というのであるから,このような総合的判断により,本件増額支出に相当する増額を行い,その支出をした町長としての被告Bの判断には,町長に付与された裁量権を濫用ないし逸脱した違法性があるとすることはできないものというべきである。地方自治体の長は,議決された予算について,誠実執行義務を負い(法138条の2),また,目的を達成するための必要且つ最少の限度を超えて,公金を支出してはならないのであるが(最少経費原則,地方財政法4条1項),上記の事実関係のもとにおいては,この見地からみても,被告Bの裁量判断を違法ということはできない。
(ウ) 原告は,前記のとおり主張して,本件増額支出は,予算額を変えずに支払名目を変えたに過ぎず,本件視察に係る区長の旅費として支出されたものと認めるべきである,と主張する。
しかしながら,本件増額支出金が,平成11年度における区長に対する行政運営委託料の一部として支出されたことは前記のとおりであるし,本件増額支出の幅が2万8000円とされたのは,前記の理由に基づくものであって,予算の制約があることを考慮すると,それなりの根拠に基づくものとみることができる。また,本件増額支出総額が,ほぼ,平成10年における区長視察研修旅費等の合計額に相当し,本件視察の前日に支払われていること,その金員が,本件視察に同行した総務課職員によって保管されたことも,本件増額支出が,本件視察に要する費用を賄うため,一部先払いされたものであり,総務課が,区長会の事務局としての役割を果たしていることを思えば,敢えて異とするに足りず,本件増額支出金が,旅費として支出されたことを裏づけるものではない。
原告の主張は,採用できない。
イ 本件視察の実施主体について
(ア) 従来,町主催により行われていた区長視察研修が取り止められ,本件視察が立案された経過及び区長に対する平成11年度行政区運営委託料が増額され,本件増額がされた経緯は,前記認定のとおりである。
これらの事実によると,平成11年度においては,従来のような町主催(町が費用負担)の区長視察研修が行われないことから,区長会において,それに代わるものとして,区長らの負担において,自らが実施主体となって,本件視察を実施することが企画立案されたものであり,その費用は,区長らに対して,報酬として支払われるべき行政区運営委託料の一部の支出を受けて賄うものとされたものであると認めるのが相当である。
すなわち,本件視察は,区長会自らが,実施主体となり,各区長の負担において実施されたものであって,騎西町が実施したものではない。本件視察の実施時期と本件増額支出の時期が近接していること,本件視察の区長らに係る費用の大部分が本件増額支出によって賄われたことは前記のとおりであり,このことは,本件視察の実施につき町の総務課が一定の関与をし,その費用支払の必要から,本件増額支出の時期が決定されたことを推認させるけれども,そのことがあるからといって,本件視察が騎西町の主催によって実施されたことになるものでないことはいうまでもない。
したがって,本件視察が騎西町がその責任において主催した視察研修であることを前提として,その内容が実質的には慰安旅行に過ぎないものとし,これに対する公金支出が違法であるとする原告の主張は,その前提を欠き,失当というべきである。
その視察先が県外の無料公開施設であるとか,視察先及び参加者の年齢を考慮して日帰りの日程とすべきであるとか,宿泊先が磐梯熱海であり,同所で懇親会を実施した上,2日目には塩屋崎を経由して小名浜漁港にまで赴いているのは不当であるとかの原告主張の事由は,本件視察が区長会が区長各自の負担に基づいて実施する自主研修であり,その日程,視察先,宿泊先等は,すべて区長会の決定したことであることからみれば,当を得ない主張であるというべきである。
(イ) なお,念のため,本件視察の内容につき一言すると,前記の事実関係によれば,本件視察は,行政区単位での自主的防災組織の確立に務めるとする騎西町の方針に沿い,行政の補充・協力を行う区長の立場や役割を果たすべき区長の社会的見分を深める目的に資する面のあることは否定できないものの,区長には高齢者が多いことから一泊二日の日程とし,宿泊先は,区長同士の親睦等の必要などを考慮して,磐梯熱海とした上,懇親会を予定し,2日目も前記の旅程をこなすものとされているのであるから,その限度では,その相当部分において慰安ないし観光的要素があったと評価されることは否定できないところである。
しかしながら,そのようなものであっても,行政区・区長の活動ないし業務は,騎西町の行政を補完する役割を果たしていることは明らかであることからすれば,本件視察が,その日程等を工夫して,多くの区長らの参加を可及的に促した上,行政担当者と区長ら及び区長ら相互間において,理解や懇親を深めるために有効なものであったことを否定することは相当でなく,これを区長らによる自主研修としてみたときは,格別不適切なものというべきではない。
ウ 以上の次第で,本件増額支出をもって違法ということはできないから,これを前提として,被告Bの本件増額支出に係る行為により騎西町が損害を被ったとする原告の主張は,理由がないものというべきである。
(3) そうすると,原告の本件増額支出に係る被告Bに対する損害賠償請求は,失当である。
3 争点3(本件旅費支出等の違法性)について
(1) 本件視察の具体的実施状況及びこれに伴い,本件旅費支出等がされた経緯は,前記事実関係のとおりである。
そして,騎西町における行政区ないし区長の活動ないし業務の内容は,前記のとおりであり,騎西町の行政の末端において,行政活動を補完する重要な役割を担っているものであって,行政の衝に当たる者としては,常日頃,区長らとの接触を密にし,良好な関係を維持するよう心がける必要があるものといわなければならない。
(2) 以上の見地から,本件旅費支出等の相当性につき検討する。
ア 被告A及びD主事関係
(ア) 被告A(総務課長)及びD主事(総務課員)が本件視察に参加したことは,前記のとおりであるが,同人らが本件視察に参加したことは,次の事情を総合すると,前記の説示に照らし,騎西町総務課の職員として適切な行為であり,公務として評価すべきものと解するのが相当というべきである。
a 同人らは,前記のとおりの性格及び役割を果たしている行政区ないし区長に関する事務を所管する総務課職員である。
b 本件視察は,単なる慰安旅行ではなく,区長らの社会的見分拡張に資する自主研修としての側面を有していること,本件視察に参加した区長らの年齢構成が前記のとおりであることに鑑みれば,町職員として同行し,区長らの安全,福祉等を図ることも社会通念上相当である。
c 同人らは,本件視察の機会を利用して,地域における当面の行政課題につき説明し,区長らと意見交換等を行っている。
d 同人らが本件視察に同行し,懇親会等に参加することは,行政の衝に当たる者として,区長らと相互理解や懇親を深めるために有意義なものであり,かつ,将来にわたる行政区ないし区長の協力を確実なものにする効果が期待できる。
(イ) そうすると,被告A及びD主事がそのような公務を行うために支出された前記旅費は,違法な公金支出には当たらないというべきである。
イ 被告B関係
(ア) 被告Bが本件視察における懇親会等に参加したことは前記のとおりであるが,同被告がこれに参加したことは,前記の事情のほか,次の事情を総合すると,騎西町長として適切な行為であり,公務として評価すべきものと解するのが相当というべきである。
a 被告Bは,懇親会の席上において,平成11年度における町の主要施策,今後の方針等を説明し,区長らと意見交換を行った。
b 被告Bは,騎西町長として,騎西町の行政に重要な役割を果たしている行政区の代表者である区長に対し,敬意をもって接すべきものであり,区長らと相互理解を図り,懇親の実を深め,今後の協力を期待する機会として,本件視察の懇親会のような席に出向くことも,社会通念上の相当性が認められる。
(イ) そうすると,被告Bがそのような公務を行うために支出された前記旅費は,違法な公金支出には当たらないというべきである。
そして,被告Bがそのような公務を行うためにされた町長車の運転手に係る旅費の支出,町長車燃料代及び有料道路代の公費支出も,違法な公金の支出には該当しないものというべきである。
ウ その他の費用関係
(ア) 騎西町は,町有バスを運転手付きで,本件視察の用に供しているが,前記の行政区ないし区長の性格・役割,本件視察の騎西町行政における意義等に照らせば,それに要した燃料代等,バス運転手に係る旅費・時間外手当の支出をもって,社会通念上相当な儀礼の範囲を逸脱して本件視察に係る経費負担をしたものと断ずることはできないというべきである。
(イ) そうすると,上記町有バス燃料代等の支出は,違法な公金の支出とはとはいえないものというべきである。
(3) 以上の次第で,本件旅費支出等に係る被告らに対する損害賠償請求は,いずれも失当というべきである。
4 結論
以上の次第で,被告Aに対する本件訴えのうち,本件増額支出に係る部分(平成11年10月26日付でされた公金支出)は,不適法であるから,却下することとし,原告の被告Aに対するその余の請求及び被告Bに対する請求は,いずれも理由がないから,棄却することとし,訴訟費用の負担につき,行訴法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中壯太 裁判官 都築民枝 裁判官 渡邉健司)