大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

さいたま地方裁判所 平成12年(ワ)2056号 判決

主文

1  被告は,原告Aに対し,金1618万3599円及びこれに対する平成12年2月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告B,原告C及び原告Dに対し,それぞれ金506万4533円及びこれに対する平成12年2月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,これを11分し,その5を被告の負担とし,その余を原告らの負担とする。

5  この判決は,原告ら勝訴の部分に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1本件請求

原告らは,「原告Aの妻であり,原告B,原告C及び原告Dの母である訴外亡Eは,平成12年2月15日に,埼玉県S市T町二丁目7番11号先交差点において発生した,被告運転の自転車とE運転の自転車とが衝突した交通事故により,頭蓋骨骨折,脳挫傷,急性硬膜下血腫(右側),急性硬膜外血腫(左側)の傷害を受けて同月24日に死亡し,E,原告A,原告B,原告C及び原告Dはこれにより下記損害を被ったが,上記交通事故は,被告の自転車運転上の過失により惹起されたものである。」と主張して,民法709条,711条に基づき,被告に対し,原告Aについては,3703万3168円(下記(1)のエの(ア)と(2)のエの合計額)及びこれに対する上記不法行為の日である平成12年2月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の,原告B,原告C及び原告Dについては,それぞれ1069万2632円(後記(1)のエの(イ)と(3)のウの合計額)ずつ及びこれに対する上記不法行為の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めている。

(1)  Eが被った損害

ア  治療関係費  14万0086円

イ  逸失利益 2981万5708円

ウ  合  計 2995万5794円

エ  原告らの相続分

(ア) 原告A 1497万7898円

(イ) 原告B,原告C,原告D 各499万2632円

(2)  原告Aが被った損害

ア  葬儀費用  495万5270円

イ  慰謝料  1500万円

ウ  弁護士費用 210万円

エ  合計   2205万5270円

(3)  原告B,原告C,原告Dが被った損害(各原告ごとの損害)

ア  慰謝料  500万円

イ  弁護士費用 70万円

ウ  合計   570万円

第2事案の概要

1  当事者間に争いがない事実及び確実な書証により明らかに認められる事実(証拠の摘示のない事実は当事者間に争いがない。)

(1)  原告AとEは昭和38年12月12日に婚姻した夫婦であり,原告Bは原告AとEとの長男,原告Cは長女,原告Dは二女である(甲第4号証)。

(2)  平成12年2月15日の朝,埼玉県S市T町二丁目7番11号先交差点(本件交差点という。)において,被告運転の自転車(男女兼用軽快車SH953589。加害車両という。)とE運転の自転車(男女兼用軽快車7F11823。被害車両という。)とが衝突するという交通事故(本件事故という。)が発生した。Eは,本件事故により転倒し,左側頭部を強打して,頭蓋骨骨折,脳挫傷,急性硬膜下血腫(右側),急性硬膜外血腫(左側)の傷害を受けた。午前9時03分に,「Y」と名乗る事故関係者の男性からの本件事故に関する救急車出動要請の119番通報が甲消防署で受信され,Eは乙病院に収容されたが,上記傷害により同月24日,同病院において死亡した。(甲第1号証ないし第4号証,乙第1号証の3,5〔被害車両の車体番号については,甲第1号証による。〕)

(3)  Eは,昭和15年1月31日生まれの女で,本件事故による死亡当時満60歳であった。被告は,昭和58年4月24日生まれの男で,本件事故当時16歳の高校1年生であった。(甲第4号証,第17号証。被告が本件事故当時高校1年生であったことは当事者間に争いがない。)

(4)  Eは,死亡当時,丙会社K支社の甲営業部に勤務する保険勧誘担当の職員であった(甲第16号証)。Eは,平成11年に同会社から合計249万4140円の外交員報酬の支払を受けた(甲第9号証の3)。

(5)  本件事故は,被告の加害車両運転上の注意義務違反が原因で惹起された。被告は,重過失致死罪の被疑者として捜査を受け,平成12年5月8日甲警察署からさいたま地方検察庁に送致され,同検察庁検察官は,平成12年5月10日,要旨「被告は平成12年2月15日午前9時ころ,埼玉県S市T町二丁目7番11号先道路において,加害車両を運転して歩道をM市方面からS市丁町方面に向けて進行し,丁字路交差点にさしかかり同交差点を直進しようとしたが,このような場合,適宜速度を調節し左右の安全を確認しながら進行し事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り,先を急ぐあまり交差道路からの車両の有無及び安全確認不十分のまま歩道上から同交差点に進入して同交差点を横断しようとしたところ,右方から進行してきたE運転の被害車両を右方約2.5メートルの至近距離に初めて発見,制動の措置をとる間もなく被害車両前部に加害車両後輪右側部を衝突させてEを路上に転倒せしめ,よってEをして同月24日午前11時02分,T市N町一丁目8番10号乙病院にて脳挫傷で死亡するに至らせた。」との重過失致死の被疑事実により,被告をさいたま家庭裁判所に送致した。(乙第1号証の1の1,同号証の1の2)

2  争点及び争点に関する当事者の主張

(1)  争点1

Eには本件事故の発生につき,過失があったか,否か。過失があったとされる場合の過失割合は,どの程度か。

ア 被告の主張

(ア) 本件事故の状況は次のとおりである。すなわち,被告は,平成12年2月15日午前9時ころ,加害車両を運転して横断歩道上を進行しようとしたところ,右前方約2.5メートルの位置にE運転の被害車両が右側からG駅の方向に進行してくるのを発見した。しかし,被告は,加害車両を急停止させて被害車両を自分より先に通過させる距離にはなく,また,被害車両が横断歩道を通過する前に加害車両の方が通過できると判断して,そのまま横断歩道を進行した。しかし,予想に反し,加害車両の右後部に被害車両の前輪がぶつかってEが転倒してしまったのである。また,被告運転の加害車両の速度はそれほど速いものではなかった。

(イ) 本件事故は,決して被告が猛スピードで被害車両に激突したというものではない。被告が危険な運転をしていたものでもなく,一種の出会い頭の事故であったと考えられるのである。したがって,本件事故は,被告の一方的な過失による悪質な事故ではないことが明らかである。

(ウ) 原告らは,被告が自転車横断帯を進行しなかったことを被告の過失として主張するが,その自転車横断帯は横断歩道の右隣に設置されており,被告が自転車横断帯を進行していれば本件事故が防げたという関係にはないから,原告らの主張は理由がない。

(エ) 以上の事故状況からして,被告には,右側の道路から進行してくる車両,歩行者の有無を必ずしも十分に確認しなかったという過失があるが,他方,Eにも横断歩道及び自転車横断帯上を通行する歩行者,自転車の有無を十分に確認しなかったという過失があるから,被告及びEの過失をそれぞれ5割とし,5割の過失相殺をすべきである。

イ 原告らの主張

被告の上記主張は争う。

(ア) Eは,交通法規に従い,車道を進行して本件交差点をゆっくりしたスピードで左折した。また,進行方向を注視していたが,猛スピードできた被告は視野に入らなかったのである。

(イ) 被告は,Eを衝突直前まで発見できないほど,前方を全くといって良いほど見ていなかったのであって,前方不注視の著しい過失がある。また,被告は,自転車横断帯があるのに,横断歩道上を猛スピードで進行したのであって,その過失は大きい。被告が猛スピードで進行していたことは,Eが衝突地点から3メートルも離れた地点に倒れていたことから分かるように,Eは加害車両に衝突されて,数メートルもとばされたのである。また,被告が進行した歩道は,自転車の通行を許されていたものではない。

(ウ) 以上のように,本件事故は,被告が猛スピードで,自転車横断帯ではない横断歩道を前方不注視のまま進行したこと等の違法な自転車運転の結果により発生したものであり,Eには,過失は認められない。

(2)  争点2

本件事故によりE及び原告らが被った損害の損害賠償請求権の価額は,幾らか。

ア 原告らの主張

(ア) Eが被った損害

a 治療関係費 14万0086円

Eは,本件事故により負傷し死亡したのであるが,その治療関係費として,次のとおり合計14万0086円を要し,同額の損害を被った。

ⅰ エアマットレンタル料等 1万1000円

ⅱ 死後処置料 5万2500円

ⅲ 文書料・お襁褓代等 2万1336円

ⅳ 病院への謝礼 5万円

ⅴ 診断書料 5250円

b 逸失利益 2981万5708円

Eは,極めて健康で気力及び体力は充実していたから,今後20年間は就労が可能であった。したがって,逸失利益は,賃金センサス平成10年第1巻第1表の産業計,企業規模計,学歴計,女子労働者の全年齢平均の賃金額341万7900円(年収)を基礎とし,生活費割合を3割として,ライプニッツ係数を使用して算定すべきであり,そうすると,その金額は,次のとおり2981万5708円となる。

3,417,900×(1-0.3)×12.462=29,815,708

c 合計 2995万5794円

d 原告らによる相続

Eの死亡により,上記合計2995万5794円の損害賠償請求権は,原告Aが1497万7898円(その余の原告らの1円未満の端数を纏めて1円とし,これを加算した金額である。),その余の原告ら3名がそれぞれ499万2632円ずつ相続により取得した。

(イ)  原告Aが被った損害

a 葬儀関係費用 495万5270円

原告Aは,平成12年2月26日及び27日に,Eの葬儀を執り行い,葬儀費用として440万9270円を支払った。更に,同原告は,Eの霊を奉るために,代金54万6000円を支払って仏壇を購入した。

b 慰謝料 1500万円

原告Aは,平成9年10月に会社を退職し,子供たちも全員社会人となって,これから妻であるEと2人だけの第2の人生を歩もうとしていた矢先に,本件事故により最愛の妻を失ったのであり,その精神的苦痛は計り知れず筆舌に尽くしがたい。被告からは,原告ら遺族に対し,謝罪の言葉は一切ない。被告は,少年であり,将来ある身ではあるが,葬儀の準備段階で焼香したのみで謝罪もせず平然とした態度であり,このような被告の態度がかけがえのない妻を突然悲惨な形で亡くし茫然としている原告Aの心を一層傷つけ,その精神的苦痛は絶大である。したがって,この精神的苦痛を金銭に見積もると1500万円を下ることはない。

c 弁護士費用 210万円

原告Aは,本件訴訟の提起と遂行を原告ら訴訟代理人に委任して着手金105万円を支払うとともに,更に,報酬として105万円を支払う旨約した。したがって,同原告は,弁護士費用として合計210万円の損害を被った。

d 合計 2205万5270円

e 本訴請求額 3703万3168円

Eから相続した損害賠償請求権1497万7898円と固有の損害賠償請求権2205万5270円の合計額である。

(ウ)  原告Bが被った損害

a 慰謝料 500万円

原告Bは,Eの希望に添って結婚してEを安心させようと思っていた矢先に,親孝行の対象であるEを突然失い,本件事故発生日の平成12年2月15日から同年3月14日まで勤務を欠勤せざるを得ず,約27万円の休業損害を被ったのであり,これらの事情を考慮すると,同原告の精神的苦痛は絶大であり,これを金銭に見積もると500万円を下ることはない。

b 弁護士費用 70万円

原告Bは,本件訴訟の提起と遂行を原告ら訴訟代理人に委任して着手金35万円を支払うとともに,更に,報酬として35万円を支払う旨約した。したがって,同原告は,弁護士費用として合計70万円の損害を被った。

c 合計 570万円

d 本訴請求額 1069万2632円

Eから相続した損害賠償請求権499万2632円と固有の損害賠償請求権570万円の合計額である。

(エ)  原告Cが被った損害

a 慰謝料 500万円

原告Cは,EがCの娘(Eの孫)と過ごせる時間を一日千秋の思いで待っていたこともあり,これから親孝行が本格的にできると意気込んでいたところ,親孝行の対象であるEを突然失ったものである。同原告は,ファッション雑誌を発行している会社に記者として就職しており,海外出張の際にEが娘の面倒を見てくれることになっていたが,Eの死亡によりそれも不可能となり,育児のために雑誌記者というポストまでも放棄せざるを得ない状況となっている。これらの事情を考慮すると,同原告の被った精神的苦痛は絶大であり,これを金銭に見積もると,500万円を下ることはない。

b 弁護士費用 70万円

原告Cは,本件訴訟の提起と遂行を原告ら訴訟代理人に委任して着手金35万円を支払うとともに,更に,報酬として35万円を支払う旨約した。したがって,同原告は,弁護士費用として合計70万円の損害を被った。

c 合計 570万円

d 本訴請求額 1069万2632円

Eから相続した損害賠償請求権499万2632円と固有の損害賠償請求権570万円の合計額である。

(オ)  原告Dが被った損害

a 慰謝料 500万円

原告Dは,Eの末子であって,Eとは特に強い絆で結ばれていた。同原告は,花嫁姿を母に見せ,かつ,子を産んで母の喜ぶ顔を見たい一心であったが,そのEが突然死亡してしまったために,十分な親孝行ができなくなり,悔悟の念といわれない自責の念に苛まされている状況にある。同原告が被った精神的苦痛は絶大であり,これを金銭に見積もると,500万円を下ることはない。

b 弁護士費用 70万円

原告Dは,本件訴訟の提起と遂行を原告ら訴訟代理人に委任して着手金35万円を支払うとともに,更に,報酬として35万円を支払う旨約した。したがって,同原告は,弁護士費用として合計70万円の損害を被った。

c 合計 570万円

d 本訴請求額 1069万2632円

Eから相続した損害賠償請求権499万2632円と固有の損害賠償請求権570万円の合計額である。

イ 被告の主張

原告らの損害に関する主張のうち,原告らが本件訴訟の提起及び遂行を原告ら訴訟代理人に委任したことは認めるが,被告の態度について述べる部分は否認又は争い,その余は知らない。

3  証拠関係

証拠の関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

第3争点に対する判断

1  争点1について

(1)  前記第2の1の各事実に後掲各証拠を併せると,本件事故の態様は次のとおりであると認められ,証人Hの証言中,甲第10号証中及び甲第13号証中の右(「右」は,「上記」と同義で用いる。以下,同じ。)認定に反する部分は,右認定事実及びその認定に供した証拠関係に照らしてそのとおりには信用せず,他に右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

ア 本件事故現場は,東武鉄道株式会社東上線の線路の南側に位置し,同線G駅近くの南北に走る道路(本件道路という。)と本件道路から西方に向かって分岐してG駅方面に向かう道路(分岐道路という。)とが交差する信号機による交通整理の行われていない丁字交差点である。本件道路は,歩車道の区別のあるアスファルト舗装の,勾配のない平坦な道路で,歩道が道路両側に設置されている。片側1車線の幅員合計6.1メートルの車道西側に設置された歩道は自転車の通行が許可されているが,同歩道には植え込みがあって,歩道は事実上二つに区切られており,そのうちの車道側は幅員1.7メートル,植え込みを夾んだ西側は幅員3.5メートルであって,その本件交差点側出口には2本の鉄製ポールが設置されている(右歩道のうち,植え込みにより区分された西側部分を便宜上本件歩道という。この部分についても,自転車通行に関わる交通規制は実施されていない。)。本件道路は,本件交差点を過ぎて北に進むと東上線の線路に突き当たって左右に分かれており,これを左折して進行するとG駅前に出ることができる。分岐道路は,本件交差点において本件道路からほゞ直角に分岐して西に向かうアスファルト舗装の,勾配のない平坦な道路であり,東から西への一方通行の規制がなされている。中央線のない幅員5メートルの車道の両側には幅員2.9メートル(道路南側)と2.5メートル(道路北側)の歩道が設置されている。本件道路と分岐道路との丁字交差点が本件交差点である。本件交差点の東側はS市立S第2中学校の敷地である。本件交差点の北側,南側及び西側の3方向には横断歩道が設置されており,西側の横断歩道には自転車横断帯が附設されていて,自転車横断帯の始点及び終点には,幅員相当の幅で2本ずつの鉄製ポールが埋め込まれている。なお,本件交差点付近は駐車禁止の規制がなされている。(乙第1号証の6,埼玉県公安委員会に対する調査嘱託の結果)

イ 被告は,R高等学校L科に在籍する高校生であり,本件事故当時はその1年生であった。被告は,自宅とG駅との間は自転車,G駅とH駅との間は電車を使い,H駅と学校との間を徒歩で通学していた。学校の始業時刻は午前8時35分(第1時限は8時50分から)であり,いつもは自宅を7時45分に出ていた。(乙第1号証の11,被告本人尋問の結果)

ウ 被告は,平成12年2月15日の1時限目は政治経済の授業であり,これを回避して,午前9時45分から始まる2時限目の授業から出席すべく,同日午前8時55分ころ加害車両に乗車して自宅を出て,自転車通行の許されている本件歩道を北行してG駅方面に向かって進行し,午前9時00分ころ,本件交差点を認め直進しようと考えて進行し,本件交差点にさしかかった。被告は,遅刻していたこともあって,いつもよりも急いで進行していた。(乙第1号証の3,10,11,被告本人尋問の結果)

エ(ア) Eは,通勤にG駅を利用していたが,自宅とG駅との間は,自転車を使用し,通常は本件道路の車道左端を北行して進行し,本件交差点で左折してG駅に出るという経路で通っていた(乙第1号証の6,原告A本人尋問の結果)。

(イ) Eは,同年2月15日朝,被害車両を運転して本件道路車道左端を北行し,午前9時00分ころ本件交差点にさしかかり,G駅駐輪場に向かうため本件交差点を左折して分岐道路に入り,分岐道路に設けられた自転車横断帯・横断歩道を横切って進行すべく,横断歩道にさしかかった(上記(ア)の事実,乙第1号証の3,10,11,15,被告本人尋問の結果)。

オ 被告は,午前9時00分ころ,本件交差点を直進するため,本件交差点に入って分岐道路に設置された横断歩道に進入したところ,分岐道路の横断歩道上を右から進行して来る被害車両を加害車両右前方2.5メートルの地点に発見したが,加害車両がそのまま被害車両よりも先に通過できるものと考え,回避措置や制動措置をとらないまま進行したところ,被告が被害車両を発見した時点における両車両の位置から,加害車両が2メートル,被害車両が1.6メートルそれぞれ進行した横断歩道上で,加害車両の後輪右側に被害車両の前輪が衝突した。被告は,転倒することもなく衝突地点から6.7メートル進行して,分岐道路反対側歩道上に停止した。被害車両は,衝突地点から1.6メートル進行した横断歩道西側の端の線上辺りに左側に転倒したが,その際,Eは,被害車両から落下するようにして道路上に転倒して,左側頭部を強打した。Eが転倒した位置は,衝突地点よりも西方3メートルの地点である。(甲第2号証,乙第1号証の6,7,10,11,15,証人Jの証言,被告本人尋問の結果)

カ 被告は,頭を西方に足を東方に向けてうつ伏せに倒れているEに近づき,大丈夫ですかと声をかけたが,Eはうつ伏せで顔面を下にして倒れ,顔の下に血が流れており,Eからの返事はなかった。被告が声をかけているときに,2,3人の人が周囲に集まりだした。被告は,救急車を呼ばなければと思って,直ちにPHSで119番通報して救急車の出動を要請した。間もなく,近くの医院からF医師が駆けつけ,呼び掛けをしたがEからの応答がなく,ゆっくりと体位転換して仰向けにさせたところ,顔面に血が流れていることを確認することができた。F医師は,頚部動脈,腕の動脈の拍動が触れず,聴診にて心停止と瞳孔散大を確認したことから,気道確保するとともに,チューブ挿管をしてアンビューバッグにより酸素を投与して人工呼吸をしつつ,強心剤ソルコーテフ及び心停止による代謝性アシドーシスを補正するメイロンを投与し,心臓マッサージをして蘇生を試みたところ,心臓拍動と自発呼吸が再開した。しかして,Eは,その間に到着していた救急車により朝霞中央総合病院に搬送された。(甲第14号証の1ないし4,証人J及び同Hの各証言,被告本人尋問の結果)

以上の事実が認められる。証人Hは,その証人尋問において,本件事故現場を通りかかったHが本件事故現場近くに自動車を止めたのは同日午前8時52分であり,止めた途端に被告に救急車を呼んだかと尋ねたところ,被告が救急車を呼んだと答えたから,本件事故発生時刻は,午前8時52分よりも前であると証言し,同人作成の甲第10号証にも同旨の記載がある。しかしながら,前記第2の1の(2)のとおり,甲消防署が119番通報を受信した時刻が午前9時03分であることは明らかであるところ,乙第1号証の15によると被告は,事故発生後すぐにPHSで119番通報していることが認められるし,同証人もその後において被告が電話をしているのを記憶していないというのであるから,同証人の右証言及び甲第10号証の右記載はそのとおりには信用しない(なお,被告以外の「Y」と名乗る男性が119番通報をしたとの事実を示す証拠はない。)。

原告らは,本件歩道は自転車の通行が許されていないと主張するが,本件歩道について自転車通行に関する規制が行われていないことは埼玉県公安委員会に対する調査嘱託の結果から明らかであり,原告らの右主張は理由がない。また,原告らは,本件事故は,加害車両後輪右側に被害車両前輪が衝突したものではなく,猛スピードで進行していた加害車両が被害車両に衝突したものであり,そのためにEが数メートルもとばされたのであると主張する。しかしながら,加害車両が本件事故時に「猛スピード」で進行していたことを示す証拠はないし,乙第1号証の15及び証人Jの証言によると,両車両とも速くもなく遅くもない速度で進行していたというのであり,乙第1号証の6によると,被害車両が1.6メートル進行する間に加害車両が2メートル進行しているから,加害車両は被害車両の速度の1.25倍の速度で進行していたことが認められるものの,それ以外に,被害車両及び加害車両の速度を示す的確な証拠はないのである。原告らは,衝突地点とEが倒れていた位置との距離関係から,Eは衝突されて数メートルもとばされたのであり,被告はそれだけの速度で進行し,被害車両に衝突したものであると主張する。しかしながら,乙第1号証の7,11,15によると,加害車両の後輪右側に被害車両の前輪が衝突し,被害車両は,横断歩道西側の端の線上辺りに左側に転倒したが,Eは,被害車両から落下するようにして道路上に転倒したことが認められるのである。自転車は,極めて安定性の悪い車両で,特にハンドルによって左右に動く前輪に横側への外力が加わると直ちに安定を欠き,転倒する危険のあるものである。右認定のように,被害車両の前輪は,被害車両よりも1.25倍の速度で左から右へ移動中の加害車両の後輪に衝突したのであるから,重心の移動を行うことができないままハンドルが突然右に振れる状態で1.6メートル進行して左側に転倒し,Eが被害車両から落下するように転倒して左側頭部を強打したと考えるのが合理的である。衝突地点とEが転倒していた地点との距離関係から,原告らの主張するような事実を推認することはできないのである。

(2)ア  ところで,自転車も車両であるから,その交通方法については道路交通法の適用を受けるものであり,交差点における通行に関しては,左折するときはあらかじめその前からできる限り左側端に寄り,かつ,できる限り道路の左側端に沿って徐行しなければならないものとされ(同法34条1項),当該交差点又はその付近に自転車横断帯がある場合はこれにより横断すべきこととされている(同法63条の7第1項)。前記認定の事実によると,被告が本件交差点の横断歩道の隣に設けられた自転車横断帯を通行しなかったことは明らかであり,また,乙第1号証の6によると,Eは本件交差点を左折するに当たり徐行していたと推認されるものの,左折終了時点においては道路中央に近い位置から分岐道路に進入してきていることが認められるから,できる限り道路(車道)左側端に沿って左折していたものではないと認められる。

イ  被告は,自転車横断帯は横断歩道の右隣に設置されているものであるから,被告が自転車横断帯を進行すれば本件事故が防げたという関係にはないと主張する。しかしながら,被告が前方を充分に注視しないまま進行して本件交差点に進入したことは前記のとおりであるところ,仮に,被告が本件交差点を認めた時点において,横断歩道ではなく自転車横断帯を進行しようとすれば,右側に進路を変更するとともに,自転車横断帯の幅員相当の間隔で設置された2本のポールの間を縫って通行しなければならないのであって,ハンドル操作のみならず前方の注視がより必要となり速度の調節も必要となるのであるから,加害車両が本件交差点に進入する前の時点で,加害車両右前方から進行してくる被害車両を発見し,ハンドル操作と急制動により衝突を回避することができた蓋然性が高いものということができるのである。被告の右主張は採用しない。

ウ  本件事故は,丁字交差点における左折車である被害車両と直進する左方車である加害車両との衝突事故であるところ,前記認定の事実によると,Eは,本件交差点を左折するに当たり,本件道路(本件歩道)を直進する左方車の有無を確認しなかったために加害車両を発見することができなかったか,又は,加害車両を発見したもののその進路及び速度等の動静に十分な注意を払うことなく進行したかのいずれかであると推認される。また,Eはできる限り道路左側端に沿って左折していたものではないと認められるところ,仮に,Eがより道路の左側端に沿って左折していたとすれば,よりゆっくりした速度になったものと推認されるから,そもそも衝突に至る危険さえも生じなかったか,あるいは,被告が衝突を回避することができた蓋然性も高いものと認められる。

エ  しかして,前記説示の事情に,被告が本件交差点を認めて直進しようと考えた地点が被害車両を発見した地点よりも11.5メートル手前であることが乙第1号証の6により認められるから,両車両の速度からすると,被告が本件交差点を認めて直進しようと考えた地点を進行した時点における被害車両が進行していた地点は,被告によって発見された被害車両の位置よりも9.2メートル手前であったものと推認されること(11.5m:X=2m:1.6m)をも併せ考慮すると,本件事故は,被告が本件交差点内を進行するに当たり,前方の注視を厳にして,本件交差点に進入してくる車両の有無及びその動静を確認しながら,減速するなど適宜速度を調整して横断歩道の隣に設置された自転車横断帯を進行し,Eが本件交差点を左折するに当たり,直進する左方車の有無及びその動静を確認しながら,できる限り道路左側端に沿って左折進行していたとすれば,避けられた蓋然性が高いというべく,本件事故の発生については被告及びEの双方に過失があったものというべきであり,その過失割合は,被告7割5分に対し,Eが2割5分と認めるのが相当である。

2  争点2について

(1)  Eが被った損害

ア 医療関係費 13万4836円

甲第6号証の1ないし5によると,Eの医療関係費として,エアマットレンタル料等1万1000円,死後処置料5万2500円,文書料・お襁褓代等2万1336円,病院に対する謝礼5万円の合計13万4836円を要したものと認められ,これは,本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。なお,原告らは,診断書料として5250円を要したと主張するが,診断書料を支出した事実は推認するに難くはないものの,支出した診断書料が5250円であったとの事実を認めるに足りる証拠はない。

イ 逸失利益 1450万1428円

Eは,死亡当時60歳の健康な有職の女性であり,平成11年において249万4140円の収入を得ていたことが認められるから,本件事故により死亡しなかったとすれば就労可能な11年間にわたって同額の収入を得られたものと推認することができる。したがって,右金額を基礎として,生活費控除を30パーセントとし,ライプニッツ係数8.306を使用して中間利息を控除して逸失利益の現価を求めると,次のとおり1450万1428円となる。

2,494,140×(1-0.3)×8.306=14,501,428

ウ 合計 1463万6264円

エ 過失相殺後の損害額 1097万7198円

上記認定のとおり,Eには本件事故の発生につき2割5分の割合の過失があるから,これを斟酌すると,過失相殺後の損害額は1097万7198円となる。

オ 相続

原告A 548万8599円

その余の原告ら 各182万9533円

Eの相続人が原告らのみであることは当事者間に争いがないから,原告AはEが被った右損害に係る損害賠償請求権のうち548万8599円を,その余の原告らはそれぞれ182万9533円ずつを相続により取得したものと認められる。

(2) 原告Aが被った弁護士費用以外の損害 922万5000円

ア 葬儀関係費用 120万円

甲第7号証の1ないし7によると,原告Aは,Eの葬儀を執り行って葬儀費用として440万9270円を支出し,54万6000円を支払って仏壇を購入したことが認められるが,右合計495万5270円の損害のうち,120万円をもって本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

イ 慰謝料 1110万円

原告Aは,Eの死亡により精神的苦痛を被ったものと認められるところ,本件に顕れた事情を総合すると,同原告が被った精神的苦痛を慰謝するに相当な損害賠償金は1110万円とするのが相当である。

ウ 合計 1230万円

エ 過失相殺後の損害額 922万5000円

上記認定のとおり,Eには本件事故の発生につき2割5分の割合の過失があるから,これを斟酌すると,過失相殺後の損害額は922万5000円となる。

(3) 原告Bが被った弁護士費用以外の損害 277万5000円

ア 慰謝料 370万円

原告Bは,Eの死亡により精神的苦痛を被ったものと認められるところ,本件に顕れた事情を総合すると,同原告が被った精神的苦痛を慰謝するに相当な損害賠償金は370万円とするのが相当である。

イ 過失相殺後の損害額 277万5000円

上記認定のとおり,Eには本件事故の発生につき2割5分の割合の過失があるから,これを斟酌すると,過失相殺後の損害額は277万5000円となる。

(4) 原告Cが被った弁護士費用以外の損害 277万5000円

ア 慰謝料 370万円

原告Cは,Eの死亡により精神的苦痛を被ったものと認められるところ,本件に顕れた事情を総合すると,同原告が被った精神的苦痛を慰謝するに相当な損害賠償金は370万円とするのが相当である。

イ 過失相殺後の損害額 277万5000円

上記認定のとおり,Eには本件事故の発生につき2割5分の割合の過失があるから,これを斟酌すると,過失相殺後の損害額は277万5000円となる。

(5) 原告Dが被った弁護士費用以外の損害 277万5000円

ア 慰謝料 370万円

原告Dは,Eの死亡により精神的苦痛を被ったものと認められるところ,本件に顕れた事情を総合すると,同原告が被った精神的苦痛を慰謝するに相当な損害賠償金は370万円とするのが相当である。

イ 過失相殺後の損害額 277万5000円

上記認定のとおり,Eには本件事故の発生につき2割5分の割合の過失があるから,これを斟酌すると,過失相殺後の損害額は277万5000円となる。

(6) 原告らが取得した弁護士費用以外の損害賠償請求権の価額

ア 原告A 1471万3599円

上記(1)のオの548万8599円と(2)の922万5000円の合計額である。

イ 原告B 460万4533円

上記(1)のオの182万9533円と上記(3)の277万5000円の合計額である。

ウ 原告C 460万4533円

上記(1)のオの182万9533円と上記(4)の277万5000円の合計額である。

エ 原告D 460万4533円

上記(1)のオの182万9533円と上記(5)の277万5000円の合計額である。

(7) 弁護士費用

原告らが本件訴訟の提起及び遂行を原告ら訴訟代理人に委任したことは当事者間に争いがない。そして,弁論の全趣旨によると,原告らは原告ら訴訟代理人に対し着手金として210万円を支払い,更に報酬として210万円を支払う旨約したこと,この弁護士費用合計420万円については,原告Aが210万円を,その余の原告ら3名が70万円ずつを負担することを約したことが認められるところ,本件訴訟の経緯,難易度,認容額等の事情を考慮すると,右弁護士費用のうち,原告Aについては147万円,その余の原告らについてはそれぞれ46万円ずつをもって,本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(8) 原告らが取得した損害賠償請求権の価額

そうすると,原告らが取得した損害賠償請求権の価額は次のとおりとなる。

ア 原告A 1618万3599円

上記(6)のアの1471万3599円と上記弁護士費用147万円との合計額である。

イ 原告B 506万4533円

上記(6)のイの460万4533円と上記弁護士費用46万円との合計額である。

ウ 原告C 506万4533円

上記(6)のウの460万4533円と上記弁護士費用46万円との合計額である。

エ 原告D 506万4533円

上記(6)のエの460万4533円と上記弁護士費用46万円との合計額である。

第4結論

以上の認定及び判断の結果によると,原告らの本件各請求は,不法行為による損害賠償として,原告Aにおいて被告に対し,1618万3599円及びこれに対する不法行為の日である平成12年2月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,原告B,原告C及び原告Dにおいて被告に対し,それぞれ506万4533円及びこれに対する不法行為の日である平成12年2月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,それぞれ理由があるが,その余はいずれも理由がないので,右理由のある限度でこれをいずれも認容し,その余をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邉等)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例