さいたま地方裁判所 平成12年(わ)985号 判決
主文
被告人を懲役2年6月に処する。
未決勾留日数中400日をその刑に算入する。
さいたま地方検察庁で保管中のはさみ1丁(押番略)及びナイフ1丁(同)を没収する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1Bと共謀の上,金品窃取の目的で,平成7年9月26日午後5時30分ころ,佐賀県a市所在のW方の無施錠の玄関から同人方に侵入し,同所において,同人の妻V(当時58歳)に対し,やにわに同女を押し倒し,所携の手錠を同女の両手足首にかけ,プラスチック製結束紐でその両手首を緊縛し,その頭部に所携のスタンガン様のものを押しつけ,さらに,その頭部を所携のスパナ様の工具で数回殴打するなどの暴行を加え,同女に加療約87日間を要する頭部打撲兼裂挫創,右肩挫傷,右肩甲骨骨折,右肩関節拘縮の傷害を負わせ,
第2平成12年6月18日ころ,埼玉県b市の被告人方において,X(当時28歳)に対し,果物ナイフ1丁(押番略,以下同じ。),かみそり及びはさみ1丁等で同女の頭髪を無惨な外観を呈するまで切断し,あるいは刈り取る傷害を負わせたものである。
(争点に対する判断)
1 被告人は,①住居侵入,強盗傷人被告事件につき,Bと共謀して,空き巣をしようと思って被害者宅に侵入したものの,物色する前に被害者に発見されたため,逃走するために,被害者の両手足に手錠を掛け,スタンガンで頭を殴るなどしたが,あらかじめ強盗の目的があったわけではなく,スパナ様のもので頭を殴ったことも,財物奪取の目的で暴行を加えたこともないと述べ,②傷害被告事件について,被害者の髪の毛を切ったことは間違いないが,被害者の承諾を得て行ったものであると述べて弁解し,弁護人も,被告人の弁解供述に依拠して,①住居侵入,強盗傷人被告事件につき,強盗傷人罪は成立せず,住居侵入及び傷害罪が成立するのみであり,②傷害被告事件については,被害者の承諾があるから無罪であると主張するので,以下,当裁判所が判示第1,第2の各事実を認定した理由を補足説明する。
2 住居侵入,強盗傷人被告事件について
(1) 強盗傷人罪の成立の有無について
ア はじめに,本件犯行に着手する以前に行われた被告人と共犯者Bの共謀内容について検討を加える。
(ア) Bは,公判廷及び佐賀地方裁判所における当裁判所の証人尋問において(以下,供述を引用するときは,公判廷及び公判準備を併せて,公判手続の更新の前後を問わず,単に「供述」という。),本件犯行に着手する以前に行われた被告人との共謀の状況について,要旨,以下のとおり供述している。すなわち,自分は,中学2年生のころ,同級生であった被告人と知り合い,平成7年に同じ高校に進学し,高校1年生の時も同じクラスであった,高校1年生の夏休みの前ころ,被告人と,やはり同級生であったCが万引きをしているのを知り,自分も,被告人やC及び同級生のDとともに本屋やスーパーなどで,漫画や財布,電池などを万引きするようになった,その後,同年9月ころ,休み時間に教室の中などで,被告人が,自分とCに対して,空き巣の話をするようになり,Dもその話を聞いていた,被告人は,万引きは人に見つかるおそれがあるが,空き巣は人がいないときに入るので,見つかる危険性が低く,現金が手に入ると言っていた,被告人は,空き巣の検挙率など具体的な数字を挙げて,空き巣をしても見つからないし,捕まらないから,絶対大丈夫だという話をしており,自分も被告人の話をだんだん信じるようになり,やってみようという気になってきた,空き巣に入った家に人がいたら,逃げるということだったが,逃げようとして捕まったら,スタンガンでけがをさせないようにして気絶させて反撃するという話をしていた,被告人は,空き巣をするために革手袋や,タオル,帽子などを用意していると言っており,スタンガンを学校に持ってきて見せてくれた,9月半ばかその前ころになって,被告人は,逃げられなかった場合にスタンガンを使うことと,最初からスタンガンを使うことは結局同じだから,玄関でチャイムを鳴らして人が出てきた瞬間にスタンガンで気絶させ,その後,家の中に入ってお金などを探そうと言いだした,しかし,自分としては,空き巣はともかく強盗まではする気持ちはなかった,このような話が出たとき,Cは一緒にいたが,Dがいたかどうかは分からない,自分は,住居侵入,強盗傷人の本件犯行も併せると,被告人と3回下見に行っている,1回目は,9月初めころ,cからdの間の辺りに下見に行き,その後,本件犯行の前の週かその前の週にも,バスで下見のつもりで行ったが,その時には,実際に家の中に入った,被告人は,1回目も2回目のときもリュックを持ってきていたが,バスで行ったときには,リュックの中にスタンガンと革手袋,帽子,眼鏡かマスクのどちらかが入っていたのを見た,また,本件犯行の前の週かその前の週ころに,Cと被告人がeの方に下見に行き,人の家に入ろうとしたが,ちゅうちょして入れなかったことや,スタンガンがあまり効かなかったという話を聞いた,空き巣については,二人でやるときの役割分担が決まっており,強盗についても,3人でやることが決まっており,最初に,チャイムを鳴らして家に入って気絶させる役,その後,家の中の様子を見る役,外の様子を見る役など役割分担が決まっていた,強盗をする3人というのは,被告人とCと自分のことである,被告人は,スタンガン以外にも護身用に工具を集めていると言っていた,自分は,スタンガンを持っていない人のところに,家の人が向かってきたような場合に,工具で威嚇してたじろいだところをスタンガンで気絶させるために工具を使うのかなと考えていた,自分としては,みんなでやれば怖くないという気持ちもあって,被告人の話に強く反対することはできなかった,いずれ3人で下見に行くという話も出ていた。Bの供述の要旨は,以上のとおりである。
(イ) 次に,Cの供述の要旨は,以下のとおりである。すなわち,自分は,平成7年の6月か7月ころ,Bを通じて被告人と話をするようになり,その後,被告人やBと一緒に万引きをするようになった,たまに,Dも万引きに加わることがあった,万引きをする際,被告人は監視カメラがないところとか,人がいないところとかは大丈夫だと言っていた,9月に入ったころ,被告人が,学校の教室内で,Bがいるところで,空き巣をしようと言いだした,被告人は,効率よくお金を取るためには,空き巣がよく,留守をねらってするから大丈夫だと言っていた,その後,本件犯行の10日よりもうちょっと前ころに,被告人が,空き巣に入って人がいた場合には,手錠や紐で縛ったり,スタンガンで動けなくして金を取ればいいという話をしていた。本件事件の1週間より少し前ころ,被告人から,長さ50センチくらい,太さ三,四センチくらいの黒色のスタンガンを見せてもらった,その後,本件事件の1週間くらい前に,被告人に誘われて被告人と二人でfに空き巣をしに行ったが,自分がやめようと言ったので,空き巣には入らなかった,この時も,被告人は,空き巣に入って人がいたら,これで縛ってお金を取ればいいと言って,持参した結束用具であるインシュロックを見せてくれた。
(ウ) また,Dの供述の要旨は,次のとおりである。すなわち,高校に入学してすぐに被告人と知り合い,高校1年の7月ころ被告人から誘われて,万引きをやるようになり,その後,空き巣をしようと誘われるようになった,9月に入ってからも,被告人から,空き巣に入ろうと言われた,被告人とBが空き巣に入る相談をしているところを見たことがある,被告人は,通信販売で手錠とスタンガンを買い,スパナをホームセンターで買ったと言っていた,被告人は,空き巣に入って,もし,人がいた場合には,スパナで人を殴り,スタンガンを使って人を気絶させ,物を取ると言っていたと思う。
(エ) 前記C及びDは,本件犯行とは無関係の第三者である上,被告人とは同級生であり,特に被告人に不利益な供述をするような事情は認められず,加えて,両者の供述は互いに符合し,先にみたBの供述ともおおむね一致しているから,基本的に信用することができると考えられるところ,一方,Bの供述も,上記のとおり,被告人の高校時代の同級生で,被告人やBとともに万引きなどをしていたグループのメンバーであるC,Dの本件犯行着手前における被告人の言動に関する供述とおおむね符合しているから,基本的に信用できる。
(オ) これに対し,被告人は,公判廷において,本件犯行着手前の自己の言動に関し,要旨,次のとおり供述している。すなわち,高校1年の9月の中旬ころ,二,三回程度,Bと空き巣の話をした,空き巣をしようということはBとしか話しておらず,CやDとは空き巣の話はしていない,空き巣に入るのに,いろいろ道具をそろえたことはなく,たまたま持っていたスタンガンや手錠などを持って空き巣に入ろうと考えていた,空き巣に入って人がいた場合には,その人を道具で威嚇して,逃げようと話していた,人がいた場合に,縛ったりしてお金を取るという話はしておらず,ただ逃げるための手段として持っていくという話だった,これらの話も,Bとしかしていない,同じ9月の中旬ころ,Cと一緒にfに行ったことがある,fには万引きをするために行った。
(カ) しかしながら,被告人の供述は,先にみたB,C,Dの各供述がそれぞれおおむね一致するのに対し,空き巣の話はBとしかしていないとか,強盗の話はしていないなど,上記三者の供述と明らかに食い違う点が多く,とりわけ,本件で起訴された後,Cに対し,一緒にfに下見に行った件につき,Cに真実を語らせまいとするかのような,被告人の上記公判供述にも反する内容の手紙を送付していることなどに照らしてみると,到底信用することができない。
(キ) さらに,Bは,本件犯行当日の状況について,要旨,以下のとおり供述している。すなわち,学校の放課後に,被告人から下見に行こうと誘われたので,一度自宅に帰って制服を着替えた後,被告人に指示されたとおり,眼鏡とマスクの両方か,あるいはそのうちの一方を用意して,被告人との待ち合わせ場所へ行き,以前から金を持っていそうな家が多いと被告人が言っていた県営グラウンド周辺へ自転車で向かった,すると,被害者方から,大人の男女2人と子供2人くらいが,家族で車に乗って外出して行った,被告人がそれを見て,「空き巣をするチャンスだ。今しかない」などと言ったので,その家に空き巣に入るのだと思った,自分が,3人でやるのではなかったのかと被告人に聞くと,今しかない,今がチャンスと言われ,しぶしぶ承諾した,その後,付近の地下道に自転車を止め,持っていたバッグから道具を取り出して,被害者方に入る準備をし,自分は,被告人から,レンチや工具差し,野球帽などを受け取った,その後,地下道を出て,被害者方に向かった。
これに対し,被告人は,犯行当日の状況につき,要旨,次のとおり供述している。すなわち,学校の帰りに,Bと空き巣の話になって,空き巣に行くことになり,その時お互いいろいろ道具を持っていこうという話になった,そして,被害者方を通ったときに,被害者方から家族らしい人が車に乗って出掛けて行ったので,どちらからともなく,この家に入ろうということに決めた,その後,地下道の前に自転車を止め,空き巣に入る準備をし,Bは,スタンガンの代わりになる銀色の工具みたいなものを用意してきていた。
(ク) ところで,Bの前記供述は,先にみた信用できる同人やC及びDの供述内容の流れに沿う自然なものであって,信用性は高いと考えられるから,被告人が,当日,インシュロック,手錠やスタンガンを用意したのみならず,レンチ様の工具を用意したのも被告人であると認められる。一方,被告人の供述も,空き巣に行くのか下見に行くのかという点や,被害者方に的を絞ったのが,被告人かBのどちらかという点,また,レンチ様の工具を持ってきたのはBであるとする点などで,B供述とはそごしているものの,当初から,被害者方で強盗を行う目的はなかったとする点では,B供述と符合している。そして,Bの先にみた供述を検討すると,そもそも万引きの話から空き巣の話に変わっていったときには,万引きよりも空き巣の方が人に見つかる危険性が低いという話であったのであり,以前に行った下見でも,空き巣をしようとして人のいない家に侵入していたこと,工具については護身用であると被告人から説明されていたこと,強盗の話をしていたときは,被告人とCとBの3人で行うという話であったのに,本件犯行は二人で行おうとしていること,犯行に及んだきっかけは,被害者方から家族連れが車で外出するのを目撃し,被告人から空き巣をするチャンスだと言われたためであって,被告人自身も,被害者方は家人が不在であり,空き巣をするつもりであったと思われ,従前,被告人がBに教室の中などで話していた強盗の計画とは一応別個のものと考えられること,B自身も,被告人の話を聞いていて,空き巣をするのはともかく,強盗まではする気持ちがなかったことなどからすれば,被害者方に侵入することを決意した段階における被告人とBとの共謀の内容は,被害者方で強盗を行おうとするものであったと断定するにはちゅうちょを覚えざるを得ず,空き巣,すなわち窃盗を限度とするものであったと認めるのが相当である。
イ 次に,窃盗の実行の着手の有無について検討を加える。
(ア) Bは,被告人が,被害者宅の離れに侵入したこと及び被告人が離れの2階に上がったが,すぐに降りてきて,2階に上がろうとしていた自分に「子供部屋だった。」と言った旨供述しているから,被告人らが被害者宅の離れに侵入した事実は認められるが,被告人が2階に上がってから,降りてきてBに話しかけるまでの時間はわずかであり,その間交わした言葉の内容も,被告人が「子供部屋みたいだった」というだけであって,離れの2階は子供のピアノの練習室として使用されていたところ,被告人が,室内で具体的な物色行為を行ったとする確証はないから,被告人らが離れの2階において窃盗の実行の着手に当たる行為をしたと認めることはできない。また,後述するとおり,Bの供述によれば,被告人が被害者方に玄関から侵入し,廊下を通って,奥の部屋にいた被害者と遭遇するまでの時間もわずかであり,その間に物色行為など窃盗の実行の着手があったとする確証もない。
(イ) 次に,本件犯行の前後に,被告人らが本宅の洋間で物色していたか否かについて検討する。
被害者は,本件被害直後である平成7年9月29日付けの警察官調書において,犯人の一人が洋間の方へ東側の入り口から入って行ったので,もう一人の犯人の隙を見て逃げ出したと供述しており,更に当裁判所の証人尋問においては,自宅から逃げ出したとき,犯人の一人は洋間に入って行って,ガラス戸の中に現金が裸で入っていたサイドボードの方を見ていた,もう一人の犯人が何をしていたかは分からないなどと供述している。
他方,本件の共犯者であるBは,室内から逃げ出した被害者を追い掛けて暴行を加えた後の自分の行動について,ズボンの太股に付いた被害者の返り血が目立つため,タオルを探しに台所と風呂場の方に行った,洗濯場の付近で,タオルを探していると,後ろで気配がするので,座敷や洋間の方を振り向くと,部屋の入り口付近に被告人が立っていた,その後,被告人と一緒に被害者の様子を見に行くと,被害者は玄関の扉を開けて外に出るところであり,そのまま走って逃げて行ったので,自分と被告人も被害者が出て行った玄関から外に逃げた,どのようにして逃げたかは覚えていないが,被告人とは別々に川の近くを通って地下道へ行ったと供述している。
これに対し,被告人は,捜査段階では,被害者は自分とBを押しのけるようにして逃げたと供述していたが,公判廷では,Bは被害者のそばにおらず,被告人がよそ見をしていた隙に被害者が逃げたと供述するなど変遷し,被告人が自分の肩越しにBがどこに行ったのかと思い,廊下の奥を見ている隙に,手錠をされ,出血している被害者が立ち上がって逃げ出したなどと,犯人の一人が洋間に入ったため,もう一人の犯人の隙を見て逃げ出したという被害者の当初の供述に合致するともいえる供述をしている。そうすると,被害者が逃げ出した際には,被告人が被害者のそばにいた可能性を否定することができない。
さらに,所論のとおり,本宅の洋間の床上の足跡と裏庭に残された足跡とが一致し,玄関前の道に至る経路上からは被告人の指紋の付いた5000円札が発見されているところ,Bが,玄関前の道の方向でなく,東方へ外れた裏庭へ回り込める方向を自分たちが逃げていった方向であると説明し,被害者方から被告人と自分は別々に逃げ,自分は川沿いの道を通ったと供述していること,被害者方裏庭北側門からは川沿いの道に通じていること,被告人が,自分は玄関を出てまっすぐ逃げたが,Bは自分の後ろには付いてきていなかったと供述していること,被害者が,平成12年8月11日付けの検察官調書において,犯人の一人は,自分の家の玄関を出て,そのすぐ前の道路を通って東の方向に逃げていき,もう一人の男が,私の自宅と左隣の「メゾンJ」の間を通り,自宅の裏手に架けてある橋を渡って行くのが見えたと供述していることなどを総合すると,裏庭に出たのはBのみであり,したがって,裏庭の足跡と一致する洋間の足跡もBの遺留したものであると認められる。
そうすると,被害者の供述にもかかわらず,洋間に被告人が入ったという確証は存在せず,被告人が洋間で物色しようとしていたと認めることはできない。また,先にみたとおり,洋間に遺留された足跡はBのものと認められるから,被害者の供述によれば,Bが洋間のサイドボードの前に立っていたことになるところ,サイドボードの中にはガラス越しに外から見える状態で現金1万2800円が裸のまま置かれていたというのに,これに手が触れられた痕跡がないことからすると,Bが被告人との共謀に基づいて,被害者方で物色していたことをうかがわせる証拠もないといわざるを得ない。
(ウ) 以上検討したところによれば,被告人らが,被害者に暴行を加えた前後に物色行為を行ったことを認めるに足りる証拠はないから,窃盗の実行の着手があったということはできない。
ウ 進んで,被告人らが,被害者方に侵入した後の強盗の犯意の有無及び共謀の成立の有無について検討を加える。
(ア) 被害者は,被告人らから暴行を受けた状況について,前記警察官調書において,自宅の座敷の仏壇の前辺りで洗濯物を畳んでいたところ,侵入してきた二人組の男にいきなり押し倒され,それぞれが持っていた棒のような物で頭を殴られたので,その場から逃げ出そうと思い,「お父さん,お父さん」と言いながら,廊下から玄関の方へ向かったが,逃げる途中,背後から頭や背中を何かで殴りつけられ,階段の下あたりで,押し倒され,その場で,棒のようなもので頭等を殴られ,肩を踏まれ,手や足に手錠をかけられたなどと供述しているところ,被告人及びBが本件で逮捕された後である,平成12年8月11日付けの検察官調書においては,座敷で洗濯物を畳み終わって立ち上がろうとしたときに,見知らぬ二人の男たちが座敷の辺りにいて,私を囲むような形で立っていたのに気が付き,驚いて「お父さん。お父さん。」などと叫びながら,慌ててふすまを通り,隣の部屋に逃げ,更にその部屋から廊下に出て,自宅の外に逃げようとしたが,後を追ってきた二人の男たちに廊下の階段の下あたりで倒され,肩を踏むように蹴られたり,電気が出る棒を頭に押し当てられたり,手首と足首に手錠をはめられたなどと供述し,当裁判所の証人尋問においても,座敷の中や,廊下で倒されるまでの間に暴行を受けたことはないなどと供述している。
(イ) 一方,共犯者であるBは,被害者を発見し,暴行に及んだ際の状況について,被害者の本宅には,被告人が先,自分が後になって土足で侵入した,自分が外の様子を見て人がいないことを確認してから,玄関の扉の鍵を閉めようとしたときに,被告人のやあという掛け声が聞こえたので,廊下の奥の方に行ったところ,畳の部屋の中に被害者がいた,その後,被害者が玄関の方に逃げて行ったので,自分は,被害者を追いかけ,階段の横の廊下で被害者を背後から抱きかかえるようにして捕まえ,その場に被害者と一緒に倒れたなどと供述している。
(ウ) 他方,被告人は,被害者方の本宅に入ったところ,次の間には被害者がおり,自分の方に向かってきたので,座敷でスタンガンをバックから取り出して被害者の右肩の辺りをたたいた,すると,被害者にスタンガンを引っ張って取られてしまい,被害者は,玄関の方に逃げて行き,Bが逃げる被害者を追い掛けたなどと供述している。
(エ) 被告人の上記供述は,被告人より小柄な58歳の女性が,突然侵入してきた若い男性二人に囲まれたにもかかわらず,被告人の持っていたスタンガンを奪ったというのであって,その内容はいかにも不自然であり,信用性は低いといわざるを得ない。
他方,暴行を受けた場所についての被害者の供述内容も合理的な説明なく変遷しており,次の間で被害者に対して暴行を加えたことを認めている被告人の供述によっても,被害者の当初の供述のように,Bと被告人がともに被害者に対して暴行を振るったという状況は認められない。また,Bは,被告人より遅れて次の間にたどり着いたことから,それより以前の状況については目撃していないと供述している。
そうすると,座敷内で二人の男に暴行を受けたという被害者の当初の供述を考慮しても,そもそも被告人らが被害者に対して座敷の中で暴行を加えたか否かは明らかであるとはいえない。また,予期に反して被害者が在宅していたため,驚いたことや,後ろにBがいて同じように突っ立っていたために,すぐには逃げられなかったという被告人の供述や,被害者に逃げられそうになり,あわてて廊下で暴行に及んだというBの供述も,あながち不自然であるとはいえない。
(オ) 以上に加えて,先にみたとおり,被告人らが,暴行の前後に物色行為を行っている事実が認められないことや,被害者が被告人らから金銭を要求する言葉を言われたことがない旨を明確に供述していることを併せ考えると,被告人らの行った暴行が,財物奪取に向けられたものであると断定することはできず,そうすると,被告人らが,本件犯行時に強盗の犯意を有していたと認めることはできず,また,その旨の共謀が成立していたと認めることもできない。
エ 以上検討したところによれば,被告人らが,本件犯行前に強盗の共謀をしていたとは認められず,本件暴行時にも強盗の犯意があったということもできず,さらに,被告人らが,窃盗の実行の着手に及んだと認めるに足りる証拠もないから,本件については,強盗傷人罪が成立するということはできず,傷害罪の限度で犯罪の成立が認められるにとどまる。
(2) 暴行の態様について
ア 弁護人は,被告人の行った暴行の態様についても争うので,以下検討する。
イ 被害者は,前記警察官調書において,犯行当日の廊下で押し倒された後に加えられた暴行について,被告人らを発見し,廊下から玄関の方へ向かったが,逃げる途中,背後から頭や背中を何かで殴りつけられ,階段の下辺りで押し倒され,その場で,棒のようなもので頭等を殴られ,肩を踏まれ,手や足に手錠をかけられた,私が,「お父さん。お父さん。」と何回も大声で叫んでいたら,犯人のうちの1人が「静かにしときんしゃい。」と言った,犯人のうちどちらかの手が私の首付近にかかったので,2回くらい思いっきり噛みついて抵抗した,このころ,先の方に電気が走る棒のような物を押し当てられた,そのころ,犯人のどちらかが,「頭ばすっぎん死ぬじゃ。」と棒で頭を殴ったら死ぬということをもう1人の犯人に言って,洗面所の方へ行き,タオルを持ってきた,その後,足の手錠を外されたが,手首には黒っぽい紐をはめられた,犯人がそれぞれ手に持っていた棒のようなものと,赤い電気が走っているような棒のようなものとの区別はつかないなどと供述している。
その後,被害者は,前記検察官調書においては,廊下に出て,自宅の外に逃げようとしたが,私の後を追ってきた二人の男たちに廊下の階段の下あたりで倒され,肩を踏むように蹴られたり,電気がでる棒を頭に押し当てられたり,手首と足首に手錠をはめられ,首を絞められたりしたので,首を絞めている男にかみついた,このほかにも,男たちから何か硬い物で頭を殴られたりしたと思うが,具体的に何で殴られたかはっきり覚えていない,犯人の一人が「頭ばすっぎ死ぬぞ。」と言っていたのは今でもはっきり覚えている,犯人の一人がタオルを私の頭にあてがったなどと供述し,当裁判所の証人尋問においては,頭のけがは電気の入った棒によるもので,その棒を持っていたのは,犯人のうちの一人である,犯人はナップサックからその棒を取り出していた,座敷の中や,廊下で倒されるまでの間に暴行を受けたことはないなどと供述している。
ウ 被害者の供述は,廊下で押し倒されるまでの間に暴行を受けたかどうか,棒のような物を持っていた犯人の状況などについて内容が変遷しているが,検察官調書や証人尋問において被害者自身が述べているとおり,被害当時の方が記憶が鮮明であったというのであり,被害直後に作成された警察官調書以外の供述は,被害に遭ったときから供述する時点まで約5年ないしそれ以上の時間が経過していることを考えると,記憶の減退に伴って細部についての供述内容に多少の変遷が生じたとしてもやむを得ないものと考えられる。一方,被害に遭った時から近接した時点で作成された警察官調書については,被害直後の興奮状態にあったことによる混乱や誇張なども考えられるところである。しかしながら,被害者は,被告人とは本件犯行以前には全く面識もなく,利害関係のなかつたものであるから,あえて事実に反した虚偽の供述をするとは考え難いのであり,本件犯行の態様や被告人らの行動の大まかな点については,おおむね終始一貫しているとみることもでき,その限度では信用できる。
また,被害者は,自宅の廊下の曲がり角付近で犯人に倒され,頭を殴られたころに,犯人の一人が,「頭ばすっぎん死ぬじゃ。」と,棒で頭を殴ったら死ぬということをもう一人の犯人に言って,洗面所の方へ行き,タオルを持ってきたという点については,被害直後においても,後の検察官調書においても一貫して供述しており,後述するB及び被告人の供述によれば,タオルを持ってきたのは,Bであると認められることに照らせば,被害者の頭部を殴打したのは,被告人であると認めることができる。そして,被告人自らも,レンチ様のものを使用していないという弁解はしているものの,被害者の頭部を殴打したこと自体は認めているところである。
エ 共犯者であるBは,被告人が被害者の頭部を殴打した際の状況について,要旨,次のとおり供述している。すなわち,被害者が玄関の方に逃げて行ったので,自分は,被害者を追い掛け,階段の横の廊下で被害者を背後から抱きかかえるようにして捕まえ,その場に被害者と一緒に倒れた,その後も被害者は逃げようとしたが,後ろから覆い被さるように被害者を押さえつけたので,自分の胸と被害者の背中が密着していた,その時に,被害者に右肘の関節の内側を噛まれた,被告人は,自分に押し倒された被害者の手に手錠を掛けたと思う,さらに,被告人が被害者の首付近あたりにスタンガンを当てた,その後,被告人が被害者の頭部を数回殴っており,思わず「A」と被告人の本名を呼び,被告人の方を見ると,被告人が持っていたレンチに返り血がついていた,被害者はかなりの血を流し,ぐったりしている様子だったので,救急車を呼ばなければいけないと被告人に言った,被害者の血を止めなければいけないと思って,タオルを被害者の頭に当てた。
Bの供述は,以上のようなものであるところ,Bは,階段横の廊下で被害者を押し倒した状況,レンチ様のものに返り血が付いていたこと,そのときに自分が発した言葉や,被害者にタオルを当てた状況などを具体的かつ詳細に供述しており,供述内容も全体の流れとして不自然なところがない。確かに,Bは本件の共犯者であり,自己の刑責を免れ,あるいは軽減するために,自己の役割が従属的であるかのように虚偽の供述をする可能性も否定できない。しかしながら,先にみたとおり,被害者の頭部を殴打したことを被告人が自認していることを考慮すると,Bが自己の刑責を軽減するなどのために,あえて被告人がレンチ様のものを使って殴ったなどと虚偽の供述をすることは考え難い。また,被害者を背後から抱きかかえるようにして押さえつけていた際,被害者の正面に立っていた被告人が,工具で被害者の頭部を殴打したとする点は,右利きの被告人が右手に工具を持って被害者の頭を殴ったと考えると,被害者の傷害の部位とも矛盾しない。
なお,先にみたとおり,洋間にBの足跡が残っているにもかかわらず,Bは,洋間には入らなかったと一貫して供述しているが,Bが洋間に入っていないとする根拠として述べることは,洋間の構造について記憶していないからだというのであり,そうであるとすれば,タオルを探すなどの目的で洋間を通過したような場合に洋間についての記憶が残っていないとしても,あながち不自然であるとはいえない。他方,Bは,被害者を殴ったと思われる血の付いたレンチ様のものを被告人が持っていたと供述しているが,こうした特異な事柄については,記憶があいまいになるような性質のものではないから,そのことについては鮮明に記憶していたとしても不自然であるとはいえない。したがって,Bの供述に先にみた客観的事実とのそごがあったとしても,そのことのみから,Bの供述が全体として信用性を欠くということはできない。
オ これに対し,被告人は,Bが,銀色の工具みたいなものを用意してきていた,被害者方の本宅に入ったところ,家の中には被害者がおり,自分の方に向かってきたので,スタンガンをバックから取り出して被害者の右肩の辺りをたたいた,すると,被害者にスタンガンを引っ張って取られてしまい,被害者は,玄関の方に逃げていった,Bが逃げる被害者を追いかけて,工具で殴りかかっていたのを見たが,殴ったところは見ていない,その後,Bは被害者を押し倒し,首を絞めており,自分は,被害者の手足に手錠を掛け,その場に落ちていたスタンガンで被害者の頭を二,三回殴り,結束用具であるインシュロックを被害者の両手に掛けた,被害者の頭から血が出ているのを見たが,その出血は,Bが工具で被害者を殴ったのが原因だと思う,自分は,被害者の頭にタオルを当てたことはないなどと供述している。
しかしながら,被告人は,捜査段階では,Bがスタンガンで被害者を殴ったと思う旨述べていたのに,公判段階になって初めて,Bが工具を用意しており,それで被害者を殴ったと思うと述べているのであり,供述に不合理な変遷がみられるから,その信用性は低いといわざるを得ない。
カ ところで,前記Cは,本件犯行の翌日,Bから,昨日,空き巣に行ったら人がいて,被告人がその人を道具で殴ったことを聞いた,その後,被告人からも,人を殴ったことを聞いたと供述しており,同じくDも,被告人が,本件犯行前に,通信販売で手錠とスタンガンを買って,スパナをホームセンターで買ったと言っていた,本件犯行の翌日,学校で被告人に本件犯行のことを聞くと,空き巣に入って,おばさんがいたから,手錠で縛って,被告人自身がスパナでおばさんの頭をたたいたと言っていたと供述している。
上記C及びDには,先にみたとおり,被告人に不利益な供述をする動機は認められず,したがって,殊更虚偽の供述をしているとは考えられず,両者の供述は,互いに符合し,Bの供述を裏付けている。
キ 以上で検討したところによれば,被告人が,被害者の頭部をレンチ様のもので殴打した事実を十分認めることができる。
3 傷害事件について
(1) X(以下「被害者」ともいう。)は,公判廷において,頭髪を切断されるに至るまでの経緯について,要旨,以下のとおり供述している。すなわち,自分は,援助交際をする目的で,被告人の案内で被告人のアパートを訪れ,敷いてあった布団の上で着衣を脱いで,愛撫を始めた後,被告人から,実はちょっと目隠ししたり,手を縛ったりしたいなどと言われ,断った,その後,再び愛撫され,くすぐったくなり,被告人を蹴飛ばしてしまったところ,被告人から,両手首を付近にあったネクタイ様のものでぐるぐる巻きにされた,その後,被告人が,ガムテープを取り出してきたので,この時点で初めて,被告人は本気で縛りたいと思っているのだという恐怖感を覚え,本気で縛られるのは嫌だと思ったので,立ち上がって逃げようとしたが,布団に足を取られて,うつぶせに倒れたところ,被告人から,馬乗りになられ,後ろ手になっていた両手首にガムテープを巻き付けられた上,猿ぐつわを口にされ,ほぼ全身にガムテープを巻き付けられ,汗止めバンドで目隠しをされるなどされ,身動きが取れない状況にされた,そして,肛門を弄ばれるなどされ,目隠しを外された後,被告人に尿意を訴えたところ,被告人は,自分の体を抱えてユニットバスに連れて行って浴槽内に座らせ,下腹部を圧迫するなどして,浴槽内で放尿させた,その後,被告人は,急に,自分に対し,付き合おう,外に出られない髪型にしてしまえば一緒にいられるなどと言って,果物ナイフを取りに行き,自分の顔の前に持ってきて,「髪の毛を切られたいか,このナイフで刺されて死ぬか,どちらかを選べ」などと言ってきた,自分は,肩をねじっていやいやをしたが,被告人に,早く決めろなどと言われて,果物ナイフの刃先で,ガムテープが巻かれていない露出している肩の部分をつつくなどされた,さらに,被告人は,「もう,これで最後だ」「髪を切られたいか,このナイフで一突きに刺されたいか,どちらか選べ」などと選択を迫り,果物ナイフを自分の胸のすぐ前に突き出すなどしてきた,自分は,もともと長い髪の毛を好み,頭髪のエステにも通っており,人一倍髪の毛には思い入れがあり,絶対に髪の毛を切られたくなかったので,髪を切るということについてうなずいた記憶はないが,被告人からの色々な問いかけに対して,恐怖の余り,首を縦に振ってしまったこともあった,髪の毛か命かという選択を迫られなければ,絶対に切られたくなかったし,心底髪の毛を切られてもいいという思いはなかった,被告人は,「分かった。じゃあ,髪の毛を切るからな」と言って,自分の髪の毛を果物ナイフでざくざくと切り落とし,裁縫用の小さなはさみで,髪の毛の長い部分を切った,その後,被告人は,電気シェーバーでもみあげや額の生え際の部分を切り,さらに,T字かみそりで髪の毛が大分短くなるまでそった,その後,被告人は,自分を浴槽に入れたまま,お湯を張りながら,やっぱり一緒に死んで欲しい,このままお湯に浸かっておぼれ死ぬか,ナイフで刺されて死ぬか,首を絞められて死ぬか,どれかを選べなどと言って,自分の顔をお湯につけたり,ナイフを突き付けたり,首を絞める動作をするなどし,さらに,ナイフを突き付けた際,「血が出ちゃったよ,このまま放置しておけば死ぬかもね」などと言い,ケチャップをつけたナイフを見せて脅したりした,それから,被告人は,自分を浴槽から出し,自分の体を抱えて布団の上に寝かせ,ガムテープなどを外し,性交するなどした,自分は,被告人が寝入ったことから,全裸のままジャケットだけをはおり,荷物を抱えて被告人方を逃げ出し,直ちに警察に通報した。
被害者の被害状況に関する供述の要旨は,以上のようなものであるところ,被害者の供述は,頭髪を切断されるに至るまでの被告人の言動について具体的かつ詳細で,迫真性に富む上,怖さの余り髪の毛を切っていいかという被告人の問いかけに対してうなずくしかない状況に追い込まれた過程も臨場感を有し,自然である。そして,被害者の供述によれば,被害者は,東京都内でIT関係の会社に勤めており,月収は手取りで約38万円ほどもらっていて,家賃の18万円を同居している弟と折半しており,平成12年3月初めころに援助交際を始めたのは,同年の初めにそれまで約5年間交際し,結婚を約束していた男性と別れたことから,この際,自分の内面も外面も磨きたいと考え,語学や仕事に関係する情報処理の勉強をするための学費や美容にかけるお金が欲しかったためというのである。当時,被害者には数百万円の預金もあったが,早くに両親を亡くしていることから,いざというときに頼りになるのは金銭だという思いがあり,弟のことも考えて,預金を取り崩す気持ちにはなれなかったとも供述している。被害者は,衣服にお金を使うほか,通常のエステのみならず頭髪のエステや,美容院にも月に2,3回以上通い,頭髪用のシャンプー,コンディショナー,パックなども通っている頭髪のエステで調合してもらい,1本6000円程度のものを使用していたというのであって,一般の若い女性に比較しても,特に美容に気を遣い,金銭を費やしていたといい得る。被害者は,物心がついてから,ずっと背中の真ん中辺りまで届くほど長い髪型にしており,平成12年1月後半に婚約者と別れた際に,髪を肩くらいまでの長さに切って以来,それ以上髪を短くしたことはなく,耳を出すようなヘアスタイルにしたこともなかったと供述している。このような被害者が,当日出会ったばかりで,美容師でもない被告人の突然の申し出に応じて,髪型をベリーショートにすることを許容すること自体考え難い上,被告人は,被害者の頭髪を切断するのに,果物ナイフや裁縫用の小さなはさみ,電気シェーバー,T字かみそりを用いているのであって,このような髪を切るための道具以外のものを使って髪を切ることを,被害者が承諾するとは到底考えられないから,被害者が頭髪の切断を承諾する状況になかったことは明らかである。また,被害者は,SMについて,痛いとか苦しいという良くないイメージしかなく,SM行為で死亡した人がいるという記事を目にしていたこともあって,せっかく美容にお金を掛けているのに体に傷跡でも残されたら元も子もないという思いで,いくらお金が欲しくてもSM行為に応じるつもりはなかったと供述しているのであり,仮にSM行為にある程度応じていたとしても,先にみた被害者の美容に対する執着心を考慮すると,容ぼうが著しく変更する頭髪の切断を承諾するとは思われない。以上検討したところによれば,頭髪を切断することに同意はなかったとする被害者の供述は,合理的で自然である。さらに,被害者は,被告人からナイフでつつかれた際に,ナイフの刃にケチャップを付けたのを見せられて脅されたと供述しているが,これは,被告人方のゴミ袋の中からケチャップの空袋が発見されていることとも符合している。
被害者は,当初,警察官に本件被害事実について事情を説明した際,被告人から電車内でナイフを突き付けられて連れてこられた,自分で縛られているガムテープをはがして逃げたなどと虚偽の供述を行い,また,逃げ出す際に,被告人の財布から現金を盗み取ったことや被告人からネクタイ様のものを後ろ手に巻き付けられたことについて供述をしていなかった。しかしながら,援助交際目的で被告人方に訪れたことが警察官に知れると,自分の話を信用してもらえないのではないかという心理から,援助交際であることが警察官に知られないように虚偽の供述をしたとか,SM行為について同意したと思われるのが嫌だったためネクタイを巻き付けられた話をしなかったなどという被害者の弁解は,一応,筋の通った合理的なものであり,被害者の供述が変遷しているからといって,供述の信用性が直ちに否定されるとはいえない。むしろ,頭髪を切断された状況についての被害者の供述は捜査段階から終始一貫しており,この点に関する被害者の供述は十分信用できる。
(2) 一方,被告人は,捜査段階及び公判廷において,被害者の頭髪を切断するに至った事情について,要旨,次のとおり供述している。すなわち,被害者を自宅に連れてきて,互いに着衣を脱いで愛撫を始めた,その後,被害者に対して,SMをやってみないかという話をし,「ガムテープで縛らせてくれ」と言ったところ,被害者が「いいよ,前からやってみたかった」などと言って承諾したので,被害者の体をガムテープで縛り付けるなどした,そして,被害者の全身,肛門等を弄んだが,被害者が嫌がっている様子はなかった,その後,被害者が尿意を訴えたので,被害者の体を抱えて,ユニットバスの浴槽に座らせ,浴槽の栓を閉じた状態で放尿させた,この時も,被害者は特に嫌がる様子はなかった,そして,尿が入っている状態で浴槽にお湯をはった,そうしているうちに,被害者の髪を切りたくなり,被害者に対して,タレントのIに似ているなどと話し,もっと似せたいと思って,髪を切っていいか聞いた,すると,被害者は,初めは嫌だと言っていたが,自分が,短い髪型にしたら,もてる自信がないんじゃないかなどと言ったところ,そこまで言うなら好きに切っていいよと言われた,そこで,被害者がベリーショートの髪型に切るのを承諾したと思い,裁縫用の小ばさみ,果物ナイフ,電気シェーバー,T字かみそりなどを使って髪を切ったが,結局,ほとんど果物ナイフで髪を切った,二,三〇分ほどで一応切り終わったが,よく見てみると,被害者の髪をきれいに整えることができていなかった,切り終わってから,鏡を見せたところ,被害者から,これじゃ割に合わない,こんなんだったら,200万ぐらいもらわなくちゃなどと言われた,自分は,失敗したと言って謝り,翌日カツラでも買いに行こうかという会話をした後,被害者の髪の毛をシャンプーをつけて洗い流した,その後,被害者の体を抱えて布団の上に寝かせ,ガムテープなどをはがし,被害者と性交して,眠りについた。
被告人の,被害者の頭髪を切断した状況に関する供述の要旨は,以上のようなものであるところ,被告人の供述によれば,被害者は,ほぼ全身をガムテープで縛られた上,ユニットバスの浴槽内に膝を抱えるようにして座らされ,被害者自身の尿が入っている浴槽にお湯をはられ,そのまま頭髪を切ることを承諾して髪を切られたことになるが,また,被告人に対してモデルをやっていると話している被害者が,美容師でもない被告人に対して,被告人の意のままの髪型にすることを承諾するとは思われないことは明らかであるから,被害者の承諾があったとする被告人の供述は極めて不自然かつ不合理といわざるを得ない。また,被告人が,果物ナイフなど,本来髪を切るためのものでない道具を取り出した際,被害者が何の文句も言わなかったなどとする被告人の供述も,およそ不自然というほかはない。そして,髪を切ることが真に被害者の承諾に基づくものであったとするならば,髪型が意に添わないというだけで,被害者が警察に通報するということも考え難い。
以上の事情を総合すれば,被告人の供述は,到底信用できない。
(3) 以上で検討したところによれば,被害者が供述しているとおり,被告人は,頭髪を切断することについて被害者の承諾を得ないまま,被害者の頭髪を切断した事実を優に認定することができる。そして,本件のように女性の頭髪を不整形に切除し,裁断する行為は,人の身体の完全性を侵害するのみならず,その生活機能にも障害を生ぜしめているといえるから,傷害罪にあたるものと解される。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為のうち,住居侵入の点は刑法60条,130条前段に,傷害の点は同法60条,204条に,判示第2の所為は同法204条にそれぞれ該当するが,判示第1の住居侵入と傷害との間には手段結果の関係があるので,同法54条1項後段,10条により重い傷害罪の刑で処断することとし,各所定刑中判示第1及び第2の罪につきいずれも懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により犯情の重い判示第1の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役2年6月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中400日をその刑に算入し,さいたま地方検察庁で保管中のはさみ1丁及びナイフ1丁は,判示第2の傷害の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用してこれを没収し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項本文により全部これを被告人に負担させることとする。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,高校の同級生と共謀の上,空き巣をする目的で被害者方に侵入したところ,予期に反して被害者が在室しており,被害者が逃げようとしたため,とっさに被害者に暴行を加え,手足を拘束し,頭部をスパナ様の工具で殴打するなどして傷害を負わせた事案(判示第1の事実),及びいわゆるテレホンクラブの伝言ダイヤルで知り合った被害者を自宅に招き入れ,被害者の頭髪を承諾なしに無惨な髪型に切除した傷害の事案(判示第2の事実)である。
はじめに,住居侵入,傷害の事案についてみるに,被告人は,高校の同級生とともに万引きを繰り返すなどしていたが,まとまった金が欲しくなり,空き巣をしようとして事前に下見などをした上,被害者の住居に侵入しており,動機に酌量の余地はない。傷害の点は,予期に反して,被害者が在宅していたことによる突発的な犯行であったとはいえ,あらかじめ用意していた凶器を使用し,当時58歳の被害女性に対して二人がかりで手足に手錠を掛けたり,頭部にスタンガンを当てて電流を流したり,スパナ様の工具で頭部を殴打するなどしているのであって,危険かつ悪質である。被害者は,本件犯行により,加療約87日間を要する頭部打撲兼裂挫創,右肩挫傷,右肩甲骨骨折,右肩関節拘縮の傷害を負わされており,その肉体的苦痛はもとより,味わった恐怖感も計り知れない。被害者には何らの落ち度もなく,被告人の親が謝罪に訪れ,300万円を支払っているものの,被害者の処罰感情は依然厳しい。加えて,被告人は,犯行の計画や準備,犯行の実行から犯行に使用した物の処分に至るまで,終始積極的かつ主導的立場で関与したばかりか,自ら被害者の頭部をスパナ様の工具で殴打している。
次に,女性の頭髪を切断した傷害の事案についてみるに,被告人は,女性の髪を切ってみたかったことや,被害者との交際を望み,被害者の髪を切ってしまえば被害者は被告人方から出ることができなくなることなどから被害者の髪を切ったというのであり,身勝手な動機に酌量の余地はない。被告人は,全裸の被害者のほぼ全身にガムテープを巻き付け,ユニットバスの浴槽内に座らせ,ほとんど身動きができず,抵抗できない状態にした上で,被害者の頭髪を果物ナイフや裁縫用の小ばさみ,T字かみそりなど本来髪の毛を切るための道具でないものを使用して切断しており,悪質な犯行といわざるを得ない。さらに,被害者は,美容に関して執着心が強く,容姿を気にする女性であるところ,その頭髪を前頭部及び左側頭部付近が2ないし4センチメートル,頭頂部付近が0・8ないし7センチメートル,後頭部付近が2ないし13センチメートルくらいの不揃いで,見るも無惨な髪型にされているのであるから,その精神的苦痛は大きい。被害者は,被告人に誘われるまま,援助交際をする目的で安易に被告人方に訪れるなど軽率な点はあったものの,そうであるからといってこのような理不尽な仕打ちを受けるいわれはなく,被害者は被告人が罪を償うことを求めている。
加えて,被告人は,捜査,公判を通じ,判示第1の傷害の態様や判示第2の事実について不自然,不合理な弁解に終始しており,反省の態度も乏しい。これらの点からすると,被告人の刑事責任を軽くみることはできない。
そうすると,判示第1の住居侵入,傷害は,被告人が高校1年生で16歳の時の犯行であること,証拠上,強盗目的の住居侵入であるとまでは断定できないこと,その後,父親が被害弁償として合計300万円を被害者に交付していること,共犯者との処分の権衡,また,判示第2の傷害は,被害者にも落ち度があったことは否定できないこと,その他,父親が,公判廷で,被告人の監督を誓っていること,若年で,前科がないことなど,被告人のためにしん酌し得る事情を十分に考慮してみても,主文掲記の科刑は免れない。
(求刑 懲役7年,はさみ1丁及びナイフ1丁の没収)
(裁判長裁判官 川上拓一 裁判官 根本渉 裁判官 蛭田円香)