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さいたま地方裁判所 平成12年(わ)636号 判決

主文

被告人を無期懲役に処する。

理由

(被告人と共犯者、被害者との関係等)

被告人は、昭和五八年三月、埼玉県本庄市内の中学校を卒業後、前橋市内の美容学校に入学したが、途中で辞め、その後、本庄市内の美容室に勤めたが、これも数ヶ月で辞めた。

甲山太郎は、昭和五五年四月ころから、飲食店「ナイトレストラン ○○」(看板はカラオケ道場○○)を経営していたが、平成七年秋、経営不振から一時期知人に賃貸し、同店の経営から手を引いていたものの、同一〇年四月からは、乙野春子に賃貸する形で再び「パブ○○」の名称で経営し始めた。

昭和五五年夏ころ、丁田花子が○○にアルバイトとして勤めるようになり、同五六年三月ころ常勤のホステスとなり、平成七年八月ころまで勤めていた。同八年一二月から同一〇年三月にかけてスナックAを開いたこともあったが、その後も甲山の経営する店にはホステスとして手伝いに赴くなどしていた。

昭和五九年夏ころ、被告人は○○のホステスとして勤めるようになり、平成元年ころから春子もホステスとして勤めるようになった。

甲山は、被告人、丁田、春子と情交関係を結んでいたが、他のホステス等とも情交関係を結ぶなど、女性関係は賑やかであった。

甲山は、昭和六三年ころ、「ろばた焼きB」を開店し、平成四年ころには「C」と屋号を変え、同七年八月には被告人に売却した形をとり、「小料理□□」と屋号を更に変えた。

甲山は、愛人関係にあり、自己の意のままに動かせる被告人、春子、丁田に各料理店を経営させる形をとっていたが、実質的な経営者であり、同女らは委された店のママの仕事をする一方では、他店のホステスとして応援に赴くなどしていた。

甲山は、平成七年九月、有限会社××商事を設立し、貸金業を営んでいたが、被告人、丁田らを事務員として使用していた。

乙川次郎は、昭和六二年ころから、○○に通い始め、平成元年ころ、同人の担当が被告人となると、被告人に好意を抱いていたこともあり、同店に通い詰めたが、飲食代金等のほとんどをツケ払いとしたため、甲山に対する借金が増加した。甲山は、同年八月ころ、乙川に対し、本庄市内に住居を手当てするとともに、自分の息子を通じて仕事先も斡旋したが、借金の返済と称して、乙川の給料全額を受け取りながら、同人に最低限の生活費を渡すのみで、乙川は、金が足りない場合には、甲山から新たに借金するという状況となった。

甲山は、春子に在留資格を得させるため、平成二年一二月、春子と乙川を偽装結婚させ、日本人の配偶者としての在留資格を得た(同八年三月には定住者に在留資格が変更されている。)。

丙野三郎は、平成二、三年ころから、○○に頻繁に通うようになり、毎月の給料のほとんどを○○でのツケの支払いに充てるまでになったが、○○のホステスをしていた被告人に好意を持っていたことなどから、同店に通い続け、借金を増やし、同七年に○○が閉店した後も、○○、□□に通い始め、甲山に対する借金が増えていった。そこで、丙野は、同九年一月ころから、昼夜を通じて働き、借金返済に努めたが、毎月の給料のほとんどを返済に充てていたにもかかわらず、利息が高額であったため、借金は減少せず、むしろ増加していった。

丁田(旧姓丁山)四郎は、昭和五八年ころ、埼玉県深谷市のパチンコ店で働き始め、○○を訪れるようになったが、同店でホステスをしていた丁田花子を気に入り、同人を指名し、酒を飲むなどしていた。甲山は、平成九年五月ころから、丁田四郎の仕事が休みの日に、丁田花子に命じて加須市から□□に呼び出して飲酒させていたが、言葉巧みに本庄市寿の借家に転居させ、□□、○○に入り浸らせた。

甲山は、自己の経営する店のなじみ客で、同人のいいなりになる乙川、丙野、丁田四郎に目をつけ、丙野、丁田四郎を春子らと偽装結婚させ、多額の死亡保険金を掛けた上で同人らを殺害して保険金を騙取しようとの計画を立て、被告人らにその情を打ち明け、被告人らもこれに加わることとなった。

甲山は、既に締結していた保険金五〇〇〇万円の契約に加え、平成六年五月までに、乙川を被保険者、春子を受取人とする保険契約七口(普通死亡保険金総額は二億五二〇〇万円)を締結し、保険料は最終的に約二三万円になった。春子は、応分の分け前を約束された。被告人と丁田花子は、分け前の約束の見返りに、保険料の一部を負担した。

甲山は、平成九年五月、丁田花子と丁田四郎を偽装結婚させ、後記判示第3のとおり、同一〇年七月、春子と丙野を偽装結婚させた。

甲山は、平成九年九月締結していた保険金三〇〇〇万円の契約に加え、同一〇年五月から同一一年五月にかけて、丙野を被保険者、春子あるいは法定相続人を受取人とする生命保険契約二三口(普通死亡保険金総額九億八三〇〇万円)を締結し、保険料は最終的に月額約三九万円となったが、被告人に一億八〇〇〇万円、春子に五〇〇〇万円、丁田花子に一〇〇〇万円の分け前を約束する見返りに、保険料の一部負担として、月々、被告人に五万円、春子及び丁田花子には各数千円を支払わすなどした。

甲山は、平成九年五月から同一一年二月にかけて、丁田四郎を被保険者、丁田花子あるいは法定相続人を受取人とする保険契約七口(普通死亡保険金総額約一億七〇〇〇万円)を締結し、保険料は最終的に月額約三一万円となった。被告人と丁田花子は、分け前の約束の見返りに、保険料の一部を負担した。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第1  甲山太郎、乙野春子及び丁田花子と共謀の上、多額の生命保険金を掛けた上、殺害し、保険金を騙取するとの計画に基づき乙川次郎を殺害しようと企て、平成七年六月三日、埼玉県本庄市寿〈番地略〉**荘同人方において、同人に対し、トリカブトの根約七グラムを刻んであんに混ぜたあんパンを食べさせ、よって、そのころ、同所において、同人をトリカブトに含まれるアコニチン系アルカロイドの中毒により死亡させて殺害し、

第2  甲山太郎、乙野春子及び丁田花子と共謀の上、乙川次郎を被保険者、春子を受取人とする生命保険契約に基づく死亡保険金及び乙川を被共済者、春子を受取人とする共済契約に基づく死亡共済金等名下に、生命保険会社等から金員を詐取しようと企て、別表記載のとおり、平成七年七月七日から同月一〇日ころまでの間、前後五回にわたり、埼玉県児玉郡児玉町大字児玉〈番地略〉日本生命保険相互会社熊谷支社児玉営業支部外四か所において、同社外四法人の担当職員に対し、真実は乙川が被告人ら四名の共謀による殺害行為により死亡したものであり、上記各生命保険契約及び共済契約上、春子に死亡保険金及び死亡共済金等の請求権が発生していなかったにもかかわらず、その情を秘し、春子に死亡保険金及び死亡共済金等を請求する正当な権利があるかのように装って、死亡保険金請求書及び共済金支払請求書等の関係書類を提出して死亡保険金及び死亡共済金等の支払いを請求し、同社埼玉契約サービスセンター長柳川美郷外四名をしてその旨誤信させ、よって、同月一一日から同年八月一八日までの間、前後六回にわたり、同社担当職員らをして、同県本庄市中央〈番地略〉株式会社あさひ銀行本庄支店外一か所に開設された春子名義の普通預金口座に合計二億九二二八万四三八一円を振込入金させ、あるいは、同市本庄〈番地略〉本庄郵便局において現金一〇〇七万四四二八円を交付させ、もって、人を欺いて財物を交付させ、

第3  甲山太郎、乙野春子及び丙野三郎と共謀の上、平成一〇年七月六日、埼玉県児玉郡児玉町大字八幡山〈番地略〉児玉町役場において、同役場住民課係員に対し、真実は春子と丙野には婚姻する意思がないのに、内容虚偽の春子及び丙野作成名義の婚姻届等を提出して、両名合意による婚姻が成立した旨虚偽の申立てをし、そのころ、同役場において、情を知らない同係員らをして、権利義務に関する公正証書の原本である丙野の戸籍原本にその旨不実の記載をさせ、そのころ、これを真正な戸籍簿として同役場に備え付けさせて行使し、

第4  甲山太郎及び乙野春子と共謀の上、多額の生命保険金を掛けた上、殺害し、保険金を騙取するとの計画に基づき丙野三郎を殺害しようと企て、平成一〇年七月ころから同一一年五月下旬までの間、同県本庄市寿〈番地略〉飲食店「小料理□□」店舗内及び同市寿〈番地略〉飲食店「パブ○○」店舗内において、丙野三郎に、毎日のように、アセトアミノフェンを含有する総合感冒薬を多量に服用させ、その際、高濃度のアルコール飲料を共に多量に飲用させ、これらの長期多量摂取による肝障害等により同人を殺害しようとしたが、同月三〇日、同人が身体の不調を訴えて病院に収容されたため、同人に急性肝障害、好中球等の減少による抵抗力低下等の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げず、

第5  甲山太郎、乙野春子及び丁田花子と共謀の上、多額の生命保険金を掛けた上、殺害し、保険金を騙取するとの計画に基づき丁田四郎を殺害しようと企て、平成一〇年八月ころから同一一年五月上旬までの間、上記「小料理□□」店舗内及び「パブ○○」店舗内において、丁田四郎に、毎日のように、アセトアミノフェンを含有する総合感冒薬を多量に服用させ、その際、高濃度のアルコール飲料を共に多量に飲用させ、よって、これらの長期多量摂取による好中球減少による抵抗力の低下を惹起させ、同月二九日午前二時ころ、同市寿〈番地略〉付近において、同人をこれに伴う化膿性胸膜炎、肺炎により死亡させて殺害したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示第1、第5の各所為は、いずれも刑法六〇条、一九九条に、判示第2の所為は、同法六〇条、二四六条一項に、判示第3の所為のうち、公正証書原本不実記載の点は、同法六〇条、一五七条一項に、同行使の点は、同法六〇条、一五八条一項、一五七条一項に、判示第4の所為は、同法六〇条、二〇三条、一九九条にそれぞれ該当するが、判示第3の公正証書原本不実記載とその行使との間には手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により一罪として犯情の重い不実記載公正証書原本行使罪の刑で処断し、各所定刑中、判示第1、第4、第5の各罪についてはいずれも無期懲役刑を、判示第3の罪の刑については懲役刑をそれぞれ選択し、以上は、同法四五条前段の併合罪であるから、同法四六条二項本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第1の罪の刑で処断し他の刑を科さないこととして、被告人を無期懲役刑に処し、訴訟費用は、刑訴法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

1 本件は、甲山の経営する○○のホステスであった被告人、丁田花子、春子がいずれも甲山と情交関係にあったことから、甲山が同女らを利用して客と偽装結婚させ、あるいは既に偽装結婚していたことを奇貨として、客に多額の生命保険金をかけた上、殺害し、保険金を騙取するとの計画に基づいて敢行されたものである。具体的には、被告人が、(1)甲山の保険金目的の殺人計画に基づき、甲山、春子及び丁田花子と共謀の上、乙川に高額の生命保険を掛けた上、トリカブト毒を用いてこれを殺害し、生命保険会社五社から合計三億円余りの保険金を騙取したという殺人、詐欺の事案(乙川次郎事件、判示第1、第2の事実)、(2)約三年後、同様に、甲山が企てた保険金目的の殺人計画に基づき、甲山及び春子と共謀の上、丙野を春子と偽装結婚させて、丙野の生命保険金の受取人を春子あるいは丙野の法定相続人とした上、丙野に対し、約一〇か月間、反復継続して多量の総合感冒薬と高濃度のアルコール飲料を大量に飲ませ続け、死亡させようとしたが、未遂に止まったという公正証書原本不実記載、同行使、殺人未遂の事案(丙野三郎事件、判示第3、第4の事実)、(3)(2)と並行して、甲山、春子及び丁田花子と共謀の上、丁田四郎を丁田花子と偽装結婚させて、丁田四郎に対し、(2)と同様の手段を用いて敢行された殺人の事案(丁田四郎事件、判示第5の事実)である。

このように、本件は、保険金目的の殺人二件、同目的の殺人未遂一件を敢行し、死亡保険金三億円余を騙取するなどしたという犯罪史上稀な兇悪事件である。

2  まず、乙川次郎事件についてみると、甲山は、平成四年ころ、○○の客であった乙川をツケで飲ませ続け、借金漬けにした末、その生活自体を甲山の管理下に置かれた被害者が、甲山の言うことを何でも聞く状態となっていたことを利用し、保険金目的の殺人の標的としたものである。被害者は、春子の在留資格取得のため、同女と偽装結婚していたが、これを奇貨として、既に締結していた保険金五〇〇〇万円の契約に加え、同六年五月までに、被保険者を被害者とし、受取人を春子とする生命保険契約七口(保険金総額二億五二〇〇万円)を締結し、同四年初めころから、完全犯罪を目論んで、他殺とは判明しないと考えた種々の方法、具体的には、被告人、春子、丁田花子に命じて、被害者を酒浸りにして眠らせず、過労死させる方法やトリカブトの毒物などを致死量に至らぬほど長期間服用させ死亡させる方法、あるいは自殺させる方法などの殺害計画を実行に移していった。その間二度ほど、被害者が、あんに混ぜたトリカブトの量が多過ぎたため、中毒症状を呈し、危険な状態に陥ったことがあったのに、被告人らは、犯行を断念するほどの悔悟の念を起こすどころか、急性中毒死しないよう投与量を調整して、計画を遂行し続けた。しかし、甲山は、被害者の殺害計画が一向に効を奏しなかったことから、同七年五月下旬ころ、被害者を一気に殺害することに決め、甲山、被告人、春子がディナーショーへ行く同年六月三日に決行することとし、被告人もこれを承諾した。被告人と甲山との話し合いで、昼間被告人が**荘に赴いてトリカブト入りの饅頭を被害者に食べさせること、その前に被告人と春子は買い物に行ってアリバイを作ること、春子が買い物から帰ったら被害者がいなかったことにすること、客の丙野、戊谷を含めて五人でディナーショーに行き、甲山と被告人が**荘に行って遺体を利根川に捨てに行くこと、被害者に甲山が与えた革ジャンパーを着せて遺体が発見された際の身元確認をし易くすること、前に被害者に作成させていた遺書を投函することなどの手順を決めた。同年五月三一日○○の営業終了後、甲山の指示で被告人、春子、丁田花子は秩父の別荘に赴き、甲山から殺害の手順(饅頭がパンに変更になったほかは被告人との打合せどおりの内容である。)やアリバイ工作について説明を受けた。甲山は、投函した遺書が届いたら、警察に春子と丁田花子が行って捜索願を出すこと、春子に被害者の盲腸、十二指腸の手術痕などの身体の特徴を教えた。上記謀議に基づき、同年六月三日、被告人が致死量を超えるトリカブト毒入りのあんパンを被害者に食べさせて一気に殺害したものである。犯行態様は、被害者が、春子と同居を装っていた**荘の被害者方にやってきた被告人からあんに致死量のトリカブトの根を刻み混ぜたあんパンを渡され、被告人を全面的に信頼していたため、これを食べている最中に喉を詰まらせたところ、被告人は水を飲ませてあんパンを食べ終わらせた。その後、同所にやってきた甲山を交え、四人でビールを飲むうち、被害者はトリカブト毒の中毒症状により、身体を左右に回転させ、悶絶したため、被告人らは被害者に布団をかぶせて押さえつけ、同人を死亡させたものである。このように、本件は、約三年もの長期間にわたり、被害者殺害の意思を執念深く持ち続け、遂に同人を殺害したという冷酷無慈悲な犯行である。その後、被告人らは、アリバイ作りのため、平然とディナーショーに行き、これを楽しんだ後、**荘に赴き、部屋を掃除するなどして犯罪の痕跡を残さぬようにした上、被害者の遺体に革ジャンパー等を着せた上、遺体を利根川に投棄し、同人作成の遺書を投函するなどして、飛び込み自殺に見せかけた。更に、残っていたトリカブトを処分し、トリカブトの根を刻むなどしていた「C」の下水管を清掃するなどの証拠隠滅工作に及び、また、春子が妻として警察に捜索願を提出し、家出人捜索を装うなどし、被害者の遺体が発見された後の警察の事情聴取に対しても、口裏合わせを行い、計画どおり、警察に不審を抱かれず、当時は自殺として処理された。更に、被害者の実家である岩手県で執り行われた葬儀等には甲山らが何食わぬ顔で参加するなどしており、犯行後の情状も芳しくない。

被害者は信頼していた甲山らから毒を盛られ、苦しみながら非業の死を遂げたものであり、その無念の情は筆舌に尽くし難く、遺族も厳重処罰を求めている。被害者は、悪辣な企みを知らず、長期間甲山の店に通い、求めに応じて遺書まで書くなどしており、疑うことを知らぬ極めて人の良い人物といえるが、被害者側に落度と目すべき点は見受けられない。

本件は、完全犯罪を企図して保険金目的で殺害した上、巨額の保険金を騙取した事案として、社会の耳目を引いており、その社会的影響も大きい。

3  次に、丙野、丁田事件についてみると、被告人らは、乙川事件で、上記のとおり、多額の保険金を得たことに味をしめ、甲山の株式投資の失敗などで損失を被り、不動産購入などにより手元資金が少なくなったことから、約三年後、再び一攫千金を狙って、多額の生命保険金を手に入れようと、保険金目的の殺人二件を同時期に敢行し、一件は既遂、一件は未遂に終わったというはなはだ特異な犯行である。

丙野は、○○に通い詰めていた常連客であるが、未払い代金がかさみ、甲山に多額の借金を負い、収入も甲山に管理されるなど債務奴隷に近い状態となり、甲山の言うことを何でも聞くようになっていたものである。また、丁田四郎も、常連客で、その性格などから、甲山の言うことを素直に聞くようになっていたため、甲山は同九年四月、丁田四郎を、同一〇年一月ころ、丙野を犯行の標的としたものである。甲山は、同九年九月締結していた保険金三〇〇〇万円の契約に加え、同一〇年五月から同一一年五月にかけて丙野を被保険者、春子あるいは丙野の法定相続人などを受取人とする生命保険契約二三口(保険金総額九億八三〇〇万円)を締結し、同一〇年七月には春子と丙野を偽装結婚させた。また、同九年五月丁田花子と丁田四郎を偽装結婚させた上、丁田四郎を被保険者、丁田花子あるいは丁田四郎の法定相続人を受取人とする保険を同月から同一一年二月にかけて、七口(保険金総額約一億七〇〇〇万円)を締結した。

甲山は、同九年五月ころから、丁田四郎の仕事が休みの日に、丁田花子に命じて加須市から□□に呼び出して飲酒させていた。しかし、丁田四郎がいっこうに弱らなかったことから、より効果的な方法を考えていたところ、乙川事件でトリカブトを用いたことから、それ以外の方法によることとし、被告人の父が市販の総合感冒薬を連用し、同時にアルコール飲料を飲み続けたことが原因で肝硬変となり入院したことをヒントに、連日の総合感冒薬の大量服用と、深夜に及ぶ高濃度の酒類の大量摂取によりその目的を遂げることを計画した。甲山は、被告人に命じて、同一〇年七月ころから、丙野が□□に夕食を摂りに来る際、すの薬としてイブA錠を一〇錠服用させ、その後、二〇錠に増量し、同年一〇月下旬からは、より効果の高い新ルルA錠を二〇錠服用させ、同一一年一月ころからはこれに加え、プレコール持続性錠を三ないし五錠服用させた。また、同一〇年七月末、本庄市寿の借家に転居させた丁田四郎に対しては、被告人が、□□において、同年八月からイブA錠を一〇錠服用させ、同年一〇月中旬には一五錠に増量し、同月下旬には新ルルA錠一五錠を服用させ、同一一年一月ころからはプレコール持続性錠もこれに混ぜて服用させていた。他方、甲山は、同一〇年九月ころ、春子に、丙野及び丁田四郎に強い酒を飲ませるように指示した。これを受けて、春子は、通常の客には、二〇度あるいは二五度の焼酎を供していたところ、丙野及び丁田四郎には三五度の焼酎を供することとし、T(タゴ、丁田四郎の別称).K(カマ、丙野の別称)と記載したトライアングルのボトルにこれを入れ、同人らの専用ボトルとし、他の客には飲まさないようホステスにも指導していた。同年一〇月下旬からは、被告人の購入してきたウォッカと三五度の焼酎を混合したものを上記専用ボトルに入れ、両名に供するようになった。被告人は、同月ころから、□□の閉店後○○に顔を出すようになり、閉店時間の午前四、五時まで春子と共に場を盛り立て、両名が大量に飲酒するよう、一気飲みのゲームなどを考案し、上記の焼酎や、バーボンウィスキーを飲ませ、同人らが寝ると無理矢理起こして飲酒させていた。他方、春子は、甲山の指示を受けて、同一〇年一二月か同一一年一月ころから同月下旬まで、丙野及び丁田四郎に対し、覚せい剤入りのインスタントコーヒーを数日に一回位の割合で飲ませていた。同年二月からは、甲山も加わり、丁田四郎、丙野の大量飲酒に努めていた。この間、甲山は丁田四郎が仕事を休んで体力を回復しないよう、丁田花子らに命じて、朝、丁田四郎を起こして、仕事に行かせていた。その結果、丁田四郎は、次第にやせ細り、体力を低下させ、同一一年三月ころから身体の不調を訴えるようになり、同年四月中旬ころからは、□□に来なくなったものの、○○には来ていたが、同年五月九日を最後に○○にも来なくなり、同月二九日死亡した。丙野も体力の衰えから同年三月末で昼間の仕事を辞めざるをえなくなったものの、○○には通い続け、丁田四郎の死を目撃し、帰宅後身体の不調を訴えて病院に収容され、警察に保護を求め、一命を取り留めたものであって、そうでなければ、早晩丁田四郎と同様に死に至った可能性が高い。このように、本件は市販の薬と酒を利用しての殺害及びその未遂事案であり、丙野が警察に保護を求めなければ、病死として処理され、闇に葬られた可能性も高く、はなはだ巧妙かつ悪質な犯行である。被告人らは、丁田四郎死亡後、同人方から犯跡となるものを取り除き、保険金請求関係書類を取り揃える一方、丁田四郎の火葬を急ぎ、遺体が警察に押収された後も、遺体の取り戻しを図るなど犯跡隠蔽に汲々としており、それが果たせぬや有料の記者会見を開いて無実を喧伝するなどしており、犯行後の情状も極めて悪い。

被害者らは、いずれも身体に良い薬であるとの被告人らの言を素直に信じて、多量の薬を飲み続けていたものであるが、いずれも痩せ細り、体力を低下させて働けなくなる状態となった末、丁田四郎については、薬剤の長期摂取に伴う副作用により、細菌感染を抑止できないまでに好中球の減少を引き起こし、同時に低栄養状態になったことから抵抗力の低下に伴う化膿性胸膜炎、肺炎等により死亡するに至ったもので、その無念さは察するに余りある。丙野は、自己と同様の立場にいた丁田四郎が死亡するのを目の当たりにして、激しい恐怖感に苛まれた末、自ら病院に駆け込んで保護されたもので、その感じた恐怖は計り知れない。被害者側に落度と目すべき点は見受けられない。丙野本人、丁田四郎の遺族は今なお被告人らの厳罰を望んでいる。本件も総合感冒薬や大量飲酒による完全犯罪を狙って、被害者らを保険的目的で殺害し、あるいは未遂に終わった事案として社会に衝撃をもたらしており、その社会的影響も多大である。

4  このように本件各犯行は、甲山のもと、情婦である被告人らが役割分担をして敢行した計画的組織的犯行であり、保険制度を悪用した反社会性の強い犯行である。生じた結果も二名を殺害し、一名を死の危険にさらしたもので、極めて重大であり、模倣性の強い犯罪であることも考慮すると厳しい非難に値する。

5 次に、被告人の個別的情状をみるに、乙川事件においては、被告人は、甲山と共に、山中に自生するトリカブトを入手した上、図書館でトリカブト毒などについての知識を仕入れ、甲山とトリカブトを食べさせる方法やその量などについて検討を遂げ、致死量に至らない程度のトリカブト毒入り菓子を与え続けるなど、自ら率先して被害者を死に至らしめるべく様々な方策を尽くした挙げ句、最終的な殺害の際にも、致死量を超えたトリカブト毒入りあんパンを自ら準備した上、被害者にこれを食べさせ、毒により苦しみ暴れる被害者を押さえつけて殺害し、被害者の遺体を利根川に遺棄し、被害者方や「C」に犯罪の痕跡を残さぬよう罪証隠滅行為に及んだほか、飛び込み自殺に見せかけるための工作にも積極的に関わり、保険会社からの騙取金により、総額約一〇〇万円の現金を受け取っている。被告人は、丙野事件においては、甲山から犯行の標的となる客を尋ねられ、丙野の名前を出したものであり、同事件及び丁田事件において、トリカブトに代わる薬を尋ねられ、総合感冒薬を提案し、被害者らに悟られずにこれらを服用させる方法を甲山と検討した上、被害者両名に対し、連日、しかも丙野に対しては、同一一年四月ころからは夜のみならず、昼食時まで甲山の指示により購入した総合感冒薬を飲ませ続けるという実行行為の最重要部分を専ら行っている。また、高濃度のアルコールを含有する焼酎等を購入し、春子と共に早朝まで大量の強い酒を飲ませている。丙野は、被告人に好意を抱き結婚まで申し込んでいるが、被告人は、これを逆手にとって本件を敢行している。犯行後も被害者方を片付けるなどの罪証隠滅行為に及んでいる。

被告人は、甲山から誘われるや、甲山の言に素直に従うことにより、甲山に気に入られ、甲山の愛情を独占すると共に保険金を手に入れて豪勢な暮しをしたいという全く自己中心的な欲望から本件各犯行に唯々諾々と加担したものである。被告人は、乙川事件においては、殺害行為を全て一人で行い、丙野、丁田事件においては、総合感冒薬の投与を専ら行い、大量の飲酒については春子と共にこれを行い、上記のとおり罪証隠滅工作等にも積極的に関与したものである。このように、被告人は、本件各殺人事件及び同未遂事件において、甲山の犯行計画の策定段階から深く関与し、実行行為の大半を担当し、その後の罪証隠滅行為等にも積極的に従事したもので、言うなれば、甲山と一心同体となり、忠実な下僕としてその計画を遂行してきており、甲山に体よく利用されていた面も否定できない他の実行犯の春子、丁田花子とはその果たした役割において、格段の差異が認められる。被告人は、甲山の本件各犯行において不可欠かつ重要な役割を遂行しており、被告人なくしては本件各犯行の実現は困難であったことは明白である。

6 検察官は、本件の主謀者は甲山であり、被告人はこれに次ぐ立場であった上、現在、反省悔悟して全面的に自白し事案の解明に寄与したこと等被告人に特に有利な事情も斟酌しなければならないとして、無期懲役を求刑している。

事件の主犯者が甲山であり、被告人はこれに次ぐ立場であったことは明らかであるが、被告人は実行行為の大半を遂行し、犯罪実現のため不可欠の役割を果たしていたものであって、その刑責は甲山に準じて重いものというべきで、実行犯中の刑の権衡を考慮するに際して、むしろ、被告人に不利な事情として斟酌すべきものとはいえても、甲山との比較において格段に刑責の差異を生じさせるような被告人に特に有利な事情とはいえない。

次に、被告人が現在全面的に自白し事案の解明に寄与したことは認められるが、他方、被告人の供述全体から真摯な反省悔悟の情が認められるかについては、検討の余地がある。被告人は、同一二年三月二四日公正証書原本不実記載、同行使罪により通常逮捕されたが、否認のまま同罪により公訴提起され、同年四月一六日丙野に対する殺人未遂罪で逮捕された後も頑強に否認を続け、同月二六日漸く丙野事件について自白を始め、その後丁田事件、乙川事件で再逮捕された後も各事件について自白していたが(被告人は、余罪の嫌疑を持った取調官からの追及を受けて乙川事件について自白するに至ったものであるから、自首に当たらない。)、自白はいずれも完全な自白ではなく、一部事実を隠していた点もあり、完全な全面自白に至ったのは同年一二月二五日以降である。また、被告人の検面調書を通読しても、事実関係を詳細に供述しているが、得意然とした文面もうかがわれ、甲山と決別したとはいうものの、未だ未練が完全に吹っ切れているとは言い難く、今一つ真摯な反省の情が伝わってこない憾みがある。当公判廷においても、全面的な自白を維持しているが、弁護人や検察官の質問に対する応答振りやその眼差しは、他の共犯者の供述態度と比較すると、真実反省しているとの言葉とはやや異質な印象を拭い難い。これは、自己の心服する者に対していい子ぶるという被告人の性格に根ざしたものともいえ、過大視すべきものでないことは勿論であるが、言葉どおりの心底反省しているとの態度が如実に伝わって来ないことは否定し難い。

更に、被告人が本件事案の解明に寄与したとの点についても、本件は、四人の共犯者による犯行であり、被害者である丙野の供述、被害者の遺体などの物的証拠や保険金関係の情況証拠が存する上、丁田花子は、一旦は丙野事件について自白していたこと、丁田花子及び春子も乙川事件について自白していることなどの諸事情に照らすと、被告人の自白がなくても早晩本件の全貌が捜査機関により解明し得たとも解される。その点はおくとしても、寄与度は、量刑判断にあたって考慮すべき一因子であって、上記判断を左右するほどの重要性をもつものではなく、殊更被告人に有利な事情として重視するのは相当とはいえない。もともと全面自白していた犯人であっても極刑に処せられることは、これまでにも多く見受けられるのであって、被告人が自白し、全容の解明に寄与したとの事情が極刑を選択しないメルクマールでないことは明らかであるからである。検察官は、無期懲役を選択した理由として、この事情を被告人に特に有利な事情として斟酌すべきであると主張するようであるが、このような見解は我が国において禁ぜられている司法取引に実質的な一歩を踏み出すものといえ、採用できない。

7 以上、検討したところから明らかなように、検察官が被告人に特に有利な事情として斟酌すべきであるとする点については、これを過大視するのは相当でない。

したがって、本件各犯行の罪質、動機、態様、結果の重大性、被告人の果たした役割、被害者及び遺族の被害感情、社会的影響、犯行後の情状を総合考慮すると、被告人の罪質は誠に重大というほかなく、極刑に処すべきものとも考えられる。

他方、被告人は、一六歳の時に甲山の経営する飲食店に従業員として働き始め、間もなく同人と情交関係を結び、正妻のいる甲山には、春子、丁田花子など数人の情婦がいることを知りながら、その情婦の一人となり、同女らと共に甲山の店で働き続け、甲山の歓心を買い、情婦の中で一番となることに腐心するうち、甲山の言う事に全面的に服従する態度を身につけ、その倫理観を麻痺させ、本件に及んだものである。このように被告人は、年端のいかない少女時代に甲山に籠絡され、甲山との生活以外の外界の経験を全く経ることなく本件に至っており、被告人の社会経験の乏しさや特殊な生活環境が被告人に及ぼした影響を無視するのは相当ではない。漸く甲山の呪縛から逃れた被告人は、現在三四歳であり、矯正可能性も認められる。

8 これら被告人に有利不利な一切の事情を総合考慮すると、被告人に対しては、無期懲役刑を科し、終生その償いをさせるのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・金山薫、裁判官・山口裕之、裁判官・菱山泰男)

別表〈省略〉

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