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さいたま地方裁判所 平成12年(わ)1001号 判決

主文

被告人を懲役15年に処する。

未決勾留日数中540日をその刑に算入する。

理由

(名誉毀損及び殺人の各犯行に至る経緯等)

1  被告人の経歴及び共犯者らとの関係等

被告人は,外装工事業等を目的とするA工業を営んでいたものであるが,平成6年ころ,仕事に使うトラックを購入する際,知人から自動車販売のブローカーをしているという分離前相被告人B(以下「B」という。)を紹介されて知り合い,その後,B工業が借金などで行き詰まった後の平成10年夏ころから,Bらが東京都内の池袋で経営する風俗店で稼働するようになった。被告人は,風俗店で働き始めたころから,オーナーと称するBから本名で呼ばず「B'」と呼ぶように指示され,「C'」と名乗り,マネージャーと称するBの実弟のC(以下「C」ともいう。)とも面識を持つようになり,自らも「A」又は「A'」と名乗るようになった。分離前相被告人D(以下「D」という。)は,平成10年3月ころからBらが東京都内池袋で経営する風俗店「○○」の店長として稼働しており,被告人は系列の風俗店で稼働するようになったことから同人と知り合ったが,同人は「D'」と名乗ることもあった。分離前相被告人E(以下「E」という。)は,被告人とは中学,高校の同期生であり,平成8年8月ころからA工業で働いていたが,Bの経営する風俗店で働き始めた被告人の誘いもあって,同年夏ころからBが経営する風俗店「××」の従業員として稼働するようになり,同年10月ころには同店の店長となったが,同11年3月ころに店長を降格され,Bの指示で,「××」,「○○」,「△△」等系列風俗店の手伝いや,広告代理業等を目的とする有限会社□□の設立準備,また,Bから指示されて同人のために個人的な使い走りなどをしており,風俗店では「E'」の偽名を用いていた。

2  被害者の身上等

被害者甲山花子(死亡当時21歳。以下「花子」又は「被害者」ともいう。)は,実父甲山太郎及び実母春子の長女として昭和53年5月18日埼玉県内で生まれ,同県内の高校を卒業後,平成10年4月に○○学園女子大学に進学し,上尾市内の自宅で両親及び実弟らと暮らしながらJR桶川駅を利用して同大学に通学していた。

3  花子とCの交際の経緯等

花子は,平成11年1月ころ,大宮市内で,青年実業家と称し「C"」と名乗るCから声を掛けられて同人と交際を始めるようになり,同人からブランド物のバッグや洋服等を買い与えられたり,同人から誘われて花子の女友達と一緒に3人で沖縄旅行をするなどしていたが,そのうちに,親しい女友達に「C"くんの束縛がすごい」などと話して同人との交際が負担になっていることを打ち明けるようになり,同年3月ころからは,Cから「『俺と別れるんだったら,お前の親どうなっても知らないよ。お前の親をリストラさせてやる。一家崩壊させてやる』と言われた」などと訴えて,同人と真剣に別れたがっていたが,同人がこれを許さなかったことから,同人との交際を断ち切れずにいた。

同年6月14日,Cは,同人と会うのを避けようとしていた花子から別れ話を持ち出されたため,兄のBに対して,それまで同女のために使った金を支払ってもらうために借用書を書いてもらうので立会人になってほしいなどと言って依頼し,Bとともに,知人のF(以下「F」という。)の車で,3人で甲山方へ向かったが,途中の車内で,Cから花子との別れ話の経緯を聞かされたBは,CやFに対して「とんでもない女だ。誰かに頼んでまわすか。@@に頼んでまわすか。@@なら俺たちのために何でもするから」と言ったり,Fに対して「お前やれば」などと言って,花子を強姦する話などをしていた。同日午後8時過ぎころ,3人は甲山方を訪れ,同人方居間で,花子とその実母の春子に対して,BがCの勤務先の上司,Fが勤務先の社長であるなどと名乗り,「うちの社員が会社の金を横領した。お宅のお嬢さんに物を買ってやって,その金を貢いだ。娘さんも同罪です」「誠意を示せ」などと言って詰め寄るなどしたが,帰宅した太郎から,「女しかいないところに上がり込んでいるのはおかしいじゃないか。話があるんだったら,警察がいる前で話そう」などと言われて怒鳴りつけられたため,Bは,太郎らに対し「ただじゃおかないからな。会社にいろんなものを送りつけてやるぞ」などと捨てぜりふをはいて甲山方を退去した。帰りの車中で,別れ話の交渉がうまく行かなかったことに不満を抱いたCが「懲らしめてやる。花子とセックスしているビデオがあるけど,何かに使えないかな」などと言うと,Bは「そのビデオをばらまくか」などと言ったものの,「そんなことをしたら,捕まって風俗の方もばれるから,今まで築いてきた店がダメになる。ヤクザに頼んだらどうかな」などとも言い,これに対してFが「ヤクザに頼んだら,そのときはいいけど,後が大変ですよ。一生金をせびられるから」と答えるなどのやりとりをしたが,Cは,花子に金を貢いだにもかかわらず,同女から交際を断られた上,金を返してもらうこともできず,訪れた甲山方から追い返されたことでふさぎ込み,落ち込んでいた。

こうした出来事があった後の同年6月20日ころ,Eは,Bから依頼されて,花子が,それまでCから贈られたバッグや洋服等をCあてに段ボール箱に入れて送り返してきたのを受け取ったことがあったが,その際のBの話などから,Cは交際していた女性と相当もめた末に別れることとなったことを知った。

4  DがBからはじめて殺害を依頼された状況

Dは,同年6月22日ころ,同人が店長をしている風俗店「※※」に従業員のGと二人でいたところ,先の同月14日の一件以来,何とかして花子に仕返しをしてやりたいと訴えるCの意向を受けて,同人のために花子に対して仕返しをしてやろうと考えていたBから「あなた方二人だけに話があるんだ。信用するから話すんだけどね。実は,どうしても殺したい奴がいるんだ。この殺しを誰かやってくれる人がいないか。着手金1000万円で,成功報酬1000万円のあわせて2000万円出すから。誰かいないかな。舎弟が騙されて苦しんでいる」などと言われ,Gは「50万くらい出して中国人にでもやらせたらいいじゃないですか」などと答えたが,Dは,先に,同年4月ころ,Bから「舎弟が女にはまっちゃって。その女が悪い女で大変だ」という話を聞いており,また,Eからも,Cが女性関係でトラブルを起こしていると聞いていたので,その相手というのは,Cの付き合っていた女性ではないかと思ったが,それまでのトラブルの状況から,Bが,場合によっては,相手を殺すことも考えて自分たちの忠誠心を試そうとしてこのようなことを言っているのではないかと思い,同人はこれまでにも従業員の忠誠心を試すようなことをよくやっていたことから,BやCからはこれまで仕事を世話してもらった上,店長にまで取り立ててもらって高給をもらうなど優遇されていたので恩義を感じており,Bの依頼を断って今の地位を失いたくないなどと考え,「私がやります。マネージャーにも世話になってるし,困っているなら,私で良ければ間違いなくやります」などと言って返事をした。すると,Bは「やっぱり,Dさんは偉い。今の言葉を舎弟にも伝えておくから。奴も喜ぶよ」などと言い,Gには,「とりあえず忘れてくれていいから」などと言って,同店から帰って行った。

5  名誉毀損の犯行に至る経緯

Eは,同年6月末ないし7月初めころ,花子に対して仕返しをしたいというCの依頼を受けて,花子を中傷するビラを頒布するなどして同女の名誉を毀損しようと考えていたBから呼び出され,「ある奴から頼まれたんだけど,懲らしめたい奴がいるんだ。写真を使ってビラをつくって欲しいんだ」などと言われて,花子の写っている写真を渡され,花子を中傷するビラを作成するよう指示された。そこでEは,自ら原案を考えた上,以前から風俗店の広告の作成を依頼していた広告業者を通じてビラ等の作成を専門に行っている印刷会社にB5版サイズの中傷ビラ2000枚の印刷を発注し,同月12月にはビラが納入できると聞いたので,その旨Bに連絡したところ,Bから,ビラが届き次第まきに行くので人を集めておくように指示され,D,被告人,「××」の店長のH及び「**」の店長のIらに対して,同月12日の閉店後に「△△」に集まるようにBの指示を伝えて協力を要請し,判示第1の犯行に及んだ。

判示第1の犯行後の同年7月22日ころ,Eは,Bから「あいつの家は犬を飼っている。その犬にホウ酸団子を食べさせて殺して欲しい」「あいつの家には,車があるんだ。その車にペンキも塗ってきてくれ」などと指示され,D及び被告人と相談して,同月24日ころの深夜,3人で上尾市内の甲山方付近まで行き,これを実行しようとしたが,飼い犬にほえられるなどしたため,失敗に終わった。

6  殺人の犯行に至る経緯

同年8月中旬ころ,Dは,Bから「花子をら致して植木ばさみで小指を切り落とし,強姦してその場面をビデオに撮影し,これを沖縄にいる舎弟に送れば舎弟も納得してくれるかね」などと言われ,また,同月下旬ころにも,「あれほどやっているのに全然結果が出ないと舎弟から文句を言われてホントに疲れたよ。あの女が邪魔でしょうがないよ。Dさん,なにかいい方法ないかね」などと言われて,暗に花子に対して直接危害を加えるように示唆されていた。

さらに,被告人とEも,同年9月末ころ,Bから「舎弟がうるさいんだよ。彼女に直接危害を加えることはできないか。今までやってきたことでは気が済まない。どう,できる」などと持ちかけられ,花子に直接危害を加えるように唆されていたが,被告人とEは,返事をためらい,即答を避けていた。その後,同年9月末ないし10月初めころ,Eは,Bの指示により,先に花子の実父の太郎の勤務先などに中傷文書を郵送していたので,その効果が現れているかどうかを確認するために,花子の通う大学と太郎の勤務先に電話をかけてみたが,花子が大学を辞めたり,太郎が会社を辞めていないことが分かった。

その後も,Eは,Bから,頻繁に「できないか」などと言われて花子に対して直接危害を加えるように催促されていたが,同年10月11日ころ,Bから,Iと一緒に甲山方付近に行って,花子の行動を探ってくるように指示されたことから,Eは,Iとともに,同月12日及び13日ころの両日,朝から甲山方付近に赴いて花子の行動を偵察し,同女が午前10時過ぎころに家を出て,自転車でJR桶川駅に向かい,駅前の駐輪場に自転車をとめることや,自転車をとめる位置などを確かめて,これをBに報告した。

また,Eは,その前後ころ,被告人から,Bから人を殺してくれるやつはいないか,報酬は1000万円か2000万円出すと相談されているという話を聞き,被告人と二人で,両名の共通の知人で,高校時代から暴力団と付き合いのあるJの話をしたことがあった。

7  DとBの殺人の共謀状況

同年10月14日ころ,Dは,Bから飲酒に誘われ,同日午後8時ころ,「△△」のある■■池袋の前でB及び被告人と落ち合い,タクシーを拾って,DとBが後部座席に,被告人が助手席にそれぞれ乗車して池袋駅西口方面へ向かったが,走行中の車内で,Dは,Bから,これまでにない真剣な表情で「Dさん,やってください。頼みますよ。舎弟の方からガンガン言われて本当に困ってるんですよ。頼めるのはあなたしかいないんです。ほかの人間はこんなことを頼んでもみんなブルってしまって駄目なんです。ねぇ,B'の言ってること分かるでしょ」「本当に頼みます。一生一度のB'のお願い,B'を男にすると思ってやってよ。頼みますよ」などと言われた。Dは,Bが,これまで花子に対する様々な嫌がらせを指示してきていたことや,タクシー内で依頼をした時のBの表情や言葉などから,これまで花子らに対する中傷文書の配布などをEを通じて指示してきたBが,いよいよ本気で花子の殺害を依頼してきたことが分かったが,今まで系列風俗店店長の中で自分だけ歩合制で高額な給料をもらっていることでBに恩義を感じていたことから,Bの依頼を引き受けて花子を殺害することを決意し,Bに対し,はっきりした口調で「はい,分かりました。やります」と答えた。Bは,改めて両手でDの右手を固く握りしめ,その目をじっと見つめながら「頼むよ」と言って念を押し,ここにDは,Bとの間で,花子を殺害する共謀を遂げた。

Bから花子殺害の依頼を受けたDは,同月17日ころ,東急ハンズ池袋店において,殺害に使用するミリタリーナイフ1本を購入した。

一方,被告人とEも,同年10月16日ころ,Bから「今度は何をしてもいいから,やってくれないか」「ら致,監禁,まわしに,とにかく何をしてもいいから,できないか」「舎弟がうるさいんだよ」などと言われて,花子に対して直接危害を加えることを再度依頼されたが,被告人とEは,相変わらず返事を濁していた。しかし,被告人とEは,Bから,再三,花子に対して直接危害を加えるように催促されるため,同人の指示をこれ以上はぐらかすことはできないと考え,同月18日に花子をら致することを計画した。

そこで,Eは,Bにその旨連絡したが,その際,同人からその状況をビデオカメラで撮影するように指示され,さらに,同人の指示で,乗って行った自動車から犯行が発覚しないように他の車のナンバープレートを付けるなどした後,同月18日ころの午前中,被告人,E及びDの3人で,Iとともに自動車で甲山方付近に行き,花子が家から出てくるのを待ち伏せた。しかし,同日午前10時過ぎころ,自転車に乗った同女が被告人らが乗車する車両の付近を通りかかったが,だれも行動に移すことができなかったため,その後,パチンコをするなどして時間をつぶし,同女が帰宅するのを待って再度実行しようとしたが,別の女性を花子と見間違えるなどしたため,結局,この計画は失敗に終わってしまった。そのため,被告人は,計画の失敗を知らされたBから,その日の夜,「あなたたち何やってるの。大の大人が4人もいて,何もできないで帰ってくるのか」などと電話で厳しく叱責された。

8  被告人とD,E及びBとの間の殺人の共謀状況

先にBから花子殺害の依頼を受けたDは,単独で実行するのは困難であると考え,被告人とEに協力を求めることとし,同月20日ころ,Eのいる有限会社□□の事務所又は行きつけの喫茶店ルノアールで,被告人とEに対して「僕は,甲山さんを殺します。道具のナイフはもう用意しています」などと言って,花子を殺害する決意を打ち明けた。すると,被告人も「実は僕もB'さんから,おまえが取れ,と言われているんです」と言って切り出し,当初は「Dさん,刺しちゃだめですよ。もしやるんだったら切るだけにしてください」などと言っていたものの,Dから「僕はB'から殺せと言われています。切っても刺しても結果は同じでどうせ殺すことは一緒じゃないですか」などと言われて,被告人はそれ以上反対をしなかった。さらに,Dは,被告人とEに対して「E'さん,あなたは見届け人になってください。相手がきたら教えてくれる役もしてください。A'さん,あなたは私が花子さんを刺した後,僕を車で拾って逃げる役をしてください」などと言って協力を依頼し,被告人とEはこれを了解した。その後,Eは,Bに電話をかけ,「自分も何かしらの手伝いをすることにしました。行くときの役割分担ですが,Dさんが『刺す役』,私が『彼女が自宅から出てきたことをDさんに連絡し,刺した後,確認してB'さんに報告する役』,被告人が『Dさんを車で拾って逃げる役』に決まりました」などと言って報告すると,Bは,「あっ,そう」と言ってこれを了解し,ここに,被告人とE,D及びBとの間に,花子を殺害する旨の共謀が成立した。

一方,Dは,そのころ,Bから依頼されて請け負った花子を殺害することで頭が一杯で,早く殺害を実行して終わらせたいと考えていたが,個人的には何の恨みもない同女を殺害することにともすると決意が鈍りそうになるため,自分自身のやる気をなくさず,気持ちを高揚させるため,Eにミリタリーナイフを見せて,後戻りできないのだと自分自身に言い聞かせようと考え,同月22日ころ□□の事務所で,Eに対し「これでやります。東急ハンズで買ってきました」などと言って,犯行に使用するナイフを見せた。ナイフを見せられたEが「すごいナイフですね」などと言って,その場でBに電話をかけ,Dからナイフを見せられた旨報告すると,Bからは,Dによろしく言っておくようにとの伝言があった。

その後,同月23日ころ,被告人,E及びDは,Bから「いつ行くの」などと催促されたことから,同月25日に現場の下見に行くことにし,Eは,その旨Bに報告した。

同月25日午前中,被告人,E及びDの3人は,Eが運転する普通乗用自動車でJR桶川駅まで行き,Dが花子を殺害した後,Dの逃走を助ける役の被告人と落ち合う場所や,逃走経路等を確認するとともに,花子のJR桶川駅前への到着時刻や,同女の利用している駅前の自転車置き場の状況等を確認し,翌26日に同女の殺害を決行することとした。

下見を終えた後,Eが,Bに電話をかけ,「今,下見が終わりました。明日やります」と言って報告すると,Bから「あっ,そう。明日大変だから,今日は早めに休んでいい」などと言われ,翌日に備えて当日の風俗店の営業を早く切り上げてよい旨告げられた。

ところで,Dは,いよいよ明日花子の殺害を決行するという段階まできたものの,同人自身,花子を殺害する動機など全くなく,一方で,殺さずにすむのならそうしたいという気持ちもあり,Bが花子の殺害をやめると言えばやめるつもりであったので,Bの意思が変わっていないかどうかを改めて確認しようと考え,Bに対し,電話で「今日ちゃんと下見してきました。明日必ずやりますから」と言ったところ,Bから「あ,そう。よろしくね」などと言われたため,Dは,Bの,花子を殺害する意思に変更がないことを確信し,計画どおり花子の殺害を実行する決意を固めた。

翌26日午前8時ころ,被告人,E及びDの3人は,■■池袋前で落ち合い,被告人の運転する普通乗用自動車の助手席にDが乗り,Eは別の普通乗用自動車に乗って,2台の車でJR桶川駅に向かったが,その途中,走行中の車内で,被告人は,Dから,犯行に使用するミリタリーナイフを見せられて,「これはすごいですね」などと言った。

同日午前9時ころ,被告人ら3人は,JR桶川駅前に到着したが,前日の打ち合わせどおり,Eは,被告人らと別れて甲山方付近に向かい,同人方から少し離れた路上に車を止めて待機し,家から出てくる花子の行動を確認することとした。

一方,被告人とDは,しばらく桶川郵便局の駐車場で時間をつぶした後,同日午前11時ころ,被告人はDを車でJR桶川駅まで送り,車から降りたDは,ミリタリーナイフをさや付きのまま着ていたスーツのズボンのベルトの左腰に差して支度を整えた上,怪しまれないように付近を徘徊するなどして花子が到着するのを待った。ところが,花子がなかなか現れず,Eから連絡もないため,Dは,何度か携帯電話でEに連絡を取り,花子の動向を確認するなどしていたが,同日午後零時40分ころ,Eから「今,出た模様です。そろそろそちらに着くと思います」という連絡がDの携帯電話に入ったので,Dは,JR桶川駅前の東武ストア桶川マイン南東側にある自転車置き場の脇の歩道上の隅まで移動し,花子が現れるのを待っていたところ,同日午前零時52分ころ,自転車に乗ってやってくる花子の姿を発見した。Dは,上記東武ストアの建物の脇の自転車置き場で自転車を止め,自転車から降りた花子に近づくと,ベルトの左腰に差していたミリタリーナイフをさやから取り出して右手に構え,同女の背後から接近し,判示第2の犯行に及んだ。

(罪となるべき事実)

第1  被告人は,分離前相被告人B,同D,同E及びC外数名と共謀の上,

1  平成11年7月13日午前1時45分ころ,埼玉県富士見市東みずほ台〈番地略〉東武鉄道株式会社みずほ台駅構内及び同駅コンコース付近において,「WANTED,甲山花子」「この顔にピン!ときたら要注意,男を食い物にしているふざけた女です。不倫,援助交際あたりまえ!泣いた男たちの悲痛な叫びです。」などと記載され,同女の顔,裸体等の写真3枚が印刷されたカラー刷りのビラ179枚を壁面にちょう付し又は窓枠に放置するなどし,

2  同日午前2時20分ころ,同県新座市中野〈番地略〉○○学園女子大学正門前において,前同様のビラ約100枚を,同所に設置された立て看板にちょう付し又はばらまくなどし,

3  同日午前3時ころ,同県上尾市泉台〈番地略〉付近において,前同様のビラ119枚を,同所に設置された看板にちょう付し又は同所付近の民家の郵便受けに投かんするなどし,

もって,公然と事実を摘示し,甲山花子(当時21歳)の名誉を毀損し,

第2  被告人は,分離前相被告人B,同D及び同Eと共謀の上,同年10月26日午後零時52分ころ,埼玉県桶川市若宮〈番地略〉株式会社東武ストア桶川マイン南東側歩道上において,甲山花子(当時21歳)に対し,殺意をもって,上記Dが,同女の背部を所携の刃体の長さ約12.5センチメートルのミリタリーナイフで1回突き刺し,同女が振り返って正対したところを,更にその前胸部目掛けて上記ナイフで1回突き刺し,よって,同日午後1時30分ころ,同県上尾市柏座〈番地略〉医療法人社団愛友会上尾中央総合病院において,同女を前胸部刺創による肺損傷に基づく失血により死亡させて殺害し,

第3  被告人は,分離前相被告人B,同E,K及びLと共謀の上,M(当時30歳)から金員を喝取しようと企て,平成8年11月13日午前零時ころ,埼玉県浦和市原山〈番地略〉の同人方において,上記E及びKが,M方玄関から押し入って侵入し,同人に対し,上記Eが「おい,わかってんだろ。ビデオの延滞料のことで来た。100万円あるんだよな」などと申し向けて金員の交付を要求した上,Kが,Mの胸ぐらをつかんで,両腕を後ろ手に押さえ,「動くんじゃねえ。じっとしてろ。」などと申し向ける暴行,脅迫を加え,同人をして,もしこの要求に応じなければ同人の身体にいかなる危害を加えられるかもしれない旨畏怖させ,そのころ,同所において,同人から,同人所有又は管理に係る現金約38万円及びキャッシュカード1枚外1点在中の財布1個(時価合計約2000円相当)の交付を受け,これを喝取し,

第4  被告人は,分離前相被告人B,同E及びKと共謀の上,N(当時24歳)から金品を強取しようと企て,同年11月21日午後7時08分ころ,東京都新宿区下落合〈番地略〉の同人方前において,同室の玄関ドアを開扉して入室しようとした同人の背後から,Kが,いきなりその頭部を腕で締め上げるなどしてNを同室内に押し込み,同所において,その顔面を手拳で数回殴打し,同人をその場に押し倒して頭部及び腰部等を足蹴にするなどの暴行を加え,同人の反抗を抑圧した上,同人から,同人所有又は管理に係る現金30万円,財布2個外16点在中の手提げバッグ1個及びハードケース1個(時価合計約30万円相当)を強取し,その際,これらの暴行により,同人に全治約1週間を要する顔面打撲の傷害を負わせ

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(補足説明)

1  被告人は,平成12年1月9日付け起訴状記載の公訴事実(判示第2の事実)について,被告人には殺意はなく,殺害の共謀をした事実もなかったと述べて弁解し,弁護人も,被告人の弁解供述に依拠して,被告人は,Bから花子に対して何らかの危害を加えるように指示を受け,これに基づき,Dが決めた役割分担の下に実行行為に及んだが,予想に反して被害者が死亡してしまったものであるから,被告人は傷害致死罪の限度で責任を負うにすぎないと主張するので,以下,当裁判所の判断を示す。なお,関係人の公判供述,公判調書中の供述部分,期日外の証人尋問調書,検察官調書等について,便宜「供述」として説明する。

2  はじめに,関係証拠によれば,平成11年10月26日午前8時ころ,被告人,E及びDの3人が■■池袋の前で落ち合い,被告人の運転する車にDが乗り,Eが別の車を運転して,2台の車でJR桶川駅に向かったこと,途中の車内で,被告人はDから犯行に使用するミリタリーナイフを見せられたこと,同日午前9時ころJR桶川駅付近に到着した3人は,前日の打合せどおり,Eが被告人らと別れて甲山方に向かい,同人方から少し離れた路上に駐車して家から花子が出てくるのを見張っていたこと,一方,被告人とDは,桶川郵便局の駐車場で時間をつぶした後,同日午前11時ころ,被告人の運転でDをJR桶川駅付近まで送り,車から降りたDは,ミリタリーナイフをさやに入れたままスーツのズボンのベルトの左腰に差して支度を整え,付近を徘徊しながら被害者が到着するのを待っていたこと,その間,DとEは,何度か携帯電話で連絡を取って花子の動向を確認し合っていたこと,その後,同日午後零時52分ころ,前記公訴事実記載の場所で,被害者は,待ち受けていたDから,背部をナイフで1回突き刺され,更に前胸部を1回突き刺されて,公訴事実記載の日時,場所で死亡したことが認められ,これらの事実は当事者間にも争いがない。

3  そこで,次に,関係人の供述の信用性について検討する。

(1)  はじめに,実行犯であるDは,捜査段階において,要旨,以下のとおり供述している。

平成11年7月中旬の午後7時か8時ころ,Bが○○にやって来て,舎弟が付き合っていた女でとんでもない悪いやつがいる,平気で援助交際をしたり,男を食い物にするようなひどい女だから懲らしめなければいけない,家の周りなどにビラをはったりするから,そのときはよろしく頼むなどと言われたので,分かりましたと返事をした。その二,三日後,Eから電話があり,店の営業を終えた後,Bの号令の下に,花子の家の周辺などで,同女を誹謗中傷するようなビラをまいたり,はったりした。Eは,その場面をビデオで撮影していた。この件が終わった後,Bからねぎらいの言葉があり,お金をもらって店の者で分けた。その二,三日後,Eから再度電話があり,Bからビラをまいても花子の周辺に動きがない,全然懲りていないようだ,花子は犬をかわいがっているから犬をどうにかしろ,車があるから車を傷つけてこいなどと指示されたので,被告人と一緒に相談しようと言われた。自分とEと被告人の3人で相談して,犬をホウ酸で殺し,車にペンキをかけることにしたが,被害者の自宅に近づこうとしたところ,犬が吠えて家から男の人が飛び出してきたので断念した。その後,Bから電話がかかってきて,甲山方に行った時のことを聞かれたので,花子と家族は精神的に参っており,警戒しているので,しばらく家に近づかないようにした方が良いと忠告した。その後1週間くらいして,Eから言われて名刺サイズのカードを高島平の団地のポストに配った。その二,三日後の8月中旬ころ,Eから言われて,自分,E,Hの3人でダイレクトメールを花子の父親の会社に送った。最初のビラはりが終わった同年7月中旬ころから,Bが,舎弟から,結果が見えてこない,本当にみんなおれのためにやってくれているのかと毎日のようにジャンジャン電話がかかってくるので参っているなどとぼやくのを何度か聞いた。自分は,Bがぼやいているのを聞いて,BもCのプレッシャーで精神的に参っているのが分かった。同年8月中旬ころ,Bが○○に来て,花子をら致して植木ばさみで小指を切って強姦し,それをビデオに撮って沖縄にいる舎弟に送れば,舎弟も納得してくれるかねなどと言ったことがあったが,この時は,自分に頼んでいるような様子ではなかったので,気に留めず,そうかも知れませんねなどと答えていた。Bから直接依頼があったのは,最初にビラはりを頼まれたときだけで,その後は,Eからの指示で嫌がらせをしていた。しかし,E自身が,Bからの指示でやっていると言っており,日ごろ,EはBの指示で動いており,Eが,個人的な理由から,関係のない花子に対して,Bの指示もないのに勝手に嫌がらせをしたり,自分たちに指示をするとは考えられず,Cが,Eに対して花子のことで指示をしているのを見たり,聞いたりしたことはなかったから,Cの依頼を受けたBが,Eに指示して嫌がらせをやらせていたのは間違いない。同年10月中旬ころ,Bから飲みに誘われて,店に向かうタクシーの中で,自分とBが後部座席に座わったところ,Bから手を握られて「Dさんやってください,頼みますよ,舎弟の方からガンガン言われて本当に困ってるんですよ,頼めるのはあなたしかいないんです,ほかの人間はこんなことを頼んでもみんなブルってしまってだめなんです,B'の言ってること分かるでしょ」などと言われた。Bの表情は真剣で,自分を一生懸命説得しようとしていることが分かった。自分が「はい」と答えると,Bは「本当に頼みます,一生一度のB'のお願い,B'を男にすると思ってやってよ,頼みますよ」と更に言ってきた。自分は,Bの言葉や真剣な表情から,Bがついに花子の殺害を依頼してきたことが分かった。Bから殺せという言葉は直接出なかったが,これまでの花子や家族に対する嫌がらせが段々エスカレートしてきていたことや,Bが,Cからのプレッシャーに焦りを感じて,嫌がらせの結果を早く出したいと思っていたこと,B自身が,あの女が邪魔でしょうがないなどと言っていたことがあったから,Bが,花子を殺害することを決意して自分に頼んできたのだと思った。単に傷つける程度なら,Eや被告人,Iなどでもよく,犬の件や車の件はE経由で指示がきていたから,直接自分に頼んできたことからも,Bが殺害を依頼してきたことを確信した。自分は,それに対して,Bの目を見て,はっきりした口調で「分かりました,やります」と答えた。自分が断らなかった一番の理由は,店長として他の店長と比較しても多額の給料をもらっていて,Bに対して恩義を感じていたからで,今の地位にとどまり,高い給料をもらい続けるためには,Bの依頼を受けるしかなかった。また,これまで花子に対する一連の誹謗中傷行為に加わっていたので,今更やらないとは言いにくいという気持ちもあり,自分が引き受けなければ,Eや被告人など日ごろBの指示で動いている連中が手を下すことになるが,それはかわいそうだという思いもあった。自分には,守るべき家族もおらず,失うものはなかったので,Eや被告人に殺害を実行させるくらいなら,自分が殺害の実行役を引き受ける方がいいと思った。さらに,Bの話などから,花子は男を食い物にする悪い女だと思っており,そんな相手なら殺害することにそれほど抵抗を感じなくて済むという気持ちもあった。そのとき,報酬の話は出ておらず,自分としても報酬を期待していたわけではないが,くれるかも知れないとは思っていた。自分とBとのやり取りは,助手席に座っていた被告人も聞いていたと思う。被告人は自分とBとの会話に加わっていなかったが,自分たちは,普通の大きさの声で話していたので,当然聞こえていたと思う。現にその後,当日か翌日,被告人と連絡を取った際,自分が被告人に対して「B'がガンガンプレッシャーをかけて来ましたね」と言うと,被告人も「そうですね」と答えていたので,やはり,被告人はBとの会話を聞いていたのだと思った。自分が殺害の依頼を受けたのは,10月中旬ころであることは間違いなく,10月14日ころだと思う。当日行ったキャバクラが土曜日が定休日だと聞いた記憶があることや,風俗店に客の入りが多い金曜日や土曜日の夜には飲みに行く余裕がないから,10月15日や16日に飲みに行ったということは考えにくく,そうすると,その前日の10月14日になるからだ。Bから殺害の依頼を受けた後,てっとり早く確実に殺す方法としてナイフで心臓などを突き刺すことが頭に浮かび,殺害の道具としてミリタリーナイフを用意した。自分は,人から頼み事をされて,やると請け負った場合には,必ずやり遂げなければならないと考えていたので,Bの依頼どおり,被害者を確実に殺害しなければならないという責任感を感じていた。同月17日の夕方ころ,犯行に使用したナイフを池袋の東急ハンズで購入した。自分は,日曜日にナイフを購入した記憶があり,東急ハンズで10月17日夕方ころミリタリーナイフが販売されているのであれば,その日に自分がナイフを購入したことは間違いない。東急ハンズの4階か5階のナイフ売り場で,確実に人を刺し殺すことができ,手で持ちやすく使いやすい,持ち運びしやすいミリタリーナイフを選んだ。スミスアンドウェッソン製で,値段は1万円くらいだった。自分は,被害者を待ち伏せて殺害することを考えていたので,実際に殺害する自分の外に花子を見つけて教えてくれる役をする者,花子を刺した後逃走するのを手伝ってくれる役をする者がいないと実行できないと考え,Eと被告人にその役を頼むことにした。Eと被告人は,普段からBの指示で動いており,花子に対する嫌がらせにも関与していたので,内心嫌だと思っても,自分がBの指示でやることにしたと言って頼めば,引き受けてくれると思った。自分は,ナイフを購入した二,三日後くらいにEと被告人に連絡して,「例の件で打合せをしましょう」などと言って,ルノアールという喫茶店に集まってもらい,Eと被告人に対して「僕は,甲山さんを殺します。道具のナイフはもう用意してます」などと言って切り出すと,被告人も,「実は僕もB'さんから,『お前が取れ』と言われているんです」と言った。Aの言う「取れ」というのは,被害者の命を取ること,つまり殺害すること以外には考えられず,Bが自分だけでなく被告人にも花子の殺害を依頼していたことが分かった。被告人は更に「Dさん,刺しちゃだめですよ。もしやるんだったら,切るだけにしてくださいよ」などと言い,花子を刺すことに反対するようなことを言っていた。自分は,被告人がこのように言うのは,花子を切り付けてけがをさせるだけにしたいということを言いたいのだと思った。被告人はそのとき,表情こそ変わっていなかったものの,かなり不安気であり,あまりやりたくなさそうな様子だった。Eは,黙っており,賛成とも反対とも言っていなかったが,驚いている様子はなかったので,Bから既に花子を殺害することを聞いているのだと思った。Eも,表だって反対するようなことは言わなかったが,やはり気が進まなさそうで,Bの依頼ならやるしかないという様子だった。自分は,Bから花子の殺害を依頼されていったん請け負った以上,頼まれたとおり花子を殺害するしかないと思っており,そのためにはEと被告人の協力が必要で,何としても協力を得たいと思い,Bの依頼で花子を殺害することを伝え,協力してくれるように,Eと被告人に対して「僕はB'から殺せと言われています。切っても刺しても結果は同じで,どうせ殺すことは一緒じゃないですか」と,Bの名前を出してはっきり言うと,被告人もそれ以上反対せず,黙ってしまった。自分は,これで被告人も花子の殺害に協力してくれると思って安心した。Eは,自分の言うことを黙って聞いていた。自分は,Eと被告人の役割分担として,「E'さん,あなたは見届け人になってください。相手が来たら教えてくれる役もしてください。A'さん,あなたは私が花子さんを刺した後,僕を車で拾って逃げる役をしてください」と言った。Eと被告人は,反対はしなかったが,不安そうな表情をしていたので,二人を安心させるために,「僕が万が一捕まることがあったら,僕を捨てて逃げてください。あくまでも僕が実行犯ですから」と言うと,Eと被告人も納得した様子で,分かりましたと言って,承諾し,こうして3人で協力して花子を殺害することが決まった。いつ殺害を実行するかということも話題になったが,早急にやるということで意見は一致したものの,具体的な日取りは決まらなかった。この日,Eや被告人と話し合った結果は,Eから,当然Bに報告が行くと思っていた。このころ,自分は,Bに頼まれた花子の殺害のことで頭が一杯であり,近いうちに花子を殺害してBの依頼を実行し,早く終わりにしたいということばかり考えていた。自分は,花子に対しては何の恨みもなかったから,ともすれば決意が鈍りそうになるため,やる気をなくさないように気分を高めようと努力していた。もう後戻りできないことを自分自身に言い聞かせるために,役割分担を決めたその日か,一,二日後に,□□の事務所でEに対して「これでやります。東急ハンズで買ってきました」などと言って,犯行に使うミリタリーナイフを見せた。Eは,ミリタリーナイフを見ながら,驚いたような表情で「すごいナイフですね。それでやっちゃうんですか」と言うので,自分は「これを使います」と答えた。同月18日にE,被告人及びIらとともに花子をら致しようとして桶川の方に行ったことは覚えていないし,思い出せない。当時,自分は,花子を殺害することで頭が一杯で,毎日これが頭を離れず,外のことについては上の空であったので,記憶がないのだと思う。Eらと花子をら致して強姦するというような話をしたかも知れないという,うっすらした記憶はあるが,具体的なことは覚えていない。3人で下見に行ったのは,同月25日であり,その数日前にBから花子の殺害について「いつですか」とか,「まだですか」などという言い方で催促の電話があり,自分は,早急にやりますと答えていた。自分は,下見の日の前日か前々日ころ,Eと被告人に電話をし,今度の月曜日に下見に行くことを提案した。同月25日の午前8時ころ,3人で待ち合わせて桶川駅付近まで行き,車を降りて下見をし,被告人に拾ってもらう場所と被害者を刺す場所を決定して,被害者が自転車に乗って駅に来て自転車置き場に止めるのも確認した。そして,翌26日に実行することを決め,池袋に帰ってから,自分がBに電話で,今日下見をしてきたということと,明日決行することを伝えると,Bからよろしくと言われた。自分としては,下見をしてきたことなどはEから報告が行くと思っていたが,自分がやろうとしていることは,何の恨みもない人を殺すことで,Bの依頼がなければ絶対にやらないことであり,決行を明日に控えて,Bの殺害の依頼がまだ生きているのか,Bに直接確認したい気持ちがあったからである。ところが,Bはやめるようになどとは一切言わなかったので,殺害の依頼に変更がないことが分かった。

Dの捜査段階の供述の要旨は,以上のとおりである。

(2)  そして,Dは,公判段階においても,Bから,花子に対する中傷ビラの配布に始まり,花子の殺害を依頼されるまでの経緯や,殺害を依頼されたときの状況,その後,被告人及びEと,殺害について共謀し,これに基づいて犯行に及んだ状況等について,捜査段階と同様の具体的で詳細な供述をしており,弁護人らの執ような反対尋問にも揺らいでおらず,後にみる弁論再開後の新証言を別にすると,一貫した供述をしている。

(3)  次に,同じく実行犯であるEは,捜査段階において,要旨,以下のとおり供述している。

平成11年10月20日ころの夕方ころ,□□の事務所に一人でいたところ,Dと被告人が来た。Dの表情はいつになく真剣で,自分の顔をまっすぐ見て,はっきりと「私が彼女を殺しに行きます」と言った。彼女というのが,花子を指していることはそれまでの経緯から明らかだった。それまでの一連の花子に対する嫌がらせは,すべてBの指示によるものだったので,今回も,当然,DにBから指示があったと分かった。自分は,驚いて,思わず本当ですかと聞き返したが,Dは「はい,自分が行きます」と答えた。Dの目は真剣そのものだった。このときだったと思うが,Dは道具のナイフはもう用意してあると言っていた。自分は,一本気な性格のDが,Bから花子を殺害するように指示されて,殺害を決意したのだと思った。自分は,Dからこの話を聞かされて驚くとともに,本当にそんな話になったのかという思いがした。しかし,これまで一緒に働いてきた同僚としてD一人に行動させるわけにはいかないと思い,また,D一人ではすぐに警察に捕まってしまうと思ったので,そうならないように自分や被告人が手伝うべきだと考えて,協力を申し出た。被告人も,具体的な言葉は思い出せないが,Dに反対するようなことはなく,殺害もやむを得ないという話しぶりで,協力することになった。また,このときだったと思うが,Dから,家の近くは警戒されており,人に見られたらまずいので,被害者が,朝家を出てきて,スーパーの前に自転車を止めたときにやると聞いた。各人の役割分担についてDから指示があり,自分は花子が自宅から出てくるのを見てDに連絡し,犯行後,確認してBに連絡する役であり,被告人は,犯行後,Dを車で拾って逃げる役だった。自分と被告人は,Dの指示を了承し,携帯電話でBに連絡し,自分もDの手伝いをすることにしたことと,各人の役割分担が決まったことを伝えたところ,Bは,いつもと同じような口調で,あっそうと答えた。この話し合いは,□□の入っている▽▽ビルで行われたと思うが,ルノアールであった可能性もある。同月22日ころの昼ころ,Dから,▽▽ビルの□□の事務所にいた自分のところに今から行ってもいいかという電話があった後,Dがやって来て,全長30センチメートルくらい,刃の長さが15センチメートルくらいのナイフをさやから出して見せられ,「自分が用意したナイフですけど,これで殺します」と言われた。自分は,それを見て思わず「すっごいナイフですね」と言った。ナイフを見せた時のDの表情は真剣だったので,Dが本気になっていることを改めて感じた。自分は,Dの前でBに携帯電話をかけ,Dからすごいナイフを見せられたと報告した。Bは,それを聞くと,いつもの口調で,あっそうと言ったが,Dによろしく言っておくように言っていた。その翌日ころ,Bから連絡があり,いつ行くのかと聞かれ,自分は,相談してから連絡すると答えて,Dと被告人に連絡を取り,▽▽ビルに集まって相談した。相談したのが,週末だったので,学生である被害者が外出する平日の方が良いということで,下見をするのは次の月曜日ということにし,Bに報告した。自分たちが店を空ける場合,必ず,事前に,Bに連絡を入れないと機嫌を損ね,すぐにクビだと言われるので,Bの了承を取り付ける必要があったからである。Bは,いつもと同じように,あっそう,と言った後,珍しいことに,気をつけて行って来るようにと言った。同月25日の午前8時ころ,3人で■■池袋の前に集まってから桶川に向かった。自分たちは,花子がJR桶川駅付近に自転車を止め,駅に向かって歩いて行くのを確認して,池袋に戻った。池袋に戻る途中の車内で,実行日を翌26日と決定した。自分が,車中から携帯電話でBに下見が終わったことと,明日決行することを報告したところ,Bから,明日大変だから今日は早めに休んでいいと,後にも先にもこのときしか言われたことのない特別の言葉を掛けられた。自分は,いよいよ明日花子を殺すのかと思うと緊張してよく寝られなかった。同月26日の午前8時ころ,■■池袋の前でD及び被告人と落ち合い,2台の車に分乗して桶川に向かった。自分は駅には向かわず,D及び被告人と別れ,直接,被害者の自宅の方に向かった。被害者が家から出てくるはずの午前10時を過ぎても一向に出てくる気配がなかったので,Dや被告人と頻繁に連絡を取り合ったが,午後零時40分ころになって,被害者が自転車に乗って出てきて,いつものコースを駅の方に向かって行った。自分は,これから被害者を襲う運命を思って一気に緊張が高まり,Dと被告人に携帯電話でそれぞれ連絡を入れ,被害者が自宅を出たことを報告し,被害者の後を車で追い,駅前付近で再びDに被害者がもうすぐ着くことを伝えた。その後,自分は被害者の悲鳴を聞いたので,現場に近づき,被害者が路上にうずくまっている様子を確認してから車で逃走した。自分は,携帯電話で被告人に,今,Dがやったなどと言って連絡し,被告人らとは別々に池袋に向かった。Dに連絡したところ,相当興奮している様子で,まともに話ができない状態だった。自分は,Bに車内から携帯電話で連絡を取り,Dがやりましたと報告した。すると,Bは,多少驚いた口調で,本当にと言って聞き返してきたので,自分が,本当にDがやりましたと言うと,その後は,平然と,池袋に戻りなさいと指示してきた。再びDに連絡したが,Dは大分落ち着きを取り戻しており,2回刺したと言っていた。被告人とも携帯電話でやりとりをしたが,かなり動揺していた様子で,池袋への帰り道が分からないと言っていた。自分は午後2時ころ▽▽ビルに戻って,すぐテレビをつけ,事件が報道されているか確認した。午後3時前後ころ,桶川駅前の現場の映像が映し出されて,被害者が死亡したという報道がされていた。その間,チャンネルを回して花子殺害のニュースを探すとともに,携帯電話でDに連絡を取り,被害者が死亡したことを伝えた。

Eの捜査段階における供述の要旨は,以上のとおりである。

(4)  そして,Eは,公判においても,10月20日ころ,Dが□□の事務所に来て,Eと被告人の3人で花子の殺害に関して話し合いをした状況について,おおむね捜査段階の供述に符号する供述をしているところ,その際のDの発言につき,Dは「私が彼女を刺します,やります」などと言ったが,それまでの一連の流れから「彼女」というのが,花子のことであり,Bの指示で,Dが,同女を殺害するのだと理解した,Dは「殺しに行きます」という言葉を使っていたかも知れないが,よく覚えていない,被告人が,それに対して,何と言っていたかは覚えていない,自分のことはよく覚えているが,被告人のやり取りまでは覚えていないなどと,捜査段階の供述に比べてやや後退し,あいまいな供述をしている。しかし,その一方で,検察庁で取調べを受けたときは,事件から日にちがたっていなかったので,そのとき述べたことの方が合っているかもしれない,殊更うそを言ったことはないとも供述している。そして,Eは,逮捕された直後の間は,殺意はなかったなどと供述していたが,その後,捜査段階の比較的早い段階で作成された上申書において,Dは「自分がやります,自分が行きます」(甲422)とも,「自分が殺しに行きます」(甲425)とも言ったと供述していたことが記載されている。こうした,Eの捜査の比較的早い段階における供述記載に照らしてみると,Dが,Eと被告人の面前で,花子を殺害する趣旨の発言をした事実は動かないといってよい。

そうすると,Eの公判供述がやや後退している理由は,Eが,公判で供述しているとおり,同人が,被告人とは幼なじみであって,一時は被告人の経営するA工業で働かせてもらっており,被告人の誘いで風俗店で働くようになった間柄であることや,Bが,Eの雇用主の立場にある者で,Bに対して恩義を感じており,そのために被告人やBの面前では,不利益な供述をしにくいからであると考えるのが相当である。

さらに,Eは,第21回公判において,捜査段階では供述していなかった次のような事実を供述している。すなわち,平成11年10月中旬ころ,Dから,花子を殺害する話を持ち掛けられる前に,被告人から,Bに,だれか人を殺してくれる人間がいないかという相談をされたという話を聞いた。報酬は1000万円か2000万円だと言っていたが,どちらだったかはっきり覚えていない。場所は,□□の事務所か電話だけのやり取りだったかも知れない。殺す相手というのは一連の流れから花子だと思った。そして,被告人はJはどうだろうかというので,自分も,Jは被告人と自分の共通の知人で,高校時代から暴力団と付き合いのある人間なので,いいじゃないかという話をしたことがあった。

ところで,Eは,これまで,被告人が,Bから,直接殺害を依頼されたという話を,被告人から聞いたという上記の供述をしていなかったのであるが,Eが,上記供述をするに至った経過について説明するところによれば,同人は,併合審理されている強盗致傷等の事件に関して,何年も前の出来事を証人尋問で聞かれると思って,当時のことを思い出そうとしていたところ,直接事件には関係がないものの,Bと関わりのある人物について考えていたら,たまたまJのことを思い出し,さらに,被告人から,上記のような話があったことを思い出したというのであって,上記供述をするに至った経過に関するEの説明はそれなりに合理的で首肯できるから,上記供述が捜査段階で全くなされていなかったとしても,格別不自然であるとはいえない。弁護人は,Eの上記供述について,◎◎ビルの部屋の借主が被告人になっていることから,約200万円の保証金の受領について,Eから,代理の委任状を出して欲しいという話が被告人にあったが,被告人がこれを拒絶したために,Eは,被告人から,殺害を依頼する相手としてJはどうかと言って相談されたなどという虚偽の供述をし出したと主張し,被告人も,同趣旨の供述をしている。

しかし,◎◎ビルの部屋の保証金の精算に関しては,Eが,上記供述をする以前の,平成12年9月30日付けで解約手続の相手方にあてた書簡の中で,保証金の返還の件はあきらめた旨記載していて,被告人の弁護人と相談して解約手続を進めるように働き掛けていたことが明らかで,この書簡が出された時期が,Eが上記供述をした時期よりもかなり以前であることを考えると,Eが,弁護人の主張するような意図で,あえて第21回公判において虚偽の供述をしたとは到底考えられない。先にみたとおり,Eの公判供述には,被告人に不利益な供述を殊更避けようとする傾向がうかがわれることからすると,被告人にとって有利な供述をすることはあっても,あえて不利益な供述をするとは考えられないから,Eの上記供述の信用性は高い。

(5)  以上でみた,Dの捜査段階及び公判供述と,Eの捜査段階及び公判供述は,いずれも具体的かつ詳細で,特にEは,記憶を喚起し得ない部分についてはその旨明確に供述しており,また,両名の各供述は相互に符合していて,その内容にも格別不自然,不合理なところはなく,両名の供述態度や,関係証拠からうかがわれる両名と被告人との関係に照らせば,両名が,被告人を陥れるために殊更虚偽の供述をしているとは到底考え難い。

これら信用性の高いD及びEの上記各供述によれば,前判示のとおり,「名誉毀損及び殺人の各犯行に至る経緯等」中,8「被告人とD,E及びBとの間の殺人の共謀状況」でみた事実を優に認定することができる。すなわち,先にBから花子を殺害することの依頼を受けたDは,単独でこれを実行するのは困難であると考え,平成11年10月20日ころ,有限会社□□の事務所又は喫茶店ルノアールで,被告人とEに協力を求め,Bからの指示で,自らが実行犯となって花子を殺害する計画を打ち明けたところ,被告人も,Bから花子の殺害を指示されている旨打ち明けたが,被告人としては花子の殺害には乗り気ではなく,積極的にやる気もなかったことから,Dに対し,もしやるとしても,刺すのではなく,切るだけにするようになどと言って,花子を切り付けてけがを負わせるだけに止めたい意向を述べたものの,切っても刺しても殺すことに変わりはなく,花子を殺害することがBの指示であるとDから説得されたため,それ以上反対することもできず,結局,Dの計画に協力することとなり,Eとともに,Dの指示する役割をそれぞれ分担することを承諾し,B,D及びEとの間で,花子を殺害する旨の共謀を遂げたことが認められる。

(6) ところで,その後,Dは,弁論再開後の公判において,従前の捜査段階及び公判供述を覆して,新たな供述を始めたが,その理由は,同人によれば,従前,虚偽の供述をしていたのは,殺人罪で逮捕された際,殺意がなかったと言ってもだれも信用してくれないと思って殺意を認めたが,自分は被害者とは面識もなく,殺害する動機がないから,CかBから頼まれたことにしようと思って,考えた末,Bから殺害を依頼されたという話を創作し,さらに,被告人やEにも殺害の協力を依頼したという話を作り出して,3人を共犯者に巻き込んだ,しかし,自責の念から供述を変更することにした,というのである。そして,Dの新たな供述(以下「新証言」という。)の要旨は,以下のとおりである。

ア  Bから被害者の殺害を依頼されたことはなく,被告人とEに被害者を殺害する協力を依頼したこともなく,被害者を刺したときも殺害する意思はなかった。

イ  平成11年8月ころ,Bらと沖縄に行った際,Cと二人になったとき,Cが花子に対して抱いている思いを知り,Cの無念を晴らしてやろうと決意した。

ウ  同年10月初めころ,B及び被告人とともにタクシーに乗車していた際,タクシー内で,Bから,被害者をら致監禁するように依頼された。

エ  今まで記憶がないと言っていたが,同年10月18日ころ,被告人,E,Iと自分の4人で,被害者をら致するために桶川に行き,失敗したことがあったが,その帰りに,自分が,被害者の顔でも切り付けると言う話をしたことがある。

オ  Cとの約束もあったので,同月20日ころ,被告人とEをルノアールに呼び出して,被害者の顔を切り付ける話をして協力を依頼し,その承諾を得て役割分担を決めて,同月25日に3人で下見に行った。

カ  同月26日,実行に及ぼうとした際,被害者を目の前にして顔を傷付けることにためらいが生じ,リュックを背負った被害者が背中を向けていたので,ちょうど目についた右脇腹にナイフを突き刺したところ,根元まで刺さってしまい,被害者が正面を向いたが,頭の中が真っ白になっていて,思わず被害者の胸にもナイフを刺してしまい,この時も根元まで刺さり,殺害するつもりはなかったが,被害者を死亡させてしまった。

キ  自分でも予想外の結果が生じてしまい,同日夜,カラオケボックスでBから叱られたが,自首を勧められ,弁護士費用等として現金1000万円もらった。

ク  犯行に使用したナイフは,従前述べていたスミスアンドウエッソンの両刃のナイフではなく,被告人の弁護人に示された片刃の大型のナイフであると訂正したことがあったが,やはりそれは間違いで,犯行に使ったのはスミスアンドウエッソンの両刃のナイフである。

Dの新証言の要旨は,以上のとおりである。

(7) しかしながら,Dの新証言には以下に指摘するような不自然,不合理な点が多々認められ,著しく信用性に欠けるといわざるを得ない。すなわち,仮に,Dに殺意がなかったのであれば,あえて他人から依頼されたなどと,共犯者を持ち出して殺害の動機を作り出す必要などはなく,殺害の動機も,殺意もないと述べることで十分であると思われる。ところが,Dが,殺害の依頼を協力して殺人犯に巻き込んだとされるEは,先にみたとおり,Dから殺人の協力を依頼されて,被告人と3人の役割分担を決めて犯行に及んだと明確に供述しており,しかも既に服役しているのであるから,Dの新証言は,こうしたEの供述及び態度に明らかに反している。また,鑑定書謄本(甲521)及び証人尋問調書謄本2通(甲522,523)によれば,被害者の身体の創傷及び着衣に生じた損傷は,両刃のナイフに近い形式の刃物によって形成された蓋然性が高いとされ,鑑定を行った斎藤一之の供述によれば,凶器の上部に刃が付いていたとされ,支倉逸人の供述によれば,凶器の下部に刃が付いていたとされているのであって,これらの証拠を総合すれば,犯行に使用された凶器は両刃のナイフであったと推認されるところ,訂正前の被告人の新証言によれば,片刃のナイフは,刃体の長さが20センチメートルを超えるものであり,このナイフを根元まで刺した場合には,これによって生じる身体の損傷と被害者の身体に生じた損傷は,上記支倉供述に明らかなとおり,大きく食い違うことになる。Dは,訂正前の新証言において,こうした客観的事実に反する供述をしたことから,新証言を再度訂正せざるを得なくなったと考えられるのであって,Dが供述を訂正する理由として説明するところも,自らナイフを使用して実行に及んだ者の説明としては,余りにも内容が不自然かつ不合理であって,到底信用できない。さらに,犯行に使用した凶器が刃体の長さが約12.5センチメートルの両刃のミリタリーナイフであることや,被害者に対する刺突の状況,すなわち,背後から右背部を1回突き刺し,更に正面から前胸部を1回突き刺して,いずれもナイフの根元まで刺入させていることからすると,全く手加減することなく刺突したものと認められるのであって,こうした攻撃の態様からすれば,Dに殺意が存したことは明らかである。その他,Dの新証言には,タクシー内でDから被害者に危害を加えるように依頼された日にちや,本件両刃のナイフを購入した日にちなど,理由のない変遷が多々みられるのであり,新証言の信用性を著しく損なっているといわざるを得ず,こうした合理的な理由のない変遷が存在するということは,その反面で,Dの従前の供述の信用性が高いことを強く裏付けていると考えられる。

(8)  被告人の供述の信用性について

次に,被告人の供述の信用性について検討する。

被告人は,捜査及び公判を通じて,要旨,次のような供述をしている。すなわち,被害者に対する一連の名誉毀損等の行為が終わった後の同年9月末か10月初めころから,Bから,被害者を強姦したり,傷付けるなど,直接危害を加えるように指示されたが,殺害するという指示はなかった。Dから,被害者を刺すからということで協力を要請されたことがあったが,自分は,切り付けるだけということで承諾したもので,殺害意思はなかった。Dが供述する同年10月14日ころ,Dは被告人の同席するところでBと会っておらず,BがDに被害者の殺害を依頼した事実はなかった。

被告人の供述の要旨は,以下のとおりである。

しかしながら,被告人には殺害の意思がなく,Bからも殺害の指示がなかったという点については,関係証拠によれば,平成11年10月20日ころ,被告人は,Dに呼ばれてEと3人で会い,Dから被害者を刺すなどと言われて協力を求められた際に,被告人が,刺しては駄目だと言って反対し,切るだけにするように言ったことは認められるものの,結局,切っても刺しても結果は同じでどうせ殺すことは一緒じゃないかというDの説得に押し切られて,それ以上反対することなく,Dの指示で決められた3人の役割分担を承諾している事実が認められる上,Dから上記の協力の依頼がある以前に,被告人は,Bから,殺人をしてくれる人を探している旨の相談を受けて,これをEに話し,Eと二人で候補者として共通の知人であるJの話をしたという先にみたEの供述に照らしてみても,被告人の上記供述は信用できないといわざるを得ない。また,同年10月14日にDがBと会っておらず,Bから殺害の依頼はなかったという点についても,10月14日という日にち自体が,週末が忙しいという風俗店の営業や,この日Bから飲みに連れて行ってもらった飲食店の休業日の関係などから,Dが特定するに至ったもので,十分首肯できるものである上,関係証拠によれば,被告人の供述するとおり,この日,被告人は,雑誌に掲載するモデルの写真撮影をするために六本木のスタジオに行っていることが認められるが,同日午後5時30分ころには撮影は終了しており,その後,雑誌社に立ち寄ったとしても,スタジオから「△△」までの距離は10キロメートル余りで,車の所要時間が約40分くらいであることからすると,遅くとも午後7時ころには「△△」に戻ることができるのであり,Bと3人で飲みに出掛けることは十分可能であると考えられる。したがって,10月14日にDがBと会っていないということはできない。

4  以上検討してきたとおり,D及びEの捜査段階及び公判段階の各供述によれば,Dが,Bから花子を殺害することの依頼を受けてこれを承諾し,その後,Dが,被告人とEに対して,明確に,殺害という言葉やナイフという言葉を用いて,花子の殺害を実行する際の役割分担を依頼し,被告人とEがこれを承諾して,その後,被告人,D及びEの3人が,公訴事実記載の現場に赴いて,犯行に及んでいることが認められるから,被告人を含むD及びEと,Bは,事前に,花子に対する殺害の順次共謀を遂げていたことが認められる。したがって,被告人は,殺人罪の共同正犯としての責任を免れないから,弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)

罰条

判示第1の各行為 包括して刑法60条,230条1項

判示第2の行為 刑法60条,199条

判示第3の行為

住居侵入の点 刑法60条,130条前段

恐喝の点 刑法60条,249条1項

判示第4の行為 刑法60条,240条前段

科刑上一罪の処理

判示第3の罪 刑法54条1項後段,10条(重い恐喝罪の刑で処断する。)

刑種の選択

判示第1の罪 懲役刑

判示第2及び第4の罪 有期懲役刑

併合罪の処理 刑法45条前段,47条本文,10条(最も重い判示第4の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をする。)

未決勾留日数の算入 刑法21条

訴訟費用 刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)

(量刑の理由)

1  本件は,被告人が,共犯者と共謀の上,共犯者の元の交際相手である女性の名誉を毀損し(判示第1の事実),殺害した(判示第2の事実)事案,並びに,いずれも共犯者と共謀の上,共犯者が別の被害者の住居に押し入り,現金等在中の財布を恐喝した事案(判示第3の事実),及び他の被害者に暴行を加えて現金等在中のバッグ等を強取した強盗致傷の事案(判示第4の事実)である。

2  名誉毀損及び殺人の各犯行について

はじめに,名誉毀損と殺人の各犯行についてみるに,本件各犯行に至る経緯は,前判示のとおりであって,被告人は,風俗店のオーナーで,上司である共犯者Bには,仕事や金銭面で世話になっていたことから,全く面識のない被害者やその家族が被るであろう精神的,肉体的苦痛を顧みることなく,指示されるまま,次々と犯行を実行に移しているのであって,自己保身のためには他人の生命をも顧慮しない犯行の動機に酌量すべき余地はない。

名誉毀損の犯行は,女子大生である被害者から交際を断られたCと,その事情を打ち明けられた実兄の共犯者Bが,知人とともに同女方に乗り込んで,同女やその家族から多額の金員を得ようとしたが,これに失敗したことなどから,逆恨みをし,意趣返しをするために,共犯者Bらの経営する風俗店の店長や責任者などとして稼働していた被告人,共犯者D及び同Eら多数の従業員等を指揮して,これらの者と共謀して,被害者の実名や顔写真等がカラー印刷された中傷ビラ多数を,被害者の通学する大学やその最寄りの駅及び自宅の周辺等にちょう付したり,頒布するなどして,その名誉を毀損したものであって,被害者及びその家族を標的にして,周到な準備と計画の下に,集団で行われた組織的で悪質な犯行である。

被告人は,共犯者Bから,女子大生である被害者の名誉を毀損する内容の中傷ビラの作成を指示された共犯者Eが,印刷会社に発注したB5版サイズの中傷ビラ2000枚を,三つ折りにするなどして準備を整えた上,深夜,共犯者多数とともにEの手配したレンタカーなど4台の車に分乗して,被害者の通学する大学やその最寄りの駅及び自宅の周辺にちょう付したり,頒布している。ちょう付あるいは頒布された本件中傷ビラは,女子大生である被害者本人の名誉を著しく傷付ける,悪意に満ちた,被害者はもとより家族にとっても耐え難い中傷,誹謗を内容とするものであって,1箇月以上もの長期間,本件名誉毀損を含む数々の執ような嫌がらせを受け,恐怖と不安におびえながらこれに耐えてきた被害者やその家族が被った精神的苦痛は計り知れない。

被告人は,共犯者Bから直接指示されてこれらの犯行を中心になって行っていたEから依頼され,実行行為の一部を分担していたばかりか,被害者方で飼っていた犬を殺そうとしたり,被害者方の車にペンキを掛けようとするなどの嫌がらせ行為にも及んでいた。

次に,殺人の犯行は,上記一連の名誉毀損の犯行を行ったものの,同女が通学していた大学を退学するのを余儀なくされるなどの結果が出ていないとして,更なる危害を同女に加えるべく種々画策していた共犯者Bが,遂に同女の殺害を決意するに至り,Dにこれを依頼し,同人が,E及び被告人に協力を求めて,これらの者が共謀して実行に及んだものである。

被告人は,共犯者Bから被害者の殺害を依頼されたDから,単独で殺害を実行することは困難であるとして,Eとともに協力を依頼され,逃走を手伝うという役割で犯行に加担し,犯行の前日には3名で現場の下見に出向いて被害者の通学時間,通学の経路等を確認し,被害者の自宅付近より駅前の方が人混みに紛れて逃走に便利であるなどとして,JR桶川駅まで自転車で通学する同女が駅前で駐輪するところを待ち伏せて殺害することとし,実行役のDの逃走経路等を確認しているのであって,周到な準備に基づいた計画的な犯行である。殺害の態様も,実行役のDが,あらかじめ計画したとおり,白昼,人通りの多い駅前で,ナイフを隠し持って被害者を待ち伏せた上,自転車を止めた被害者の背後から近付くと,いきなり隠し持っていたナイフで同女の背中を一突きし,同女が驚いて振り返ったところを,確実に殺害するべく更に前胸部目掛けてナイフを一気に突き刺し,これにより同女に致命傷を与えて殺害しているのであって,確定的殺意に基づく,大胆かつ冷酷で,悪質な犯行である。被告人は,自ら手を下してはいないものの,逃走のために車の運転をするなどしており,本件犯行において重要な役割を果たしている。犯行後,被告人は,報酬として400万円をEを介して,共犯者Bから受領していた。

被害者は,長期間,上記名誉毀損を含む数々の執ような嫌がらせを受け,日々の不安に家族とともに耐えながらも,その間警察に相談したり,事件に関連するメモを残すなど,自分の身を守るためにできる限りのことをしていたのに,通学の途上,見ず知らずのDの凶刃に倒れたものであって,長い間精神的苦痛にさらされた挙げ句,21歳の若さでその生涯を閉じざるをえなかったのであり,無念の情は察するに余りある。遺族,とりわけ被害者の両親は,共犯者BやCが自宅に乗り込んできた平成11年6月14日以降,ことのてん末を知り,家族で一致団結して被害者の身の安全を守ろうとしていたのに,慈しみ育ててきたかけがえのない娘をこのような形で奪われており,その心痛,悲嘆は筆舌に尽くし難く,被告人に対して極刑を訴える心情には,同情の念を禁じ得ない。

本件は,女子大生である被害者が,被告人やその共犯者らから長期間にわたって本件名誉毀損を含む数々の執ような嫌がらせを受けた上,通学途上,人通りの多いJR桶川駅前で殺害された事件として,マスコミ等を通じて桶川女子大生ストーカー殺人事件などとして大々的に報道され,社会に大きな衝撃と不安を与えたもので,いわゆるストーカー規制法の成立等ストーカー犯罪対策の法整備を急速に進めるきっかけとなった事件であることは,当裁判所に顕著である。

しかるに,被告人は,現在に至るまで,殺意を否認して不合理な弁解を続け,遺族に対する被害弁償や慰謝の措置を全く講じていない。

3  住居侵入,恐喝及び強盗致傷の各犯行について

これらの各犯行は,被告人が,当時,共犯者Bから仕事上の資金繰りなどで援助を受けていたことから,同人から命令されるまま,安易に引き受け,加担しているもので,動機に酌むべき点はない。犯行の態様も,深夜,被害者の部屋に押し入って被害者を脅迫して現金30万円余り等在中の財布を取り上げたり(判示第3の事実),被害者が自宅のマンションに帰宅するのを待ち伏せた上,被害者に襲いかかり,その場に押し倒して足蹴にするなどの暴行を加えて反抗を抑圧し,室内を物色して現金30万円等在中の手提げバッグやハードケースを強取し,その際,被害者に全治まで約1週間を要する傷害を負わせる(判示第4の事実)などしているのであって,いずれも粗暴で悪質である。判示第3の恐喝による財産的損害は少なくない上,犯行後,被告人は相当額の報酬を手にしている。また,判示第4の強盗致傷の犯行においては,共犯者が,逃走中に被害品を遺留したため,財産的損害は回復されているが,被害者は被告人らの暴行により全治まで約1週間を要する顔面打撲の傷害を負っている。いずれの犯行においても,被告人自身は被害者に顔を知られているなどの理由で直接の実行役には加わっていないものの,関与の程度は軽いとはいえない。しかるに,被告人自身は,被害者らに対して,いずれも被害弁償や慰謝の措置を執っていない。

4  被告人に対する量刑について

被告人の本件各犯行当時の年齢や,先にみた各犯行の罪質,内容,とりわけそれらの動機,態様に照らしてみると,被告人の反社会性は根深いといわざるを得ない。そうすると,被告人が,犯行に関与したこと自体は素直に認め,被害者や遺族に対して謝罪の言葉を述べて反省の態度を示していること,前科がないこと,本件各犯行の首謀者であるとは認められないこと,共犯者であるBが,判示第3の被害者に対して39万円を,判示第4の被害者に対しては50万円をそれぞれ支払い,上記被害者らからは,被告人を含む関係者に対して処罰を求めない旨の書面が提出されていることなど,弁護人が指摘する被告人のために酌むべき情状を十分に考慮してみても,被告人の罪責は重大である。

そこで,以上みてきた諸般の情状を総合考慮し,主文のとおりの刑に処することとした。

(裁判長裁判官・川上拓一 裁判官・根本渉,同・蛭田円香は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官・川上拓一)

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